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〜第7話〜 荒地の神殿へ (挿絵あり)


 ギルウェとネリーを乗せた鷲獅子(グリフィン)は無事、まだ明るいうちにウェレスへ帰り着いた。


 ネリーが鷲獅子(グリフィン)で問題なく移動が出来るようなので、ギルウェは彼女との夕食後、さっそく明日、神殿へ向かう旨を団長や仲間達に相談した。

 準備が終わる頃には夜遅くなってしまっていた。


「(もうネリーは先に寝ているでしょうねぇ)」


 事実、ギルウェが寝室に戻ると、ネリーは布団の中で丸くなって寝ていた。

 何という無防備な姿……可愛らしい彼女の髪を撫でたくなるのを、ギルウェは堪える。

 初めて鷲獅子(グリフィン)に跨って空を旅したのだから、今日は大変だったはずだ。

 疲れているだろうし、そっとしておくのが良いとギルウェは考える。

 だから『先に寝ていて欲しい』と言ったのは他ならぬ自分なのだが


「(しかし、ホッとしたような、少し残念なような……)」


 幸いギルウェの寝る空間は、きちんと空けてネリーは寝てくれている。 起こさないようにギルウェは慎重に布団の中に潜り込んだ。

 ギルウェにとって二回目のネリーと過ごす夜。


「(……彼女、本当は脱ぎたいのか……)」


 再度、ギルウェの脳内で邪念が鎌首をもたげたのは言うまでも無いが、せっかくネリーとの良い関係を築いている最中に、失礼なことを仕出かして嫌われるのは避けたい。

 ネリーは半竜人への変幻と空の旅で力を消費したものか、例によってグッスリと眠っている。


「(……結局あれから、ずっと美女のままだ…………ネリーのほうから誘ってくれれば、この限りでは無いのだが!)」


 何せ朝の一族の男として、極力、女性の誘いは断るな大事にしろと教わってきている。

 それなのに、うまくいかないものだ。


 ……やはりネリーは、結婚の契約と、召喚士が使役する召喚獣の契約とを、何か取り違えているのではないか……自分のことをどう想っているのか?と、ギルウェは疑問に感じる。


「(それに今日の旅で、いきなりエレヴェニーグ様のことを話してしまったが、ネリーはあの経緯を理解してくれたのだろうか……)」


 ギルウェは思い悩む。


「(もし風の音が強くて、ほとんど聞こえていなかったら……。 ま、まぁこれから話す機会はたくさんあるだろう)」


 これまでの経緯を思ううち、ウトウト寝つき、気づけば夜が明けていた。


***


 数時間前。

 夕食の後、ネリーは今日の当番のノーム娘達に着替えを手伝ってもらっていた。


「(旅先で、自分で着ることが出来ないようでは不便。しっかり着方を覚えましょう!)」


 と、ネリーは構えるが、慣れた勤め人達は流れるような指づかいでアッという間に作業を終えてしまうため、きちんと覚えられたかどうか怪しい。


 部屋に一人残され、ネリーはこれまでの経緯を思う。 穏やかだが、退屈といえば退屈だった湖の島アヴァロンでの生活……それに比べ、やはり森の外の妖精圏は住人も多く、飛び込んで来るたくさんの情報が興味深い。


 ネリーはアヴァロンで話したエレーネレイン……長いので妖精達にはエレーネと呼ばせていた聖竜を思い出す。


 エレーネはランツェを恋い慕っていた。

 いつもネリーに、彼の話を楽しそうにしていた。

 湖のほとりで半竜人によって育てられた彼と、大戦中から協力し合うエレーネは信頼されていた……はずだった。


 ネリーの知る限りでは、彼女はランツェに憧れて妖精騎士団へ出仕、愛を訴えていたようだが、その度に


『他に愛する方がいるからエレーネの想いに応えることが出来ない』


 と、振られていた……。 しかしその騎士はいっこうに『愛する方』と、結ばれる気配が無い。


『あたしにしときなさいよ、あたしでいいじゃないの』


 どんなにエレーネが喰い下がっても事態は進まなかった。 愛する人間が想う女性に、既に相手がいるのでは……。

 不毛なやり取りを、しばらく繰り返すうちに


『人間の寿命は、竜と違って短いのよ……あの方の子供が欲しい……育てたい……産むのはあたしじゃなくて良いから……ヴェニー様とアルトス様の間の子として育てられるんじゃなくって彼の……あたしが育てる……竜が身籠りやすい体質であれば、どんな手使ってでも、あたしが産むんだけど』


