フェイズ61「WW2(55)ノースアイルランド上陸作戦5」-2
大型艦で最初に火蓋を切ったのは、50口径16インチ砲を搭載していたアメリカ艦隊の一部だった。
距離は17海里。
3万メートルを少し超える距離だ。
もっとも、遠距離砲撃の命中精度は誉められるものではなかった。
これは演習でも今までの艦砲射撃任務などでも明らかになっていた事だが、使用する砲弾重量が大きすぎるため、どうしても遠距離射撃の精度が低下するのだ。
《アイオワ級》戦艦の船としての完成度の低さを理由の一つに挙げる者もいるが、この戦いでは《モンタナ級》戦艦も似たような成績だし、戦場も海峡近辺とはいえ内海なので波も荒くないので、純粋に兵器の性質の問題と考えて問題ないだろう。
とにかく、遠距離での砲撃は当たらなかった。
しかしイギリス側に焦りを呼ぶ事にはなり、イギリス海軍も予定より早く砲撃を開始する。
射撃を開始したのは《ライオン級》戦艦だが、砲の威力はアメリカの戦艦より少し劣っていた。
砲身が45口径で砲弾重量も少ないからだ。
だが、《ネルソン級》のような軽量砲弾ではないので、列強一般の砲弾性能だった。
また主砲の発射速度は最大で30秒に1回なので、近接戦だと威力を発揮できる可能性があった。
しかし、まず始まったのは遠距離砲撃戦だった。
秒速約2キロで約3万メートルを飛翔すると、着弾までに90秒かかる。
《ライオン級》が射撃開始した頃だと飛翔時間は80秒程度だったが、発射速度の優劣は関係なかった。
それに射撃速度の早さなら、アメリカ海軍も同等だった。
もっとも、イギリス海軍では射撃レーダーの性能を信じて、いわゆる見越し射撃をする予定もあった。
普通は着弾してその数値を反映して次の弾を撃ち出すが、高角砲のようにレーダーの情報だけで射撃するなら、理屈の上では発砲速度そのままの射撃が可能となる。
しかし遠距離砲撃は、レーダー情報だけで射撃すると精度が落ちてしまう。
様々な情報を複合して、光学照準を加えた上で射撃するのが常道だった。
レーダーだけで射撃するのは、夜間だけに限るべきだった。
しかし、この時通常の射撃を選択したのは、主砲の機械的信頼性が十分ではなかったからでもある。
イギリス戦艦の主砲は、この戦争中でも何度も故障していた。
と言うよりも、戦艦の主砲は案外故障しやすい。
イギリス海軍以外の戦艦も、戦場で頻繁に故障している。
特に三連装、四連装砲塔は故障しやすく、各国共に故障には悩まされ続けた。
日本海軍でも、《大和型》が艦砲射撃中に故障して砲塔ごと沈黙した事があったりしている。
連装砲塔は熟成した技術のため比較的故障しにくいので、防御の不利を受け入れて使用する国が多い理由の一つとなっている。
そしてこの時のイギリス海軍も、速射によって故障の可能性を高めるよりは、堅実な射撃を選択していた。
戦艦の砲撃は、一般的には2万5000メートル以下になると命中しやすくなると言われる。
しかし戦艦の主装甲は、自らの主砲弾に対して距離2万から3万メートルで防げるように設計されている。
ドイツ海軍はもう少し間合いが短いが、これは遠距離戦よりも中近距戦を重視しているためでもある。
それに距離2万メートルでも、命中率は非常に低いのでドイツ海軍の選択も間違いとは言えない。
そしてこの時は、距離約2万5800メートルで最初の命中弾が発生した。
命中させたのは《モンタナ》。
アメリカ艦隊の旗艦であり乗組員も精鋭が選抜され、先頭を進んでいるため主砲の射撃回数が多かったため、射撃データの蓄積と砲撃の修正が的確に行われたことが報われたからだ。
その証拠に3斉射目で挟叉、つまり敵艦を挟むように砲弾が落下している。
一度挟叉を出した後は、どちらかが進路を急に変更しない限り、あとは確率論を信じて撃ち込み続ければよい。
この時の命中弾も、4斉射目に発生している。
《モンタナ》が狙ったのは《コンカラー》。
米艦隊が、《モンタナ級》2隻と《アイオワ級》4隻で《ライオン級》4隻を狙ったからだ。
そしてこの頃になると、全ての戦艦が砲撃を開始していた。
この後も砲撃戦が続くが、最も接近した時点で距離はおおよそ10海里(1万8000メートル)。
そこを過ぎると後は離れる一方になり、米艦隊は徐々に進路を東寄り、イギリス艦隊に近づく方向に変更する。
これは敵への接近を続けると同時に、包囲行動の準備でもあった。
