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〜第5話〜 青い翼


「今まで魔力消費量を抑えすぎていたからなのね、きっと。 そこへ貴方の魔力を分けてもらえて、安定したのだわ。

 今度から変幻時は、多めに魔力を使用するようにいたしますから……」


 ネリーの話が終わるのを待ちきれず、嬉しさを隠しきれぬギルウェは、彼女を抱きしめる。


「感謝します」


 一瞬、びっくりしたネリーだったが、申し訳なさげに金の眼を伏せる。


「……ただ、この姿、半日もつかどうか……」


「!?」


「だって、先程も」


 ギルウェは驚いて顔を彼女の橙の髪から離し、空色の眼で見つめる。


「こんなに長時間、変幻できたこと……。

 やったことがないものですから」


「それは、困りますね……」


「日中、この姿でいればよろしいでしょう?

 先程のように多くの人に見られますし。

 皆様を怖がらせたり、ギルウェ様にも恥をかかせてしまいます」


 心配そうに問いかけてくるネリー。


「いや! ……俺は夜二人きりの時のほうが……」


 しかし


『朝の一族の男は女性の望みを最優先させるべし』


 そう、子供の頃から身についてしまっているギルウェは反射的に言い直した。


「うん……まぁ、貴女の好きなように……」


 下の弟達は、もうちょっと器用に生きている様子なのだが、悲しいことにギルウェはその教えをまともに食らった最後の世代だった。


「(正直なところ残念ですがね!)」


 ギルウェはそう思いながらも、


「少しずつ慣れていけば大丈夫です」


 そうか、また元に戻ってしまうかも知れないのか……と、ギルウェは落ち込んだが思い直す。


「(ならば彼女が慣れるまで、まだまだ様子を見たほうが良いだろう……こう、いろいろと。

 だいたい、残り二か所の結界を張っていただくまで、ご機嫌を損ねるかもしれないことをしでかすのは、得策では無い)」


 全ての結界を創って貰えたわけでも無いのだから、まだまだ油断するわけにはいかない。


 窓辺の空にも白い月が輝き始めた。

 ギルウェの背に、魔力の光が集まり、だんだんと形を為す。

 青い鳥の翼が出現する。


「……朝の一族の方は本当に、夜になると羽が生えるのですね」


 ネリーは感嘆の声をあげた。


「あぁ、これ……邪魔ですよね」


 ギルウェを振り返り、背の翼を軽く動かして苦笑する。彼は夜を苦手としていた。翼をしまっておくことが出来ないからだ。


「魔力の塊のようなものなんです。

 今は月の光のせいで、どうしても出てきてしまいますが、朝になれば消えて、自分の意思でしか出せなくなります。

 雪が溶ければ水になり、掴めなくなると同じ……気にしないでください」


「とても……綺麗です」


「貴女には負けてしまいますよ」


 吸血鬼の種族である夜の一族が日の差さない時間帯の支配者ならば、逆に朝の一族は太陽の照らす時間帯の守護者である。

 強い陽の光は朝の一族の妖精に多くの力を与えてくれた。


「ネリー姫の翼は、夜になっても出ないようですね?」


「そう、ですね……ただ。

 どうしても角は少し出てしまうのです。

 その……お気をつけてください」


 同じ寝室、同じ寝台で寝るのだ。

 刺さったらと思うと気が気でないらしい。


「大きな角ではありませんし、寝台も広いですから大丈夫ですよ。 どうかお気になさらず」


「ありがとう、ございます。

 あの、『姫』は付けないで……どうぞネリーとお呼びください?……ギルウェ……様?」


「俺のことも適当に。

 旦那様でも良いですよ」


 ネリーに優しい声で気づかわれると、ここのところ気苦労続きで疲れていたはずのギルウェも癒された。

 聖竜の光魔法効果なのだろうか?


