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〜第6話〜 グリフィンと空の旅 (挿絵あり)


 連れ立って妖精の巣(フェアリーネスト)城内の廊下を進むギルウェとネリー。

 ネリーは長くこの姿は取れない、と言っていたが、その後も、ずっと成功した人型を保っていた。

  

 ギルウェの弟達を始め、城の務め人達も、最初から変幻が成功している彼女の姿を見ることが出来、一同ホッとしていた。

 こうしていると妖精と変わりないし、ネリーは態度も尊大では無いので、このまま正体が竜だということを、皆どんどん忘れてゆくのではあるまいか。


挿絵(By みてみん)


 丘の上にそびえ建つ城からは、城下町を見下ろすことが出来る。

 ネリーはギルウェに案内される道すがら、階段の踊り場に取り付けられた大きめの窓から、町並みの景色を見せてもらった。


「小さくて可愛いらしいお家が、たくさん」

「ご覧の通りウェレスはノームの国なので、地下が発達しています」


 ノーム達が暮らす石造りの住居には地下室が付き物。主要な部屋はだいたい地下に埋まっている。

 地上に頭を覗かせる建造物は、せいぜい一階、高くて二階建てだ。


「魔海竜の勢力が暴れた時、地の一族の民は地下へ逃げ、耐え凌いだのでしょう?」


「その通りです。庶民は地下か、騎士団の本部がある城や、支部である砦に籠城してやり過ごしました」


 七つで朝の一族の産みの母の元を去ってから、この地が拠点となっているギルウェは詳しい。


「が……騎士団の活躍で返り討ちにした敵勢の処理で困ることになります。 小柄なノーム達には、巨大な竜の亡骸を動かすのが大変でね」


「解体するにしても時間もかかりますし、人手もいりますね……急いで片付けないと、また竜が来るかもしれませんし」


「そう、味方の亡骸の匂いに、反応するもので」


 なので当時から、一般庶民の間で竜皮の服や武具を身につけることは流行らなかった。

 竜皮を身に付けている輩は、それが竜に対し挑発行為になるとわからぬ無知な者か、竜を誘き寄せて戦うつもりの命知らずな者達だ。


 ネリーが話についてきてくれるので、ギルウェはつい余計な話までしてしまった。


「そこでアンナ様を頼ったのです。

 魔力の強い師匠が使う術なら、動かせますから」


 昨日会った金髪のノームの美女。

 ギルウェと、その弟達にとってウェレスでの母代わりのような方。

 ネリーにとって話に聞くアンナは


「闇の魔法にも通じ、屍術(ネクロマンシー)も難なく扱えるから、竜の遺体を動かし、別の地へ運び去ることが簡単に出来たと聞きました」


 大戦以前、宝石や鉄鋼石の採掘や製鉄、職人仕事を好む地の一族ノームの中で


『アタシはそっちより骨が好きなの』


 と、屍術(ネクロマンシー)を始めとする闇魔法を極めたアンナは国内の一部から恐れられていた。

 ウェレス王を選出するやり方が、他の妖精の国々のように魔力の多さ強さによるものでは無く、鍛治製鉄の技術力で決める方法だったため、このことに嫌気が差したアンナは一時期キニフェのロジータ女王の元に身を寄せていたこともある。

 そして王になった、彼女と師を同じくするアルトスと、ウェレスの運営について争ったこともあるそうだ。

 しかし結局のところ、その力は対魔海竜勢力……国防のために発揮されることとなり、ギルウェの師となる頃にはアルトス同様、ウェレス国民から畏怖されつつも慕われる存在になっていた。


