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その時が来るまで、本当に死ぬのかも分からない。

作者: 一角黒馬

親戚の方が、「長生きな親戚のおじいちゃん、あと100年生きるのかね」と話していたので、自分の思想と掛け合わせて、短編を書いてみました。

俺のじいちゃんは、現代ではありえない程、長生きした。

じいちゃんは、167歳で亡くなった。老衰では無く、事故で。

もし事故が無かったら、あとどれくらい生きたんだろうか。

でも、事故の原因はじいちゃんの体の衰えだから、老衰とそう変わらないか。


167歳まで生きていたら、当然テレビの取材も来る。

「一体どんな生活をしていたら、そこまで長生きが出来るのか?」

と、よく質問されるが、じいちゃんはいたって普通の生活をしていた。

少し図々しくて、アクティブで、強い人ではあったけれど、コツなど何も無い。

腹が減ったら食べ、時間があったら散歩をし、眠くなったら眠る。それだけだった。


俺が思うに、じいちゃんの長生きのコツなんて本当に無くて、実は体の作りに秘密があるのではないか。

なぜなら、じいちゃんは年齢に比べて体が若かった。

取材に来た人も、最初、長生きしている本人だと分からず、教えられてからも一瞬ポカンとしてしまうくらいに、じいちゃんの容姿は若かった。

容姿だけでは無い。

若者のように、よく喋り、よく動き、よく食べた。

まだばあちゃんが生きていた時に、中学時代の話を聞いても、じいちゃんは年齢に比べて幼く、成長期でも成長がとても遅かったそうだ。

じいちゃんの親が心配して、病院に連れて行っても、とても健康と言われたとか。


漫画の読みすぎかもしれないけれど、こんな事を考えてしまうくらい、じいちゃんは不思議な人だった。

じいちゃんは亡くなってしまったから、不死では無かったけれど、生きてみなければ自分がどのように成長して行くのかも分からないし、その時が来るまでは、本当に死ぬのかも分からない。

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