[30]
星が瞬いていた。
寒々とふけていく夜半の軒下。
少女は、毛布に包まり空を見つめていた。
漆黒の闇の中に瞬く無数の星々。
息を呑むようなその美しさに、
言葉を失うようなその儚さに、
少女は、白い息を吐きつつ、ただまっすぐに見つめ続けていた。
心なしか虚ろなその横顔。
寂し気な色を湛えた大きな瞳。
ともすれば、崩れ落ちそうになる何かを懸命に支えるように、
ともすれば、明らかになってしまいそうな何かを懸命に隠すように、
大切な何かを抱き締めるように、
少女は、毛布に包まった体を自身で抱き締めるようにして、
空を見つめ続けていた。
まだ微かに赤い鳶色の瞳。
温かな毛布と近くに置かれた微かに湯気のたなびくマグカップ。
背後の部屋の中で「ボーン、ボーン」と柱時計が鳴り、
星々がそっと暇を告げようとする頃、
毛布に顎を埋めて少女は、そっと目を閉じる。
少女へ別れを告げるかのように最後の輝きを見せる夜空の星々。
星が、
星だけが、ひっそりと瞬いていた。
…………。
「なるほど……」
ソコロフは、脳裏に浮かんだ少女の幻影を押し殺すように紫煙を細く長く吐き出した。
すでに話し始めて一時間は経つだろうか。
皆もそろそろくたびれ始めている。
ソコロフは、タバコを灰皿で揉み消すとテーブルの上で手を組んだ。
「要するに、君は『ヤクザ代表』という事なんだね、チナツさん」
「ああ。まあ、ヤクザ全体と言うよりは、清流会、しかも、自分で勝手にそう言ってるだけ……だけどね」
と、そこで「あのぅ……」とターシャがおずおずと手を上げた。
「チナツさんは、その、ええと……『日本人』ですよね? その……聖少女を暗殺するのって……」
「ふふ。ターシャさん、いま劣等民族って言い掛けたろ? まっ、あたいは何と呼ばれようと気にしないけどね……。で――ああ、そうだね。あたいらヤクザがあの方を殺りたい理由は、確かにマフィアと一緒だよ。けど、連中とあたいらじゃ、ターシャさんの言う通りで確かに立場が違う。同じ日本人同士、抵抗が無いかと言えば――」
チナツが一同を見回してニンマリと笑った。
「無いね」
「それは、やっぱり、先ほど仰ってたように……?」
「そっ。あたいらに取って、生きるか死ぬかだからね。このまま、地下政府の反抗が強まって競合地域が狭まれば、あたいらヤクザもマフィア同様、おまんまの食い上げだ。そうなる前に……そう、そうなる前に聖少女が、おっ死んで地下政府の勢力が後退してくれれば、こっちのもんさ。まあ、次の代の聖少女が出て来るまでの一時しのぎとは言え、それでも確実に地下世界は混乱するからね。それに、そもそも同じ日本人同士って言ったって――」
「アメリカに亡命した皇室と第二政府がある。そういう事件が起これば当然、連中も黙ってはいない……か」
「そっ。そういう事。あたいらと地下政府、どちらが真の愛国者か、ってね。白黒はっきりと決着を着けるのは難しいだろうね」
「ははぁーん、相変わらず上手く立ち回るもんだねぇ。それに、もし、おめぇさんら地下世界のヤクザ連中が悪いと言う事になっても――ってぇことだね?」
「そっ。あたい一人が粋がって勝手にやりました、ってなりゃ、どうってこと無い。どっちに転んだって、清流会は安泰さ。まっ、うまい事殺れれば、って話ではあるけどね」
そう。
結論は、そう言う事だ。
しかし、
(問題はそこじゃない)
ワイシャツの胸ポケットからタバコを引っ張り出して咥えるとソコロフは、黄燐ライターをカチンッと鳴らして火を付ける。
安宿の薄暗い天井に向けてたなびく紫煙に目を細めつつ、ソコロフがチナツを真正面から見つめて言った。
「だが、チナツさん。俺が一番気になっているのはそこじゃない。一番の問題は、そう――なぜ、君が一人でそれをやるのか、自分一人でやることにどうしてそれほどこだわるのか、という事だ。君は『自分一人が粋がって勝手にやりましたと言えば――』と言ったけど、それは、君一人でなくてもいい筈だ。現に、人民内務委員会に付いたマフィア、君たちセイリュウカイの天敵でもあるフィボナッチ・ファミリーは、君たちとの立場の違いもあるだろうけれど、ファミリーを上げてこの件に入れ込んでる。それに、ボスのオニマルには、息子たちが居る筈だ。彼の実の娘である君が、そこまでするのなら彼らも何かしらしなければ、周囲に示しが付かないだろう?」
違うかい?




