初めての魔法
「リーフ!」
そう詠唱した菜乃葉の掌にまたまた円状に五つの葉っぱみたいなものが宙に並んだ。そして菜乃葉は脳内で成功だけをイメージし、特訓開始から一時間半、ようやく葉っぱを放つことに成功した。この魔法は木属性魔法の『リーフ』でEランク魔法らしい。
菜乃葉は魔法が使えたことに素直に喜び達成感を感じ、顔には笑みを浮かべていた。
一方、勇輝は「フレア!」と何度も詠唱を繰り返しているが、火の玉は未だ浮かび上がってこない。これが兄妹にして勇輝と菜乃葉の格差なのだ。
「あれ、まだ火の玉を出すことも出来ないの?」
上から目線で勇輝を煽るようにそう言った菜乃葉。勇輝は悔し気味の表情で、
「フレア! フレア! フレア!」
と何度も唱えたが、全く火の玉が出る気配はない。そんな勇輝を憐れんだのか菜乃葉はため息をつきながらも助言する。
「お前さあ、何度も唱えるんじゃなくて、一つ一つの詠唱に丹念を込めて脳内で成功だけをイメージしながら唱えるんだよ」
菜乃葉の助言はカインズにも言われたことであった。だが、勇輝はどうしても成功のイメージの中に失敗のイメージが少しだけ混ざってしまうそうだ。そして勇輝は菜乃葉の助言を参考にしながらもう一度唱えてみる。
「フレア!」
やはり火の玉は浮かび上がってこなかった。どうやらまだ失敗のイメージが混ざってしまっているそうだ。
そして菜乃葉が次の助言を勇輝にする。
「自分の体を伝って掌に貯めた魔力を体外に放出するのも魔法が成功するまでの過程でイメージするの」
この菜乃葉の助言に勇輝はピンっときたのか瞑目し、集中力を高め、もう一度唱えてみた。
「フレア!」
それでも火の玉は浮かび上がってこなかった。しかし勇輝の掌には火の粉らしいものが浮いていた。これは勇輝の成長の証を示しているものだろう。
「どう? 私の助言役に立ったでしょ?」
勇輝は菜乃葉のおかげで火の粉までは出せるようになったので、心の中で感謝していた。勇輝はここでは素直になり、妹の頭に手を乗せた。
「ああ、お前の助言のおかげだよ」
菜乃葉は勇輝が予想とは違う言動を取ったためか頬を赤く染めた。カインズとシャノはそんな勇輝と菜乃葉の兄妹の様子を見て、本当は仲は悪くは無い兄妹だという点に気付き、首を縦に振っていた。
「つーか、さっさと離せよ」
菜乃葉の髪の毛に勇輝の手が触れて十秒程経っていた。
「あ、悪ぃ」
勇輝は菜乃葉に心の籠っていない謝罪をした。
八時間程前にこれに似た下りが屋上であったことを二人の兄妹は思い出し、二人共頬を赤く染める。
菜乃葉はもう何度か頬を赤く染めている。実は彼女、言動と違って意外と照れ屋なのだ。
「もうそろそろ日の落ちる頃だし夜ご飯にしよっか」
シャノがそう提案した。残りの三人は頷き、地下の不気味そうな階段を登っていく。そして、自己紹介をした場である、あの席に三人はそれぞれ腰を掛け、カインズは料理の方へと取り掛かった。
「本当に料理出来るんだなー」
カインズの料理している姿を見ながら勇輝はそう言った。六時間程前にカインズが料理を出来ることを勇輝は知って、驚いていたが実際に料理をしている姿を見ているとそんな違和感はない。
「ええ、私と違ってお爺ちゃんは料理も洗濯も万能よ!」
「え、シャノは洗濯も出来ないの?」
この情報を聞いた時、勇輝が勝手に決め付けていた料理以外は家事万能のイメージ内のシャノは崩れ去った。
「仕方ないでしょ! まだこの歳だもん!」
「へぇー、因みに何歳?」
勇輝は躊躇なく、女性であるシャノに歳を聞いた。シャノは勇輝の予想通りに頬を赤く染め、可愛らしい表情を見せた。
「十五歳」
『女子に歳聞くなんてありえない!』
勇輝はシャノの次の発言はこんな感じだろうと予想していたが、全く予想とは異なり、素直に歳を教えてくれた。シャノは十五歳。菜乃葉より一つ年上の中学三年生で高校を控えた受験生ということになるが、この世界には学校が存在していないらしいので『中学三年生』や『高校を控えた受験生』ではなく、単純に『十五歳』で言い表すのが最適だろう。
