[17]
雨が、楽し気に唄っていた。
パラパラとガラス窓を水滴が滴ると同時に、
屋根を叩く雨の音が響き始める。
静まり返った部屋の中。
窓ガラスの向こうに映る灰色の空と飛び退って行く黒い雲。
少女は、テーブルに突っ伏したまま、目だけ動かしてそっと見上げた。
澄んだ鳶色の瞳が、
寂し気に瞬く少女の大きな瞳が、
ガラスの上をゆっくりと流れて行く雨のしずくを一心に見つめている。
真っ赤になった瞳。
と――沈黙と静寂が思い出したように、ひたひたと部屋を浸して行き、
やさしい色に満ちた少女の瞳に再び滲み始める大粒の涙。
そして――
真っ白なワンピースの肩が微かに震えて、
少女の瞳から、ぽたり、と涙が零れ落ちた。
静まり返った部屋の中。
少女の漏らす嗚咽の音が微かに響く。
屋根を叩く雨音が、そんな少女の事を包み込むかのように唄い続けていた。
雨が、
雨だけが、楽し気に唄っていた。
(う……ん?)
目を擦りながら、ソコロフは長椅子の上にゆっくりと起き上がった。
シャフトへの降下作戦からおよそ二十二時間後。
外壁から潜り込んだ地下世界の排気口をさんざん彷徨ってここに辿り着いてからすでに十八時間ほどが経っていた。
目の前に大きく開いた窓の外。
階下に望む中庭には、麗らかな初夏の日差しにさわさわとそよぐ木々の眩しいまでの緑。
(あぁ……そうか……)
ソコロフは、夢の中の少女の幻影を追い払うかのように首を振って大きく伸びをした。
地下世界の方が、どうにも暮らしやすいというのは、職業病というのもあるにせよ、地下に潜る民生委員の間では、ある種の常識である。
特にこの階層でそれは顕著だ。
地上であればいついかなる時でも目に入る窓の外の雪が無い世界。
本来であれば地上にも存在する筈だった季節が当たり前に存在する世界。
本物の季節に準じて作られた人工的な季節。
そして、本物の――
音もなく部屋に入って来た機械化女中が、近くのテーブルの上にコトンと二つの皿を置く。
鼻孔をくすぐるベーコンとスクランブルエッグの香しい香り。
テーブルの中央に置かれた皿に盛られたフルーツと新鮮な生野菜のサラダ。
簡単なものでいいと頼んでおいたのだが、意外にも皿数が多い。
ソコロフの腹が、グーと鳴った。
別の機械化女中が、焼きたての白パンを盛ったバスケットをテーブルの中央に置いたのと入れ違いにペトロヴァが部屋に入って来た。
三つ編みに編んだ黄金色の髪を背中に垂らし、涼しげな白のワンピースに身を包んだペトロヴァ。
十代の少女らしい格好の彼女が、頬を微かに染めながら、
「おはようございます……同志中――」
言いかけて、慌てて言い直す。
「お……おはようございます――」
――ミーシャさん。




