異世界の家の訪問
二人の兄妹の目の前にはレンガで建てられた中世ヨーロッパ風の家が一軒、聳え建っていた。これを見て勇輝はまた興奮した。
「ここじゃよ」
どうやらこの家は老人の家らしく、二人がしばらくこの国の読み、書きを覚えたり、魔法の練習をしたりでお世話になる家でもある。
――ガチャ
老人がドアノブに手を掛け、そのまま引いた。勇輝は異世界の家に入れることに頬を赤くし、興味津々の様子だ。
「ただいまー」
「おかえりなさい、おじいちゃん」
そこには菜乃葉とあまり変わらない百六十センチ程の身長をした女の子らしく可愛らしい、黄色で潤った瞳が魅力的の長い金髪をした老人の孫らしき人物がいた――美少女だった。
そんな彼女を勇輝は凝視していて、顔が赤くなっていた。
そんな情けない様子を見て、菜乃葉が勇輝の足を靴で踏みつけた。
「なに、ニヤニヤしてるの。今のお前の顔めちゃきもいよ?」
さっきより力を入れて、勇輝の足をさらに圧迫し、蔑んだ目で見ながらキツイ言葉を菜乃葉は放った。
彼は足を踏まれながらも、未だに金髪美少女を凝視していた。
よし、この娘は俺のメインヒロインに決まり! 勝手に金髪美少女は勇輝のメインヒロインに選ばれてしまった。
会ってまだ間もないのに、勇輝はどうやら面食いらしい。
「そこのお二人は?」
「この二人はな――迷える子羊の······」
「子羊の?」
金髪美少女の質問に勇輝と菜乃葉を『迷える子羊』と表現した老人。
そして老人はまだ二人の名前を聞いていないことに今更ながら気が付いた。
「とりあえず、自己紹介は椅子に掛けてからにするかのう」
家にまで招待した二人の名前を聞いていなかったことに老人は若干の辱めを受けた。
――ガチャ
扉が開く音がした。
勇輝と菜乃葉は部屋の中を見て、驚いた。
――その部屋には、赤青白色をした絨毯が敷かれていて、その上に机と椅子が並べられていた。恐らくここで食事を摂ったり会話をするのだろう。
日本で言うリビングやダイニングだ。
そしてその奥には台所があった。金髪美少女がここで料理を作ってくれるのかーと思いながら勇輝はニヤニヤしながら質問した。
「ねえねえ、君料理何が得意なの?」
さっそく話し言葉で金髪美少女に近付こうとした。だが彼女は質問に困っており、赤面し恥ずかしそうにしながら質問に答えた。
「何も無いです」
「えー! じゃあ誰が料理作ってるの?」
返された答えに期待を裏切られた様な哀調を帯びた声でそう言った。
――勇輝は金髪美少女に夢中で老人の存在を忘れていた。
これ程のことをしてもらっているのにとても失礼な奴だ。
「――はあー、料理を作るのはおじいさんだよ。そんなにこの娘の作る料理が食べたかったの?」
ため息をついた後で、蔑んだ目でまた見られた勇輝。彼が異世界にやって来てその目で見られたのは何回目のことだろう。
――それ程までに馬鹿が過ぎるのだ。
対して、菜乃葉は真面目という訳では無いが、総合評価は勇輝と比べ、大幅に大きいだろう。
本当に血の繋がった兄妹なのだろうかと老人は疑念を抱いた。
「わしはこう見えても料理は得意の方じゃ」
「まじか!」
決め顔を決めながら自慢気に言った老人に対し、驚きが自然と出てしまった。
「そんなにワシが料理出来ることがおかしいかのー」
この発言の後に老人が料理を華麗に熟している姿を勇輝は想像しながら、『おかしいだろー!』と内心で呟いた。
「みんな、本題忘れてない?」
金髪美少女がそう言った。
勇輝の金髪美少女に対する質問から話が逸れていて、結構な時間が過ぎていた。そして四人とも椅子に腰を掛けた。
勇輝と菜乃葉の兄妹、老人と金髪美少女の祖父と孫が自己紹介を開始した。
「俺の名前は神谷勇輝! 趣味は······」
言い淀み、心の中で思った。
『あれ、この世界アニメとかなかったよな? 』
冷や汗を垂らしながら心の中でこの世界にアニメが存在していないことに気が付いた勇輝。そして、咳払いをし再び自己紹介を始めた。
