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雷鳴を聞いていた

 雷鳴が聞こえる。

 おそらくとても近いらしい。閃光が走った直後に鳴った轟音に、ぴくりと肩が跳ねてしまうほどだった。

 勉強に集中しなければならないし気にしていられないのだが、ここまでの轟音を聞くことは滅多にないので妙にテンションが上がってしまう。

 そしてそんなアホは俺だけではなかったようだ。

 軽快な通知音を響かせたスマホのディスプレイを見ると、友人からの『ゴリラゲイ雨ヤバない?』というメッセージが表示されている。

 とりあえず『ヤバいんはお前の頭ちゃう?』と適当に返信をして、俺は窓へと視線を移す。雨は降っていなかった。

 友人が今どこにいるのかは知らないが、ここもそのうち降ってくるのだろうか。

 わざわざメッセージを送ってくるほどだ、友人のところは相当降っているのかもしれない。


「明日は午前中にちょっと学校行って、午後がカフェでバイト、夜がイタリアンで手伝い……雨は嫌やな」


 明日の予定を見ながら独り言を零す。

 まぁそもそも最近は予定を詰め込んでいるのでいつ雨が降っても嫌か。友人の言う通りゴリラゲイ雨……ではなく、ゲリラ豪雨であればいいな。

 なんて、くすりとほんの少し笑ったところで、今までで一番大きな雷が俺の網膜と鼓膜を突き刺した。

 これは近いどころの騒ぎではない。もしやこの家に落ちたのでは?

 この家に落ちたとしたらどうなる? 落雷ってことは火事になるのでは? だとしたら別の部屋で寝ている弟を助けなければ、と考えたところで俺の意識は途切れてしまったのだった。


 ・・・・・


 次に覚醒した時、俺の身体は妙に冷えていた。

 冷えているからか思うように動けない。

 今自分がどこにいるのか、どうなっているのか知りたいのに目が開けられない。

 ただ感覚だけで分かることといえば、身体が濡れていることと、倒れていること。

 耳には雑音が滑り込んできていて、鼻腔をくすぐるのは変な臭い……これは、潮の匂いか? 潮の匂いということは海?


 ……海? なんで?


 待て待て、俺は家で勉強をしていなかったか? 海に来た覚えなどないし、そもそも外にも出ていない。雷鳴を聞いていたから外に出ようという気すらなかったはずだ。

 雷……あぁ、そうだ、ものすごい音を聞いたんだ。雷が、落ちたような。

 落ち着け。考えろ。雷鳴を聞いてから意識を失って、今身体が濡れている感覚がある。ということは、家に雷が落ちて火事になり、消火の際に身体が濡れたと考えれば合点がいくのでは?

 いや、でも、それでもおかしい。そうだとしたら、あまりにも静かだ。

 火事が起きて消火をしたのなら消防車が来ているはずだし、消防車が来ていれば少なからず野次馬も集まるだろう。

 しかし俺の耳には消防士の声も野次馬の声も聞こえない。ただただ定期的に穏やかな波音が聞こえるだけなのだ。

 そして力が入らないながらも必死で指を動かせば、そこに感じるのは水に濡れた砂の感覚。

 潮の匂い、波音、砂の時点で明らかに海である。

 ちなみに俺の家が海のすぐ側なんてことはない。

 消火の勢いで海まで飛んだ?


 ……んなわけあるかい。


 虚しい一人ツッコミを脳内で繰り広げていたその時。頭の上のほうからざくざくと音が聞こえてきた。

 人の足音かもしれない。


「―――、――」


 おかしい。すぐ近くに人の気配を感じるし、おそらくその人の声がするのに、言葉が頭に入ってこない。何を言っているのか分からない。

 未だに目を開けることも出来ないので、誰がいるのかも分からない。

 誰だか分からないが、その人は俺の肩に触れ、身体を揺さぶって起こそうとしてくれている。その手はあまり大きくはないようだ。

 もしかしたら弟かもしれないと思ったけれど、この声も、この力の入れ方も、弟ではない。


「――、―――!」


 声の主は何かを言い残し、ざくざくと音を立ててどこかへ去って行ってしまった。


 ・・・・・


 俺はまた、いつの間にか気を失っていたらしい。

 次に覚醒した時に感じたものは、布。波の音もしなければ潮の匂いもしないし砂の感触もない。ただ、何か薄い布の存在を感じる。

 なんだこれ、と思っていると、今度は目が開いた。

 やっと目が開いたので、上半身を起こし、ふと手元を見るとそこにあったのは推定布団だった。というか、布団的な感覚で俺の身体にかけられていたのだ。わりと薄い布が。

 お前、布団だったのか、なんて思っていたところ、とんでもないものが視界に入る。

 手だ。手。俺の手。にぎにぎと動かせば、俺の思い通りに動くその手は、明らかに小さかった。


 いやいや。……いやいやいやいや。


 そっと目を閉じて、もう一度目を開ける。

 そんなことをしても、薄い布の上には小さな手があるし、その手は俺の意思の通りに動く。

 ということは、俺の手なのだろう。俺の手どころか弟の手よりも小さい。

 中学生の弟よりも小さな手。調理実習の時にやらかした切り傷の痕も、インターンシップ先でから揚げの油跳ねと格闘して出来た火傷の痕も、手伝わせてもらっていた居酒屋でうっかり串をぶっ刺した傷跡も、何もかも消えてしまった綺麗で小さな手。

 これが俺の手だということは、やはり俺は雷に打たれて死んだのだろうか?

