4話 週明けの営業部
この会社はあんまり大きくないのに手広くやってるという設定です。
「俺が出張でいない間、やらかしたらしいな」
営業部課長の髙橋 晴彦は咲凛、岳、琴南を会議室に呼んだ。
長身の晴彦は三人を見下ろした。
「岳!なんでまた勝手に営業行ってんだよ!お前は営業事務だろ!」
「だって部長がでかいとことってくるから面白いって。俺A社とってきたし」
「面白いって…なんだと思ってんだよ…」
「それは部長に言ってくださいよ。俺を持て余す会社が悪い」
岳はニヤリと笑った。岳はこの会社の専務の甥である。
ふてぶてしい性格と後ろ盾が相まって厄介なのだ。
「はぁーあ…」
どこでもいいからこいつ貰ってくれる部署ねぇーかなー。
晴彦は頭を抱えた。
「山口はあんま飲みすぎるなよ、次から」
佐々木には言うことねぇや…なんで呼んだんだっけ。
「はい…」
琴南は反省しているようですみませんと頭を下げる。
「ああ、そうだ。山口と佐々木は俺の班入れ」
咲凛と琴南は内心「えっ」と驚いたが岳が声を出したので口に出すにすんだ。
「えー!?俺は!?」
「お前は出張に連れて行きたくない」
わりと本気でそう思ってる。
「そんなー!依怙贔屓だー!」
優子に口煩くこの三人離せって言われたが、2人が岳を取り合ってるって意味か?なら岳だけ離せばいいよな。
晴彦の判断に優子からの雷が後日落とされる。
「ちげーよ!!!鈍感!!!」
同期の優子に下からがなられて晴彦は耳を塞ぎたくなる。
二人はたまに人が少ない6階の自販機スペースで話をしている。ここは他の会社の階なのだ。
「髙橋!もっとちゃんと人を見ないと痛い目みるし、出世も無理だわ!」
優子はどかっと椅子に座って足を組んだ。
「課長補佐に言われたくない」
「私が狙ってんのは社長の椅子だから!」
「…お前がいうと冗談に聞こえない」
「冗談だわ。岳は世渡りうまいからいいけど…、山口はちゃんとみたげてね」
途中で詰まって消えちゃうタイプに見えるから。
「…佐々木は?」
「あ?咲凜泣かしたら、髙橋は」
優子は睨みつけて首を切るアクションをした。
「こわ」
晴彦は飲み会のお詫びも兼ねて缶コーヒーを優子の分も買った。
「今のは冗談じゃないからねー」
缶コーヒーを受け取りながらにっこりと笑う。
「はいはい。でも相性が悪いからって一々離してたらキリなくないか?仕事だぞ」
「ふーん?そんなこと言っていいんだ?」
「なにが」
「髙橋は岳が苦手じゃん。仕事一緒にしてないよね?」
優子の見透かした視線に晴彦はギクッとして顔を背ける。
「…バレてたか」
「そりゃあね。社内のことはだいたい把握してるし、岳のことは専務から頼まれてっからね」
「いいよなー!優子は岳に懐かれてて!お前の言うこと絶対聴くじゃん!」
「まぁね?」
否定はしない。
「でもあんたの言うことも聞くでしょう?上に逆らうような奴じゃないし」
「そりゃあ一応上司だし。でも向こうの方が自頭が良いから馬鹿にされてるのが手に取るようにわかる」
「岳が人をおちょくるのは性格だから、しゃーない」
実際、咲凛と琴南の相性が悪いのを一番に気づいたのは岳だと思う。
わざと琴南にライバル視させるように煽っているのを見つけて、私は気づいたし。
かと言って、あの二人にそこまでの興味はないとも思う。
岳は人の反応をただ見ている。私に懐いているのもフリかもしれない。
優子はコーヒーを一口飲んで不敵に笑う。
「にしても、珍しいね。髙橋はなんか上手いことやってたじゃん」
優子は同期の変なアイツとかー、昔いたクソ上司とかーと嫌な思い出を指を折る。
「あー…」
そんなこともあったなぁと晴彦は遠い目をした。
「何かあった?」
最初は上手くいっていたはずだ。一緒に組んでないと気づいたのはこの一年内だ。
「いやー…」
晴彦は苦笑して、優子の隣にゆっくり座った。
そして気乗りはしなかったが話しだした。
最初は専務の甥だと知って、簡単な仕事だけを渡した。