 ……と、考えるようになっていったらしい。


 そこへ、そもそもランツェに妃を任せた騎士が責任を感じ、二人の関係を団長に告げ口してしまった。  このことを知ったエレーネは……想い人が罰せられるかもしれない!と、暴走した。

 気付いた時には、ランツェを昏倒させ、エレヴェニーグ妃を攫い、アヴァロンへ帰りついていた。


「(彼女が言っていた騎士とは、ギルウェ様のことだったのね……巻き込まれて大変だったでしょう)」


 エレーネの言い分は、こうだった。


『あたしは、あの人が誰を好きでも、別の人を好きでもいっこうに構わない。 でも、今のこの状態だけは……我慢がならない。 せめてランツェと、彼が想う方が一緒になって、子をなすべきでしょう…… それも許されぬのであれば、こんなにも我慢している惨めな自分は一体なんなの!』


 と、じわじわ溜め込んでいた怒りが爆発し、制御できなくなったのが……あの騒ぎなのだ。


「(今でも彼女が、あんな大胆なことをしたなんて信じられない)」


 エレーネは、よく外の世界で見聞きしたもの、そして何より自分が仕えている騎士の素晴らしさを語ってくれた……。


『貴女の言う、好きな方って。

 その方って、人間なの?』


『そうよ。ずっと一緒にいたいのよ』


 ずっと一緒に……当時のネリーには、はっきり言って、よくわからない感覚だった。

 同じ雌竜の仲間達であれば、そりゃあずっと一緒には居たいが……いつまでも一緒にはいられない、いつかは別れる時が来るだろう。

 それくらいわかっているつもりだった。


 エレーネは変幻が上手だから、人間を相手として選べるのだとも思った。 ネリーは変幻が下手だから、行ってみたくても外へは行けないでいる。

 湖の向こうへ、森の向こうへ行ける半竜人の仲間達から話を聞くだけ。

 連絡役としてよくアヴァロンへ来て話を聞かせてくれるディルなど、ネリーより年下なのに、すっかり妖精騎士団員として仕事をし、認められていた。


 とにかく変幻し続けることには魔力を使う。

 だから、もし、自分が一緒にいてくれる相手を選ぶとしたら……理解があって魔力を分けてくれる親切な方でないと。 『とても自分には無理そうだ』……そう思ったこともある。


「(……まさか夢が叶うなんて)」


 ネリーは幸福を感じながら掛け布団に包まる。

 まだ寝るつもりは無かったが、少し冷えてきた。


「(ギルウェ様は、気にされてるんだわ。

 元妃様達のこと……責任感の強い方なのね)」


 そして団長の言葉を……大切にしているようだ。

 その努力も虚しく、民の多くが駆け落ちだと思っているようだが。 実際は追放でもなく駆け落ちでもなくエレーネの誘拐である……。


 彼があの話をしてくれた時。 気の利いたことなど何も言えなかった……ネリーは反省する。


「(だって……だって近いんだもの……!)」


 最初こそ空の旅の興奮で、気になどしていなかったのだが……一度、途中で降りて、再度飛び立った時分からだろうか? 妙に彼の背中……ネリーが頼りとする肩から伝わる温度が、手綱を引く手が気になりだして。 せっかく貴重な話を、真面目にしてくれているのに……風に乗って飛んでくる彼の声が、耳に、くすぐったくて。