「そうなんです。結果的に助かりました。

 ……師匠が、結界創りも出来れば良かったのでしょうが、こればかりは流石に、向き不向きがありまして……」


 いかに多彩な才能を持つアンナといえど出来なかった。彼女は、誰かのためを祈って加護を与え護ったり、浄化など癒しの術は苦手としていた。


「(明らかに『そんなことするより自分で突っ込んだほうが、はやく解決するものぉ!』という性格によるものでしょう……!)」


 だからネリーのような者は貴重である、と改めてギルウェは思う。


「確か、アンナ様とアルトス陛下は、同じ師匠のもとで育ったのでしょう?」


「そうです。 二人は結局のところ姉弟のようなものなんですよね。

 妖精は血の繋がりより、どこで誰にどう育てられたかを気にしますから」


 だからこそ昔は、血の繋がりの無い子でも気にしないで育ててしまう妖精が、よく人間の子供を攫っただの攫ってないだのと様々言われ、人間との争いが絶えなかった。

 もともとは羽を持つ妖精もノーム並みに小柄だったらしいが、妖精の子として育てられた人間と交わっていった結果、今の妖精の姿になったのではないかと研究する魔術士もいる。


「それにしてもネリーは物知りですねぇ」

「七十年は、生きておりますもの」

「七十!?」


 思わずギルウェは驚いた。

 その反応を見てネリーは


「あ……いえ……本当は八十だった、かも……数え間違いがある、かも……その。

 あっ、勘違いしないでくださいね?

 わ、我々、聖竜は百年半ばを過ぎてからが本番。

 長老様など、千歳ちかいと言われているのですから……!」


 うっかり話してしまった情報をどうしたものかとネリーは取り繕う。


「貴女は、まだまだお若いということですね!

