文化と魔法と適性と
二人の兄妹は現在、フレリー家にてまず読み、書きの勉強中だ。
象形文字の様な文字で脳が中々吸収してくれないらしいので、ひたすらペンを走らせている。
「はい、もう今日はそこまででいいですよ」
「やっと、終わったー」
「ようやく終わったー」
二人の兄妹は体を伸ばしながら疲れを取った。
読み、書きを初めて三時間は経過していたので、結構疲れていたのだろう。
普通、日本人は日本語と英語の二つの言語を勉強しなければならないのだが、この二人の兄妹が学ぶ言語の数は三つ。
学業優秀の菜乃葉は軽い本は読めるようになったのだが、勇輝はそれを読むことがまだできない。この前まで全く勉強していなかったのでその行いが返ってきたのだろう。
「よし、もうみんな中々な仲だからタメ口でいこうぜ!」
「――寒っ! さり気なく駄洒落を言うな! 寒いじゃねえか」
勇輝は無意識で駄洒落を放っていたが、それに対して菜乃葉が本当に寒そうに自分の体を抱いていた。
因みに、勇輝は昔から『布団が吹っ飛んだ』などの寒い駄洒落に一人で笑っていて、その勇輝の哀れな姿を何度も菜乃葉は見てきたはずなのだが、まだ慣れないらしい。
「「――駄洒落?」」
異口同音にそう言い、シャノとカインズは首を傾げた。勇輝と菜乃葉はこの時、この世界に駄洒落という言葉が存在していないことに気が付いたので、この世界に駄洒落を広めることにした。
「駄洒落とは――即ち、前に出てきた単語とかを後でさり気なーくもう一回使うことだ」
「いや、説明下手す――」
「なるほど! 理解出来ました」
「なるほどー」
菜乃葉の発言を遮り、勇輝の下手くそな説明でカインズとシャノは理解出来たらしい。この世界の者は理解力が優れているのだ。
そしてこの二人に駄洒落を教えたことがこの世界に駄洒落が流行るきっかけとなった。
「いや、今の説明で理解出来たんかい!」
突っ込みを入れながらも驚きの表情を見せた菜乃葉。この状態なら菜乃葉もカインズとシャノと友好な関係を築けそうだ。
「因みにタメ口の意味はわかった?」
「わからなかったです」
勇輝はもうタメ口を使っているが、対してシャノは敬語を使い丁寧に勇輝にそう言った。
話は出来るのだが、ドルエン王国と二人の兄妹が以前暮らしていた日本とでは言葉の文化が違うことに勇輝と菜乃葉は気が付いた。
「タメ口とは、要は話し言葉だよ」
「「なるほどー」」
カインズとシャノはハッとした表情をしていて、理解した様子だ。勇輝はこのドルエン王国に駄洒落も含めて、日本の文化を菜乃葉と共に流行らせることにした。
「じゃあ、もうその――タメ口? でいくね」
シャノはタメ口の使い方が合っているか心配した。
一方勇輝は『タメ口?』と少し、疑問符を浮かべたシャノが可愛かったらしく、顔がだらしなくなっていた。
菜乃葉はその勇輝の様子を見て、蔑んだ目で彼を見つめた。
「じゃあ、次はタメ口で魔法について教えるね」
シャノがタメ口を使ってくれたことに喜び、これぞメインヒロイン! と心の中で呟いた勇輝だった。
そしてシャノは勇輝と菜乃葉にまず魔法の『属性』の種類について詳しく教えることにした。一方カインズは隅で二人を見ていた。
「魔法には七つの属性があるの。紅蓮の炎を解き放つ火属性、清らかな水を出現させ、時には凶器に代わる水・氷属性、生命の緑を司る木属性、虚空を飛び抜ける風属性、壮大な大地を奏でる土属性、月光の様に輝かしく、時には癒しを与える光属性、暗黒なオーラを放ち、時には召喚、時には変身することが可能な闇属性があるのよ」
シャノが闇属性の変身について語っていた時、カインズをニヤリと見ていたことに二人は疑問をもったが、そんなに気にしてはいなかった。
属性についての長々しい説明を受けて、属性の数が予想以上に多く、興味津々の二人。実は菜乃葉は昔、魔法使いに憧れており、家でよく魔法使いごっこをしていたので本物の魔法が使えるとなると、目を輝かさずにはいられなくなっていたのだ。
「ねえねえわたし、ぜーん属性使いたい!」
立ち上がり手を横に大きく広げた菜乃葉。昔やっていた魔法使い『ごっこ』が『ごっこ』ではなく正式な魔法使いになれることに勇輝を蔑んでいた表情とは打って変わって喜びの笑みを容貌に浮かべた。
しかし、シャノの次の発言から菜乃葉の望みは絶望の淵に立たされることとなる。