『今日の、この話は二人だけの秘密ですよ』


 ダメ。近い。

 帰り道など、強風で揺れた時に……驚いた拍子に、思わず手を彼の胸に回して、しがみついてしまった。


「(ああ、いつからわたしはこんなに変なの。

 落ち着こう! せっかくギルウェ様が真面目な話をしてくださっていたというのに、ああもう!)」


 ネリーは当時の気持ちを思い出し、敷布の上で、じたばた寝返りを打つ。


「……シーツが皺になるからやめましょう」


 ネリーが、まだまだ妖精圏での様々なことに対し経験不足だから、そう感じるのかもしれないが……エレヴェニーグ達のことは仕方がなかったように思う。

 何せ大戦後は、特に


『魔海竜に喰われず生き残っただけで素晴らしいこと。 だから、せっかく貰った命は好きな方と一緒に生きよう』


 という気風が強かった。

 あの頃に較べて平和になってきた今では、そういう空気は薄れつつあるのだろうか。


「(……ギルウェ様も、いつか……?)」


 誰かネリー以外のひとを望むこと……今後、絶対に無いとも限らない。


 本来であれば『結婚』した後は、子を望まれるものらしいが、とりわけ半竜女(ドラゴンメイド)は授かりにくいと言われている。 皆も、それは承知の上だから、ネリーの出産は最初から期待されていないだろう。


 それに加え、島の仲間達から忠告をされたのだ。

 『朝の一族の男は女好きだから』と。

 『流石に、湖に古くから存在する格が高い聖竜に対しては丁重に持て成すだろうが……もし何か気に障ることをされたら戻って来れば良い』『結界は、一年に数度、修復してやりに行けば十分だ』と。


「……せっかく外に出られたのに、また一年の大半をアヴァロンの中で過ごすなんて。 そんなの勿体無さすぎます」


 ただ、ネリーがどんなにそう願っても、ギルウェがどう思うかまでは、わからない。


「(ギルウェ様まで、仲間の聖竜達と同じことを言い出したら……一年に数回来てくれれば十分などと言い出したら、どうすれば良いのでしょう)」


 今のところ彼からそんな気配は露ほども感じ取れないので、ネリーに安心感はあるのだが。

 いずれにせよ、いつまでも一緒にいられないことくらい、わかっている。 竜と妖精とでは寿命が違う。

 自分はあの退屈なアヴァロンに戻るつもりは無いし、ずっとこちらで皆の役に立つ仕事がしたい。


 いつかネリー自身も心変わりをするだろうか?


「(こんなことを考えてしまうなんて、きっと幸せ過ぎて不安になっているのね)」


 ネリーにとって今日、ギルウェが秘密を信頼して話してくれたこと、見せてくれた空の景色は、本当に嬉しいものだった。


「わたし、なんだか変」


 浮かれすぎて疲れているのかもしれない。


「明日からは、もっと初心に戻って頑張ります!」


 ギルウェは先に寝ていて良いからと言ってくれたが、そんなわけにはいかない。

 彼ばかり、働かせてしまっては……!

 そう決めていたネリーだったのに。


***


 朝の一族は基本、太陽が沈む頃にはもう寝る支度で、日の出と共に起き出す。

 流石に、昨夜は通常より遅めの就寝だったため、日の出の時間に起きるのはギルウェにも無理だった。

 ネリーはまだ寝ている。

 すぅすぅと、規則正しい気持ち良さそうな寝息。

 彼女の変幻は初夜以降、上手くいっている。


「(一度コツを覚えてしまえば出来る娘なのだろう)」


 ギルウェも聞き耳を立てているばかりではなく着替えることとする。 昔こそ朝の一族特有の、この空色の髪と羽色に合う服を悩んだものだが、最近は忙しくて気にする暇もなかった。 外界へやって来たばかりのネリーは、男が何を着ていようと『ここでは、そういうものなのね』と、あまり気にしないだろうが、


「(だからこそ最初の印象! 気をつけたいものだ)」


 と思い直し……とりあえず無難そうな、髪色よりも濃い青のチュニックを身に纏う。 ギルウェが顔を洗い終えたところでネリーが目を覚ました。


***


 寝台の上で目覚めるネリー。

 窓の明るさ……夜は明けているのは明らか。

 隣を見ると、もうギルウェは起きてしまった後のようで、もぬけの殻。

 慌てて起き上がる。


「(どうしましょう……!

