[34]
暖炉の火が赤々と燃えていた。
窓の外にチラつく細かな雪。
男は、書記長の証である純白の、この男のためだけに作られたその軍服姿のまま安楽椅子に深く腰掛け、暖炉の火を見つめて想いに耽る。
揺らめく炎。
真夜中の薄暗い執務室の床に炎に照らされた男のシルエットがじっと重く影を伸ばしていた。
遠く瞼に描く過去の日々。
男は、大きく息を吸い込み、目を閉じる。
あの日も……。
暖炉の火が揺れていた……。
…………。
揺れる炎。
暖炉の前、オレンジ色の温かみに包まれた床。
そう、そこは冬の特等席。
寒さで真っ赤になった両の手を炎にかざして少女が微笑む。
鳶色に輝く愛らしい大きな瞳。
首に巻いたマフラーを外して、赤い毛糸の帽子を脱ぐと、
彼女の長い黒髪が、さらりと背中に流れ落ちる。
赤い炎に照らされて艶やかな光沢を放つ黒い髪。
炎を見つめて輝く魅力的なその瞳。
一時として同じ形のままでいない炎のようにその瞳もきらきら輝いて、
時折、浮かべるイタズラっぽい笑みすらも、
恥ずかしそうにクスリと微笑むその可愛らしい横顔さえも、
まるで揺れる炎のように儚い一時の夢のようだった。
柱時計が、「ボーン、ボーン」と鳴る。
そう。
そこは、冬の特等席――
…………。
男は、そっと瞼を開くと背後のデスクへと振り返る。
無造作に置かれた書物の塔の間に浮かび上がる空中投影された一通の命令書。
それは、この数日間掛けて行われた党の最高幹部会議で出された結論。
この国の最高幹部が集まりその英知の全てを傾けて下した最後の決断。
人民と国家から託された命運。
全ての――
…………。
……。
否、
それは、あくまで上辺だけのことだ。
いつも通り。
全ては、最初から決まっていた。
そう、男が全て決めたこと。
そう、愚かな道化たちだけが知らない真実。
(…………)
男は、そっと炎に向き直おると安楽椅子に再び深々と沈み込む。
瞼に浮かぶ少女の顔。
長い沈黙だった。
長い絶望だった。
だが、それもそう遠くない未来に終わる。
一面に咲き誇るひまわり。
澄み切った水。
温かな炎の揺れる暖炉。
流れるような黒髪。
鳶色の大きな瞳。
オレンジ色の光に照らされたそのきれいな横顔。
――――。
(オルタナティブ・エリア32……)
そう――
男は、再びそっと目を閉じる。
――賽は投げられた。