たまに営業に連れて行くと必ず相手に気に入られ、見た目の今風さが持て囃されているんだと思った。
徐々に岳自身に勝手に仕事が舞い込む様になり、俺からは難しい仕事も投げ、どうするのかと様子を見たりもした。
岳はコネでもなんでもなく優秀だった。
なんでも仕事任せられる使える奴だった。
仕事で組むとやりやすいと感じることのほうが多く、右腕にしたいと思うぐらいになった。
なにかの話をしていた時に、ぞっとするようなことを言われた。
『自分に従順なやつがいると人間って安心するでしょ?』
岳は見透かしたように俺にそう言った。
自分本位でしか部下のことを考えてないのを気付かされた。
そしてそんな俺をコントロールするように岳は仕事していたんだ。
「俺はどうせ器が小さいよ!?」
「岳らしい言い方だけど…。髙橋は気にしなくていいんじゃん?」
別に髙橋に向かって言った言葉じゃないだろうし。
誰かのためを考えて仕事出来てるやつなんて中々いない。
そんな器量、誰にもないと思う。
「自分より仕事出来る奴を自分の下につけとくなんて出来ないよ。あいつのが課長に向いてる」
晴彦はコーヒーを飲み干してゴミ箱に捨てた。
「それは岳を褒めすぎじゃない?」
「仕事を一緒にすりゃわかる」
「ふーん?」
「俺への態度は上っ面だけだったとして…優子への尊敬に嘘はないじゃん」
「んー、なんかそれはうちの会社のキャラ付けじゃない?とりあえず優子さん優子さん言っとけみたいな」
「そういうノリじゃないだろ?あいつ独特の楽しさ探してんじゃん」
髙橋は岳についてはよく研究したんだなと優子は感心した。
「…そうね。私は…専務から事前に紹介されてたからねー」
天才の甥がいて、しかも入社して来そうで困ってるってね。
「そうなの!?初耳」
「言うことでもないからね。まぁ、持て余さないでやってよ。咲凛と山口と一緒にあんたの班入れたげて」
「営業事務二人もいらないんだが…」
晴彦は心底嫌そうな顔をした。
「なんでも出来る子なら、なんでもさせなよ」
優子もコーヒーを飲み終わり、話は終わりだと言うようにゴミ箱に投げて立ち上がった。
「………総務部人員不足じゃない?」
髙橋は縋るような目をした。
「残念!私が優秀だから不足はありません!」
優子はベッと舌を出して諦めが悪いと背中を叩いた。
次の朝、出社時に琴南は咲凛のデスクまで早足で歩いて軽く挨拶をする。
「これ…借りてしまったみたいなので…」
ヘアピンを琴南は咲凛に渡そうとする。昨日返すタイミングを逃したので、今日は朝に済ませようと思っていた。
「あぁ…いいよ別に」
妹が使わなくなったヘアピンを大量にくれたのだ。その中から派手じゃないやつを会社で使っている。
「借りは必ず返したいので」
琴南は咲凛の机に置いた。
「仕事じゃないから気にしなくても…」
「はぁ…!嫌なんですよ。佐々木さんに借りがあるのが」
嫌いだからと顔に書いてある。
咲凛はそんなに敵意を出されている理由がいまだにわからない。
「……敬語使わなくていいよ?」
「無礼講はこないだの飲みの席だけです」
「そうなんだ…」
「なにか言い返さないんですか?」
かなり馬鹿にしたように喋ったと分かっている。
だから咲凛は不機嫌な態度や少し嫌味を言うのが普通だ。
それが全く以前と変わらないから借りのままで嫌なのだ。
「……私ね、この週末…恋人にカレーを作ったの」
しかも水でちょっと薄めて失敗した感じをわざわざだした。
「は?なにそれ」
琴南は急な話題に理解出来ないと眉を釣り上げて自分の机へ向かった。
「本当にね、私の人生ってなんなんだろうか」
咲凛は手のひらの薄まったはなまるを見つめた。
1話からぽんぽん人が出てきますが、会社の人でサブキャラは営業課長の晴彦までです。
専務と社長はいつか出てきます。
まだ出てきてない主軸にしようとしているキャラは、優子の彼氏です。
だいぶ先ですが明日実の友達、祖父の家の話も書きたいです。