 わかっておりますよ」


「……確かに、わたしはまだまだ子竜ですから考えの浅いところなどあるでしょうが……『聞かなければ良かった』と思っているでしょう?」


「そ、そんなことは」


 ギルウェがあたふたしていると、ちょうど良いところに、にやつく団長が通りかかった。


「仲が良いのう」


 アルトスは変幻が成功しているネリーの姿を見て、安心すると共にギルウェの手腕に感動しているようだった。


***


「グリフィンは、東南に行かないと生息していないと聞きましたが」


「そうですよ、雷の一族から鷲獅子(グリフィン)を譲って貰っているんです。 あの辺りの人間は、獣を育てるのが得意ですからね」


 ネリーとギルウェは、団長の許可を貰い、さっそく鷲獅子(グリフィン)に乗る練習をすることにした。

 これが上手くいけば、明日にでも結界を生成する神殿に向かって、移動が可能となる。


「卵から孵して、何もわからないうちから気の強い天馬(ペガサス)と一緒に育てるそうです。

 すると自分のことも飛べる馬だと思って育つのか、馬を襲わなくなるらしい……相当、腹を空かせたら食べてしまうかもしれませんが」


「グリフィンは、馬が好物らしいですものね」


 ネリーが言った通り、本来であれば鷲獅子(グリフィン)は好物である馬を襲ってしまう。


「性格も獰猛ですし、例え選ばれた少数精鋭が乗りこなせたとしても、鷲獅子(グリフィン)に騎乗する兵と馬に騎乗する兵の混成部隊が作れないのは不便ですから。

 そこが常に課題だったんです」


「確かに、行く先々で馬を食べてしまっては。

 戦う前から大変ですものね……」


 ふむふむとネリーは思案する。

 馬では竜には敵わなくとも鷲獅子(グリフィン)ともなれば、なかなか良い勝負が出来、乗り手の腕前次第では、竜を討伐することも可能だった。

 なので魔海竜との大戦中は重宝されたのだ。


「(ネリーには何だか、こういう話をしてしまうなぁ……)」


 ネリーが興味深そうに聞いてくれるからだろうなと、ギルウェは不思議に思う。

 馬はともかく、元々こちらの地域には居なかった鷲獅子(グリフィン)なんて、怖がって近寄りたがらない女性が多いのだが、ネリーなら……。


 鷲獅子(グリフィン)の厩舎に辿り着く。

 もう子供ではなく、大きく成長しているので、流石に馬用厩舎とは別々に離してある。

 建物に使われている木材、敷き詰められた干し草と、獣の匂いをギルウェは感じながら、厩舎内を覗き名を呼びかける。


「グリン」

「お名前?」

「はい。彼女の」

「女の子なんですね」

「そう。 雌……じゃない、女の子」


 雷の一族……ギラムの人間いわく『雄だと、実用的でない。飼育に適さない』らしい。

 なぜなら行く先々で雌馬を……孕ませようとするからだ。


「(『翼も雌のほうが大きく、雄は小さい』とか言っていたな……)」


 その話を思い出すたび、自分の一族の男女での魔力量の差を思い出し、何となく他人事とは思えず『不憫な!』と思ってしまうギルウェ。


 そうこうしているうちに、大きな猛禽類の顔がピィピィと何処か寝ぼけた声で鳴き、柵から顔を出して出迎える。


「昼寝していたところか。

 当番に餌を貰ったばかりのようです」


「本当に身体の前半分が鷲で、後ろが獅子なんですのね!」


 ネリーは、わぁっと喜んでいる。

 ギルウェが予感した通り。 ネリーは鷲獅子(グリフィン)を怖がらないような気がしていたのだ。


「(……これで、残す問題は、鷲獅子(グリフィン)がネリーのことを怖がらないかどうか)」


 何しろネリーの正体は聖竜で、無理やり人型へ変幻している状態なのだから。

 それを試すため連れてきたのだ。

 もし相性が悪ければ、ネリーにはまた普通の馬に乗ってもらい、時間をかけてウェレス国内をまわることになる。


「このひと。 ネリーを一緒に乗せて、飛べるか?」


 飼い主は鷲獅子(グリフィン)の金の眼を見ながら、ネリーの肩にポンと手を置く。


「(あ、また)」


 ネリーは不思議に思う。

 ギルウェにこうして触れられると、身体も心も温かくなる……ような気がするのだ。

 魔力が流れ込んでくる反応なのかもしれない。

 どの道、不快とは真逆の、満たされて幸せな気持ちであることには変わりないので、ネリーにとっては一向に構わないのだが……。


 グリンがジーッと見てくるので、ネリーも鼻を突き出すように見つめ返す。

 同じ金色の眼。

 グリンの顔の羽毛は白いが、昨晩に見たギルウェの翼とよく似た形の翼は、見事な模様の入った茶色のグラデーションだ。

 値踏みするようにネリーの匂いを嗅いでいたグリンだったが、ピィとひと鳴きして、伏せをするように干し草の上に座り込んでしまった。


「! ネリーが格上だと認めたようですね」

「? 仲良くして、いただけそうでしょうか」

「特に怖がっている様子もありませんから、問題無いでしょう」


***


 ギルウェは愛馬ならぬ愛鷲獅子(グリフィン)に、轡や鞍を取り付けていく。

 妖精騎士団所属の鷲獅子(グリフィン)であることを示す、妖精騎士団の紋章が大きく描かれた布飾りも、鞍の下に着用させてある。


「準備が終わりました」


 ギルウェは手綱を引きグリンを厩舎の外へ連れ出す。


「では。 さっそく乗ってみますね」


「わかりました。……失礼」


「!」


 ギルウェはネリーの腰を抱えて持ち上げ、座らせる。 彼女がそのまま上手に跨ってくれたので、ギルウェは、ひと安心。

 今日もネリーが着用しているのは、たっぷりしたスカートだから、跨っても十分余裕がある。

 上空まで行きすぎると風が強く、捲れる危険があるだろうが……。


「あの、重たくありませんでした?」

「いえ! 羽のように軽いです」


 心配そうなネリーにギルウェは元気良く返事を返す


「(役得です!)」


 ギルウェはネリーに確認をする。


「横乗りのほうが具合が良いですか?」


「いえ、飛ぶのですし。

 こちらのほうが安定するでしょう?」


「そうですね。 こうして貴女と連れ立って飛ぶのは初めてですから、安全に飛行しなければ、ね」


 ネリーが落ちぬよう、スカートが捲れぬよう固定のベルトを装着、その前方の鞍にギルウェは跨って乗る。 通常の妖精や人間二人分くらいなら問題なく乗れる程には鷲獅子(グリフィン)は大きい。

