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大きなショウウィンドウに掲示された株式相場のデジタル表示が、再び動き始めるのを横目に見つつ、ターシャがソコロフにそっと耳打ちする。
(いや、無視しろ、ターシャ。連中も、ここでは手が出せない)
(でも……)
(気にはなる……か?)
(はい……)
コマーシャル・プレイスの雑踏の中を連中と同じくスーツ姿のソコロフと白いワンピース姿のターシャが行く。
背後に三人。
前に二人。
ソーニャの屋敷を出てから、ずっと着かず離れず。
さすがに鬱陶しくはある。
(どう見てもカタギじゃないな)
(……あの人たちが?)
(ああ。間違いない。ソーニャが言っていた人民内務委員会と組んだマフィアの連中だろう)
(ソーニャさんは、大丈夫でしょうか?)
(彼女と親父さんは、広域企業体連合の保護下にある。連中が、最も苦手とする相手だ。心配いらない)
そこまで話した所で、二人は、コマーシャル・プレイスの心臓部、広域企業体連合本部と中央証券取引所を中心に多数の証券会社、保険会社と言った金融関係の企業が軒を連ねるプライマリー・サーカスへと入って行く。
城塞を思わせる重厚な石造りの広域企業体連合本部と神殿を思わせる円柱の連なった中央証券取引所の表玄関の荘厳な佇まい。
中心に聳え立つ商業の女神ミネルウァのブロンズ像を取り巻くようにして円形交差点には多くの電気自動車や電動バス、証券会社や銀行の無人配送車が列を成し、多くの人々が行き交っていた。
人の波と自動車の間を縫うようにして躱しながら、二人は何とかプライマリー・サーカスの向こう側へ。
が――
ソコロフは、ショウウィンドウに映る追跡者の姿をチラリと見て喉の奥で唸る。
(どうにもやりにくいな……)
コマーシャル・プレイスに来て、すでに一週間あまり。
ホー中尉とアリムラ少尉が合流するまでの残りの数日間をターシャの実地教育に時間を取ろうと思っていたのだが……。
ソコロフは、スーツの上着の下、両脇のホルスターをさり気なく確認する。
頼りになる相棒、二丁のM1911『コルト・ガバメント』。
だが、ここではまずい。
(いっそ、他の階層に――)
そう思った、まさにその時だった。
パァンッ! パァンッ!
ソコロフはターシャの肩を懐抱くようにして手近なビルの柱の影へと飛び込んだ。
(……コマーシャル・プレイスで発砲だと?)
目を見張るターシャの唇にそっと人差し指を当てつつ、ソコロフは柱の影から襲撃者を窺う。
その顔に見覚えがあった。
(なるほど……)
ソーニャがハッキングしてくれた人民内務委員会の部隊編組表で見たその上級民族の大佐こと襲撃者は、上級民族らしい神経質な甲高い声で吠えるように叫ぶ。
「出て来い、ソコロフ! 俺が殺してやるっ!!」
(やれやれ……)
ソコロフは、不満そうなターシャの口を押さえながら天を仰ぐ。
そう言われて出て行くバカはいないと言う以上に致命的な事を先方は分かっていないらしい。なおも、数発、続けざまに発砲音が響き、周囲の人々が悲鳴を上げながら雲の子を散らすように逃げていく。
それにしても――
(お互い、上官には苦労するな、ビーチャ)
そう。
と言うのも、あの上級民族の大佐がここで、ああも考え無しに銃を抜くという事はイコール、人民内務委員会は、今回の地下世界での活動に当たって広域企業体連合とまだ事前の調整を何もしていない可能性が高い、という事に他ならないからなのである。
地の利の無い土地で活動するには、あまりにも迂闊に過ぎるであろう。
が、何はともあれ――
「逃げるぞ、ターシャ!」
「……え?」
「急げ! 連中が出て来る!」
ソコロフが、ターシャの手を引いて柱の影から飛び出し、ビルの壁伝いにコマーシャル・プレイスから西へ向かう通りを走り出したその時だった。
背後から放たれたる大佐の銃声に重なる様にして連続した発砲音が響き始める。




