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「さて……」


 およそ、十分後。

 タバコを灰皿で揉み消すと、ソコロフはゆっくりと席を立った。

 すっかり満ち足りて満足げなターシャも後に続き、二人は部屋の隅のドアの前へ。

 真鍮製のドアノブをそっと回して、まずは、ソコロフが。

 そして、ターシャが、後から恐る恐るドアの外へと足を踏み出すと――


「わぁぁっ!!」


 純白のワンピースの裾がふんわりと舞い、彼女の口から思わず歓声が漏れる。

 母屋へと続くレンガ造りの渡り廊下。

 その両側、眼下に広がるのは、石造りとレンガのモダンで瀟洒な街並み。

 何処までも続く板葺き屋根と多くの人が行き交う巨大なマーケット。

 そして、その奥に見える大きな時計塔。


「ここが、競合区域(コンテストエリア)内最大の金融・商業区域――」


 ソコロフは、大きく頷いた。


「コマーシャル・プレイスだ!」


 地下空間、室内である事を忘れさせるどこまでも続く街並みと青い空。

 彼女の澄んだ青い瞳が、感嘆と喜びに溢れてきらきらと輝いていた。


(むかし、俺にもこんな頃があったなんてな……)


 感慨は、歳を取った証拠と言うが……。

 暫し無言のまま目の前の景色を二人で見つめた後、ソコロフはターシャを促して渡り廊下を母屋へと向かう。

 母屋は離れ同様レンガ造りの四階建てで、目指すべき部屋は二人がこれまでいた部屋と同じその最上階。レンガ造りのアーチと色とりどりの花で溢れた庭園に囲まれたそこに近づくと燕尾服姿の男が、すっ、と音も無く現れた。


眠り姫スリーピング・ビューティーに会いたいんですが……彼女は、いま、お手すきですか?」


 男は、暫しソコロフとその隣に立つターシャを無言で交互に見つめてから「うむ」と頷いた。

 真っ白な短髪に深い皺の刻まれたどこか悟り切ったような表情。

 そして、その見た目に反してスラリと背筋が伸びて、隙のない身のこなし。


(………………)


 ターシャは、すぐに気が付いたらしい。

 ソコロフが物問いたげな彼女に小さく頷くのを背に、件の老人は二人などまるで眼中に無いかのように黙ったまま先頭に立って室内に入っていく。


(あの方は……?)


(サネアツさんは、彼女のボディーガード兼この家の執事だ。そして、君の診立て通り、劣等民族でもトップクラス、指折りの武道家だ)


 両開きのドアを潜ると現れたのは、巨大な水槽に四面と上部の全面を囲まれた五メートル四方の控室。

 水面の揺らぎが作り出す幻想的な光に照らされた甘美な贅を尽くした室内。

 頭上をゆっくりと泳いでいく大きな魚に見とれつつ、さらにその先、部屋の奥の扉の前に立つと老執事がターシャを見て低い声で言った。


「お嬢さん、隠し持っておられる武器を全部出してもらってもよいかね?」


「…………」


 思わず固まってしまったターシャにソコロフも頷いてみせる。

 この老人が只者ではないのは、ターシャがおそらく一番分かっているだろう。

 それに――


「悪く思わんでくれよ、お嬢さん。これが私の仕事なのでね」


 ――後ろを向いていた方がよいだろうね?


 畳みかけるようにそう尋ねた老執事にターシャも観念したのか顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうにもぞもぞとワンピースの裾をたくし上げ……。

 衣擦れの音が済んで、ソコロフが振り返ると頬をまだ微かに朱に染めたターシャが、手にした拳銃とサバイバルナイフを老執事に差し出した。


「こ、これでいいでしょうか?」


「うむ。ありがとう、お嬢さん。……では、お嬢さん、ソコロフさん、中へどうぞ。カギは開いておりますよ」


 じゃあ――


 ソコロフが、隣に立つターシャに頷くと、目の前の横開きの扉が「バシュンッ!」と小気味のいい音を立ててスライドする。

 薄暗い部屋の中。

 ソコロフを先頭に二人が足を踏み入れたその時だった。


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