 ま、まず、そう! 髪を結わなくては……!)」


 この城の務め人達は事情を知っているわけだし、半竜人を見慣れている。

 角を見られるくらいなら問題は無いのだが


「(『あまり異なる部分は見せない』に過ぎたことは無いはず!怖がらせてしまわぬように)」


 と、ネリーは考える。

 髪を梳かす櫛を探そうと布団から抜け出そうとしたところ意中の君から朝の挨拶をされた。


「おはようございます」


 笑顔が眩しい。


「おはようございます……!」


 昨日同様、ギルウェが先に起きて準備をしていたらしい、と悟るネリー。


「あっあの。 ごめんなさい……先に寝てしまって、その」


 恥ずかしそうに謝罪するネリーの予想に反して……いや、ある意味では予想通りと言うべきか、ギルウェは気にしていない様子で


「いえ。ネリーの寝顔、とても可愛いかったですよ。

 起こさず済んだようで安心しました」


 とりあえず、まだ出会って間もないからだとネリーは思うが、


「(ギルウェ様は、お世辞がうまい方だわ……)」


 そんなことを言われては照れてしまう……だが不思議と悪い気はしない、とネリーは想う。


「……ありがとう、ございます。

 また寝坊してしまいました」


「この時間なら寝坊ではありませんよ。

 問題ありません」


 実際、昨日より早い時間だ。


 ギルウェも朝食はまだだと言うので、ネリーは着替えた後、一緒に食べた。 彼と同じ野菜のシチューに、麦のパンを頬張りながら、ネリーは今日辿ることになる進路の説明を受ける。


***


 ネリーは旅のために、邪魔にならぬよう髪を全て結い上げてまとめ、外出用の衣装に着替えてきた。

 その姿を見て、ギルウェは驚いた。


「! 随分と、丈の短いスカートですね……!?」

「いいえ。 これは、実は半ズボンなのです。

 衣装棚の中にあって……『今日からは旅をするんですから!』と、リオネッテさん達に選んでいただいたのですが」


 リオネッテとは妖精の巣(フェアリーネスト)城で働く朝の一族の娘だった。 年齢はホルスと同い年だっただろうか。 ネリーはもう働く者達の名前を覚え始めているらしい。


「きゅろっと、と呼ぶものらしいのです。

 こちらではよく見る衣装ではありませんの?」


「おそらく……職人が新しく開発したか……他所の地域で最新の流行衣装なのでしょう。

 あまり見かけたことがありません」


 ネリーの履くキュロットは、前からはクリーム色のスカートに見えたが、後ろから見ると短めのズボンだった。下にも足が冷えないように、黒のタイツを着用している。 (くるぶし)まで届きそうな丈の長い焦茶色の上着を着ているため、尻尾もズボン部分も、後ろの上着をたくし上げてもらわなければ見えなかった。


「(よし。 それならば問題なし! そちらの方が安心だ、俺が)」


 ギルウェは心の中で拳を握る。

 普通の乗馬であれば、スカートでも構わないのだが……かなり風が強い上空を通ることになる。

 昨日も海風の強い付近は、ネリーのことなのにギルウェがハラハラした。

 ベルト固定もしてあったし、何とかなったが……今回はもっと長い距離を飛行するのだ。


挿絵(By みてみん)


「それで寒くはありませんか?」


「はい! 大丈夫です」


「 防寒ローブもありますので、必要であれば言ってください。 来たばかりで城下町の結界も生成したばかりなのですから、無理はしないでくださいね?」


 ギルウェは心配したが、ネリーは調子も良いようであったし、邪気が多く発生している城下町郊外へ、結界生成の勤めを果たしに行くことに張り切っていた。

 

 先ず『今から鷲獅子(グリフィン)で、ここより北東にある荒地の神殿へ向かう』と、ネリーは朝食の時に説明をされている。 鷲獅子(グリフィン)は空を飛べる分、馬の何倍ものスピードで移動出来るが、それでも道のりは半日ほど必要だろうし、同地で泊まることになる。



 鷲獅子(グリフィン)の厩舎。


「今日もよろしくお願いしますね」


 ネリーが昨日の鷲獅子(グリフィン)……グリンに微笑むと、賢い獅子の半身を持つ鳥は、ピィーと、返事をするかのようにひと鳴きする。


 ギルウェは仲良くやってくれているネリーと愛鷲獅子(グリフィン)を見て満足する。


「ギルウェ様、嬉しそうですね?」


「 やはり騎士たるもの、何かに乗らなければ騎士ではありませんからね。

 グリン使用の承認が下りるのは嬉しいことです」


 答えるようにグリンもピーィ!と鳴いた。

 その鳴き声は、決してギルウェがネリーにデレデレしている様子を呆れているわけではなく、ネリーとの仲を応援してくれている鳴き声なのだろう……と受け取っておくことにする飼い主。