その間、巡洋艦戦隊や水雷戦隊による戦闘も開始された。
だが、戦艦より間合いがずっと短くないといけない上に、イギリス艦隊は戦艦の護衛に徹しているため、なかなか砲撃戦は始まらなかった。
雷撃戦も行われず、しばらくはアメリカ艦隊が接近するだけで時間が経過する。
とはいえ、戦闘が本格的に始まれば、アメリカ艦隊が圧倒的に有利だった。
アメリカが重巡洋艦4隻、軽巡洋艦3隻、駆逐艦18隻に対して、イギリスは、重巡洋艦 《ノーフォーク》と軽巡洋艦2隻 駆逐艦13隻だからだ。
駆逐艦の数が増えているのは、夜のうちにリヴァプール方面に配備されていた《ハント級》駆逐艦隊の戦隊が合流していたからだ。
《ハント級》は小型の船団護衛用駆逐艦で、本来は商船護衛のためにリバプール方面に配備されていたが、国家存亡の危機ということで駆けつけていた。
しかしそれでも、アメリカ艦隊の優勢に変化はなかった。
互いの距離は、戦艦同士の戦いよりも早く縮まった。
イギリス側が接近しなくても、艦隊全体が反航しているので相対速度は非常に速くなるからだ。
アメリカ艦隊は既定限界の30ノットでイギリス艦隊に接近を続けて、戦艦同士の砲撃戦がたけなわとなった頃に、ようやく重巡洋艦が距離11海里で砲撃を開始する。
重巡洋艦の8インチ砲では限界に近い射程距離だが、距離は縮まる一方なので砲撃する艦艇も時間と共に増えて、次第に砲撃戦の密度も上がっていった。
しかし雷撃を行う距離まで詰めることはなく、駆逐艦部隊も危険は侵さなかった。
もっとも駆逐戦隊の1隊は、「彗雲」との戦いをくぐり抜けてきた魚雷艇への対応に忙殺され、まるで半世紀ほど前の「水雷艇駆逐艦」という駆逐艦の最初の役割に戻ったかのような戦闘を行わなければならなかった。
最初の砲撃戦は、結局12分強で一段落する。
アメリカ艦隊が包囲行動を起こすべく転舵を開始して、砲撃が一旦中断されたからだ。
砲撃自体も、多い艦で10斉射したぐらいだった。
そして両者の戦艦隊列の距離が再び2万5000メートルを超えようと言う時、イギリス艦隊の水上捜索レーダーはノース海峡の北側に別の艦隊を捕捉する。
この時点で、アメリカ、イギリス共に戦艦は全て戦闘可能だった。
主にイギリス側に戦闘力が低下している戦艦はあったが、一度の反航戦程度で屈する事はなかった。
さすがは戦艦と言うべきだろう。
しかしイギリス艦隊は、まだ最初の難関を抜けようとしているだけで、すぐにも予想通り敵の二番手と相対しなければならなかった。
アイルランド島のベルファスト沖合から南西に進んできたのは、アメリカ海軍の第六艦隊に属するTF61-1。
デイヨー少将に率いられた、旧式戦艦を中心とする戦艦部隊だ。
・TF61-1(デイヨー少将)
BB 《コロラド》 BB 《メリーランド》
BB 《テネシー》 BB 《カリフォルニア》
BB 《ニューメキシコ》 BB 《アイダホ》
BB 《ネヴァダ》 BB 《オクラホマ》
BB 《アーカンソー》
CG 《ルイヴィル》 CG 《ポートランド》 CG 《ミネアポリス》
CL:2隻 DD:16隻
以上がこのときの編成になるが、旧式戦艦部隊と侮ることはできない。
戦艦の数は9隻もあり、多くの戦艦が戦争中に近代改装を施されている。
しかも最も有力な戦艦は徹底した近代改装が実施され、上部構造物はまるで新型戦艦のように変貌している。
当然ながらレーダーなども多数装備しており、戦闘力は大きく底上げされている。
しかし欠点もあり、とにかく速力が遅いのがアメリカ海軍の旧式戦艦の欠点だった。
その分砲撃力と防御力が高いのだが、機動戦には不利だ。
この戦闘で二番手として配置されたのも、敵艦隊を追撃することが非常に難しいからだ。
しかし戦艦数は多いし、補助艦艇も十分に配備されているので、敵の進路を塞ぐだけなら十分以上の戦力だった。
怖いのは《ライオン級》戦艦の16インチ砲だけで、それも既に10%以上衰えていた。
そして砲力全体で見ると、単独でも第六艦隊の方がイギリス艦隊を上回っているほどだった。
だがイギリス艦隊は、この艦隊も越えていかねばならなかった。
イギリス艦隊の見るところ、アメリカ艦隊が贅沢な包囲殲滅戦を仕掛けてきたことは、この時点で分かった。
となれば、前の敵を押し通る以外に、包囲の網を破ることはできない。