 地の民ノームなら、つめれば三人くらいは乗れるだろうか。


「落とすつもりは無いんですけど……万が一、落ちそうになったら、自分の翼を出して飛んでください」


「はい!」


「それでは飛び立ちますから。 俺に掴まって」


 ネリーは、とりあえず遠慮がちにギルウェの肩に捕まる。


 ギルウェとネリーを背に乗せた鷲獅子(グリフィン)は翼を力強く羽ばたかせ、城壁を軽々と飛び越える。

 城の外へ、丘の上から飛び立つ。


 なるべく低く飛びたいところだが、あまり低すぎても屋根や木など障害物があって避けるのが大変だ。


「怖くないですか?」


「楽しいです!!」


 背のネリーは、はしゃいで喜んでいる様子なので、もう少し高所を飛んでも大丈夫かもしれないとギルウェは判断する。


 よく晴れた空のずっと真上、目をこらせば結界らしき透明な膜がある。

 ネリーが昨日、強化したものだ。

 日光をキラキラと反射している。


 鷲獅子(グリフィン)の羽ばたきは、城下町……商店や民家の並びを越え。 少しずつ家々よりも、広々とした麦畑と牧草地帯が続く景色になる。

 青々とした緑の広がり。

 城の窓からは、見ることが出来なかった場所まで続いている。


「すごい…!」


 吹く風に橙の髪を散らせながら、ネリーは感動していた。


「あちらにずっと向かうと鉱山があって、このまま真っ直ぐ進むと……」


 ギルウェの説明を遮るように、グリンがピィーとひと鳴きする。


「!……少し寄り道して良いですか?」


 着地のため、開けた道に降下していくと、見覚えのある騎士が何人か居た。

 邪竜の死骸を掃除しているのだ。

 ギルウェは、いったんグリンから飛び降りる。


「挨拶を」

「あっ先程の、弟様達と……ディル!?」


 ピーイと、ひと鳴きするグリン。

 弟達の顔を覚えているらしい。

 名を呼びながら駆け寄ってきたヘリオスとホルスに鷲頭を撫でられて、グリンは目を細める。


「お疲れ」

「兄ちゃん! 義姉上! いやー凄い、凄いよコレ」

「こんなの滅多に無いよね」

「急に強まった浄化効果に遠くまで逃げ出すことも叶わず、力尽きて……この有様らしいぞ、兄貴」


 黒い邪竜の幼体が、続く道にボトボト落ちていた。

 幼体は実体化し始めた邪気だ。

 手のひらに乗るか乗らないかの大きさ。

 結界が張られているような城下に発生するのは小さな問題性の低い邪気だが……完全に実体化すれば危険な怪物となり、討伐のため騎士の出動要請が必要となる。


「ディル。 昨日は、どうもありがとう」


 ネリーは騎乗したまま名前を呼び礼を述べる。

 アヴァロンとウェレスとの連絡役であった火竜族の半竜娘(ドラゴンメイド)に。


「結婚式ぶりです、姫君」


 ルトアキア風の軍服を、きっちり着こなす中性的な少女。

 ネリーより少しばかり幼く見える。

 軍服は、丈が長めなので尻尾は目立たなかったが、ひとつに結んだワインレッドの短髪の隙間から角が覗いていた。


「姫君、もう乗ってるんだね……グリフィン怖くないかい?」


「いえ。 可愛らしいです」


「こいつら、腹空かせてると仔竜くらいなら普通に襲って喰うよ?」


 『余計なことを言うな!』とでも言いたげにグリンはピィピーイ!と非難の声を出す。


「わっ! ほら、おっかない」


 ディルの反応を見たネリーは、手を伸ばし笑いながらグリンの頭を撫でている。