「(夜が早く朝も早い朝の一族らしく、今日はもう大人しく寝るとしよう……。 馬鹿なことをする前に)」


 ギルウェとネリーは同じ布団に入り込む。


「今日はもう疲れただろうから、はやく休みたいでしょう?」


「はい。 お気づかい感謝いたします」


「(実際、ネリーは不慣れな初めての土地に来たばかりで疲れているはずだ……)」


 今日一日ギルウェが見ていたネリーは、微塵もそういう様子を見せなかったが。

 彼女は、まるで楽しい旅行にでも来ました!という調子なのだ。


 ギルウェは隣のネリーに


「これから妖精圏で過ごす上で、ひとつお願いしますが。 困ったことがあれば、何でも言ってくださいね?」


「……はい!

 そのお気持ちだけで嬉しいですわ」


 ネリーは少し考え込み、口篭る。


「とりあえず今は、昼間も申した通り、服に慣れぬことだけです。

 服以外で困っていることはありません。 あとは……幸せです」


「……あぁ……服、ですね……服はまぁ、追い追い……何とかしていきましょう」


 これは……俺が、女性を傷つけないことに命を賭ける朝の一族の男で無ければ、脱がしにかかっているところ……!

 そう心の中で叫びながら、本当に急いで寝てしまおうとギルウェは決断した。


「わたし、どこまで変幻が解けず過ごせるか……試してみますから!

 おやすみなさい」


 ネリーは微笑んで、掛け布団を引っ張った。


「! おやすみなさい」


 ギルウェは挨拶を返しつつ、


「(今のような変幻が成功した状態は、いつまで保つだろうな……)」


 と、この時あまり期待をし過ぎないようにせねば、と己を戒めた。


 が、その覚悟に反して……。


 それからネリーの変幻が失敗することは無かった。


***


「(……思っていたより可愛い)」


 顔の話じゃない、顔だけでは無いと思う……思いたい!布団の中で、正直ギルウェは心中複雑であった。

 異種族である聖竜の姫だが、ネリーは意外と優しく、そして……やはり変幻が成功した姿は美しい。

 話す声も、白い夜着の合間から見える素肌も、綺麗な波打つ日の出色の髪に良く似合う。

 言葉の内容から滲み出る内面も悪くない……意外だったが、ひとまずは安心だ。


「(なんというかこう、今まで俺の周囲に居た竜の女性達と違う……ような)」


 アヴァロンの聖竜は当然だが、基本、妖精の女も魔力は強い。 男はその代わり腕っ節が強い。

 時々、逆もいるが、この辺りは大らかな妖精が多いから、皆あまり気に留めない。

 だいたいは女が魔力で男を守護し、男は魔力をくれる女を護る。 ずっと長い間そのやり方でやって来た。

 特に朝の一族は。


 ネリーが育ったアヴァロンは雌竜達の島だというから、男をどう思っているのか知らないが……。


「(まぁ、これから聞く機会はたっぷりとあるだろう)」


***


 翌日。

 橙の長い髪を寝台に散らばせ、目覚めるネリー。

 まだ覚醒しきらず、ぼんやりと昨日の記憶が蘇ってゆく。

 初めて見る景色、たくさんの妖精達、美味しい食事、親切で申し分のない契約相手。旦那様。……綺麗な翼。

 どきどきしながらも、心地よい布団、暖かな体温を側に感じて……ぐっすりと眠ってしまったのだ。


 昨日は、ただただ気づかってくれるギルウェの存在が頼もしくて、嬉しくて。

 寝る前も『はやく休みたいでしょう?』と……すっかりお言葉に甘えてしまった……。


 鳥の声が聞こえる。

 窓が差し込む陽射し。

 日が高い。

 これは……もう昼過ぎなのではないか?


「(……恥ずかしい。どうしよう)」


「おはようございます」


 もう既に寝台から起き上がり、着替えも済ませているギルウェが顔を覗き込んできた。


「! おはよう……ございます……!」


 ネリーは、起き上がり、やっとの思いで挨拶を絞り出す。


「よく眠れましたか?」


 よく考えてみれば間抜けな質問だ。

 ギルウェは誰よりも知っている。

 すぅすぅと気持ち良さそうな寝息を隣に感じながら、自分も眠ってしまったのだから。


「ええ。ゆっくり休ませていただきました」


「初めての土地で疲れてしまったのでしょう」


 彼女は、あの成功した半竜娘(ドラゴンメイド)姿のまま、スヤスヤとよく眠っていた。

 途中で変幻が解けた気配も無かったし、夜が明けても、安心しきって寝ついているネリーの無防備な姿にギルウェは、欠片も襲ってしまいたく……ならなかったといえば嘘になる。


「起きても、その姿のままですね?」


 ネリーは現在の自らの姿に、肌や顔に……気づいているのだろうか?


