悪役令嬢だけど、攻略キャラは元幼馴染でした。
「ぐすっ、奈々、奈々ぁっ」
かれこれ一時間、この目の前の攻略キャラ──小鳥遊一は泣いている。
とりあえず近くのファミレスに入ったのはいいが、周りの視線が痛い。
「小鳥遊一──じゃなかった、真琴、とりあえず今の状況を説明して? アンタが真琴なのは十分分かったから!」
「そ、そんなの知らねぇよ! 足腰鍛える為に山登りしてたら突然上が下になって、気付いたら赤ん坊になっててよ……しかもちん○んついてっしよぉ……っ!」
「ちょっとここ人の目あるんだからね!?」
私は真琴の頭にチョップを落とす。
真琴はチョップされて喜んでいた。
というか、私、小鳥遊一に対しては山田奈々として触れる事が出来るのか。
やっぱり悪役令嬢体質は桜茉莉にだけしか発動しない説が有効らしい。
「へへ、やっぱ奈々だ。奈々がいる。てめぇ、俺の許可なく死んでんじゃねーよ!」
「え? やっぱり私、死んでるの?」
「風呂で溺れてたんだろ? お前の葬式にも出たぞ。……お前の母ちゃんも父ちゃんも姉ちゃんも妹も泣いてた」
「…………」
親不孝者でごめんね。
そうもう会えない家族に向けて呟いた。
しかしそれよりも問題なのは、真琴がここにいるという事だ。
真琴は恐らく山の崖から落ちて死んだのだろう。
まぁこいつ、寿命とかで絶対死ななそうだから、そんな死に方にはなるのかも。
「ね、ここに産まれてきてからなんかあった?」
「あ? なにが?」
「声とか聞こえなかった? 神様とかなんとか」
「……あー、聞こえた。小鳥遊一として茉莉と付き合ったら生まれ変われるとかなんとか」
「それなら話が早い。私もその声聞こえたの。真琴、桜茉莉と付き合えるように努力して!? そして一緒に生まれ変わろうよ!」
「──嫌だ」
私はポカンとした。
──え? なんで?
理由を聞くと、真琴は私の手を強く握った。
「嫌に決まってんだろ。そんなの、茉莉を利用する事になるだろうが」
「そ、そうかもしれないけど、このままじゃ、」
「生まれ変われなくていいじゃねぇか。このままでも別にいいだろ。茉莉はこの世界での大切な幼馴染だが、俺にとっちゃそれ以上でも、それ以下でもねぇ。それに、奈々とせっかく会えたんだ」
「はぁ?」
「……俺は、お前といるなら、このままでいい。生まれかわったら離れ離れになるかもしんねぇだろ」
顔を赤らめて、私を真剣に見つめる真琴に私は頭を抱える。
「あのさぁ、真琴。死んでまで、幼馴染離れ出来ないのはどうかと思うよ?」
「ち、ちげぇよ! お前は、幼馴染だけど、俺にとってはそうじゃなくて、」
「はいはい。分かった分かった。私にとっても真琴は大切な双子の妹みたいな存在だよ。でも、私は来世で早くオタク活動したいの! この世界、私も好きなアニメもゲームもないし、そもそも嬢坂サラはそんなもの興味ないし……」
「……けっ! 男同士が○ックスしてる漫画がそんなに面白いのかよ! くそくらえ!」
突然私にキレる真琴に私は再度チョップを落とした。
周りの視線が痛い。
そろそろここを出よう。
「とりあえず、私は嬢坂サラとしてアンタに一目惚れしてるって事になってるからよろしく! あと、アンタはちゃんと桜茉莉を口説いたり窮地を助けたりして、あいつのハートを奪うのよ! 分かった?」
「へいへい」
耳をほじりながら返事をする真琴に何度目か分からないため息を吐く。
いや、転生のキャスティングおかしすぎるでしょ!?
まさか他の攻略キャラも転生者だったりして……。
ちょっと可能性は低いとも言いづらい。
それとなく、探りを入れてみなくては。
後は真琴がいかにカッコよくこの後のイベントをどうにか乗り越えてくれれば──。
真琴をチラリと見れば、相変わらず拗ねているようだ。
「何拗ねてんの」
「俺に何か言うべき事あるだろ」
「はぁ?」
「……俺、すげぇ泣いたんだけど」
私はそこで真琴の言いたい事にようやく気づく。
「……急に死んでごめんね、真琴。また会えて、本当に嬉しい」
「っ! だよな! 奈々は俺の事好きだもんな! あ、じゃあずっとこの世界で……」
「それはそれ。これはこれ。私は絶対来世へ生まれ変わります」
「ちっ。でもまぁ、とりあえずはお前と話せるから許す!!」
いや、何をだよ。
真琴は犬のように狼の尾を振り回して私の周りでキャンキャン喚く。
私は私に甘えてくる大型犬を軽く受け止めてあげながらも、真顔だった。
──小鳥遊一に一目惚れして軌道修正するはずが、余計にややこしくなった気がするんだけど。