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 ソコロフは、紫煙の中から透かし見るようにチナツの両の瞳を覗き込む。

 ターシャとは、また違う、その瞳の輝き。

 小気味よく輝くその鳶色の瞳を少し伏せて、チナツは目の前の冷めた紅茶を一口啜った。

 コマーシャル・プレイスと比べてはるかに貧しいこの階層で手に入るささやかな贅沢品。こんな物でも無ければ、この階層ではやっていられないだろう。



 シャフト 第四十七階層 ダウンタウン

 


 剥き出しの太い鉄骨の間にひしめくように建つバラックの群れ。

 窓の外のそんな赤錆びた景色の上をモノレールの明かりが大きな音と共に流れて行き、建付けの悪い窓ガラスがガタガタと揺れた。

 ソコロフ達も各々、そっと手元の紅茶を啜る。

 何かを逡巡するかのように黙り込んだチナツ。

 空中投影されたブラウザの中からもの言いたげなソーニャを抑えてソコロフは、彼女が口を開くのを待つ。

 ソーニャの言わんとしていることは、おおよそ察しがついている。

 が、ここは、どんな内容であれ、彼女自身に話してもらう必要が絶対にある。

 そうして――


 ………………。

 

 そうして、互いに黙って紅茶を啜る事、暫し。

 ついに、チナツが観念したように、片方の目をぎゅっとつぶってため息を吐いた。


「やぁれ、やれ……少佐さんも意地が悪いね。どうせ、全部分かってるんだろうに。あたいが聞いた話じゃ、少佐さんは、地下世界(アンダーグラウンド)が結構長いそうじゃないか? それでも、って事かい?」


「ああ。それでも、って事だよ」


「そうかい……」


 こっくりと頷いて肩を落としたチナツ。

 が、やおらその両の瞳をギラリと輝かせて目の前の紅茶のカップを掴むや、

 ウグッ……ウグッ……ウグッ……

 と、一息に喉を鳴らして飲み干すと、「カタンッ!!」とカップをテーブルの上に置き、ニヤリと笑ってみせた。


「そうまで言われちゃ、しゃーないね。まあ、少佐さんが言う事も尤もだ。そいつを抜きにお仲間に入れてもらおうってのは、あたいも虫が良すぎたね。そうさ、あたいは、オニマル・フジミの娘……」


 だけど――


「本妻の子じゃない。そう、あたいは、オニマル・フジミの妾の子なのさ」


「ふむ。息子たちは――」


「ああ。兄さんたちは、本妻の子供さ。正真正銘のね」


 だからね――


「あたいが、あの中で生きていくには、どうしたって、兄さんたちのようにはいかないのさ。自分が、清流会のために役に立つ人間である事を証明する必要がある」


「なぁるほどねぇ。となると――あのうわさは、本当だったってぇ事かい、お嬢ちゃん?」


「うわさ……?」


「へへっ。叔父さまは、よく知ってんね。って、言っても、まあ、お兄いさんも少佐さんも知ってるか……あっ、もしかしたら、ソーニャさんもかな? そうかい、なるほどね……じゃあ、まあ、ターシャさんに話すつもりで改めて話すとね……あたいは、その本妻に二度ほど殺されかけていてね。実際、あたいのおっ母さんも、その本妻に散々殺され掛けて、しまいにアメリカに亡命せざるを得なくなっちまったのさ。叔父さまの言う『うわさ』ってのは、そのことさ。清流会の跡目争いで、あたいのおっ母さんが亡命した、って話」


「……でも、本妻さんは、どうしてそんなことを?」


「そりゃあ、地下世界(アンダーグラウンド)きっての大看板、オニマル・フジミの跡目だよ。どうしたって、自分の子供に継がせたいじゃないか。それなのに、さ――」


 どうやら、野郎の息子二人には素質がねぇようだ……。


「『バカでなれず、利口でなれず、中途半端はなおなれず』まわりのヤクザ界隈の兄さんたちに対する評価が、あまり芳しくないのさ。それにあたいの事を、お嬢様、お嬢様と立ててくれるヤツもいるし……てな具合でね。あのババアは、それが面白くなくて仕方が無いのさ」


「で、その君を立ててくれる連中は、この件で手を貸してくれないのかい?」


「いいや、そういう連中は逆にアブナイんだよ。何を考えてるのか分からないからね。それに、そもそも、あのババアの子分たちだって連中自身の思惑があってやってる事だし、その部分は、あたいを立ててる連中だって一緒さ。そう、周りは、みんな敵だらけ。結局、信じられるのは自分だけなんだよ。となりゃ、結論は一つだろうさ」


 ――自分の身は、自分で守る。


 ――自分のケツは、自分で拭く。


「今の立場じゃ身が危うい、ってんなら、自分で何とかしなきゃいけない。そして、そのために必要な事をあたいはする。そう、だから――」




 ――『聖少女』の首は、あたい、オニマル・チナツが取る!!




「そして、親父の身代はあたいが継ぐ。誰にも文句は言わせない。どうだい? これが、あたいが少佐さん達のお仲間に入りたい理由さ」


「なるほど……」


 ソコロフが、煙を吐いて宙を睨む。

 指に挟んだタバコの煙がゆらゆらと細く立ち上り、窓の外をモノレールの明かりが、レールの軋む甲高い音と共に流れて行く。

 一同が息を潜めるようにして見つめる中、ソコロフはタバコを指に挟んだまま薄暗い天井の隅を見つめて動かない。

 暫くして――

 ソコロフは、微かなため息とともにタバコを灰皿で揉み消した。


「セイリュウカイは、交通営団に顔が効いたね?」


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