 ギルウェは再会を喜びあう半竜娘(ドラゴンメイド)達を見、ネリーが屈託無く自分から触れているグリンのことを


「(少々、羨ましい……! いや、俺も肩! 触ってもらいながら来ましたけど!)」


 などと思いながら……弟達へ話しかける。


「幼体の……この数。

 ちょっと量が異常じゃないか?」


「義姉上のチカラが予想以上だったってことだろ?」


  仔邪竜の死骸を突こうと寄って来る(からす)を見て、ディルが顔を顰める。


「……アレ身体に悪そうだよね。 (カラス)の。 ぐえ」


 あんまり万人にとって気持ちのいい光景では無い。

 しかも邪竜は一応……小さな竜の形だ。


「ネリー? 見苦しいものを、お見せしてしまいましたね」


「あ……いえ……そんな」


 連れて来ておいて何だが、ネリーはこの光景を見て一体何を思うのか。  

 今更ギルウェは不安になった。


「……わたし今はこの通り人型……半竜人なのですし! 食べません!」


 そう! 見苦しいのは、この光景じゃなくって、わたしの食い意地……!美味しそう、と思ってしまうなんて!さっき朝食を食べたばっかりじゃないの……!と、ネリーは心の中で己を叱咤する。


「食べませんからね!

 竜の姿であれば心配いらないのですが……この身体では分解できないかもしれませんから!」


 実は妖精や人間にとって害しかもたらさない邪気を、ものともしない生き物が二種類いる。

 邪竜と聖竜だ。

 前者は文字通り、邪気から生まれ、邪気を喰らい、邪気を糧とし蓄えるため。

 後者は邪気を喰らっても体内で全く逆の性質のものに分解し、無害なものへと返還することが出来るゆえである。


「(そうだ……思い出した。

 ネリーはアヴァロンから来た聖竜なのだ)」


 角も尻尾も見せぬ、穏やかな笑みの美女姿なので、ついついギルウェは忘れてしまいそうになるが。


「そっか姫君、流石だな。 ボクは普通の火竜だから、邪気を分解する器官は持ってないんだ」


「持ってない者のほうが、多いはずだよね……?」


 感心するディルにヘリオスが冷や汗をかきながら問いかける。

 大半の生物にとって邪気とは、吸い込み、体内に溜め込んだりしたら有害でしかない。

 だが、聖竜は邪気の塊である邪竜を食べても平気だと言うのだから……。


「あんまり泥つけないように、袋いれないとね」

「向こうさん、食べるかもしんねぇからな」


 ラデガストとホルスが仔邪竜を袋に集めている。

 その後、袋は妖精圏と居竜区の境に運ばれて並べられる。

 アヴァロンの聖竜達が喜んで分解してくれるからだ。 ……全てを食べて分解するわけでは無く、何らかの魔法を使うはずだが。


 かつてアンナが運んだ竜の死骸も同じ場所に並べられ、後から聖竜達に回収してもらい、弔ってもらった。 身元のわかる竜は家族の元へ届けられ、わからぬ者はそのまま境に埋められ眠っているという。

 ゆえにその道は【竜の墓道】と呼ばれている。


「兄さん達どこまで行くの?」

「今日は練習なので、少し飛んだら帰還します」

「日暮れ前に帰ってきてくださいよ!」

「兄貴まで、結界を創れる姫を攫ったなんて噂立っちまったら洒落にならないからな」


 弟達は笑いながら言うが


「そんなに遅くはなりませんし。

 エレヴェニーグ様は攫われたのではなく、王の指示で、ああなったまで」


 ギルウェはムスッとした調子だ。

 やはりネリーの手前、いつもの調子で弟達を叱りづらいのだったが。

 まさか、それをわかってしているのだろうか……?


