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山田奈々の初恋

私の話をしよう。


 生前の私──山田奈々はBLやGLやNLなんでも来いの雑食系のオタクだった。

 でも、自分自身が恋をした事がなかったのだ。

 推しとの夢小説を読んでも、なんとなくピンとこなかった。

 色んな乙女ゲームをプレイしたのは、「恋する自分」を感じたかったからだ。

──でも、所詮はゲームだから。

 どんなに素晴らしい乙女ゲームに出会っても、心のどこかでは、「好きって気持ちが分からない」が結論だった。

 高校は女子高だったので、平日以外は家を出ない私に出会いの場もあるはずはない。

 周りの友達がどんどん彼氏という未確認生物に捕食されていく中──私を捕食してくれるもの好きはいなかった。

 ある日、このまま一生結婚できないんだろうなぁと放課後屋上でぼうっとしていた。

 手にはあまりよろしくない成績が記されているテスト結果。

 受験という化物と戦わないといけない中学三年生間際の私はそのテスト結果の紙をぐしゃぐしゃに丸めて、放り投げた。

 そしてスケッチブックに推しを描いていく。

 家にも帰りたくない時は放課後の屋上が一番落ち着いたのだ。

 しかしその日は珍しく、屋上に訪問者が現れた。


「あれ? 山田さんじゃん!」

「え?」


 見れば学校指定のジャージに身を包む同じクラスの伊澄光葉いずみ みつばがいた。

 彼女は陸上部で運動神経が良くてクラスの人気者。

 いつも早弁をして、先生に怒られている。

 でも、走っている時の彼女は誰よりもキラキラしていて──。

 私とは違う世界の住民。

 そんな立ち位置の子だった。

 私はなんとなく目を合わせられなかった。


「えっと、今日部活は?」

「この曜日はいつも休みなんだ。なんか空眺めたくなってきたんだけど、凄い偶然」

「そ、そうだね」

「よいしょっと」


 おい。何故隣に座る。

 っていうか、空を眺めたくなったから屋上って……パンピーの考えている事は分からん。

 すると伊澄さんは私のスケッチブックを覗いた。


「うわ、絵うまっ! すっごい!! 漫画家目指してるの!?」


 はい、でました。『漫画家になるの?』。

 絵を描いているとパンピー程この単語を出す。

 漫画を描く事がどんなに大変な事か、彼女は知らないのだ。


「ううん。趣味」

「そっかぁ。凄いのにな」


 学校で凄くても、所詮は井の中の蛙だって。

 そう呟きたかったけど、やめた。


「…………」

「…………」


 気まずい。

 何故こういう時に限ってこの子は静かなんだろう!?

 いつもはワイワイ輪の中心で笑ってるくせに。

 私の隣じゃ笑顔の無駄遣いだとか思ってるのか。

 特に今日は一段と五月蠅かったくせに。

──あ、そういえば。


「誕生日」

「え?」

「今日誕生日なんでしょ。おめでと」

 

 あんなに騒がしく祝ってもらったら春休みなのに学校に来た甲斐がさぞあった事だろう。

 そんな皮肉は飲み込んだ。

 しかしそんな捻くれた私に反して伊澄さんは──顔を真っ赤にさせた。


「────」

「伊澄さん?」

「ごめん、なんか、今噛みしめてるから待って」

「え?」


 何を?

 伊澄さんは膝にしばらく顔を埋めていた。

 そして顔を上げ、私に歯を見せて笑う。


「ありがと、本当に。嬉しい」

「っ」


──可愛いっていう言葉は今の彼女の為にあるような気がした。

 走る為に短く揃えられた髪型が風と共に踊っている。


「ね、」

「ん?」

「奈々って呼んでいい? 光葉でいいから」

「……うん」


 そういうノリ本当は嫌いなのだけど、この時だけは素直に頷けた。


「じゃあ、またここで話そうよ、奈々」


 その日から伊澄さんは──光葉は、毎週部活が休みになる日は屋上に来た。

 私も屋上でなんとなく待っていた。

 光葉は知らないくせに私の好きなアニメの話を振ってくる。

 そして知ったかぶりをする光葉を揶揄ったりするのが好きだった。

 いつからだろう。

 そんな光葉との会話が楽しいと思うようになったのは。

 もっといたいと思うようになったのは。

 お互いに悩んでいる事とか相談して、励まし合ったりして──。

 受験も終わって、それぞれ違う大学に入学する事が決まって、卒業式が終わってから屋上で二人きりになったのだ。

 光葉は話の流れで最後に自分の似顔絵を描いてほしいと言ってきたのだ。

 私も快く了承した。

 そして光葉の顔を近くで見つめながらスケッチをしていると──。


「え?」


 そうだ。唇が触れてしまったのだ。

 光葉の唇と。

 近づきすぎたわけでも、私がよろめいたわけでもない。

 光葉が、顔を近づけてきたのだ。


「すき」

「────」


 私は何も言えなかった。

 本当に、何も。

 呼吸すら忘れてしまっていたかもしれない。

 それが数十秒ほど続いて──光葉は苦笑した。


「好きなんだ。アンタの事。ずっと前から」

「おかしいよね。分かってる。でも、好きだから」

「本当はアンタが屋上によくいるの知ってた。だからあの日、勇気を出して屋上に来たんだよ。偶然なんかじゃないんだ」


 私が何も言わないのをいい事に光葉はつらつら言葉を紡いでいく。

 その間すら私は何も出来なくて──ついに、光葉が泣いた。

 いつも誰かと笑っている彼女が初めて私の前で泣いたのだ。


「ごめん。困らせた」


 彼女はそう言い残して、お得意の走りで去っていった。

 それ以来、大学は別々な上に彼女の大学が県外だった事もあり、会ってはいない。

 今思うと、彼女との時間があまりにも輝いていた事に気づいて、私は思ったのだ。


 あれが、恋なのかなって。

 好きって事だったのかなって。


 まぁ、もう私は死んだ身だし、光葉とは関わることはない。

 だけど、彼女を思い出すくらいは悪役令嬢でも許されるだろう。

 そう思って、この世界に転生してもスケッチブックに彼女の似顔絵を描き続けたのだ。

 忘れないように。

 私の、初恋。


──光葉とは、もう会えないけれど。

──桜茉莉には、会える。


 桜茉莉が出ていった自室の中で、私は一人でずっと考え続け──ようやく答えを出した。

 彼女に謝ろう。

 言葉では言えないけれど、文字なら私の気持ちを伝える事が出来るって分かったし。

 あの時みたいに伝えられなかった後悔だけはしたくないから。


──というわけで、私は明日彼女がいる青空学園に乗り込むことにした。

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