偽りの魔法特訓ライフ
勇輝と菜乃葉が複数の属性に魔法の適性があることに『この二人なら国王を救えるかもしれない』という淡い期待を抱いたのはカインズだ。
その期待に応えてもらうためにも魔法の特訓は始まった。
二人はカインズとシャノに地下室に案内された。地下室があるということは財産は安定しているのだ。
そして地下室を口を開けて納得のいく表情で二人の兄妹は凝視していた。
地下室はまるで洞窟みたいで、薄暗く松明がたくさん用意されていた。まさに魔法の特訓としては良い場所だ。
「じゃあ、魔法の特訓を始めるわよ!」
そして、二人の兄妹の『魔法特訓ライフ』は始まった。
兄妹は始まって早々、思った疑問をシャノにぶつけた。
「シャノは何の属性に適性があるの?」
待ってました! みたいな顔をしていた。シャノは二人がこの質問をするのを待っていて、Sランク魔法者としての矜持を見せつけたくなったのであろう。その中には自慢も含まれていたのだが、その気持ちもわからないことはない。
「私は火、水・氷、木、風、土属性に適性があるわ」
何と、シャノは五属性の適性が備わっていた。光属性は彼女の容姿に似つかわしいが、それを使えないことに何故かショックを受けていたのは勇輝だ。だが、闇属性を使えないことには何故か勇輝は喜んでいた。
一方完璧な妹、菜乃葉はこの時まで劣等感をあまり味わっていなかったのだが、シャノより適性する属性の数が少ないことに悔し気味の表情を浮かべていた。Sランク魔法者のシャノにこの世界にやってきて一日も経ってない菜乃葉が魔法について勝る可能性は皆無なのだ。
「試しに何か使ってみてよ」
もう、友達にでもなったかの言葉で悔しさ全開の菜乃葉の発言にシャノは何の躊躇いもせずきちんと応えた。
「わかったわ!」
勇輝と菜乃葉は初めて見るであろう魔法を瞬きをせず、じっくり見ようと決めた。――魔法が使われたのはその時だった。
「――フリーズ!」
掌を一つの松明に定めながらシャノが詠唱を唱えた。それから一秒も経たず松明に効果が表れていた。
――松明は凍っていたのだ
兄妹は一秒も経たない間に松明を見ることは出来なかった。凍る瞬間を見逃したのだ。それに落ち込んだ表情も浮かべていたが、落ち込みよりも驚愕の方が表情に出ていた。比率で言うと、一対九の割合であった。
「おいおい、まじですか」
「うっひょー、パネェな」
勇輝は驚愕の表情のままであったが、菜乃葉はそれを飛び越えて興味津々の表情をし、自分の負けを心の中で素直に認めた。
「今のは水・氷属性の魔法で狙った対象を氷漬けにしてしまうC級魔法『フリーズ』よ!」
シャノは魔法の力を兄妹に誇示した。松明の哀れな状態を凝視し、これでC級魔法かよ······と勇輝は心の中で呟いた。
「その魔法で俺達を氷漬けにするのだけは止めてくださいね!?」
またまた自然と勇輝は敬語を口にした。その中には少しの恐怖心というものが存在し、勇輝の焦り気味の表情を見て、菜乃葉は微笑を浮かべた。
「するわけないじゃない!」
「微笑を浮かべながらそんなこと言われても説得力が足りないんですけど!?」
勇輝は仲のいい友人と話すみたいにシャノとの関係は友好になっていた。
そんな二人のやり取りを聞いて、カインズは笑いだし、菜乃葉は何故か「チッ」と舌打ちをしていた。そんな中勇輝は属性についての疑問を抱いた。
「水属性と氷属性ってセットなの?」
「ええ、氷はあくまで水が凝固した状態を言うのよ。だからこの二つはセットなの」
首を傾げた勇輝だが、イメージとしては『降水量』と同じだ。降水量は雨が降った量だけではなく、雪の量も含まれるからだ。
因みに、菜乃葉はこのシャノの話を聞いた直後に理解出来た。勇輝は菜乃葉の兄というのに、妹より脳みそが悪いらしい。
「ナルホド。『多分』理解出来ました」
