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 ***************



「ミーシャ?」


「ああ。地下世界(アンダーグラウンド)では、階級を呼ぶのはもちろん、敬礼も厳禁だ。軍服も競合区域(コンテストエリア)内での戦闘パトロール以外では着用しない。なので――俺は、君の事を『ターシャ』と愛称で呼ぶから、君も俺の事は愛称で呼んでくれ。他の連中については……まあ、おいおい紹介しよう」


 委員長室のある五階から少し離れた民生委員会戦闘本部会議室――

 付属の小部屋。

 通称『パブロフ軍曹の映画館』。

 どうしてそんなあだ名が付いたのか由来は不明だが、理由は何となく想像できる。

 ソコロフは、ペトロヴァに向けて小さく頷くと壁一面を埋める資料映像アーカイブから数本の動画を選んで自動再生をリクエストする。

 古い動画だからなのか、ここの設備が骨董品だからなのか、なかなか始まらない再生の合間にソコロフとペトロヴァは、小さな作業用デスクの上に置いた昼食をカシャカシャと味気ない音を立てながら喉の奥へと急いで流し込んでいく。

 相変わらず味も香りもロクにしない代用小麦(とは、一体なんなのだろうか?)で作られた白パンと「キエフ風カツレツ」と仰々しく銘打った正体不明のよく分からないタンパク質のフライ。そして、放水路の濁った水を思わせる具がほとんどないぬるいスープと「季節の果物」と名前だけは何とも素敵(ハラショー)なオレンジ色の立方体……。

 それらが、なんとも申し訳なさそうに、食器兼用の凹凸のついたアルミトレイの上に鎮座していた。

 国家人民軍下級士官及び下士官兵向けの団体給食。

 誰が言ったか知らないが――


(『貧乏人のサーカス』とは、よく言ったものだ)


 と、スクリーン代わりの部屋の壁にようやく映像が映し出された。

 一本目は、これまでペトロヴァに向けて説明した地下世界(アンダーグランウンド)の各階層における勢力関係やその構成、そして、その社会を構成する基本的な知識をまとめた物だ。

 おおよそ説明済みな事ではあるが、大事な点については何度言っても言い過ぎるという事はない。

 何せ、彼女にとって未知の世界の事なのだ。


「いま一度、地下世界について基本的な点をおさらいしておこう。地下世界、俺たちは地下の連中の使う言葉に合わせて地下世界(アンダーグラウンド)と呼んでいるが、およそ百の階層からなり、一階層あたりの面積は、約二百四十平方キロメートル、いま、俺たち国家人民軍の勢力下にあるのが四十一階層までで、それ以降の四十二階層から六十三階層は、敵味方の入り混じった競合区域(コンテストエリア)になっている。そして――」


 ソコロフは、ポケットからタバコを引っ張り出しながら動画に写し出された階層図の六十四階層を指差し、


「この先、六十四階層からは、完全に敵さんの勢力圏内だ。ちなみに、俺たちの目指す敵の中枢、『聖少女』の宮殿がある劣等民族の聖域、通称『オルタナティブ・エリア32』は、ここ、八十二階層にある。で、次に……地下社会の構成についてだが――」


 黄燐ライターをカチンッと鳴らして咥えたタバコに火を付けた。


「敵味方の勢力圏内については、説明は不要だろう。敵勢力圏内は、ほぼ百パーセント劣等民族で、我々の勢力圏内は地上と同じだ。で、競合区域(コンテストエリア)については――確かな割合については不明だが、様々な連中が入り乱れている状態だ。劣等民族、中級民族……地上と地下、それぞれから来た商売人や逃亡者、さらには、そういった連中を統括するマフィアとヤクザに広域企業体連合」


 そして――


「反人民党ゲリラ組織。いわゆる反国家分子(リベレーター)だ。言い忘れないうちに言っておくと、反国家分子(リベレーター)の中で最大のグループが、いま出て来た『郷土防衛戦線』で、地下世界(アンダーグラウンド)での俺たちの戦闘の相手は、ほぼ百パーセント連中だと思って間違いない。で、連中より若干規模の小さい『愛国救済同盟』の方は――」


 動画は、ソコロフの話を補足するようにさらに地下市民の生活や経済活動などこまごまとした内容を手際よく説明して行く。

 タバコを燻らせながら、時折、説明を挟みつつ動画を見続ける事三十分。

 基本的な知識の動画が終わり、この部屋に籠った最大の理由である動画の再生が始まった。

 動画の再生が始まってすぐにペトロヴァの顔色が変わった。


「同志中尉……この動画は?」


「…………」


 六本目のタバコの消えかけた紫煙がゆらゆらと天井に細く立ち上って行く。


「……同志中尉?」


「……あぁ、すまない」


 ソコロフは、消えかけたタバコを灰皿で揉み消すと眉間を指先で揉みながら、ため息を吐くように言った。


「これは、敵の……劣等民族のプロパガンダ動画だ。で――」


 胸ポケットのタバコに再び指を伸ばしながら一人の人物を指差した。

 演壇の上に居並んだ劣等民族の政府の高官たちと思しき連中の前に進み出て来た一人の少女。

 純白のドレスに長い黒髪。

 ほっそりとした端正な顔立ちながら、どこか意志の強さを秘めた魅力的な鳶色の瞳が特徴的な少女。

 そう――


「この女の子が、俺たちの目標である『聖少女』だ」


「……本当に少女……て、言うか普通の女の子なんですね。この子は、幾つぐらいなんですか?」


「この当時で、十六歳……かな」


「この当時?」


「この映像は、革命前のものだ」


「七十年前ですか? でも、代替わりしたって仰ってましたよね?」


「ああ。『聖少女』は、短くて八年から長くて十年弱の在位の後、後進に代替わりする。この映像は、代替わりした際に行っていた一般市民向けの行事を映したものだ」


「……同志中尉、どうしてそんなに昔の代の『聖少女』を?」



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