「十五歳かー。もっと若く見えた!」
「それって私の胸とか身長を見て決めたことでしょ!?」
「いや、身長は見ていない」
シャノは勇輝の嫌らしい視線を感じ取り、そう悟った。
実際、身長は百六十センチと思っていた以上に女の子らしい丁度いい身長なのだが、胸はほぼ無いに等しい。勇輝は胸で歳を計っていたのだ。
そんな勇輝に菜乃葉の渾身の足踏みアタックが机の下で爆裂した。
「――痛ってー!」
「胸ばっか見てんじゃねーよ。この変態!」
妹に変態行為で注意を受ける兄。そんな兄の哀れな様子を唖然とした表情でシャノは見ていた。彼女にとって胸がないことは意外なコンプレックスなので、それを指摘した勇輝はとんでもなく失礼な奴なのだ。
「痛ってーよ! いい加減靴で俺の足をグリグリするの止めてくれー!」
勇輝は足を踏まれそのまま菜乃葉の靴によってグリグリの刑に課せられていた。
「シャノどうにか助けてくれー!」
勇輝がシャノに助けを要求したがシャノは「ふんっ!」と鼻を鳴らし勇輝の目を逸らした。
自分のコンプレックスの所を指摘されては怒るのは普通である。よって、勇輝は罰を受けるべきなのだ。
「痛い痛い!」
勇輝はすごく痛そうな顔をしていた。一般的に見ると今の現状は菜乃葉が加害者で勇輝はその被害者だ。だが、実際はシャノの代わりに快く菜乃葉が勇輝に罰を与えてくれていると表現した方が似つかわしいだろう。
「まあ、いいや。力入れるのも疲れてきたし私は許してあげるからシャノに謝りなさい」
案外あっさりと菜乃葉の足の力が抜けていっているのを勇輝は感じ安堵した。もうそろそろ薬指の痛みが限界に達していたので危ないところだった。
「『胸が小さい』とか言ってごめんなさい!」
勇輝は一言余分な言葉を付けて且つそこの部分を強調し謝った。
「何かその謝罪にも悪意がある気がするけど······。まあ、謝ってくれたんだし許してあげる」
「平らな後輩ありがとうございます!」
「ぶち殺すわよ!」
謝って許してもらったからって調子に乗り、さっき謝ったことに対して全く反省の意を勇輝は表していなかった。だが、彼はあくまで『胸が小さい後輩』と表現せず、『平らな後輩』とだけ表現した。それがシャノには伝わらないと思っていたらしいが、そんなことはなく、『ぶち殺すわよ!』と暗黒を帯びた顔で言われ、さすがの勇輝も背中に鳥肌が立った。
菜乃葉はそんな兄を見て、ため息をついた。
「シャノよろしくー」
と羨ましそうな目で三人の様子を見ていたカインズが急にシャノに頼んでいた。
その言葉に応えるようにシャノは席を立ち「お仕置きは後でね」と言い残し、台所へと向かって行った。
どうやらカインズが料理に火を使うらしいので火属性に適性があるシャノに火を付けることを『よろしくー』の一言で頼んだらしい。
「フレア」
そう、それは勇輝がずっと練習しても使えなかった魔法『フレア』。だが、シャノはあっさりと火の玉を出現させ、それを操り火を付けることに成功した。
その時、勇輝は悔し気味の顔を浮かべていたが、シャノがSランク魔法者であることを思い出し、これにも納得がいった。
そして火を付け終わったシャノが踵を返し、再び腰をかけた。
「因みに、『フレア』って何ランクの魔法?」
「Eランクよ」
「俺はEランク魔法も使えないんかよ!」
勇輝は魔法自体には適性があるが、魔法を操る素質はとても低いらしい。菜乃葉みたいに一時間半で魔法を操れる
のが普通で、それ以上は素質なしだそうだ。素質なしの勇輝は素質ありの妹との差に腹を立てた。
――毎回俺はこいつより下かよ······
笑みを浮かべている菜乃葉の横顔を見ながら菜乃葉の素質を憎んだ。そして勇輝はこのままではSランク魔法者になれるかとても不安になった。
「ほれ、出来た」
勇輝が焦っている中、カインズはそれぞれの分のシチューとパンを並べ、中心には鶏肉みたいな脂の乗った美味そうな肉を並べた。火が必要だったのはこの肉を炙るためだろう。
そして勇輝と菜乃葉の兄妹の異世界での初めての夕食が始まる。