 ギルウェに指摘され、ネリーはハッとして自分の手を見る。 どれだけ確認しても素肌に鱗は無い。


「あっ! 凄いわ……!」


 布団の中から飛び出して、壁に取りつけられた縁取り細工の豪華な鏡を見に行くネリー。


 しかし、なにせ昨日の婚礼衣装の時のような、ボリュームのあるスカートではなく、あれと比較すれば割と身体の線が出る薄手の寝間着だ。


「(尻尾の、付け根の位置が! わかりやすい…!)」


 ギルウェが艶めかしく動く聖竜の尻尾から視線を外すべきか、このまま凝視を続行してしまって良いものか悩んでいると……喜ぶネリーが鏡から離れ、戻ってきた。


「ギルウェ様のおかげで上手くいったこと、仲間達に報告しなくては」


「仲間……アヴァロンの、ですか?」


「はい。 別れる直前まで、わたしの身を案じてくれたものですから……」


「では手紙を書かれると良いのでは? ディルあたりに頼んで、持って行ってもらいましょう」


「! そうして頂けると、有難いですわ」


 笑顔を綻ばせるネリー。


「アヴァロンには本当に……雌竜しかいないのですか?」


「はい。 わたしの故郷は……今では、もう雌竜しかおりません。

 昔は、もう何頭か雄竜も居たのですけれど……雄竜は特に、島での生活を退屈に思うようで、ほぼ外へ出て行ってしまいます。

 稀に戻って来ることもありましたが……」


 そのため、雌竜であり変幻も苦手なネリーが外へ行くことについては、随分と口煩く言われた。それでも


「わたし、来て良かった……こちらで出会う皆様も、風景も食べ物も珍しくて、見ているだけでも楽しいのです」


 そう、風景も食べ物も、もちろん楽しいのだが……その中に居る、彼。

 ネリーは今まで男の妖精と、ここまで長く一緒に居たことが無いから、あまりわからないが……。


「(ギルウェ様は、かなり見た目も整った部類の男の人なのでは?)」


 契約した相手だから美化されて見えるのかもしれないが。


 それに加えネリーには、夜見た青い羽が消えているのが不思議で仕方がなかった。

 話には聞いていたが……。


「(魔海竜が、あの魔力の塊である羽を狙い、妖精を好んで食べたということも……)」


 もちろんネリー達、アヴァロンの聖竜はそんなことはしない。 彼女達は基本的には雑食であるが、多少の例外を除いて島の森に自生する林檎ばかり食べて暮らしてきた。 だが、そのことをきちんと理解してくれる民ばかりでは無い。


