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合点承知之助

作者: 後藤章倫

 昔、昔、或る処に、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。

 お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出掛けました。

 等と昔噺は始まるもので御座いますが、何となく誤魔化されているような、痒い処に手が届かないというか、その様な感覚が拭い去れないものですから、此処はひとつ、はっきりと、明確に、その蚤に噛まれた処をピンポイントで、思い切り爪を尖らせ掻き毟る如く昔噺の始まり始まり。


 室町時代中期の壱千四百弐年、越後の国の山間に柿谷村という寂れた村が有りました。柿谷村の東端の新春地区に、お爺さんとお婆さんが、といっても四拾七歳と四拾壱歳の中年の夫婦が住んでおりました。

 名を田沢彦兵衛、トメと言い、子は有りませんでした。

 彦兵衛は米を作り、その他にも胡瓜、茄子、芋等の野菜も作り、農作業の合間には、家の裏手の小高い山に芝刈りに出掛けたりして暮らしておりましたが、特別働き者という訳でも無く、かと言って怠け者という訳でもありませんでした。

 妻のトメも近くの山田川へ毎日洗濯をやりに行ったり、家事全般をこなしておりましたが此又、正直者という訳でも無く、隙を見つけては居間でゴロリと横に成りケツをポリポリと掻いて昼寝をするといった事も日常茶飯事でした。

 その様な生活を送っておったのですが、今日もトメが山田川で洗濯をしていると上流からトップラトップラと桃が流れて来ました。

 トメは躊躇無く桃を川から拾い上げ、表面を着物で軽く拭き、ガブリと食い付きました。

「嗚呼、美味しい、うーんみずみずしい、うまーい」

と歓喜の声が自然と漏れた。

 扨、桃も食べたし洗濯も終わったし、家に帰ろうと腰を上げたら、草むらにもう一個桃が転がっているのを発見した。

「あら何?今日は、お客様感謝デーかしら?また桃ちゃんが有るわ。ナーン」

と桃を拾い上げ洗濯物の中にヒョイと忍ばせて家路についた。

実は、その後も川の上流から桃が流れてきたが、そんな事には全く気付かないトメであった。お客様感謝デーという訳では無かったが、山からのプレゼント的な事だったらしい。


 家に帰ると早くも彦兵衛が帰宅しており、居間に横たわって屁をこいておりました。

「只今帰りました。って臭っ、何?」

「えー?あー?ん?ムニュムニュ、ん?おかえり」

彦兵衛は完全に寝惚けておりました。が、

「あり?こ、此は、此の香りは桃だな」

と、動物的嗅覚により洗濯物の中の桃の事を嗅ぎ当てた。トメは少し焦ったが、其れより何より彦兵衛が昼間っから居間に横たわって屁をこいている事の方が不自然だった為に

「つーかアンタ、何でこんな真っ昼間から家でゴロゴロして屁をこいているのよ?」

と、問うと彦兵衛は、

「いや、アレだよアレ」

と、言い訳を考え始めた。本当は芝刈りが、かったるく成って、家でゴロゴロしてよと思い、それを実行していただけであったが、

「アレだよアレ、そう、嗚呼びっくりした。あのね、芝を刈っていた訳ですよ、額に汗してね、こう、せっせと、したらいきなり熊が出て来てさ、此は正にピンチじゃん?ピンチじゃんすか?で、刈った芝を必死に熊に投げつけ、熊が怯んだ隙に一目散に家まで逃げ帰ったと、そういう寸法で御座る。」

語尾が少し不自然であるなと思ったが、熊のエピソードを話しておる時に、刈った筈の芝が手元に無い言い訳も同時に盛り込めた事を、自分で出来したと思った次第。

 「という訳で、もう喉がカラカラ故に其の桃を早くおくれ」

 絶対嘘だな。とトメは思ったが自分は、さっき丸ごと桃を喰ってしまったという負い目も有るので、仕方無く桃を半分に切って彦兵衛と仲良く食べましたとさ。めでたしめでたし。お終い。