 それに、ネリーに返した言葉は嘘では無い。

 本当にそうギルウェは思っている。


 ウェレスより海の向こう……東南へ進んだところにある、獣を操ることに長けた人間達……雷の一族の国ギラムでは天馬(ペガサス)騎兵団、少女限定の一角獣(ユニコーン)騎兵団、最近では水の一族と共同で海賊を取り締まるため海馬(シーホース)騎兵団なども組織しているらしく非常に興味深い。


「(妖精騎士団も、そういうのやれば良いのに)」


 と常々ギルウェは思うのだが、どうしても昔ながらの『自前の翼で飛んだほうが速い!』と言う風潮が抜けず、馬といえば荷物を運ぶ時や人間やノームなど羽無しの同行者がいる時に使うモノだと言うのが妖精圏の共通の認識としてある。 鷲獅子(グリフィン)も、大戦中は重宝されたが、今は『高いお金を払ってまで必要??』という声が無いわけでも無い。


「自分の翼で飛ぶのは疲れますし、やはり乗り物がいいですよ」


 昨日と同じようにネリーの腰を持ち上げ、グリンへ乗せる。 そこへディルもやって来た。


「ボクも途中まで同行することになったから」

「ディルのグリフィンは? 馬で行くのですか?」

「いや。 ボクは、そういうのには乗らずに飛ぶほうが気楽なのでお構いなく」


 ネリーにそう言葉を返すと、ディルは火竜族ならではの、赤い竜翼を背に出現させる。

 ネリーはビックリしてディルの背を見、


「……ディル、いつも思っていたのですが……それをすると、服が破けません、か……?」


「いや? 服の布地ごと魔力で分解して、固めてるから。 戻す時は、手順を逆にやれば」


「今度、やり方を教えてください……!」


 ネリーのベルトや、鷲獅子(グリフィン)の胴体に必要最低限の荷物を固定させながら、ギルウェは女性同士の仲の良さを羨ましく思う……が、仕方がない。

 ディルはずっとアヴァロンへ出入りできる連絡役の騎士でもあるので、ギルウェよりもネリーとの付き合いは長いはずだ。


「翼を出しても、皆さんから怖がられたりしませんか?」


「翼出すくらいなら、他の妖精とそんなに変わらないし。 姫君も大丈夫なはず」


 ディルは首を回し、背の翼に紫水晶(アメシスト)色の眼を向け、パタパタと運動させる。


「では、そろそろ行きましょうか?」


 旅行用の外套を纏った下に必要最小限の鎖帷子を着たギルウェも、昨日の様に、グリンに騎乗する。 ネリーの前の席。 一行は出発する。


 羽ばたけば、眼下には民の暮らす家々……みるみるうちに小さく遠ざかってゆく。

 ギルウェの肩に身を寄せるように掴まり、興味有り気に、真下に流れる景色を眺めているネリー。


「(そんなに下を向いて怖くないんだろうか……)」


 ちらと後ろを見てギルウェは感心しながら。


「気になりますか?」

「えっ!? はい。 まだ、しっかりと歩いていませんもの」

「戻ってきたら、ゆっくり散策しましょう」

「良いのですか?」

「もちろん」


 城下町付近は結界により邪気から守られているが、結界とて創りものである限り、いずれは綻ぶ。

 結界が機能しなくなる前に、修繕の必要な部分を探したり、結界より外で暮らす民の様子を見て回るのも騎士団の仕事。


「我らの守ってきたものを、ネリーにも見てもらいたいですから」


「! これから、たくさん見ることが出来ますね」


 ネリーは笑顔を咲かせる。

 このまま問題も無さそうであれば、ますますギルウェに連れ歩いてもらえる機会も増えるだろう。


「竜の姿になってもらうことが出来れば、ひとっ飛びの距離を……すみません」


 魔海竜……突如として現れた強大な竜は、妖精や人を喰らった。 妖精と人の連合軍により討伐され、七年が経過するものの、対竜武器・装備品生産の拠点であり襲撃を受けたこともあるウェレスでは、いまだに竜を恐れる国民感情は強い。