「(ギルウェ様は……わかってくれる方なのだわ。

 親切な彼に何か、お返しをしなくては)」


***


 ネリーは、量の多い髪を少し摘んでまとめ、団子状にし、角を隠す。

 人間の既婚女性は髪を見せないよう結い上げてしまうらしいが、妖精圏の住人にとって長い髪は魔力の多さの現れであり、見せつけたいモノだ。

 聖竜も同様であった。

 もちろん仕事で邪魔だからと纏めたり、短く切ったりしてしまう妖精や半竜女(ドラゴンメイド)もいるが……。

 結婚したからといって髪を、どうこうするというハッキリした決まりは、妖精圏には無いと言って良い。


 ネリーは、竜翼はしまうことが出来ても、どうしても尻尾と角が出てしまうのを気にしていた。

 真剣なネリーの顔は綺麗で……


「(……今夜以降ずっと、寝る時も、その姿でいて欲しい……!)」


 ギルウェは、痛切に願った。


「(彼女は半日、保つかどうか……と言っていたが!)」


 ギルウェの心中での叫びを感じとられたのか、鏡を見て髪を整えていたネリーが不思議そうに、彼のほうを振り返る。


「?」


「あ……いや、あまりにネリーが美しいので思わず見惚れてしまいました」


「! ありがとう、ございます。

 やはり、こちらのほうが、良いですよね……でも」


 困ったように黄金の目を伏せる。


「……昨日も言った通り、この姿で長く過ごせる自信はありませんの」


 通常、竜は誇り高い。

 命令されることを嫌う。

 ネリーもそうだろうか?とギルウェは考える。


「貴女の都合に合わせますよ。 貴女の好きな時で良いから変幻して欲しいと願います」


「……!……どうも、ありがとう」


 ギルウェの言葉に、一瞬ネリーは驚いたように、そして安心したような表情で笑う。

 それを見てギルウェも自身の選択は間違っていなかたと実感する。


「(あれもこれも望んでプレッシャーをかけるのは悪いし)」


 ネリーは既に約束を果たし、さっそく結界をひとつ修復してくれているのだから。


「……そう言ってくださるギルウェ様に、その、御礼がしたいです……早速、やりましょう」


「……はい!」


 やるって何をだろう?

 まぁやらせてくれるのであれば何でも良い。

 ギルウェは、期待をこめてネリーに返事をし、あまりにも可愛らしかったので、つい手が出た。

 手のひらを伸ばし、ネリーの頰に触れ……ようとした瞬間。


「残りの結界へは、いつ行かれる予定なのでしょうか?」


「(……あ、やるって、そちらですか)」


 ギルウェは内心がっくりうなだれるが、すぐ立ち直る。 これで当初の目的がまたひとつ解決できるのだ。


「すぐ向かってしまって良いのですか?

 昨日、ひとつ創ったばかりなのに」


「アヴァロンでは皆と毎日、少しずつ創っておりましたし。

 わたしは構いません」


「ネリーは真面目ですね。

 また、ひと仕事していただけるんですか」


 ギルウェが驚いて苦笑すると、ネリーは不思議そうな顔をして


「? だって、そういうお約束ですし」


「話が速くて助かります」


 結界の生成は最重要課題であったが、いざ聖竜の姫を連れて来て、どんな状態になるかわからない。

 騎士団の見解では、しばらく様子を見つつ予定を詰めてゆく算段であった。

 それが式の当日に一つが終わり、次の日に、残りの分についても向こうから言いだしてくれるなんて。


「……色々と準備もありますし。

 とりあえず着替えて、朝食を食べてから。ね?」


 ギルウェは城の仲間達から『さっそく姫に手を出したのか!起き上がれなくなるまで!?』と散々言われながら今後の打ち合わせを済ませ、ネリーの様子を見に戻って来たところだったのだ。


 寝台のある部屋から扉で繋がる続きに、長椅子とテーブルの置かれている隣部屋があるため、ギルウェはそちらに避難している間に城勤めの女達を入れ、ネリーの服を着せ替えてもらった。


 ネリーの外への興味は尽きないらしく、新顔の聖竜に緊張していた女達も質問ぜめにあい受け答えしている間に打ち解けたようだ。 今はもう心配のタネであった当の本人と笑いあっている。


