完全に意地になっていた
「これは?」
蔵の中にあったものを見ながら、俺は父親に声をかける。
「俺の曽祖父が遠い昔に使っていた物だ」
「曽祖父……」
そこにあったのは、沢山の調理器具だった。
大小さまざまな鍋に包丁、まな板、ボウル、木べら、おたま……ちょっと何に使うか分からない物もあるが、本当に沢山の調理器具が溢れている。
「俺の曽祖父は火の魔法が得意だったそうだ」
調理器具を一つずつ手に取りながら、父親がぽつりぽつりと零す。
「火の魔法を使って色んな料理を作ってくれた、と祖父に聞いていてね」
「料理に魔法……」
確かに、火を自在に操ることが出来れば火加減調節も自在に操れるということだろうし、火の魔法は料理にも使えるのかもしれない。
俺は勝手なイメージで火の魔法を攻撃魔法だと思い込んでいたけども。
「その道具の使い方や料理の作り方を継承出来ていればよかったのだけど、曽祖父は若くして亡くなってしまって、詳しいことは分からず仕舞い」
父親の話に小さく相槌を打ちながら、近くにあった箱のような物体に近付く。その箱の側面にはこの蔵の入り口のところにあった宝石のようなものがくっついている。
扉についていた宝石が照明だったんだから、これも照明か? そう思った俺はその宝石にそっと魔力を込めた。
「お」
宝石に魔力を込めた途端、箱の中がじんわりと赤くなる。見た感じ火はついていないようだ。
「やっぱりロベルトならそれを動かせるのか」
「多分」
動かすことなら可能だ。宝石に魔力を込めればいいだけだから。
問題は使い方が分かるかどうかだ。
この箱はなんとなく電子レンジ的なやつかトースター的なやつか、って感じではあるが、明らかに料理に使う道具っぽくないものもある。妙な球体とか妙な筒とか……。
「使えるのなら、この蔵にあるものはロベルトが自由に使ってくれ」
「え?」
「ここに置いてあるだけでは、宝の持ち腐れだからな」
確かにそうだが、父親の曽祖父の時代からある物を俺が勝手に使ってもいいものなのか?
骨董品的な、なんか別の価値がありそうなものなのに。
まぁ魔力を必要としない普通の道具は便利そうなのでありがたく使わせていただくけれども。ボウルとかはいくつあっても困らないからな。
「それで、ロベルトが嫌じゃないのなら、また今日みたいに料理を作ってくれないか?」
「料理くらい、いくらでも」
「テオがあんなに嬉しそうにものを食べてる姿、久しぶりに見たんだ」
確かに、テオはとても嬉しそうに食べていた。美味しい美味しいと何度も言いながら。
あれは正直なところ俺も嬉しかった。即席で作った、あんなにシンプルな料理だったのに。
「じゃあ、明日からは日中に食材採集、夕食は俺が作る」
「あ、くれぐれも無理はしないでくれよ。出来る限りでいいんだ」
「いや、実を言うと俺、もっと作りたくて」
俺がそう言うと、父親はくすりと笑った。やりたいことがあることはいいことだ、と言って。
拾ってもらった恩を返したかったのだ。俺の得意な料理でそれが出来るのなら、いくらだって作りたい。役に立ちたい。
「せやから、明日は魚が手に入るようにお祈りしとってな、父さん」
にたりと笑って言えば、父親は驚いたように少しだけ目を瞠った。そしてすぐに苦笑を零す。
「美味しい魚だといいな」
なんて呟きながら。
そういえば魚は苦いから嫌いだなんてテオは子どもだな、と思っていたわけだが、どうやらこの家族は皆魚は苦いもんだと思っていたようだった。
内臓ごと丸焼きにすればそりゃ大人が食ったって苦いわな。
それどころか魚の内臓には寄生虫がいたりするはずなのに、この人ら、今までよく無事だったな。まぁあんまり食ってなかったから大丈夫だったんだろうけど。
そんなわけで翌日。俺は川に仕掛けた罠を見に行くことにした。
「待ってよロベルト~!」
テオがもたもたしながらついてきている。あれはテオがどんくさいからではない。単に魚が食いたくないからだ。
「別に道は覚えてるし、俺一人でもええねんで?」
「ダメだよ!」
「ほなはよ行くで」