「(昔はもっと竜に乗る騎士もいたのだが)」


 ギルウェら馬から竜まで乗りこなす騎士階級身分の者も、市井の民の感情を重く見、この数年は相当な緊急時でも無い限り、竜に乗り領内を飛ぶことは自粛している状態だ。 おかげでネリーも、他の竜達も、妖精圏に居る間は人の姿……半竜人に変幻しなければいけない。


「お気になさらないで? あまり悪目立ちしたくありませんし……それに。 ギルウェ様と、こうして一緒に行くのも楽しいもの」


 今日も天気が良い。

 陽光の下を行く一行。

 すっかり民家は疎らになり、代わりに緑が広がる。

 風車の付いた粉挽き小屋、麦や野菜の畑、羊や牛や馬の放牧地……そして遥か西に煌めいているのは……湖だろうか? いくらか飛び、きらきらとした結界の切れ目を通過する。


「この先は元気な邪竜が出るかもしれないね……」

「先日倒したばかりですし、今なら然程、危険では無いはずです」

「そっか、なら。 さっさと向かっちゃおうね」

「ふふっ知り合いのディルが同行者で安心です」

「せっかく二人とも仲良しなのに、二人っきりにしてあげられなくてゴメンね?」


 苦笑するディルに、


「(仲良しに!見えますか!?)」


 ネリーは浮き足立つ。


「まったく、その通りです……と言いたいところですが。 でも、そうですね……他の者ではネリーが緊張したかもしれませんし。 これで良かったのでしょう」


「緊張するって性格の姫君じゃないと思うんだけどね……初めての場所だしね。

 あっ、今日は悪いけど泊まる時はボクがネリーと同じ部屋で、ギルウェは別部屋だから」


「……! まぁ、仕方ない、ですね……」


 女同士だからな……ガクリとうなだれるギルウェ。

 同室だったら、だったで困ることはあるのだが、ネリーと眠ると力を分けてもらえる……そんなような気がしていた。 まだ一緒になって三日目だから確証は無いが。 やはり彼女は聖竜なのだ、聖なる光魔法の力ということだろうか?


 進むと荒地……とは名ばかりの、辺り一面の花咲く野原が出現した。


「まぁ! 荒地なんて言っていたのに、花畑ではありませんか!」


 薄紫、薄桃色、黄色……色取り取りの小さな花が幾つも、まるで絨毯のように咲き誇っている。

 ネリーは感動している様子だった。


「春ですからね」

「ここまでくれば、もうすぐだよ」


 やがて民家が、ちらほらと増えてきた。

 近くに住むノームの子供達が、鷲獅子(グリフィン)を見つけたのだろう、手を振って追いかけてくるのを見下ろすことができる。 速度が速いため、すぐに小さくなり、見えなくなってしまうのだったが。


 集落から集落への治安が、だいぶ良くなったためだろうか、今日だけ偶然なのか、はたまた聖竜の威圧感のおかげなのか。 特に異変も起こらず妖精騎士団の支部だという木造の砦に辿り着く。

 朝早くから出立したこともあり、半日を少し過ぎる程度で到着した。


***


「ここは?」


「実は、この砦の中に神殿があるのです」


 荒地の神殿は、騎士団支部の敷地内にある。

 今日の担当らしい老齢なノームの騎士が出迎えてくれた。 既に、式から数日後に向かうことになると伝達済みだ。 鷲獅子(グリフィン)用の厩舎も準備が完了していたため、ネリー達は早速グリンを厩舎へ繋いだ後、ノームの騎士に屋内へ案内される。


「ところで、その方が!」


 ギルウェは胸を張ってノームの騎士に紹介をする。


「妻として迎えた、聖竜の姫ラグネリーネです」


 よろしくお願いします、とネリーはお辞儀する。

 そういう紹介をされる度に、心が高鳴ってしまう自分が、ネリーは恥ずかしい。

 ドキドキするのは粗相をするわけにいかないから……とネリーは自覚する。 が、それだけで、こんなにも心臓がバクバクするものだろうか……?


「(わたしは、こんなにも緊張しやすい性格だったかしら……!?)」


「いや〜こちらから離れられず、式には顔を出せなかったものでして。 噂とは違って……いえいえ、噂通り、とてもお美しい方ですな!

