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(さすがに早いな)
驚いたように周囲を見回す大佐に対してその両脇にいたマフィアと思しき男たち、そして、ソコロフ達の後を尾行していた連中までもが巻き添えを食って声も無く路上に崩れ落ちた。
広域企業体連合本部。
その城門を思わせる正面玄関からわらわらと飛び出して来たのは、黒色の装具に全身を包んだ完全武装の兵士たち。
左腕に輝く有翼の獅子の部隊章。
西側の元職業軍人たちを中心に構成された広域企業体連合直属の戦闘部隊、狼藉者たちに血と肉の代償を請求する狂気の実力装置「連合戦闘団」。
通称「ブラッディ・シャイロック」。
その戦力は、定数通りならおよそ一個大隊、四百人。
「撃てっ!!」
指揮官が叫ぶと同時に猛烈な火力が発揮され、響き渡る発砲音と同時に建物のガラスと言わず、壁と言わず、ありとあらゆる物に弾丸が弾け、周囲のあらゆるものをなぎ倒して行く。
しかも、どこに隠れていたのか、
「同志大佐殿を援護しろ! 撃ち返せっ!!」
周囲の建物のそこここから飛び出して来た国家人民軍の兵士たちが、およそ五十人。人民内務委員会配下の戦闘部隊が自動小銃やサブマシンガンで応戦し始めたのだ。
時折、発射される互いのてき弾と飛び交う手りゅう弾。
ガラスが割れ、タイルが砕けて、大量の破片が周囲に勢いよく飛び散り、タイヤを撃ち抜かれた無人配送車が、商店や電動バスに突っ込んで横転する。
充満する煙と共に周囲の建物にも火が回り始めた。
(くそっ……なんてこった!)
周囲の人々が息も絶え絶えに地面を這う中、音を立てて飛び交う銃弾と降り注ぐ瓦礫に身を屈めつつ、ソコロフはターシャと共に通りをひた走る。
とにかく、プライマリー・サーカスから少しでも遠くへ。
足元の路面に銃弾が爆ぜ、その度に周囲で人が斃れる。
(同志中尉! 私たちも応戦しますか?)
(ダメだっ! 逃げるんだ!)
引き攣ったターシャの顔にソコロフも必死で叫ぶ。
もう、ミーシャさんと呼んで取り繕う余裕もないターシャだが、現在の状況はソコロフの想像をもはるかに超えている。
プライマリー・サーカスから西へおよそ百メートルばかりを一目散に走り抜け、マイタ・スクエアと呼ばれている広場に差し掛かった、その時だった。
「伏せろっ!!」
ソコロフが、ターシャに飛びつき路面に伏せる。
その次の瞬間――
ドオォォンッ!!!!
と、体が浮き上がるほどの轟音とともに、ソコロフ達を尾行していたマフィアと思しき男、その最後の一人が血反吐を吐き散らしながら砕けたビルの壁面と一緒に目の前の路面をゴムまりのように転がって行った。
(装甲多脚戦車かっ!)
ひどい耳鳴りに顔を顰めつつ、ソコロフが肩越しに振り返ると砲塔がゆっくりと旋回し――
轟音とともに今度は通りの斜め向かいのビルの二階が吹き飛んだ。
頭上から降り注ぐ瓦礫ともうもうと舞い降りて来る粉塵。
T―56装甲多脚戦車
国家人民軍でも多数が使用されている東側ではポピュラーな第三世代の装甲多脚戦車ではあるが、使っているのは西側の人間たちである。もちろん、国家人民軍のように無改造な状態の筈がない。
さらに続けて二度の砲撃の後、装甲多脚戦車はゆっくりとこちらに向けて前進し始めた。
路面を踏みしめる音が響くと同時に道路に奔る亀裂。
脚の高さは、およそ三メートル。
その全てに高硬度タングステンコーティングの施された装甲板が追加装備され、砲塔には爆発反応装甲と対戦車ロケット防御用の金網、そして、砲塔の上部と車体の下部には、それぞれ自立型熱源追尾センサーとリモコン式の十二・七ミリ連装重機関砲が装備されている。
防御も火力も申し分なしの鋼鉄の怪物。
それが、あらん限りの憎悪をその百二十ミリ口径の砲身に込めて、足音を轟かせながら前進して来る。
地面を揺るがす戦闘重量七十五トン、出力二千四百馬力の鋼鉄の息吹。
装甲多脚戦車は、数メートル進んで停止。
その砲塔が再びゆっくりと動き始め――
(あっ、よせ!)
廃墟と化したビルから飛び出して来た人民内務委員会の兵士が二人、通りの真ん中でしゃがみ込むと、その鋼鉄の化け物の正面に向けて対戦車ロケットを発射した。
が――
その刹那、轟音とともに路面が吹き飛び、二人の勇敢な兵士は跡形も無く消し飛んだ。
降り注ぐ瓦礫と湧き上がる粉塵。
頭上からわらわらと木片とも瓦礫ともつかない物が降り注ぐ中、見開いた目に薄っすらと涙を浮かべて、ターシャが目の前の光景に凍り付いていた。
ソコロフは、慌ててターシャの手を引きビルの陰へと飛び込むと、彼女の耳元にそっと囁いた。
(ターシャ、『ラトニク』を起動しろ)