「魔法にはね『適性』というものがあって人などのそれぞれの個性から魔法の『適性』がわかるのよ。要は全属性の魔法を使える可能性は相当低いわね」
シャノの言った意味を今一、理解出来なかった兄妹だが、『適性』というものが存在して、全属性の魔法を使うことはほぼ不可能であるという点は解ったらしい。その事を知り、落ち込んだ表情を見せた菜乃葉。そんな彼女に対して兄らしく激励の言葉を入れた。
「別に全属性使えなくたって一属性の魔法さえ使えればいいと思うぞ。お前なら強烈な魔法を放てるかもだし」
その勇輝の発言にシャノとカインズは不思議な表情を浮かべていて、何か言いたげな様子をしていたが、それを言うか言わないか迷っている様子も浮かべていた。三十秒程の時が経過し、シャノが口を開けた。どうやらシャノとカインズは言うことに決めたらしい。
「全員が全員、魔法の適性があるわけじゃないの。適性がある者はこの国の人口の半分にも満たないと思う。それ以外の者の適性は皆無よ」
菜乃葉は雷に打たれたような顔をしていた。昔からの憧れの魔法使いになるという希望が淡くなってしまったからであろう。
だが、落ち込んでいたのは菜乃葉だけではなく勇輝もだ。
せっかく異世界召喚されたのに魔法の適性が皆無というのは虚しいことだからだ。
「因みに十人に一人、一つの属性に適性があり、また百人に一人複数の属性に適性があるのじゃ。
その中でも百万人の内の一人に選ばれた者は全属性に適性がある者だと言われとる」
追記でそうおしえてくれたカインズ。
まず魔法が使える可能性が非常に低いことに気が付き、二人は深く落ち込んでいた。
その時、そんな兄妹にカインズが近づいてきた。
「どれ、まずお主の適性を調べてやろう」
そう言った後で勇輝の額に手を翳し、瞑目した。その時のカインズの集中力はすごかった。
そして、カインズは全属性のイメージを脳裏で行い、適性がある属性と適性がない属性を区別した。その時、勇輝は体で何かが蠢いているのを感じ、不思議な感覚になっていた。
「終わったぞ」
勇輝にカインズはそう告げた。そして、彼はすぐその結果が気になりカインズに聞いた。
「俺は何属性に適性がありましたか?」
勇輝は自分で『タメ口でいこうぜ!』などと言いながらもこの時は自然と敬語を口に出していた。
そしてカインズは瞑目していた間の結果に笑顔を浮かべていたので、期待を抱かれていた。そして、カインズは勇輝に告げた。
「お主は火属性と土属性に適性があるようじゃ」
勇輝は何と百人の内の一人に入ることが出来た。その結果に彼は素直に歓喜を上げていたが本人曰く、闇属性の魔法が使いたかったらしい。そんな強欲な彼は中学二年生の時、
『――っ! 我が左手が共鳴している!』
などとの意味不明な発言をし、周囲からは散々蔑んだ目で見られていたのだ。これを日本では中二病と言うのだが、そんな彼はアニメ見すぎ、ラノベ読みすぎでその結果、その二つに影響を受け、中二病と化したらしい。
そして、今では勇輝にとって中学二年生の時の自分は黒歴史なのだ。
菜乃葉はあの兄が二属性に使えることにプレッシャーが掛かった。
けれど勇輝は菜乃葉と比べては劣等なので、彼女は自信をもった。
「じゃあ、次はお主のも調べるぞい」
カインズはそう言った後でさっき勇輝にやっていたことと同じように菜乃葉の額にも手を翳した。そしてまた瞑目し、脳裏で全属性のイメージを浮かべた。菜乃葉も勇輝と同じようにこの間に、体で何かが蠢いているのを感じていた。
「終わったぞ」
「私は何属性に適性がありましたか?」
菜乃葉は目を輝かせながらカインズに聞いていた。整った容貌をしている菜乃葉の顔との距離が目と鼻の先にあったので、カインズは顔を赤くした。
――そして告げた。
「お主は木属性、風属性、光属性に適性があるようじゃ」
菜乃葉は三属性に適性があることに勇輝に決め顔をしていた。
『はいはい、所詮俺はお前の劣化品ですよー』
菜乃葉の決め顔に対してそう思った勇輝。負けを素直に認めたようだ。だがこの結果にカインズとシャノは驚愕していた。恐らく二人共、百人の内の一人の枠に入れたからであろう。
因みに二人の兄妹がその枠に入れる確率は二百分の一の確率であり、非常に低かった。
二人は魔法が使えることに安堵したが、それは命を落とす危険性がある場所に足を踏み入れることの許しでもあった。