「あっグリン」


 ネリーが声をあげた先。

 彼女を乗せた鷲獅子(グリフィン)(からす)を蹴散らして、仔邪竜の死骸の匂いを嗅いでいる。


 あなた『も』食べたいの?と聞こうとしてネリーは言葉を飲み込み、念じる。


「(だから! 食い意地! 静まって! 食い意地!!)」


「グリンが食べ散らかさないうちに行くとしましょう。では」


 ギルウェは慌てて手綱を引く。



 グリンを羽ばたかせ、旅を再開させた。

 二人を乗せた鷲獅子(グリフィン)が翔けてゆく快晴の空の下。


「寄り道に付き合わせてしまい、申し訳ありません」

「いいえ。弟さん達に、ご挨拶できて良かったです」

  

 今は空の道で二人きり。


「(ちょうどいい。

 あのことについて、きちんと説明しておこう。

 ネリーに団長のことを誤解されたら困るし……)」


 ネリーとはまだ会って間もないが、グリンと仲良くしている様子を見ると、信頼に足るとギルウェは感じていた。


「……ネリーは。

 現在、居竜区エリッシアの管理人を任されている者が、前王妃エレヴェニーグ様と、彼女に仕えていた騎士ランツェだということを……ご存知ですね?」


「……はい」


 ネリーは頷く。

 地の一族ノームの王アルトスの、最初の王妃。

 彼女はノームにしては珍しく魔力があり、結界を創る力や、未来を視通すような不思議な力を持っていた。 そして、その力を私物化しようとする者らに、幼い頃からよく狙われていた。


「もともとエレヴェニーグ王妃にお仕えしていたのは俺だったんです」


 キニフェを出て母の親友であったアンナに師事したり、従士見習いとなり父と共にアルトスの世話になっていたギルウェは、まだアルトスと彼女が結婚する前から希少な力を持つエレヴェニーグの世話を任されていた。

 彼女が結界を創るために、地の一族の城へ呼ばれた時から。


 しかし大戦が終結した頃、


「父母が亡くなっていたこともあり、俺は妹を手伝いに朝の一族の領地に戻りました……その間、彼なら、ランツェなら王妃を任せるのに適任だと思い、任せてしまった……まさかその彼が」


 王妃は彼を、王の部下である騎士を愛してしまった。 彼は人間だったが、捨て子であったのだろうか。 エリッシアの、湖の竜に気に入られ、赤子の頃から育てられたという騎士であったから、人間の国ではなく妖精圏の妖精騎士団に所属していた。

 彼もまた王妃を愛してしまったらしい……。


 今から二年前、その事件は起きた。


「結局、俺がキニフェに戻った後、さしたる混乱も無く……逆に、当時のウェレス周辺は、まだ安定しているとは言えない状況でしたから。

 たびたび妖精騎士団員として、ウェレスへ援護に行っていました。

 その時、同じ騎士仲間や、城内の勤め人から相談を受けた……ある噂の」


 ギルウェの耳に飛び込んできた噂。


 ギルウェより一つ年下の信頼していた騎士が、王妃と愛し合っている……王妃は王よりも彼を愛してしまった、というものだった。


 強さも持ち合わせており、同僚の騎士等からも頼られ、騎士として申し分ない……とても頼れる存在だった……そんな彼に、ひとつ欠点があった。

 誤魔化すのが、嘘をつくのが壊滅的に下手であった……。


「彼はとても、それを隠そうと取り繕うのが下手で……このままでは団長……王が気づくより先に、彼と前王妃……エレヴェニーグ様のよくない噂が城下に広まると危惧しました。

 だから……話してしまった。王に」


 もしかしたらアルトスも気づいていたかもしれない。 王であると同時に団長でもあるアルトスにとって二人はどちらも必要な存在だった。


 歳上の王がどう出るか……冷静に対処してくれるか、感情に流され恐ろしい決断をくだすか、どちらになるかは賭けだった。

 しかしあの頃はギルウェも若く判断がつかなかった……同時に、尊敬する団長がまさか、あんなにも一生懸命に守ってきた妃を害するようなことはしないだろうという信頼があったのだ。

 うかうかしていればギルウェ以外の者が団長の耳に事実を告げるだろう。

 その前に自分の口から伝えた結果、団長でもあり王でもあるアルトスは思いもよらぬ事を言い出した。


 王は、実はアンナを愛しているのだ、と言い出した。 だから自分にも王妃を責められぬ、と。

 昔からアンナは、魔力を持たない者を馬鹿にしていた。 彼女は、アルトスを始めとする魔力が高いとは決して言えぬノーム以外と、高い魔力を持つ他の妖精や竜と仲良くしており、あまりにもつれない態度なので……団長は一時期アンナを諦めようとしたこと。

