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椿の呪い  作者: 如月檸檬
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アヤメとツツジ

冷たい香りが鼻をくすぐる。スマホから何気なく視線を外して空を見上げてふと気付いた。あぁもう冬だ。雲も空気も香りも、全てが緩やかに、しかし確かに冬の訪れを告げていた。生まれてから幾つも季節の移り変わりを感じてきたというのに、毎年毎回知らない間に季節が変わっている。私がぼうっと生きている証拠のひとつだろう。

道路の先を見つめ、私を無視して通り去る車をみてみぬふりしていた。バスの予定時刻は3分前。寒い中、時折足踏みしながらバスが交差点を曲がってくるのを待っていた。しかしたったの3分でも時間を見てそわそわしてしまうのはどうしてなんだろう。45分なら大丈夫なのに、48分では間に合わないような気がしてどきどきしてしまう。いつものことだと、イライラしたって来ないものは来ないんだと気持ちを落ち着かせる。毎朝の日課だ。

イヤホンで憂鬱な朝をシャットダウンして、大好きな音楽の波の中に意識を溺れさせる。今だけはひとりの世界だ。周りに人がいたって関係ない、私だけの世界。

学校に着く少し前には、後から友達に声をかけられたりして、或いは先生に怒られないために自主的に、イヤホンを外す。今日は前者だ。イヤホンをぐちゃぐちゃのままポケットに突っ込んで、今日初めての「おはよう」を声に出す。

「あやめ、今日体育?」

あやめの手提げバックを見てなんとなく尋ねてみた。彼女は、手提げを少し持ち上げて気だるげな笑顔を浮かべる。

「そうなの。しかも長袖忘れちゃって。つつじ、長袖持ってないよね?」

「うーん、今日は体育ないからなぁ。」

そうだよね、と肩を落とす彼女の前髪は、今日もぱつりと元気に揃えられていてなんだか心地がいい。今どき珍しく純真な少女のまるっこい瞳は、私が何か話すたびに無垢にこちらを見つめてくる。まるで小動物みたいだと、彼女には言わないけれど私はよくそう思ってしまう。

正門前に立つ先生に軽く会釈をして挨拶をする。2回目の「おはようございます」は小さくて、相手に届いているかはわからない。他愛のない話を適当に切り上げ、友人と手を振ってそれぞれの教室へ別れた。教室の空気はいつもなんだか濁っている気がする。目にまで見えそうだ。生気を削られているんだろうか、机に突っ伏して動かない少女。朝から楽しげに話をしている格好の崩れた少年たち。私とは別の世界の住人だ。

朝のホームルームが始まる。先生が話をしていたって、別世界の方々には関係ないらしい。ざわざわと耳障りなノイズの中から、必要な情報だけを鼓膜に貼り付けた。

窓の外を見て、冷たい机や窓に触れて、また冬を感じた。今年の冬は私にとって、恐らく教室の誰もにとって大切なものになるだろう。そう言うと少し大袈裟かもしれないが、私はそのくらい強く「受験」というものを見つめていた。それも受かるかどうかという緊張ではなく、この生き地獄から抜け出して楽しく生きていくことが出来るかということで、だ。

中学校に入って3年間、ろくな思い出がない。友人には恵まれたけれど、環境に恵まれたとはおおよそ言い難い。部活だって頑張ってみたけれど、上手くいかなかった。だからこそ、高校は学生らしく幸せに生きてみたい。別世界の苦手な人たちにはかかわり合いたくない。あやめと同じ志望校の、市立楓翔(かえで)高校を思い描く。あそこには今とは全く違う世界が広がっていた。どうしても、ここから抜け出して自由になりたい。

ふぅ、と無意識に零した溜め息が、私を現実世界に引き戻す。1時間目の用意をして、ノイズの中チャイムが鳴るのをじっと待っていた。


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