 いや、終わらない。桃を食し二人して昼間から大鼾でゴロ寝しておったら、もう日も傾き夕刻に成って居た。

 目が覚めた二人は特に慌てる事も無く、夕刻に成ってしまったなぁと思い、まぁ仕方が無いから夕飯の準備や薪割り等を各々始めた。

 米が炊き上がろうかという時に、入り口の戸が、ガラリと開き知らない童が、家の中に入ってきた。そして天井を見上げながら

「此処ですか?此処で良いのですね、分かりました」

と、独り言を述べている様だった。いきなり家の中に入ってきて土間に立ち止まり、天井を見て訳の分からぬ事をぬかす童が、不思議では有ったものの、声を掛けてみた。

「おいおい童、何しに来た?何処から来た?」

彦兵衛の問いにキョトンとした顔で、上半身は裸で下半身は、もんぺを履き、足元は裸足という出で立ちで彦兵衛を見ておったが、静かに口を開いた。

「此の家の子供に成るよ、子供が居無くて寂しかったのでしょ?」

 彦兵衛とトメは、顔を見合わせた。一体何を言っておるのだ?しかし此処は大人の対応をしなくては。

「いや~君は一体何を言ってるのかなぁ、まぁね、子供はまだ授かって無いんだよねぇ、でも此から先ね、分からんよ、僕らまだ若いんだし、なぁトメ?」

彦兵衛は、何かギラギラした目でトメを見た。トメも少し顔を赤らめ、ちょっと興奮している様子だった。

すると間髪入れずに童が

「あのね、此から先も子供は出来ないんだってさ」

慌てて彦兵衛が

「だ、だ、誰がそんな事言ったんだよ?」

「望月様だよ。望月様は、何でも知っておられるよ。あ、そうだ、お婆さんが山田川で洗濯している時に桃が流れてきたでしょ?あれは、お客様感謝デーとかじゃ無くて、望月様の指示で二日前から流していたんだけど、やっと今日気付いたもんね」

「はい?望月様?誰よ其れ?聞いたこともないんすけど?ハッハァーン扨は、お前、家出とかしていて腹も減ったし、適当に嘘を言って飯を食おうって寸法だな」

すると童は

「まぁね、うんうん、分っかる、やっぱね、やっぱりそう成りますよね。うーん、どうしましょ?どうすれば私を此処に置いて貰えますか?何でもします。何でも言って下さい。あっ、お金とか?小判とか?そういう事ですか?」

 彦兵衛もトメも、一体此の童は何を言っておるのかさっぱり訳が分かりませんでした。兎に角、早く夕飯を食いたい二人。

するとトメが

「じゃ、小判を三枚程持ってきて頂戴」

と、言ったか、言い終わらないうちに童は、

「合点承知ぃぃ」

と、声を弾ませ入り口から、ビューンと駆けて行ってしまった。

 何なのだアレは?と思いながらも、ようやく飯を食べ始め、三口も食べた時、又、入り口の戸が、ガラッと開き

「お待ちぃぃ」

と目を輝かせ童が小判を三枚携え帰って来た。

「お前、コレどうしたの?」

「だってさっき、お婆さんが持って来てって言ったでしょ、だから持って来た」

 ちょい、ちょーい、わたしゃまだ四拾壱だよ。お婆さんとか言ってんじゃねーぞ小僧。とトメは、思ったが、いや待てよと、ちょっと悪い顔つきでニヤリと成り、彦兵衛の顔を見たが、彦兵衛も同じ様な顔でニヤリとしていた。