 ネリーの準備が終わり、彼女が扉を開けギルウェの元へやってくる。

 今日の彼女は、くるぶしまで届きそうな長いスカートの、フンワリとした緑色のドレス。

 緑の生地には、ところどころ切れ込みが入り、白い下地が覗く。 あちこちが赤いリボンで飾られており、よく似合っていた。


「あの……ギルウェ様。 こんな時間まで寝過ごしてしまって、ごめんなさい」


 ネリーはギルウェと別れたあとで思い出していた。

 朝から驚くことばかりで、まだしっかりと謝っていなかったはず、と。


「いえ、無理もありません。

 昨日は朝から大変でしたからね」


 ネリーはギルウェに笑ってそう返されて、ホッとするやら恥ずかしいやら……。

 顔に熱が集まってゆくのを感じるネリー。


「(事態は逼迫していると聞いていたのに、わたしが疲れないようにと気にされているのでしょうか……)」


 と、なんだか申し訳ない気分になってしまう。


「それに式のあとは大体、皆こうですよ。

 踊り疲れたり、二日酔いで。

 今頃、昨日の式の話をしながらまた酒を一杯やっている輩も居るはずですよ」


「そういうもの……なのですか。

 あの、ギルウェ様。

 もしかして朝食を食べないで、わたしを待っていてくださったのですか?」


「貴女と食べたかったのも、もちろんありますが。

 癖になってしまっていて……以前は竜が攻めて来たり、攻められた時の備えを準備するのに忙しかったものですから」


 また当時は食糧が不足することが多かったため、一日に二食が基本だった。

 城内にいる者は種族、身分、関係なく大広間に集まって食事をした。

 当時のやり方の大部分はそのまま、しきたりとして残ってしまっている。

 今回ギルウェとネリーの二人は新婚ということで皆、気を遣ってくれているものか、しばらく二人きりで食べさせてくれるようだった。


「当時は落ち着いて、お食事が取れなかったのですか?」


「よくパンに少ない具材を乗せただけのものを、走りながら食べてましたねぇ……」


 それだってまだ良いほうで、具材無しの簡素なパンを一食、食べられるかどうか……という日もあった。


「まぁ……まさか妖精圏の民がそんなに過酷な暮らしをしていたなんて。

 アヴァロンでは、結界の効果で植物の生育が進むようで、林檎にだけは困りませんでしたから」


「羨ましい話ですが、ずっと同じものでは飽きるでしょう?」


「本当にその通り」


 ネリーは、今日の担当の勤め人達が持ってきてくれたパンに手をつける。

 程よい大きさに切られた葉物野菜と燻製肉が溢れんばかりの勢いで挟み込まれたパン。


「昨日、食べた分がまだお腹に残っている気がするのですが、それでも……美味しい……!」


「それは何よりです」


 ネリーは竜型ではなく人型になって食べる美味な食事を噛みしめる。

 今日の食事量はギルウェと同じくらいの適量であるため、残さず完食できそうだ。

 ネリーが何の食べ物を出しても喜ぶので、城勤めの者達は皆すっかり気を良くしている。


「で、次の結界なのですが。 荒地の神殿も渓谷の神殿も、ここからは遠いのです。

 ネリーは……アヴァロンからウェレスへ来るまでは馬で来たんですよね?」


「えぇ。最初、跨がったら暴れたのですけれど、横乗りに変えたら何とか乗せてくれました」


 よく馬は、あの姿の彼女を怖がらなかったな……ネリーは獣に好かれるのだろうか、とギルウェは話を聞きながら感心しつつ。


「馬でも行けないことは無いのですが、特別に鷲獅子(グリフィン)を出そうかと思っているんです。

 見たことありますか?」


「無いです!」


 ネリーの黄金の瞳が、嬉しそうに煌めく。


「グリフィンが、居るのですか!?」


「はい。あとでお見せします。

 問題が無ければ、明日にでも結界が必要な地へ行けるでしょう。 来たばかりなのに連れ回してしまい、心苦しいですが」


「いいえ、だってわたし、このために来たんですもの」


 にこやかに笑うネリー。


 ギルウェは頼もしい彼女の言葉に礼を言うと、ある気配を察知し、おもむろに立ち上がり、廊下側の出入り口扉を開ける。


 すると、聞き耳を立てていた弟達が逃亡しようとするところだった。


 何事かと思ったネリーも、ギルウェの元へ駆け寄り扉から顔を覗かせる。


「(わぁ、やっぱり義姉上!今日も美人だ)」


 と、振り返った三人は逃げる足を止め、ネリーに見惚れた。

 『お前達どっか行きなさい』とギルウェは言いたげであったが、話があるらしいので結局、弟達は室内へ通され、一緒にお茶を飲んだ。