もたもたしてたら置いていくからな、と俺は容赦なく歩き出す。
テオは乗り気ではないけれど、俺はものすごく乗り気なのだ。
なぜなら、テオ達に一刻も早くタンパク質を摂らせたいから。皆揃って肌は荒れているし髪はパサついているし爪はボロボロだし、もうどこからどう見てもタンパク質不足なのだ。
この家で手軽に摂れるタンパク質は今のところ卵のみなので、出来れば魚も増やしたい。
肉は高価なようでそう頻繁に買えないみたいだし、乳製品も必要最低限みたいだったし……そもそも俺が作る料理で家計を圧迫したくはない。
役に立ちたいから料理をすると決めたのだから、家計を圧迫していたら本末転倒だし。
幸いこの家は徒歩圏内に海も川もある。肉を調達するのは難しいが、魚ならなんとか出来る……気がするのだ。
釣りなら弟とやったこともあるしな。日本で。……釣り堀で。
でもなぁ、釣り堀て結局はお膳立てしてもろた状態で釣ってるみたいなもんだったかもしれないからなぁ……と考えると不安だが、とりあえずやってみる価値はあるだろう。知らんけど。
そんなことを考えていたら、罠を仕掛けた場所に辿り着いていた。
「お! なんか入ってんで!」
「ええ!」
早速魚ゲットや! と、喜び勇んで罠を引っ張り上げたのだが。
「……アカン」
魔眼(仮)でステータスを見たところ『食べられない』の文字が。しかも『猛毒』とも書いてある。
「それ、危ない魚じゃない?」
「そうらしいな」
「ロベルト、危ないから早く逃がして」
がっくりと肩を落とす俺と、どこか嬉しそうなテオ。なんかちょっと腹立たしい。絶対に魚を捕まえてやる……絶対に食わせてやる……!
罠はとりあえずもう一度仕掛けて、念のためにと持ってきていた釣り竿で川魚を狙う。
調理のしやすさで言えば海の魚のほうがいいのだが、今から海まで行って釣りをするとなると人数分の魚を確保出来ない可能性もある。時間が足りなくて。移動は全て徒歩だもの。せめてチャリでもあればなぁ。
「釣れないね。いないんじゃない?」
「うーん」
猛毒の魚がいたから他の魚がいないとか、そういうこともあるのだろうか?
そうだとしたら、やっぱり今から海まで行くべきか……。
この魔眼(仮)で水中が見えればいいのに。
そう思った俺は、とりあえず魔眼(仮)で水面を見る。するとどうだろう。水面に『食べられる』と『食べられない』の文字だけがうろうろしている。
おそらくあの文字の下に魚がいるのだ。魚かどうかは分からないが、とりあえずなんか食えるもんがいることには違いない。あそこを狙おう。
「うおおお!」
ステータスの文字を狙い始めて約数分、ついに初めてのあたりがきた。
「ええええ」
ちょっと嫌そうなテオの声を聞き流しながら、俺は必死で引っ張り上げる。糸が切れないように、竿が折れないように。
「釣れたー!」
初めて釣り堀以外で魚を釣った! そんな喜びと、貴重なタンパク源! という気持ちが俺の体内を駆け巡った。
めっちゃ嬉しい。
それからこのステータスの文字を狙う戦法で、3匹釣ることが出来た。
幸い3匹とも40センチ弱はあるのでなんとか5人分くらいにはなるだろう。
「それ、食べられるの?」
「食べられるで」
見たことのない色柄だし魚の名は分からないが、魔眼(仮)が食べられると言っているのだから食べられるのだ。俺は俺の眼を信じる。
というわけで、釣った魚を持ち帰る途中で昨日のキノコや別のキノコ、それから初めて見付けた柑橘っぽい木の実を確保しつつ家路を急ぐ。魚が傷んでしまったら元も子もないので。
帰宅すると、丁度母親が昼食の準備をしているところだった。
「ただいま」
「あらおかえりテオ、ロベルト」
どうやら母親は野菜スープを作ろうとしているらしい。
俺は横からそっと母親が捨てようとしている野菜の切れ端を回収する。
「こらロベルト、何をしているの? お腹が空いてるの?」
「いや、あとで使いたくて」
「……ゴミを?」
その時の母親の目は不審者を見る目だった。失礼な話である。
昼食に母親の野菜スープをいただいた後、少しの空き時間の間に家の周りを観察してみた。何か食材はないかと。