「まっ、アレだ、とりあえず一緒に飯を食おう」

彦兵衛の提案で三人は、無言で飯を食い始めた。しばらくすると何か変な空気に成ってきて、ちょっと間が保たなくなり、とりあえず彦兵衛が口を開いた。

「じゃ、今夜から一緒に暮らすか?トメよ、いいだろ?」

トメは、先ほどの悪い顔でニヤニヤしながら無言で頷いた。

「ところで、童よ、名は何という?」

「桃太だよ」

「そうか、桃太か」

そう言いながらも、お爺さんも悪い顔でニヤニヤだった。

「食べ終わった茶碗は、あの盥に入れておくのだよ」

と、トメが言うと、桃太は元気に

「合点承知ぃ」

と、答えた。



 翌日、彦兵衛が畑仕事をやっておると

「もう堪忍成らぬ」

と、怒り心頭で、隣に住む本田謙二郎がやって来た。

「島の奴らが、好き勝手に滅茶苦茶やっていやがる」

 島というのは、柿谷村の北側に面した島地区の事で、何故だかは知らないが、此処の住民は以前から、全くと言っていい程に働かず、朝から酒を喰らい、酒、食べ物、その他諸々の物が無くなると、柿谷村の他の地区へ出向き、店を荒らしたり、民家へ押し入り盗みを働き(普段は、働かないのに盗みは働く様である)、酒、食べ物、金目の物等を捲き上げ、女等居ようものなは攫って行き、又、宴を繰り広げていた。此の様な行為に柿谷村の住民は、頭を抱えておった。

 「朝から赤い顔しやがって出鱈目やりやがる。まるで赤鬼共だ、畜生」

謙二郎が彦兵衛に話をしていると、其れを聞いていた桃太が、

「退治してこようか?俺が行こうか?」

謙二郎は、少し驚いた。彦兵衛は、トメと二人暮らしのはず、何なんだ?この童?扨は、やったな、フッフーンと目を細めて彦兵衛を見たが、何をやったと思ったかは謙二郎にしか分からない。そして桃太に

「おいおい童、お前みたいな小僧に何が出来る?島の奴らは普通じゃ無いし、人数も多い。ラリってるシャブ中軍団みたいなものだぞ。大人の話に首を突っ込むものじゃない」

と諭した。しかし彦兵衛は、ひょっとしたらと思い

「お前に出来るのか?相手は大人数の阿呆共で、滅茶苦茶な奴らだぞ?」

すると桃太は

「大丈夫だ。行くよ」

ならばと彦兵衛

「島の奴らを退治してこい」

「合点承知ぃぃ」

と、勢い良く韋駄天走りで桃太は出て行った。



 朝から酒を喰らい大暴れする阿呆共がウヨウヨ居る島地区へ向かっておると、桃太の後を一頭、又一頭と猿がついて来る。其の数、約参拾頭、恰も其れが当たり前の様に足並み揃え隊列を成して直走る。別に桃太が餌付けをしたとか、その様な事は全く無く、当然吉備団子を与えた訳でも無い。


 大体、あの噺のお供の動物達は、どう成っているのか?吉備団子を一つ貰って食べただけで、鬼が居る鬼ヶ島へ乗り込み、其の何たら太郎と共に命懸けの死闘を繰り広げる。という事は、あの吉備団子には相当ヤバい物が混入しておったと思われる。己の思考を停止させ、もう此からは一生あなた様に付いていきます。好きにしてくださいませ、キィー、クゥー、ヒィーンと目を血走らせ、あの犬、猿、雉は鬼ヶ島へ行き鬼と闘う。もう痛み等も全く感じずに手や足を鬼に噛み千切られようと動じず向かって行く。終いには鬼達が、

「こいつら頭おかしいんじゃね?ヤバい物を喰っとるんだ。もう無理。ヒィーごめんなさい」

と泣き喚き、逃げ出し降参したのだろう。恐るべし吉備団子。

 だが島地区へ向かっている猿達は、その様な事は全く無く、桃太と共に島地区を目指していた。


 遂に島地区が見えて来た。この文蔵橋を渡ると島地区へ入るのである。

 ひと目見ただけで此処が同じ柿谷村なのかと思う程に異様な雰囲気が漂っている。そこら中で、まるで花見時期の如く宴が行われており、酒を呑む者、裸で絶叫する者、女をペロペロする者、道に大の字に成ってる者、辺り構わず便をする者、ひたすら首を前後に動かす者、ずっと笑ってる者、その他様々な阿呆共が共存して居た。