 しかし、やはり諦めきれなかったと……。


『そうだ。お前が、母親のように慕う師匠だ』


 ならば何故、エレヴェニーグと結婚をしたのか……問い詰めようとして気づいてしまった。

 彼の妃への、その愛し方は……まるで娘を守る父のようではなかったかと。

 ウェレス王の妃になったことによりエレヴェニーグを狙う者は、団長とその部下達を相手取らねばならなくなった。

 それはとても効果があり、エレヴェニーグの力をつけ狙う輩は、もう皆無と言って良かった。

 彼女はよく“アルトス陛下のおかげで、わたくしは漸く逃げ隠れせず、普通の娘のような……いえ、それ以上の生活が出来るようになりました”と笑っていた……。


『……こんなことになるのなら、ヴェニーのことは妃ではなく養女としておくのだった……ヴェニーは、おそらく、これからどうなるのか全てをわかっておる』


 初めから、そうしておけば何も失わずに済んだ……当時のアルトスはそう思っていたようだった。


『ワシが、あの幸薄いヴェニーを守りたいと願っていることだけは真実だ……あの娘には本当に、本当に幸せになって貰いたいのじゃ』


 ギルウェは、団長もエレヴェニーグも、二人が一緒にいるのが好きだったし、それが当然と疑わなかった。 二人は愛しあっているものと思っていたのに。


「その夜、自室へ戻る途中で、エレーネに会ったんです。 ランツェの、竜に」


「エレーネに?」


「はい……」


 大戦後、聖竜であるエレーネは騎士が乗る竜としてではなく、半竜女(ドラゴンメイド)姿で出仕し、ランツェを支えていた。 アヴァロンから来た聖竜の名に相応しく、いつもは清らかで大人しい、金碧色の眼に真白い髪の半竜女(ドラゴンメイド)は、その日ギルウェに言った。


『あんた、言ったわね。

 ランツェとあの妃のことを。

 それなら……あたしにも考えがある』


「エレーネはその夜、主の許可なく半竜人から竜の姿に変幻し、ランツェを昏倒させた……」


 それまで従順だった竜が突如、豹変したのだ。

 彼でなくても、誰であっても避けられまい。


「主を背に乗せたままエレーネは、団長とエレヴェニーグ様が二人で話し合っていた部屋に乱入し……窓から妃を連れ去った」


 窓の割れる音を聞きつけて駆けつけた王妃付きの侍女が悲鳴をあげ、騒ぎになったが


「とっさに団長は『エレヴェニーグはワシがランツェに命じ追放した』と」


 後にアルトスが“あれとの間に子は無く、この結婚は無効である”とまで言ったせいで、“そんな、ルトアキア人みたいな言い草はなんだ!”と女性の国民が怒り、王の支持率が低下した時はもうダメかとギルウェは色々と覚悟した。

 ただ、当時まだ広まりきってはいなかった例の噂を知る者は“ああ言ってはいるものの……これは駆け落ちされたのでは無いか?”とアルトスを不憫に思い、庇ってくれた。 皆、アルトスがエレヴェニーグを溺愛していたのは知っていたから、普段は温厚な王なりに感情を発露させた結果そう言うしか無かったのだろうと察したのだ。


「その後、団長は自身の姉弟子にもあたるアンナ様を何とか口説き落として、再婚しました。

 その流れでエレヴェニーグ様のことを『王の心変わりのために追放された哀れな元王妃』と思っている国民が、現在でも多くてですね……駆け落ちしたんだろうという噂も根強くて。