しかしそれは敵船団に近づくと同時に、連合軍の過剰な反撃を誘うと事は確実だった。
同時に、生還できる見込みがさらに落ちることも確実だった。
だが、全ての敵戦艦部隊を引きつけて、出来れば1隻でも多く道連れにする事が、この作戦でのイギリス艦隊の役割だった。
そして彼らは、目の前の艦隊を突破すれば、連合軍にとって最後のカードとなる日本の第二艦隊が出てくると予測していた。
世界最強の戦艦を有する艦隊を最後に置いておくのは、予備兵力の確保という点からも常道だからだ。
そして初手でアメリカ艦隊が新鋭戦艦を投入してきたが、現時点で彼らは後方に位置して目の前にはいなかった。
なお、ノース海峡などに展開する連合軍艦隊の配置について、イギリス本国軍は沿岸からの偵察と監視で確認できたのではないか、という意見が後世に語られることが多い。
しかし実際には、かなり難しかった。
レーダー妨害がされているし、それ以前に目に付くレーダーは全て破壊されていた。
ならば双眼鏡などによる目視確認となるが、ブリテン島方面に対しては連合軍はほぼ途切れることなく煙幕を展開し続けていた。
煙幕は単に艦隊を隠すためではなく、どちらかと言えば上陸作戦全体を隠すためだった。
ならば、ノースアイルランドから確認できたのではという意見に対しては、戦場で立ち上る様々な煙や埃のため、視界は非常に悪かった。
加えて通信妨害のため、低出力の無線機での連絡も難しかった。
実際、イギリス軍も現地に敵艦隊の確認を何度も求めたが、有力な情報はほとんど得られていない。
「モスキート」や「ホーネット」による強行偵察も実施されたが、上空からでは無数の艦艇の中から目的となる艦隊を探すには、連合軍が展開する海域が広すぎた。
そしてこの時、イギリス本国艦隊は敵の新手の情報を正確には掴んでいなかった。
当然だが、その奥に展開する筈の艦隊についての情報も無かった。
分かっているのは、進めば進むほど敵の抵抗が増すという事だけだった。
そしてそれを現すかのように、新たなアメリカ艦隊が一斉に砲撃を開始する。
第61-1任務部隊が有する12インチ以上の主砲数は実に98門。
第24任務部隊の16インチ砲105門よりは少ないが、二線級の艦隊とは思えない砲撃力だった。
しかも16インチ砲、長砲身14インチ砲も多く、イギリス側は個艦レベルでも《ライオン級》以外は劣るほどだった。
しかもイギリス側は、既に一戦しているため、戦闘力は10%前後低下していた。
その上第61任務部隊は、第24任務部隊から砲撃情報をリアルタイムで受信していたので、姿を現した時点で砲撃準備をほとんど整えていた。
だがイギリス艦隊は、敵が新たに「T字」を描こうとしているところに、突進していった。
まるでトラファルガー沖海戦のヴィレヌーボー艦隊に対して、ネルソンタッチをするようだと言われる突撃だった。
この突撃には第61-1任務部隊も少し焦りを見せ、予定より少し早く一斉射撃を開始する。
第二ラウンドの始まりだ。
イギリス艦隊の後方では、第24任務部隊が後方を遮断するべく転舵を続けており、巡洋艦戦隊、駆逐戦隊が猛追しつつあった。
また戦艦戦隊の隊列からは、超高速戦艦の《アイオワ級》4隻が離れて増速しつつあった。
つまりイギリス艦隊は、短時間で敵の新たな艦隊を突破しなければならなかった。
新たな砲撃戦は、距離14海里(約2万6500メートル)付近で開始された。
アメリカ側戦艦の全て9隻と、イギリス側の前に位置する《ライオン級》が砲撃を開始して、イギリス艦隊の隊列の後方はまだ射撃できなかった。
イギリス側は水雷戦隊も突撃を開始したが、後から合流した小型の駆逐艦群は、速度が遅いこともあってこの突撃には参加せず、後方に回り込みつつある敵に対する煙幕展開を開始していた。
レーダーはまだ万能ではなく、視界を遮る事は有効だったからだ。
そして新たな砲撃戦だが、明らかにイギリス艦隊が不利だった。
陣形の違いによる火力の差もあるが、明らかに砲弾の命中率が違っていた。
互いに数斉射した砲撃開始5分ぐらいから砲弾の命中が発生するようになったが、最初に命中弾を出したのは《テネシー》か《カリフォルニア》のどちらかだった。
アメリカの旧式戦艦群は、自らの火力不足を日本海軍が好んで行う統制砲撃戦で補い、《ライオン級》戦艦に対抗してきたので、この時、《テレメーア》に命中したのがどちらの砲弾かは分からなかった。