妹に負けることが屈辱なのか勇輝は強がり理解出来たフリをした。だが癖で『多分』を入れてしまったことに後々気が付き菜乃葉に理解出来ていないことがバレ、隣から見下されているような軽蔑感に勇輝は襲われた。
「とりあえず、魔法の特訓と行きましょう!」
質問した当人の勇輝が理解出来ていないことに気が付いてないシャノは質問コーナーを終え、魔法特訓コーナーに進めることにした。
「まず、あなた二人に共通する属性はあったっけ?」
そう兄妹に質問したシャノ。二人の兄妹は揃ってその質問に答えた。
「「ありません!」」
強めでお互いを否定するかの口調は兄妹のここまでの仲の悪さを示していた。
つい七時間程前までは過去を思い出して笑っていたという設定はここでは無しだそうだ。
実際、こんな二人は気が合うことは無く、本当に適性する属性はそれぞれで違っていた。だからシャノは何属性から特訓しようか迷った。
そして出た結論はこれだ。
「――よし、おじいちゃんが勇輝を特訓させて、私が菜乃葉を特訓させる!」
初めはシャノ一人で二人を特訓する予定だったのだが、適性の関係により急遽変更。カインズも巻き込まれることになったのだ。
「じゃあ、勇輝まずは火属性から特訓じゃ!」
そう言ったカインズだが、実は彼火属性の適性が備わっていないのだ。
だから教えようがないと思うが、魔法を発動するにあたって全属性の共通点があるそうだ。
「魔法は『イメージ』が大切なんじゃ。自分が繰り出す魔法の本質を理解し、成功した場合のみをイメージするのじゃ」
「失敗をイメージすると?」
「失敗する」
どうやら魔法にはイメージ力というものが必要らしい。勇輝は妄想は得意だがイメージ力は凡人程。
魔法が使えるか不安だが、練習すれば何とかなると心の縁で彼は思った。
「リーフ!」
そんな話をカインズとしている中、また魔法の詠唱が勇輝の耳に届いていた。だが詠唱をしていたのはシャノではなく、菜乃葉であった。
軈て菜乃葉の構えた掌からは円状に葉っぱみたいなものが宙に五つ並んでいた。菜乃葉はそれを放とうとしたらしいが、そんな簡単に魔法を扱える訳では無く、葉っぱは無残にも落ちていった。
「そんな簡単に魔法は扱えないって」
勇輝は菜乃葉の肩に手を置き、何故か微笑みながらそう言った。菜乃葉が魔法を放つことが出来なかったので、魔法を菜乃葉よりも早く放ち、彼女を見返すという魂胆だろう。
そして、勇輝の出番が来た。
「フレア!」
脳内でイメージを起承転結させ、勇輝は使えることだけに集中し、そう言い放ったはずなのだが、
「あれ? フレア!」
もう一度詠唱をしても火の玉すら勇輝の掌に浮かび上がってこない。後々、妹よりも自分は魔法面でも下ということに気付かされたのだった。
そしてニタニタした視線を勇輝は感じ取っていた。
「あれ? お前、中二の頃と変わってねえじゃん」
『中二の頃』そう、それは勇輝の中二病時代の事だ。散々魔法の詠唱を唱えては哄笑し、周りからの蔑んだ目を食らっていた時代。それを菜乃葉に思い出さされ、勇輝の頬は赤くなっていく。
「くそー! 昔の俺死ね!」
急に壁の方へと向かい、頭をぶつけ始め、カインズとシャノには憂いを帯びた目で見られていた。
「菜乃葉何の魔法使ったの?」
どうやら、シャノはあれを魔法と勘違いしているらしい。
「えっとー、あいつを苦しめることが出来る簡単な魔法だよ。私にしか出来ないけど」
誰もがわかるような嘘を吐いた菜乃葉だったがそれにシャノは気付いていない様子だったので、この設定を保つことにした。
そして勇輝が菜乃葉の魔法から解放され、のこのこと歩いてきた。
「あ、馬鹿が戻ってきた」
軽く呟いた菜乃葉。
そんな発言に苦笑いを浮かべている祖父と孫。ここまでは『特訓』ではなく、どちらかと言えば『練習』なのだ。そこから本当の魔法特訓ライフは幕を開けた。