 皆、気の強いアンナ師匠を恐れて、あまりそのことは話さないようにしてますけどね」


「……そういうことだったのですね」


 突然、居竜区エリッシア内の、湖の対岸へ現れた管理役を任された二人。

 湖の島から出られないネリーは、二人からハッキリとした話を聞いたことは無い。

 でもエレーネは管理人の元へもアヴァロンへも出入りしていたし、噂は流れてくる。


 管理を任じられた者らは、何らかの罪を犯したのだろう、とネリーは思っていた。 そうでなければ、今までウェレスの王都で何不自由なく暮らしていた高貴な者が、同種族が殆どいない竜だらけの寂しい僻地へ突然、送り込まれるわけが無い。

 今の話を聞けば、ランツェにとっては追放された付近は故郷のようなものであるのだろうが……。


 その上、二人を連れてきたのはアヴァロン出身のエレーネだ。

 竜が連れて来た者は、竜達で面倒を見なければならない……そういうわけで、聖竜達は湖の対岸に古くから存在する管理人棟を明け渡し、時に管理人達の生活を手伝ってきた。


「わたしの知るエレーネは……あのようなことを仕出かす聖竜では、なかったのです。

 聡明で落ち着いた……優しい方だったのに」


「……普段、静かに押さえ込んでいる女性ほど、押さえつけてきたものが爆発すると恐ろしい。

 ネリーはそういう風には見えませんが、文句があればすぐ教えてくださいね?」


「ふふ。わかりました」


 ネリーは笑って答える。


「今日の、この話は二人だけの秘密ですよ」


「はい。話したりしませんわ」



 間もなく、風の感触が変わってきた。塩を含むこの感じは……。


「あれは?」


「ネリーが好きそうだと思い、お連れしました」


 緑の原の、さらに先には……広がる海原。


「海ですよ」


「まるで大きな湖みたい」


 海の上には、いくつかの島々が浮かぶ。

 とりわけ大きな二つの島をギルウェは指した。


「右手を進むと木の一族の領土ファストン、左手の島が人間の領土……ルトアキアです」


「まぁ……!初めて、見ます。

 地図でしか、見たことない……!」


「(そうでしょうとも。森の外へ出たことのない姫だ)」


 歓喜するネリーに、ここへ連れてきて正解だったとギルウェも自然と笑みが出る。


「木の一族って、蝶の羽が生えている一族でしょう?」

「その通り。ファストンは妖精圏の中ではルトアキアに近い方です」

「いろいろと影響を受けていると聞きました」

「そうです。かなり干渉を受けてしまっていますね」

「国民の数も少ないようですものね……その、魔海竜のせいで」


 俯くネリーにギルウェは


「貴女のせいではないのだから、そのような顔をしないでください?」


 慰めの言葉になっただろうか。


「ルトアキアは現在、魔剣士でもあった王が亡くなり、王の親戚でもある王妃が実権を握って王子を育てていますよ」


 大戦の折、人間も妖精圏も魔海竜を協力して倒すために……お互い多くの情報を与えあってしまった。

 共闘のため仕方がなかったとはいえ……城の間取り、砦の秘密の抜け道、街中の隠し通路、急ぎ山を通過したい時の獣道などなどを。

 お互い手を明かしてしまった今は、設備や装備を刷新しなければいけない時期である。

 いつ、その時期が終わりを迎えるかわからない。

 荒れた国内をまとめ終えたルトアキアが、いつかまた妖精圏に干渉してくるかもしれない……。


「今は内政に集中して、魔海竜による被害から復興中ですが……王子が大きくなって大人になれば、また妖精圏に攻めて来るようなこともあるかもしれませんね。 大戦以前のように。

 今のうちに備えねばなりません」


 ギルウェは苦笑する。

 今度こそ甘い言葉で口説く予定だったのだが。

 結局、真面目な話ばかりしてしまった。


「優しい王子様だと、良いですね。

 大戦では共に戦ったのですから、これを期に仲良くなれると良いのですけれど」


「貴女の言う通りです」


 潮を含む風に吹かれながらギルウェは、ネリーには会う前から調子が狂わされっぱなしなのに……ネリーと一緒いるのは嫌では無い、そう感じ始めていた。

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