[26]
ソコロフは、ターシャを促し柱の影から走り出ると前方のマイタ・スクエアへと急ぐ。
と――
横手にあった建物のドアが勢いよく開いた。
「あっ、貴様っ!」
扉から飛び出して来たのは三人の国家人民軍兵士。
ソコロフが銃を抜き、一人が慌てて自動小銃を構えるのをターシャが流れるような動作で間に割り込み、構えられた自動小銃の負い革を手で絡め取るや、呆気に取られる兵士の顎を当て技で粉砕し、返す手で二人の兵士の顔面に絡め取った自動小銃を叩き込む。
声も無く路面に沈んだ兵士たち。
ソコロフとターシャは、周囲をいま一度見回し、無言で頷き合う。
作戦は、一つしかない。
そう。
連合戦闘団への反撃など論外。
作戦はおのずと決まっている。
つまりは――
(一刻も早くここから離脱する――)
そう、逃げの一手。
否、それしかやり様が無い。
二人は、足元に注意しつつ、それでも、最大限の速さで銃を構えたソコロフを先頭に広場を駆け抜ける。そこかしこに転がった死体や瓦礫、国家人民軍の装備品と言った物をあるいは避け、あるいは乗り越え――
その時だった。
「――――っ!!」
背後から轟音が轟くと同時にソコロフ、そして、ターシャも猛烈な爆圧と共に前方の路面へと投げ出された。
体中に感じた、叩きつけられるような衝撃。
そして、突き抜けるような鼓膜への圧力。
ソコロフが痛む頭を振って、肩越しに振り返った先では、件の装甲多脚戦車が炎に包まれていた。
開いた砲塔ハッチから勢いよくオレンジ色の炎が噴き出し、何かが内部で爆ぜる音がここまで聞こえて来る。
そして――
砲塔の基部から勢いよく炎が噴き出すと共に砲塔が車体から飛び出し、そのまま第四十五階層の天井に「ゴォォォーーンッ!」とぶち当たって、空の色を映していた有機ELシートとパネルが、天井からバラバラと崩れ落ちた。
文字通り、ぽっかりと穴が開いた空色の天井。
それと前後して、微かに聞き覚えのある声が聞こえて来た。
(おいおい……まさか――)
起き上がり膝を付いたソコロフが、もう一方のホルスターからも銃を抜くと同時に、ターシャもゆっくりとその身を起こしながらワンピースの裾へと手を差し入れ、銃を抜く。
燃える装甲多脚戦車とその脇に転がった広域企業体連合の兵士たち。
そして、その脇をよたよたと歩いて来る半身を血で真っ赤に染めた一人の男。
そう。
人民内務委員会の大佐。
が、問題は――
「同志中尉…………量子転送兵器です!」
しかも、
「あれは――」
レベル5 スヴァントヴィト
大佐が叫ぶ。
「ソコロオォォォォォォォフッ!!!!!」
ゆらゆらと揺れる上半身と虚ろな眼差し。
すでにまともに歩くことも覚束ないのでは無いかと思われるその体を気力で引きずるようにして大佐は、ゆらゆらとなおもソコロフ達へ向かって来る。
そして、その半死に掛けの大佐が持っているのが、よりによって戦術核兵器に準ずる威力の量子転送兵器。
しかも――
(なんてこった……)
ソコロフが、やりきれないとばかりに天を仰ぐ。
ここからでも目を凝らすとはっきりと見える。
そう。ズボンに刺さった無数の鎮痛剤の簡易注射器。
あの負傷を見る限りその苦痛は、かなりの物だったろう。
とは言え、あの注射器の数……。
要するに、相手は、
(狂人だ!)
ソコロフは、両の銃をホルスターにしまうとターシャへ叫ぶ。
「行くぞ、ターシャ!」
「ですが――」
「どのみち、量子転送兵器無しであれに立ち向かうのは無理だ!」
そう、相手はレベル5、しかも、開発されて間もない最新鋭の量子転送兵器なのだ。その特徴は、威力だけではない。
と――案の定だった。
特徴的な発射音と共に轟く空を切り裂くような戦慄。
マイタ・スクエアの出口付近、通りにせり出すようにして建つレンガ造りのビルの側面が一瞬にして吹き飛び、向かいや隣のビルをも巻き込んで糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
窓ガラスが一瞬にして微塵に砕け、飛び散るレンガを周囲に振りまきながら粉塵が路面を這うようにして湧き上がって来る。
「くそっ!」
飛んで来る瓦礫から顔を腕で庇いつつ、ソコロフが舌打ちする。
そう。
『レベル5 スヴァントヴィト』の特徴はその発射速度。
その速度は、これまでのレベル5の量子転送兵器が、平均して二十分に一発の発射速度であったのに対して、
(平均十分に一発)
バースト射撃なら、
(七分間に三発)
だが、今の射撃を見る限り、
(一発目から少し間を開けての二発目……。通常射撃か、それとも――)
が、どちらにしても次弾発射までは、少し時間がある筈だ。
ならば――とソコロフが身を翻したその時だった。
(……冗談だろう!!)