 お似合いでいらっしゃる」


 やはり式での噂が届いているようだ。


「(後半は美人だったんだがなぁ)」


 いい加減な噂に尾ヒレがついてしまったのだろうか。覚悟していたこととはいえギルウェは老騎士の言葉にネリーが気を悪くしないか、不安で仕方がない。


「……実を言うと、何人か『私もギルウェイン様に触れてもらって器量を良くしたい』というご婦人方が詰め寄せたんですが、丁重にお断りしてお帰りいただきました」


「…………。

 ……それは……余計な仕事を増やしてしまったようで、その、すみません……お心遣い痛み入ります」


「上空に、紋章を付けた鷲獅子(グリフィン)が見えたから、来るのがバレてしまったんでしょうなぁ」


「(噂になってるのネリーじゃないのか! 俺か!!)」


 ネリーだって気分が良くないだろう。

 ギルウェは一応、恐る恐るネリーに耳打ちする。


「俺が、他のご婦人に触れたりなどしたら……嫌でしょう?」


 俯いて考え込むネリーも可愛らしい、とギルウェは思う。

 ネリーは顔を上げ、困ったようにギルウェを見つめた。


「……でもギルウェ様は、とても素敵ですから……。

 その、わたしが独り占めにしては、種族の損失なのでは?」


「……意外と、ネリーは余裕がありますね……これは……俺、もっと頑張らないといけないですね」


「?……え」


「(もっと怒ったり焦って取り乱してくれると思ったら、これは……素敵と言われたのは嬉しいが!)」


 ギルウェにとってネリーの気遣いが今は辛い。

 悔しい……今に見ていなさい、もっともっと惚れさせてやる……そう決意する。


「(……独り占めしてしまって、良いのかしら!?)」


 ネリーは真剣に考え、答えたつもりだったのだが……ギルウェの反応に戸惑う。


 先を歩く老ノームと、最後尾を歩いていたディルは、新婚の二人のやり取りを聞いて、笑いを噛み殺していた。


 一行が廊下を進んでゆくと、砦内で働く勤め人や、その家族達だろうか。

 野次馬の人々も、チラチラと、こちらを見ている。


「あのように美しい素顔だったなんてねぇ」

「ギルウェイン様が触れたら、あの姿になったらしい」

「あの方が、エレヴェニーグ様に代わって結界を?」


 と、ひそひそお喋りをしているのが聞こえる。


 ネリー達は泊まる部屋を確認し、荷物を置いた後、服を着替えて支部内の食堂へ向かう。

 とりあえずお茶を飲んで休憩するため……というのも、ディルが『小腹が空いて仕方がない!』と訴えたためだ。


 食堂内は、夜番の巡回や見張りの騎士達だろうか。

 少し早い夕食をとっていた。 そこに混ざり、ギルウェとネリーはお茶を飲み、ひと休みする。

 ギルウェは思いきってネリーに尋ねる。


「……随分、不快な思いをさせたでしょう?」

「? 」

「噂になっちゃってるから、気にしてるんだ」


 何のことだかわからない様子のネリーに、豪快な食べっぷりのディルが補足の説明をしてくれる。


「(ディル。その焼き鳥は一体何皿めですか!?

 三時のオヤツを食べるのでは無いのですか)」


「そう悪いことばかり言われた訳じゃありませんし。

 良いことしか耳に入って来ませんわ」


 ネリーはこともなげに、そう言う。


「(何せ、あの老騎士からは、ギルウェ様と『お似合い』だと言われてしまったのですから!!)」


「貴女は強い人ですね」


 ギルウェは頼もしいネリーの様子に、ホッとする。


「それに……楽しくて仕方がないのです。

 知らない場所で、初めて見るものばかり」


 もともと島の外に興味があったネリーは行き来する特別な半竜女(ドラゴンメイド)達から話をよく聞いていたし、届けられた書物にも目を通していたから、話に聞いていたものを実際に見ることが出来るのは楽しい。


「これも、とても美味しいです」

「ブルーベリーのお茶ですね。この辺りで採れた木の実を使っているのでしょう」

「アヴァロンは昔ながらの生活を続けてるから、確かに……あまり温かいものは無いもんね」


 休憩を終えた後。

 ネリーは早速、結界の修復をしてしまうと言う。

 ギルウェとディルは、ノームの騎士達に結界の生成を始めることを伝え、ネリーを砦内の『荒地の神殿』と呼ばれている広い中庭へ連れて行く。


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