「んん、俺の名前は神谷勇輝! 趣味は読書で、とにかくこの国が大好きだ! よろしく!」
趣味を読書に改変し、異世界好きオーラが菜乃葉には見えるような力強い自己紹介だった。
そして次に立ち上がったのは菜乃葉だ。
「私は神谷菜乃葉。一応こいつの妹で、趣味は音楽を聴くことです。この国の読み、書きを覚えて魔法の練習も一生懸命やろうと思いますので、よろしくお願いします」
勇輝の自己紹介と比べては相当誠実で中学生らしい自己紹介だった。そして、菜乃葉も魔法について若干の興味が湧いてきたらしい。
『おじいさんの名前はなんだろう?』
と密かに気になりだした兄妹。
そして老人が立ち上がった。
「ワシは、カインズ・フレリーじゃ。特技は剣術で昔は騎士でもあったのじゃよ。剣術について腕を磨きたければいつでも言っておくれ。これからもよろしくのう」
二人の兄妹はカインズという名に老人の容姿が当てはまらないらしい。
だが剣術を得意としていることについては驚きをもった。
老人であるカインズが剣を振ること何て出来るのかという疑念を抱いたからだ。勇輝は『騎士』の存在を喜ばしく思い、興味津々の様子をしていた。
自分が剣を振るってモンスターを倒す妄想をしながら『後で剣術を教えてもらおー』と心で呟いた。
そして最後に金髪美少女の自己紹介だ。勇輝は一語一句聞き漏れがないように必死に耳を傾けた。
「私はシャノ・フレリーです。
特技は魔法で一応、Sランクまでの魔法なら使うことができるので、Sランク魔法者として『魔法センター』に認定されています。魔法についてなら私が教えるので、これからよろしくお願いします」
最後に華麗な一礼を見せたシャノ。勇輝は異世界に来て聞いた事のない単語が幾つか出てきたことにまた興味を惹かれている様子をしている。
――だが、菜乃葉も魔法に興味津々で自分が魔法を使い、モンスターを倒している場面を妄想して『私は魔法を教えてもらおう』と心の中で呟いていた。
「カインズさん、剣術を教えてください!」
「シャノさん、魔法を教えてください!」
兄妹はそれぞれ使いたい技の系統を決め、勇輝は剣術を得意とするカインズに、菜乃葉は魔法を得意とするシャノに教えてくれるようにお願いした。
たが、勇輝は次のカインズが放った言葉に失望を感じさせられる。
「剣術を教えてもいいのじゃが。
······実は、ドルエン王国憲法より『魔法センター』にSランク以上の魔法者と認められないと『サジカル草』を取りに行くことは絶対に出来ないのじゃよ。これは国王が定めた決まりじゃから破ることは出来ん」
老人はどう伝えればいいのかあまり分からず、少し言い淀んだが勇輝に事実をそのまま伝えた。
「何で魔法じゃなきゃダメ何ですか。別に剣術を使ってその『サジカル草』の守護者を倒せばいいじゃないですか」
勇輝はカインズに必死に訴えかけたが、カインズは首を横に振って、否定の意を表した。そして、勇輝はこの疑問の答えを待った。
「その、『サジカル草』の守護者は――物理攻撃が効かないのじゃよ」
返ってきた答えは納得せざるおえなかった。
――物理攻撃無効化とかありかよ······
悲しみながら勇輝は剣術を学ぶのは後回しにし、魔法を学ぶことを優先した。
「仕方がない。シャノさん、魔法を教えてください」
「はい、わかりました」
珍しくシャノに敬語を使い、頼んだ。
翌々考えると美少女と魔法を練習することも悪くはないことに気づき、変な妄想を勇輝はした。
一方菜乃葉は「チッ」と舌打ちを鳴らし、嫌な顔を勇輝に向けた。
「まあ、そんな顔するなよ」
「そんな顔ってどんな顔だよ。これがわたしの顔だよ」
菜乃葉は自分では嫌な顔をしていることに気付いていないらしい。
そして、カインズとシャノはこの二人のやり取りを見て笑っていた。
この日を境に二人の『読み、書き勉強ライフ』と『魔法特訓ライフ』は幕を開けた。