唯一の可能性
二人の兄妹は老人の真剣さに輝いた漆黒の瞳を見ながら、重い病を救うための唯一の方法を知る覚悟を決めた。
「『サジカル草』」
老人は眉間に皺を寄せながら、その単語を放った。二人は老人がなぜこんなにも真剣そうにしているのか疑問に思ったが、勇輝はまさに異世界の単語きたー! などと興奮しながらも老人に『サジカル草』とは何かの質問をした。
「『サジカル草』ってすごい薬草とかの名前ですか?」
心の中では興奮しつつも老人は真剣そうな様子をしていたので、それを表に出すのは止めて、真剣な様子の振りをして質問した
カインズの真剣な様子は一向に直らず、二人の兄妹に『サジカル草』についての説明をした。
「『サジカル草』とはどんな病でも簡単に治してしまうと言われている幻の薬草じゃ。中でも死亡率百パーセントの病を簡単に治したという噂も立っておる」
「要は、回復系のチートアイテムか」
そうボソボソと微笑しながら呟やき、この世界には『チートアイテム』があることを知った瞬間にまた興奮した。それ程までに異世界が大好きなのだろう。
「んじゃあ、それを取りに行って国王に差し出せばいいんじゃないですか?」
次に漆黒の瞳を見ながら疑問符を浮かべたのは菜乃葉だ。
だが、老人は顎に手を添えて険しい表情をして、その質問に答えた。
「それが不可能ではないのじゃが、『サジカル草』の守護者がいてな。そいつは容赦なく刃物を振るうらしいのじゃよ」
この言葉を聞いた時、二人はやっと老人の真剣な様子の意味を理解した。
仮にこの二人が『サジカル草』を国王の為に取りに行く! なんて言ったら命を落とす可能性があるためそれを老人は心配していたのだろう。
実際に国王に仕えていた者が『サジカル草』を取りに行こうとして命を落としたという事例は何度もあったそうだ。
だから、国王はこれ以上自分の部下の命を落とさせたくないという慈悲深い想いから『サジカル草』を取りに行くことを禁止したそうだ。
「俺、行きます!」
勇輝の驚きの発言に老人は言葉も出なかった。
「――お前は、本当に馬鹿なの!? 命を落とす危険性があるんだよ?」
店内が静まり返り、菜乃葉は真剣な表情を浮かべ、勇輝に行かないことを強く勧め、説得させようとした。何やかんや兄を大切な家族の一員と認めてくれているらしい。
とても真剣に自分を説得させようとしていたことが嬉しかったのか、菜乃葉に笑いながら言った。
「今、行くとは言ってないぞ。もっと二人、強くなってから行こう!」
菜乃葉は今行く訳では無いことに安堵したが、『二人』という単語に違和感を覚えた。
「私、一言も行くとは言ってないよ?」
勇輝は固まっていた。そして三秒程経って菜乃葉との顔の距離はいつの間にか目と鼻の先にあった。そして肩を掴んで勇輝は頼んだ。
「お前、俺のこと好きだから来てくれるよな······?」
若干焦り気味に菜乃葉に頼んだ。
「は? 好きじゃねえし! きもーい!」
如何にも女子中学生らしい言葉を兄に放った。確かに、命を賭けてでも『サジカル草』を取りに行きたいわけがない。
「だけど――お前のことは好きじゃないけれど、お前を一人で行かせることはわたしには出来ない」
哀調を帯びた声で好きということを否定した菜乃葉だったが、勇輝のことはとても心配してくれているそうだ。
「じゃあ、一緒に行こーぜ!」
菜乃葉が来てくれることに期待を高めながら、肩を叩いてやってそう言った。
それに対して菜乃葉はため息を吐いたが行くか、行かないかの決断は意外にも早く決まった。
「止めても無駄だと思うから――仕方ない。付いて行ってあげる」
菜乃葉の返事に勇輝は素直に喜び、店内であることを忘れて、飛び跳ねた。命を落とす危険性がある場所へ行かなければならなくなったことを不幸と思わず、逆に喜ぶ勇輝は変人の領域を超えている。
