プロローグ
本作品をよろしくお願いいたします。
俺があの人に出会う前の話をしたいと思う。
俺が物心ついたときには、母親はすでにいなかった。事故死だったらしい。
そして俺が小学五年生に進級したとき、父親が亡くなった。
その亡くなった父も、母が亡くなっておかしくなっていたのか辛うじてネグレクトでないという状態だったが。それでも父が亡くなったことにショックは受けていて、茫然自失だった頭に入ってきた父の死因は心不全だった気がする。
兄弟もおらず、数人いた親戚も、だれも俺を引き取ろうとはせず、孤児院に預けられることとなった。母を知らず、父をも失った俺は、親戚から誰にも相手にされなかったことから人間不信になっていて近づくもの皆傷つけ遠ざけ、結果今に至るまで友達と呼べるものはおらず、孤児院の職員も俺を腫れもの扱いで最低限の事務的な態度しかとらず、さらにおれの心は歪んでいった。
そして、もうすぐ小学校を卒業という三月のある孤児院への帰り道、なんだか辺りがやけに静かで不気味に思えてきたので早く帰ろうと足を駆けようとして、急に足がつんのめってこけた。正面から手をついてこけたので幸い酷いけがはしなかった。膝と手の平を擦りむいて少し血が出たくらい。
一体何にこけたのかと足元を見やれば、よくわからない光った輪っかに足の甲を引っ掛ける形で地面に縫い付けられている。よく足首を痛めなかったものだ、とふと考えた直後に目にはいってきた光景を頭が理解しようとしなかった。
何の変哲もない道路に俺を中心に形成されていく光る紋様。それが徐々に強まりあまりの眩しさに目を開けていられなくなった。のちにそれは魔法陣というものであると知ることになるが、この時はわけもわからず気が動転していて何とか拘束を抜け出してこの異常な事態から逃げることしか考えていなかった。
だがどんなに懸命に体を動かしても拘束から脱することはできず地面に手をついて座っているような体制だったのにその地面の感触もなくなっていって体が浮遊感に包まれていった。
『喜べ、脆弱なる人間の童よ。貴様の願いを叶えてやろう』
この時頭に響いたこの世の邪悪を凝縮したとでも形容すべき声を、あの瞬間まで思い出せなかったことにとても後悔するなど知る由もなく、俺の意識は闇へと落ちていった。
**********
次に目が覚めて最初に見たのは知らない天井だった。材質は木で出来ていることだけが視覚情報から推測出来た。
俺の寝ている場所はベッドのようで白いシーツの下柔らかな素材の何かが敷いてあって非常に寝心地のいいものだった。
もう少し寝ていたい誘惑に駆られていたが、なんとか起き上がろうとした。その際に手をついたところが思った以上の柔らかさで沈み込んでバランスを崩し、ベッドのようなものから落ちてしまいそうになり思わず
「うわ!?」
と声を上げてしまった。
その声に反応して人が自分の寝ていた部屋に入ってきた。
「目が覚めたのですね。一応調べたのですが、どこか具合が悪いところはないですか?」
この時部屋に入ってきた女性を見て思った。俺は死んだのだと。もしくはまだ夢の中なのだと。だって現実にこんなに綺麗な女の人なんて本でもテレビでも見たことない。恐ろしく整った顔立ちに、おそらく腰くらいまであるだろう陽光を受けて輝く月を思わせる髪を後頭部のあたりでバレッタでまとめ上げている。服装はなんか旅人っぽい感じのマントを羽織っていてその中の服はよく見えなかったが仕立ての良さそうなものを着ていて。天使とか女神とか、そういう存在なんじゃないかって。当時の12歳の子供の俺でもそう思うくらいに現実離れした美しさだった。
「…………」
その姿に見とれていた俺は言葉を返せずにいたのだがその人は何やら勘違いしたらしく
「やっぱり迷い人だから言葉が通じていないのでしょうか?やはり先に言語理解の魔法を掛けておくべきでしたね」
と言って、この時は何をしているのかわからなかった、呪文を詠唱し、完成した魔法を俺にかけた。
「言語理解の魔法を掛けたのですが、これで私の言葉がわかりますか?」
俺に目線を合わせて問いかけてくれた言葉にただただ頷いた。
「わたしの名前はリティアリア。リティと呼んで下さい。あなたのお名前は?」
「俺の、名前は、空夜、です」
この時微笑みかけられて内心すごく照れていた俺は何とか自己紹介を返すことが出来た。
「そう、クーヤというのですね。素敵な響きの名前ですね」
そう言ってこちらを安心させるように笑みを深めたリティさん。そしてこんなにも柔らかく接してくれる人に出会ったことがなくてどんな態度をとっていいかわからず、困惑していた俺。
これがあの人、リティさんとの出会いだった。
そして、五年の月日が経った。
お読みいただきありがとうございました。
次話も早めにお届けできるよう頑張ります。