 其処へ、ドドドッと走り入った桃太と猿軍団。

宴の輩も顔付きを変え此方を睨む様に一気に視線を向ける。一触即発である。

そこで桃太は、ゆっくりと右手を垂直に挙げ

「せぇいのぉ」

と掛け声を発すると、猿軍団は一斉に免田音頭を踊り出したのだ。島の連中は呆気にとられ、何だ?此の音頭は?と、見聞き慣れない免田音頭を眺めて居たが、何かの余興かと又、宴会を始めた。

 しばらくの間、免田音頭を踊っていた猿軍団は、桃太が右手を静かに下ろしたと同時に、宴の中に襲いかかり、あっという間に血の海と化した。

 そこからは、島地区の彼方此方で猿は暴れ回り、たまたま地区に居なかった者、運良く逃げ出せた者、女、子供以外全員猿に襲われた。

 桃太は薄笑いを浮かべ、宴会の席の徳利を、むんずと掴み、その酒を飲み干して島地区の公民館へ歩いて行き、そこいらに倒れて居る者の血で公民館の玄関前に一言、天誅と血文字で書き記し、そして来た道を一人ゆっくりと新春へと帰って行った。

 猿達は宴の食べ物を食い散らかし、酒を呑み、十分に腹を満たしてから山へ戻って行った。


 桃太が新春の家に着いた頃には、すっかり日も暮れ、月が空で睨みを効かせていた。桃太は

「今宵は満月か」

と呟き、家に入った。

「只今帰りました」

彦兵衛は、桃太の帰りが心配で、今か今かと待っておったところだったので、ようやく帰ってきた桃太に安心し

「大丈夫だったか?怪我は無いか?ささ、ご飯にしよう」

と話し掛けた。桃太は疲れていたが

「もうね、島の奴らは何もしてこないよ。大丈夫だから安心しておくれ」

と言うと又、家から出て行った。そして家の裏へ行くと月に向かって話し出した。

「此で良いのですよね望月様。それでは今から戻ります」

そう言うと桃太の身体は、満月に照らされて次第に体毛が生えてきた。


 出て行った桃太を心配して彦兵衛が家の裏にたどり着くと、其処には一頭の立派な猿が立って居た。

彦兵衛は、驚いたが

「桃太、お前かい?」

と尋ねた。猿の桃太は、彦兵衛に深く一礼をし、山へ登り始めた。彦兵衛は、桃太の背中を何か頼もしい様な、寂しい様な、愛おしい様な複雑な感情を抱き無言で見ていた。

 そして、桃太が向かう先に大きな大きな猪が此方を見ているのに気付いた。其の猪を彦兵衛は、覚えていた。

以前、芝刈りをやっておる時に、罠に掛かって居た子猪を逃がしてやった事があり、其の時に罠の近くに居た親猪だった。

「そうか、お前が望月様で此の山の主なのだな」

 彦兵衛は、ベジタリアンであり肉を食さ無い故に、罠に掛かっていた子猪を不憫に思い逃がしてやっただけであって、猪を捕る為に罠を仕掛けたであろう誰かにとってはエラい迷惑な行為だったのだが、此の際そういう事は、どうでもよくて、結果此の噺は、猪の恩返しという噺だったかというと非常に微妙なところで、実質彦兵衛が手に入れた物は小判三枚のみであって、まぁその他の副産物として、島地区の住民からの横暴を逃れた事なだけで、あの夜トメと二人でニヤリと笑い、此からは、この童に言えば何時でも小判が手に入ると思った件は、矢張り取らぬ狸の皮算用という事だったのか。

トホホホ。



お終い

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