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『お任せ下さいっ!』
ブラウザが閉じ、銃火の音が再びソコロフの耳朶を叩く。
咥えタバコのソコロフは、『A11』コンパートメントからなにやら不穏なシールの貼られた大きさの割に冗談みたいに重いケースを引きずり出した。
暗証番号は……口から紫煙を緩く吐き出しつつ、格闘すること数秒。
バチン、バチンとケースが開き、中から取り出した「それ」をそっと床に置くと、モノレールの正面、開け放たれた連結部分に狙撃銃を据えたホー中尉が後ろ手に傍らのケースを押しやりながら、
「まさか、そいつを使うことになろうたぁねぇ……」
「まったくだ」
やれやれと首を振るのにソコロフも苦笑交じりに同意する。
ホー中尉の押しやってくれたケースから取り出したのは、弾頭の装着されていない対戦車ロケット。ソコロフは、足元に置いた「それ」こと特殊弾頭をそろりと持ち上げると慎重に装着していく。
(急げ、急げ……)
駅舎は、いよいよ目前に迫って来ている。
「一機撃墜!」
背後でタケオが叫び、
「チナツさん、正面に!」
「とっとと堕ちろ、便所のハエ野郎っ!!」
と、どぉんっ! とモノレールの正面上部、レール付近に今度は敵のてき弾が着弾した。
破片と爆炎に顔を顰めたソコロフが、タバコを吐き出し、膝を付いて叫ぶ。
――全員伏せろっ!!!
ホー中尉の頭上越しに連結部から対戦車ロケットを発射した。
が、着弾を見届ける間もなく、床に飛び込むように伏せる。
と、次の瞬間――
轟音が轟き、視界が明滅した。
刺すような鋭い閃光で目の前が真っ白になり、猛烈な「熱」がモノレールの一同の体の上を駆け抜けていく。
レールの泣き叫ぶような音と共に駆け抜けていく空気の振動でモノレールが駅舎の中、ホームへ侵入したのを感じたのも束の間、断末魔の叫びと言語を絶する阿鼻叫喚が傍らを飛び退っていく。
熱と絶叫。
そして――
暫しの後、気が付くと吹き付ける風が体を直接揺らしていた。
『ソコロフさん……』
顔の前にブラウザが、すっ、と現れてソーニャがにっこりと微笑む。
伏せていたソコロフは、大きく息を吐き出すと同時にごろりと仰向けになった。
「無事で何よりだよ、ソーニャ……」
『はいっ、「ラトニク」もつい先ほど復旧したみたいです。皆さんもご無事でなによりでした』
「そうか……」
そう呟きかけてソコロフは寝ころんだまま周囲を見回す。
周囲では、ソコロフ同様に皆が思い思いに身を横たえていた。
そんな一同を載せてひた走るボロボロになったモノレール。熱と爆風で外壁が全て吹き飛んでしまい骨組みのみになったそれが、虫かごのような状態のまま高速で走っていた。
「なんだかすごいことになってますね」
「うひゃ~、下も丸見えだよ」
ターシャとチナツが床から下面をのぞき込んで声を上げ、ぐったりと座り込んだタケオがホー叔父さんと共にタバコに火を付ける。
しかし、それにしても――
(第一七七民生委員会では、初めての実戦使用かもしれないな)
その使用に最上級の権限を必要とする対戦車ロケット用特殊弾頭、「熱収束」弾。
その威力は、いま見た通りだ。
『聖少女』暗殺に使用できるか……と考えて無理してここまで持ってきたのだが。
…………。
(手持ちの弾薬を使い切った)
が、なによりも――
(ついに地下政府軍が直接乗り出して来た)
そう、五年前の大攻勢以来絶えて無かった戦闘。
これまで反国家分子の陰に隠れていた彼らがついに出て来たのだ。
だが、一つ気になるのは――
(反国家分子が持っている量子転送兵器を何故、連中は使用しないのか……)
反国家分子を支援しているのは地下政府である。
それも、ソコロフの前で初めて量子転送兵器を使用してみせた反人民党ゲリラ組織『郷土防衛戦線』は、資金面だけでなく兵器や弾薬、医薬品等のあらゆる面で地下政府との結びつきが深く、第一七七民生委員会がこれまで最も警戒して来た相手だった。
なのに――。
(ふむ……)
ゆっくりと体を起こすと、ソコロフは、おもむろにワイシャツの胸ポケットからタバコを引っ張り出し、口に咥えて黄燐ライターをカチンと鳴らして火を付けた。
ぼぅ、とオレンジ色の灯が小さく輝いて紫煙が風にたなびいて細く流れていく。吹き付ける風の心地よさに目を細めながら、タバコの煙を胸いっぱいに吸い込んで、ソコロフは小さく呻く。
他にも気になることはある。
が、
まずは、とにもかくにも――。
なおも紅蓮の炎を上げ続ける駅舎が、湖の水面を明るく照らしているのを眺めつつ、ぼそりと呟いた。
(予定変更だな……)




