[27]
路面にうず高く散乱した瓦礫が微かに揺れる。
聞こえて来る腹に轟くような重低音のエンジン音。
そして、通りの先に並んだビルの一部を轟音と共に押しつぶして現われたのは、
「ま、前からも装甲多脚戦車ですっ!」
ターシャの悲鳴のような声に今度こそソコロフの顔が凍り付く。
さ、さすがは――
(――ブラッディ・シャイロック!)
背後は、最新鋭の量子転送兵器を持った狂人。
前面には、すでに自分たちを敵認定しているであろう広域企業体連合の精鋭部隊。
劣等民族のことわざに曰く、「前門の虎、後門の狼」。
連中に言わせると元々の言葉の意味は少し違うと言うが。
………………。
(やれやれ……)
ソコロフは、頬に皮肉めいた笑みが浮かべると、ワイシャツの胸ポケットから引っ張り出したよれよれのタバコを咥え、黄燐ライターをカチンッと鳴らして火を付ける。
そして、ゆっくりと煙を吸い込み――細く、長く、吐き出した。
両の肺に満ちて来る微かな恍惚と澄み切った沈黙。
目を細めて遠くを見つめながら、ソコロフはそっと呟いた。
(まったく、民生委員ってヤツは――)
――なんと素敵な商売な事かっ!!
咥えたタバコを吐き捨てると同時に、ソコロフの両の手が勢いよく脇の下のホルスターから銃を引き抜く。
「ターシャ!!」
「は、はいっ!! 同志中尉!」
「突っ込むぞ!」
「……え? ど、どちらにですか?」
思わず尋ねたターシャにソコロフは、足元に転がっていた国家人民軍の装備の中から発煙手榴弾をいくつか足でそっとターシャの元へ転がす。
戦術核兵器に準ずる威力の量子転送兵器と装甲多脚戦車。
どちらを選んでもジョーカーみたいなものだが……。
ソコロフは、ニヤリと微笑んで選んだ相手をターシャに視線で示す。
コンマゼロ秒以下の沈黙。
発煙手榴弾を手にしたターシャが、キラリとその青い瞳を小気味よく光らせて頷いた。
「行くぞっ!」
「はいっ!」
ソコロフが、装甲多脚戦車へ向けて走り出すと同時に、ターシャが発煙手榴弾のピンを勢いよく引き抜く。
そして――
白いワンピースの裾を翻して投擲。
彼女の白く形のいい腕がしなって放たれた発煙手榴弾は、くるくると緩やかな螺旋を描いてソコロフの頭上を飛んで行く。
ソコロフが、身を屈めた次の瞬間、前方の路面に転がった発煙手榴弾の尻が「パンッ!」と弾けて勢いよく白煙が噴き出し始めた。
足元を水がひたひたと漬すように、満ちて行く白い煙幕。
周囲に立ち込め始めた煙幕で視界が真っ白になる中をソコロフは一心不乱に走り続ける。
装甲多脚戦車までの距離は、百メートルを切った筈。
と、立ち止まり、すかさず、近くの瓦礫の山の影へ身を躍らせたソコロフのその身を掠めるようにして「豪っ!!」と装甲多脚戦車の戦車砲弾が煙幕を撃ち抜いて、後方で炸裂音が轟く。
後方のターシャが気になるが、今はとにかく目に前の装甲多脚戦車をどうにかする方が先決だ。
と、瓦礫の山から躍り出たソコロフの頭上を再び発煙手榴弾が、緩やかな弧を描いて飛んで行く。
(さすがは、軍曹の娘!)
その時だった。
「っ!」
濃い煙幕の間から現われた装甲多脚戦車の脚。
僅か三十センチ先の路面を踏み砕いたその脚の間へソコロフは迷うことなく転がり込む。
狙い違わず、本体の真下、装甲多脚戦車の死角。
が、早速、底面の熱源追尾センサーに引っ掛かったのか、本体下部に設けられた十二・七ミリ連装銃機関砲がゆっくりと旋回し始めた。
ソコロフは、脚の影に順繰りに身を潜めながら、その様子を窺う。
そして、
(…………いまだっ!)
やおら足の影から身を乗り出すと、
タンッ! タンッ! タンッ! タンッ!
両の拳銃を迷うことなく本体下部の熱源追尾センサーに叩き込む。
剥がれ跳ぶオリーブドラブの被膜と硬質プラスチックの破片。
(センサー部分は、どこだっ!)
弾数は、限られている。
背広の上着の左右のポケットにマガジンが四本――
(――弾切れっ!)
空になったマガジンをリリース。
足元の路面を跳ねるマガジンには目もくれず、ソコロフは新たなマガジンを順繰りに両の銃へ叩き込み、熱源追尾センサーへ向けて再び両の銃の弾を叩き込む。
乾いた銃声と共に後退するスライド。
吐き出された空薬きょうがくるくると螺旋を描いて宙を舞う。
全てがコマ送りで見えるほどの緊迫感の中をゆっくりと、確実にソコロフの方へ向けて旋回して来る二門の機関砲。
(早くっ! 早くっ!)
と――
(――――弾切れっ!)
機関砲の砲門が、ピタリとソコロフを捉えた。