庭には母親が育てているという小さな家庭菜園がある。そこにはもちろん食える野菜が生えているわけだが、量はあまり多くない。
スペースはあるようなのでもう少しあれこれ植えたいところ。
川には魚、森には木の実やキノコ、海の食材はまだ探したことがないので明日行ってみるとして……。
やっぱり醤油が欲しいな。大豆はないのだろうか。
いやでも大豆があったところで醤油を自作するとなると麹菌が必要になる。この地でそんなもんどうやって探すんだ。醤油より見つからないだろうそんなもん。
初めて醤油を作った人間はどこでどうやって麹菌なんてものを見付けたんだろうなぁ。
と、そんなわけで夕飯準備の時間だ。
とりあえず鍋に水と母親から貰ったゴミこと野菜の切れ端、そして酒と塩を適量ぶち込む。これをまず沸騰直前まで煮る。
その間、釣ってきた魚の下処理をする。
表面がぬめっているので塩を振ってぬめりを取りつつ鱗も取っていく。よく洗って水気を切ってから内臓を取り除いて頭を落とす。
その時に気が付いたのだが、この魚の身はオレンジ色だった。見かけは違うがニジマスっぽい魚のようだ。ニジマスなら絶対うまいはず。
「おっと」
野菜の切れ端が沸騰しそうになっていた。沸騰してしまうとえぐみが出るので一旦火を弱める。弱火にするときにも魔法が使えるのでめちゃくちゃ便利だった。魔法ってすげー。
で、途中だった魚のほうに戻ろう。
釣った時は川魚といえば串にさして丸焼きにするやつ、と思っていたのだが、ここの人たちは内臓ごと丸焼きにして苦かったという経験があるので形は変えたほうがいいだろう。
そもそも頭落としたし丸焼きには出来ないのだけれど。
「本当に食べられるの?」
俺の隣で不審そうな目を向けながら、テオがそう呟く。
「食べられるて」
とりあえず適当に捌いてムニエルにしよう。オリーブオイルはあるし、なんか白い粉もあるし。
「これ何の粉? 小麦粉?」
なんかいっぱいあるみたいだし使っても大丈夫そうだな。
「お芋の粉だよ。小麦は高くて買えないからね」
と、テオは少し寂しげな声で答えた。
見たことないなとは思っていたけど、小麦も一応存在しているらしい。
「小麦って高いんや」
野菜の切れ端のほうの火を止めながらそう言うと、テオは小さく頷く。
「エイマーズさんのとこにはたくさんあるんだって」
出た。また例のエイマーズさんや。同じ島なのに、あっちにはあってこっちにはないってどういうことなんだ。育てようと思えば育てられるもんなんじゃないのか?
土の質とかにもよるんだろうけども……。
おかしな話だな、と思いつつ野菜の切れ端の鍋にもう一度火をつけてから、今度はキノコの下ごしらえに取り掛かる。
今日はキノコの炊き込みご飯にするつもりなのだ。キノコをたっぷり入れればお腹にも溜まるからな。
あとはジャガイモならたくさんあるから使っても大丈夫とのことだったので、それを千切りにして炒めようと思う。
「まぁ小麦なんかなくても俺が美味しいもん食わせたるからな」
「……うん」
粉ならこのお芋の粉という名の片栗粉的なものもあるし、米を頑張って粉にすれば米粉も出来る。なんとかなるなんとかなる。
グルテンフリーっちゅーやつやな。
「よーし」
大体の下ごしらえが出来たので、ここからはスピード勝負だ。
水につけておいた米にキノコをぶち込んで、野菜の切れ端から取った出汁を入れて火にかける。
魚には片栗粉をまぶして、オリーブオイルをひいたフライパンに並べていく。
千切りにしたジャガイモはちゃちゃっと炒めて、半透明になってきたところで塩と酒と、さっきの野菜出汁を少しだけ。
「いい匂いがする!」
「せやろ」
そんなわけで、今日のメニューはキノコの炊き込みご飯、魚のムニエル、千切りジャガイモ炒めで出来上がりだ。帰り道に取った柑橘系の木の実をムニエルの上で絞れば完璧。
ただまぁもう少し品数が欲しい気もするけれど、今はこれが限界だ。
明日からはもっと遠くまで足を延ばして使える食材を増やしていこう。