しかしこの命中を皮切りに、アメリカ艦隊の砲弾は次々にイギリスの新鋭戦艦群に命中した。
《ライオン級》戦艦は14インチ砲弾に対しては十分以上の防御力があるので致命傷は無かったが、徐々に損害が積み重なっていった。
《キング・ジョージ5世級》戦艦や《フッド》が砲撃に参加しても、イギリス艦隊の不利は変わらなかった。
そうして約10分が経過して距離が2万1000メートルになったとき、包囲の輪が閉じられる。
後方の艦隊の距離は砲撃戦をするにはまだ遠かったが、少なくとも回れ右して逃げることは不可能な状態だ。
この時までに第61-1任務部隊は、トーゴーターンと同様に敵に対して緩やかな同航戦を行うような進路を取り、イギリス艦隊の後ろからは隊列を整え直した第24任務部隊が一斉に砲撃を開始した。
アメリカ艦隊から見れば、あとは確率論と時間の問題だった。
砲撃する戦艦の数は20隻と相手の2.5倍。
水雷戦隊、巡洋艦戦隊も実質3倍以上の戦力差。
しかも狭い海域で前後から包囲するという、完璧な陣形だった。
イギリス艦隊の戦艦は予想以上に頑健だが、別に沈めなくてもこのままガントレット(袋叩き)にして戦闘力を奪えば、作戦目的は十分に達成できる。
敵を沈めて全滅させてしまうかは、もはやロマン(感傷)の問題だけだった。
この絶望的状況にあって、イギリス艦隊は突撃速度を緩めなかった。
まだ致命的な損害を受けた艦艇がほとんど出ていなかったからでもあるが、彼らは作戦目的の多くを達成しつつあり、達成しきるためにも突撃し続け、そして戦い続けなければならなかった。
さらに奥で待ちかまえているであろう日本の戦艦部隊を自分たちに向けさせて、次の戦いが出来ないまでに砲弾を消耗させてしまう事こそが、彼らの作戦目的だからだ。
そうした中、イギリス側の希望の灯火がかすかに見えた。
イギリス艦隊の放った砲弾が、相次いで敵の旧式戦艦に致命傷を与えたからだ。
これら致命傷は、旧式戦艦であるが故の損害だった。
かつてのユトランド半島沖海戦で示されたように、急角度から降り注ぐ砲弾に対して、旧式戦艦は十分な防御が施されていなかった。
新鋭戦艦のような外見となった戦艦といえども、防御甲板の強化や変更は行っていない。
水平甲板も強化した日英の海軍と違い、アメリカ海軍はそこまで必要ないと考えていたからだ。
その甲板に、2万メートル以上遠距離から放たれた16インチ砲弾や14インチ砲弾、そして旧式の15インチ砲弾が降り注いだ。
《カリフォルニア》は艦尾を貫かれて舵が損傷。
その場で回転するだけになってしまう。
《ネヴァダ》は機関部を打ち抜かれて、速度が急速に低下。
どちらも隊列を乱す動きをしてしまい、T字が大きく乱れた。
一番の武勲は《フッド》が挙げた。
《フッド》の主砲は、15インチとはいえ42口径だった。
外見が変わるほど近代改装されたが、この点に変化は無かった。
主砲仰角を高めても口径が短いので射程距離が短くなる。
だが、遠距離から命中した砲弾は高い角度から降り注ぎ、42口径15インチは他より短い距離で高角度で敵艦に砲弾を撃ちかける事ができた。
この時はその典型例となり、高い角度で命中した砲弾は《オクラホマ》の比較的薄い防御甲板を全て貫いてしまう。
そして第二砲塔横で炸裂した砲弾は、艦内の隔壁を食い破って次々に誘爆を促した。
数年ぶりの戦艦の轟沈だった。
一度に3隻の撃沈破は、流石にアメリカ艦隊に動揺をもたらした。
イギリス艦隊も既に戦闘力が20%近く下がるほどの損害を受けていたが、まだ脱落した戦艦がない事が、その動揺を大きくした。
特に第61-1任務部隊が精鋭艦隊とは言えず乗組員全体の練度に不安を抱えていた事が表に出てしまい、艦列にまで影響した。
後ろから包囲の輪を閉じたはずの第24任務部隊も、イギリス艦隊が速度を変えず進撃を続けているから、遠距離から命中率を期待できない射撃をするのみだった。
イギリス艦隊を率いるホランド提督は、迷うことなく突撃の継続を命令した。
だがそこに、決定的とも言える一報が届く。
「ドイツ主力艦隊次席司令部ヨリ全枢軸艦隊ヘ ワレ撤退シツツアリ 敵ハヤマト」
イギリス艦隊がさらに奥にいると考えていた日本艦隊は、最初からイギリス艦隊を無視してドイツ艦隊を迎撃し、これを撃退した事を伝える知らせだった。