 死んで、生まれ変わった? そのわりに、生まれたばかりの手って感じではないな。五歳以上十歳未満ってところか。


「―――!」


 さっき聞いた声がした。

 ふと顔を上げると、声の主はドアのところにいた。小さな男の子だ。あれも、五歳以上十歳未満ってところか。

 あれは誰なのか、俺を助けてくれたのか、聞きたいことはいくつもあったが、彼は踵を返してどこかへ行ってしまう。

 少し距離があったから分からなかったが、彼の髪はくすんだ金髪のようだった。言葉も聞き取れないということは、外国人なのだろうか?

 いやでも死んで生まれ変わったのだとしたら、外国人というか、俺が日本じゃない国に生まれたのか?


「――! ―――、――」


 何を言っているのかさっぱり分からないが、さっきの男の子が戻ってきた。そして彼は皿のようなものを持っている。その皿に乗っているのは、なんか、茶色っぽいどろっとした何かだった。

 スプーンが添えられているので食べ物だろう。なんの匂いもしないけれど。

 色合い的にお粥ではないし、なんだ、お湯でふやかしたパンかなんかか?

 と、皿を凝視していると、男の子がどろっとした何かをスプーンですくい、俺の口元まで持ってきてくれる。

 食えってことなのだろう。分かっている。

 ただ、何が怖いって、この超至近距離でもなんの匂いもしない。

 しかし男の子はにこやかに差し出してきているのでおそらく悪気はひとかけらも持ち合わせていない。それどころか善意しか感じない。

 ここは腹を括って食うしかないだろう。

 よし、と意を決して、どろっとしたものをぱくりと口に入れる。


 味が全くせえへん。


 まさかの無味無臭だった。

 そんなはずはない、としばらく口の中で転がしていると、ほのかな甘みを感じた。

 本当にほのかなので絶対とは言えないが、これはパンではない。おそらく米。たまにざらりとしたものを感じるので玄米か。ただ米の形は全くないので……うーん、なんだこれ。


「えっと、大丈夫?」


「え」


 いつの間にか、さっきまで聞き取れなかったはずの男の子の言葉が理解出来るようになっていた。


「もっと食べてね」


「あ」


 ほぼ無味無臭のどろっとしたものを口の中にぶち込まれる。

 何度ぶち込まれても、これがなんなのかは分からなかった。


「君はどこから来たの?」


「あ……」


「海で倒れてたんだよ」


「う」


 男の子の言葉は聞き取れるけれど、彼が話しているのは日本語ではない。

 そして、俺の口から言葉が出ることはない。日本語も出てこないのだ。

 どうしたもんかと思っていたところで、別の声が聞こえる。


「テオ」


「母さん! 男の子ね、起きたんだよ!」


「あらあら、本当」


 母さんと呼ばれた女性がぱたぱたと近付いてくる。

 そのまま俺の顔を覗き込み、ほんの一瞬だったが目を丸くしていた。


「ごはんは食べてくれたよ」


「そ、そう」


 いやオカン、明らかに動揺してるやん。


「それでね、今どこから来たのか聞いてたんだけど」


「どこから来たの?」


 女性は男の子と俺を交互に見ながらそう問う。


「あ、う」


 しかし俺は言葉を喋れない。


「言葉が分からないのかな?」


「そう……かもしれないわね」


「大陸から流れてきたのかな?」


「それはさすがに無理だと思うけれど……でも、そうだとしても言葉が分からないことはないでしょう。大陸だってここだって使っている言葉は同じよ」


「そうだよね」


 大陸、ってことは、ここは島国なのか? 日本ではなさそうだが。


「……もうしばらく眠っていなさい」


 女性はそう言って、俺の胸元に手を添えた。その手にそっと力が籠ったので、俺は逆らわずに横になった。


「もう眠っちゃうの?」


「この子は海で倒れていたんでしょう? きっと疲れているはずよ」


「そっか。じゃあ、またあとでね」


 男の子は俺に向かってそう言って、女性に促されるままに部屋を出て行った。


「あの子うちの子になる?」


「お父様に相談してみましょう」


「父さんならきっといいって言ってくれると思うな。僕、弟が欲しかったんだ」


「はいはい」


 どうやらこの家は壁が薄いらしい。部屋を出て行った後の会話が筒抜けだった。

 しかしこの壁の薄さ、殺風景な部屋、薄い布のような布団、さらには男の子も女性も髪はパサついていて肌にも艶がなく唇はかさついていた。

 家具に手が回っていないだけでなく、二人とも見るからに栄養不足だ。

 これはおそらく、多分、いや、確定してもいい。この家は、貧乏だ。





 

ただのほのぼの異世界スローライフ(仮)です。

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