「兄貴、聞いたか?城下が大変なんだ」

「大騒ぎだよ兄ちゃん」

「義姉上が結界を張り直してくれた効果がさっそく」


 ギルウェとネリーは『?』と顔を見合わせる。


「城下が、邪竜の幼体の死骸だらけだという報告が多々、来ている」

「俺達も今日はひとまず皆で仔邪竜どものお掃除」


「まぁ」


 ネリーは驚く。

 仔邪竜……邪竜の幼体は、邪気が実体化しかけている過程の怪物だ。

 この段階ではまだまだ小さいが、毒素の息を吐き、農作物を枯らしたりする恐れがある。

 邪竜の幼体は野放しにして成長させてしまうと……邪竜の成体となり、さらに酷い被害が出る。


「あっ兄さん達は手伝わなくて良いですからね。

 今回は兄さん以外の騎士達で行くので」


「(末の弟さん……確かホルスさんだ、銀髪の彼が兄さん呼び。

 どうやら濃い水色髪の次男ラデガストさんが兄貴呼びで……淡い水色髪で三男ヘリオスさんが兄ちゃん呼び)」


 ネリーは一緒にハーブティーを飲みながら、よく似た弟達を判別するための法則性を発見し、記憶する。


「兄ちゃん達、次の結界を張りに行く準備あるもんな」

「やっぱり結界、弱ってて浄化作用が落ちてたんだな」

「放っといたら、仔邪竜が成体になってもっと被害が出ていたはずだ」

「でさ、出かける前に、兄さん達どうしてるかなって」


「大丈夫です。

 大事なお兄様を食べたりなんかしていません」


 ネリーは大真面目に言ったつもりだった。

 何しろ魔海竜のせいで、竜は妖精を喰らうものだと思われている。

 が、空気が一気におかしくなった。


「いや! 逆!! 逆!!!」

「兄ちゃんのことだから逆にもう喰っちまってるだろうって、コイツは最初そう言っ……何でもありません……」


 兄達の反応を誤魔化すようにホルスが


「次の結界は! 二人きりで行くのですか?」


「ディルかトリストが一緒に来てくれるんじゃないの?」

「義姉上、昨日さっそく結界のお仕事されたばかりなのに平気なのですか?」


 ネリーはティーカップから口を離し、ラデガストに晴れやかな笑顔で答える。


「昨日は、たくさんギルウェ様によくしていただきましたので、大丈夫です」


「…………」


 弟達の兄を見る眼差しが凍りつく。

 ガタガタ席を立ち部屋の隅に集まり


「兄貴やっぱり……さっそくか」

「まぁ……しないほうが、おかしい」

「あんな美人だし、もう結婚したんだし」

「無理はない、流石」

「気づいたら式場から消えてたと思ったら案の定」

「でも知らない土地に来たばっかりのお姫様にそんな」


「(なんっっっにもしてないのに!)」


 ギルウェは心の中で訴えた。

 部屋の角で会議する弟達を無視して、


「……今のは『休息をいただいた』という意味ですよね? ネリー」


 ネリーに同意と助けを求める。

 実際それ以外に何かを与えた覚えは、ギルウェには無い。


「? それもですが。

 魔力を、分けていただきました」


 ネリーは思い出す。

 あの翼。

 昨晩、器用に畳んで横になっていた、ギルウェの美しい青の翼……。


「同じ部屋に居て、添い寝させてもらっただけで……かなり回復したようなのです。

 だから、初めての場所なのにグッスリ眠れたし、あまりお腹も空かないのかも」


 隅に居た三人が集会を解散して戻ってきた。


「では、しっかり眠れたんですね義姉上」

「寝込み襲われたりしてませんよね義姉上」

「兄さんのことで何かあったら相談に乗りますから、いつでも言ってください義姉上」


「(あぁ、翼の。 魔力ね……)」


 ギルウェは安心とも疲労とも言えない心地で額を押さえた。


「どうされたのですか? ギルウェ様」


「兄貴は義姉上が美人だったので、ご機嫌なんです」

「何せ、どんな者が来るかわかったものじゃなかったから……何でもありません」

「兄さん、笑顔で怒らないで! 怖い!」


 これ以上、余計なことを言うなというギルウェの気持ちは弟達に通じたらしい。


「?」


 不思議そうな表情のネリーに、弟達は口々に言う。


「いえいえ、こっちの話です!」

「結界を生成できる方は貴重ですから……これからも、よろしく頼みます!」

「兄さんを末永くよろしくお願いします!」


「はい!」


 ギルウェは弟達から愛されているのだなぁとネリーは微笑ましく思いながら返事をする。


 しかし一瞬だけ、ここ数年間会っていない自分の兄のことを思い出し、表情を曇らせかけるのだった。

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