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ぽっ、と室内に柔らかな明かりが灯る。
そして、それと同時に目の前に現れたのは、一台のベッド――と、その上に横たわる一人の少女。
淡い水色のドレスに身を包み、銀色に輝く長い髪の左右に濃いブルーのリボンを付けたターシャより少し年下と思しき可愛らしい少女だった。
微かに上下する胸と安らかな笑みを浮かべた愛らしい顔。
眠っているかのように横たわる彼女を背に、ソコロフが左右の壁一面を埋め尽くす無数のモニターに向けて振り返ると、「ブンッ」と言う音とともにモニターが起動する。
無数のモニター上に現れたのは、一人の少女。
そう。
目の前のベッドに横たわる少女だった。
少女は、二人を見つめてにっこりと微笑むとドレスの裾を持ってちょこんと上品に頭を下げる。
『お久しぶりです、ソコロフさん。ご無事で何よりでした』
「また面倒を掛けるよ、ソーニャ。親父さんは、元気かい?」
『ええ、とっても。ただ、一昨日から、広域企業体連合の会議に出掛けていていまは留守なんです。ソコロフさんのことをメールでお伝えしたら、会えない事をとても残念がっていました。それで、ソコロフさんにどうぞよろしく、と』
「…………」
部屋の左右の壁一面を埋め尽くすモニター上でほほ笑む少女に戸惑いを隠せないらしいターシャ。
そんな彼女にモニター上の少女は、にっこりと微笑んだ。
『初めまして、ターシャさん。今回、皆さんの作戦の諜報工作や情報収集をお手伝いさせて頂きますソフィア・テレシコヴァと申します。私の事は、「ソーニャ」とお呼び下さいね』
「ええと……同志――じゃなくて、ミーシャさん、その……ソーニャさんは、どういった関係の……民生委員の方じゃ……ないですよね?」
「ああ、それは――」
『ソコロフさん、それは、私に説明させて下さい』
ソコロフに向けて可愛らしく微笑むとソフィアことソーニャは、トコトコとモニター上を歩き出し――どこからともなく画面上に現れた鮮やかな赤い革張りの一人掛けのソファにふんわりと腰を下ろすと、カラカラカラ、と大きな黒板がその背後に滑り出て来た。
『まずは、私と私の父。そして、ソコロフさんとの関係について、お話しますね。私の父は、ウラジーミル・ロジオーノヴィチ・テレシコヴ。はい、電子工学、特に量子頭脳の分野で名を馳せたあの三人のテレシコヴの一人が私の父です』
で――
『私は、その一人娘。私と父とは、昔から大の仲良しで大親友であると同時に、同じ科学の道を志す私にとって、父は人生の目標なんです。それで……そう、それで、私たち親子が地下世界に来た理由ですが――そもそもの発端は、今からちょうど十年前、父が量子頭脳の新たな中央演算装置として人の脳を使ったらどうだろうか、と言うアイデアを温め始めた頃でした。父は、とても正直で清廉な人です。今から思えば、そのアイデアをある程度形にするまで秘密にしていればよかったのですが……父は、そのアイデアを当時勤めていた研究所の上司である方に真っ先に話してしまったんです。それで――』
……………。
ドレスのスカートの裾をもぞもぞと指先でいじりながらソーニャは、俯き加減に呟くように言った。
……その後は、何となく想像出来てしまいますよね?
『そうです。その上司の方は、他人の、特に部下の成功や優れたアイデアを一緒に喜んであげられる程の人格者ではありませんでした。そして、もうそこからはお決まりのコースです。「サボタージュ」……「愚かな思い上がり」「反動的思想」……そして、最終的には「党への反逆」。研究所の上司や同僚の方たちだけではありません。かつての大学の同級生の方やお友達。あらゆる人が、動員されて父を非難しました。研究所の政治集会で、ネット掲示板で、新聞で。ありとあらゆる手段を使って執拗に、です。そして――』
モニターの中のソーニャが深いため息とともに悲し気に首を振った。
『あの頃の事を思い出すと……今でも涙が出ます。そうです……父はその後、すぐに研究所の職を追われ、明日にでも人民内務委員会に逮捕されるかもしれない、という状況になってしまいました。それで、父は母とも離婚せざるを得なくなって――でも、私は、どうしても父と離れるのがイヤでしたから……。父に頼んだんです。「お母さんとは一緒に行かない。お父さんが逮捕されたら、私も一緒に行く。収容所でもどこでもお父さんと一緒がいい」って。もちろん、まだ子供だった当時の私だって、それが無理な事ぐらいよく分かっていました。でも……どうしてもイヤだったんです。とは言え、私のそんな気持ちとはよそに事態は一刻を争う状況でした』
そこで――
『父が藁にも縋る思いで頼ったのが、昔、士官学校で数学の臨時教員をしていた当時の教え子だったソコロフさんでした。というか、ソコロフさんが見かねて助けてくれたんです。それで、父と私は、ソコロフさんのお力を借りて地下世界に亡命する事が出来たんです。そして――亡命から三年後。父は、地下世界で自分のアイデアを形にすることが出来ました。それが――』
ぴょんっ!!
ソファから勢いよく飛び起きると、ソーニャは、ベットに横たわる自身に向けてモニターの中から誇らしげに両の手を広げてみせた。
『――わたし。第八世代量子頭脳「眠り姫」です!』