「お二人さん真剣に言っているのか?」
しばらく兄妹が話していた後に老人が口を挟んだ。『サジカル草』の元へと行くことが完全にではないが、決定した勇輝が喜んでいることに疑問をもったのだろう。
「はい、真剣です!」
「まあ、一応こいつが行くらしいのでわたしも行こうかと思います」
老人の質問にそれぞれの答えを放った。菜乃葉は正直行きたくない表情を浮かべているが、やはり勇輝を止めても無駄で、一人で行かせることはどうしても出来ないらしいので、命を落とす危険性がある領域に足を踏み入れることに決めたらしい。
「あの、一つ質問していいかの?」
老人はさっき思っていた疑問をぶつけることに決めた。
そして、勇輝は頷いた。
「なぜ、命を落とす危険性がある領域に足を踏み入れたいのじゃ? 普通、あそこは皆が行きたくないって恐れられている場所でもあるのじゃぞ」
老人は憂い顔をしていた。
勇輝の馬鹿さ加減に頭でも打ったのかと疑ったが、元気な様子を見ているとその疑いは砕け散った。
「もちろん。二つの重要な理由があるからだ!」
人差し指を老人に立て、ウインクをし、かっこよく言ったつもりだったが、まだ店内であることを忘れており店内の客に鋭い視線で見られた。そして老人は勇輝の二つの理由を聞いた。
「その二つの理由とは何じゃ?」
「ふふ、――聞いて驚くなよ!」
老人は二つの理由を聞くことに覚悟をもち、唾を飲み込んだ。
その時、菜乃葉は勇輝の言うことを大体推測していて、ため息を吐いていた。
菜乃葉が異世界に来て、ため息を吐くのは何回目だろうか。
そして勇輝がまず一つ目の理由を露わにした。
「まず、一つ目は俺の前にいた場所ではこんな体験が出来なかったことだ! 要は俺は、はらはらどきどきする危険な事が大好きなんだよ!」
周りに星が舞ったように勇輝はウインクを決め、そう言った。
――全くかっこよくなかった。
菜乃葉は心の中で、······こいつほんっとーに馬鹿だと思い、勇輝の妹であることも恥ずかしくなってきたようだ。
一方老人の方も呆れ顔。
危険な事が大好きという理由で命を賭けてでも『サジカル草』を取りに行った馬鹿がいた事例など一度もなかったからだ。とりあえずこの理由を放置して、二つの目の理由を気になりかけた。
「おっと、おじいさん二つ目の理由を気にかけていますね」
仕方ないから教えてあげてもいい、みたいな顔を老人に向けながらそう勇輝は放った。
老人は少し苛立ちを覚えたが、素直に二つ目の理由を聞いた。
「で、二つ目の理由はなんじゃ?」
「では、話しましょう。二つ目の理由は国王の病を救ったことで報酬をがっぽり貰って、歴史に名を残すことです!」
またまた、周りに星が舞ったように勇輝はウインクを決め、そう言った。
二度、三度これを決めてもかっこいいなんて言う人は一人も現れないだろう。一度目の理由よりもマシな理由なのに、なぜこの理由が一度目じゃなく二度目なのだろうなんてどうでもいい疑問を老人と菜乃葉は浮かべたが、その答えはただ単に勇輝の異世界好きが半端ではないからである。
そして老人がため息を吐きながらも言葉を放った。
「仕方がない。わしの家に来て、わしの孫に二人共魔法を教わるのじゃ」
「俺も魔法を使えるのですか!?」
「私も魔法が使えるのですか!?」
驚愕の表情を浮かべた兄妹。現実で魔法に憧れていた勇輝は歓喜の舞を踊り、菜乃葉は信じられない事実に未だに口をポカンと開けている。
――店の客の鋭い視線がまた走った。
報酬が欲しいという欲情とただの遊び心から始まった命懸けの冒険があれほどの恐怖を感じさせられることは大体推測出来たはずなのだが、やはり、実際の場に立たないと二人は感じることが出来なかった。