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〜第4話〜 初仕事


 ギルウェの弟達は林檎タルトを完食すると、誘いたい意中の女性でもいるのだろうか、連れ立って踊りに行ってしまった。


「そういえば、わたし。

 ギルウェ様のお師匠様だというアンナ様に、まだ会っていません」


「仕事が終わらなくて遅れているようですね……その内、改めて紹介します」


 ネリーに言われ、ギルウェは内心、冷や汗をかく。


「(そうだ、いつか会わせなくてはならないのだ。

 今までそれどころじゃなくて、そのことについては考えないようにしていた……)」


 アンナがネリーを嫌がって避けているわけでは、決して無い。 それとまた違った意味で……ネリーに会わせるのは心配だった。


 その時、アルトスも挨拶にやって来た。


 正直な話、アルトスは不安であった……。

 これまで自分が推し進めてきたやり方が、正解だったのかどうか。

 だが、最善を思えば、『こうするしかなかった』の積み重ねが今なのであり、ネリーのことも……。

 これまで聞いた報告や、今朝、出迎えた時の、あのトカゲ顔を見た時には色々と後悔もした。

 だから、式の最中に、いきなり美女になった時は本当に驚いた。

 実は、まだ何がどうなって姫がこの姿になったのか、よく理解が追いついていないアルトスなのだが、


「何はともあれ、やはりギルウェに任せて良かった!

 今後も、こいつをよろしく頼む」


 この朝の一族出身の騎士はウェレスへ来た頃から女性の扱いは上手なはずだから、まず怒らせるようなこともなく、うまくいくだろうと団長は考える。

 最初に見た姿と見違えた顔になっているネリーと、そうさせた部下に驚きながらも……もてなしの料理に満足しているネリーを見て、アルトスは安心するのだった。


「はい! わたしのほうこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 ……聖竜達は、団長、アルトスに貸しがある。

 妖精圏をまとめ、魔海竜の脅威を取り除くことに尽力してくれた方で……聖竜エレーネの不手際を不問にしてくれた。

 ネリーは、団長や王という肩書きとは裏腹に、意外と親しみやすい印象のアルトスに笑顔で応対されて顔を綻ばせる。

 嬉しく思いながらも……痛感するのだった。


「(……やはり、外の民は思った以上にデリケートなのだわ……!

 たかが顔の薄皮一枚が変わっただけで、こんなに驚かれる!)」


 ネリーとしては、最初に見せた姿とて、たいして失敗しているつもりは無いのだ。


「(みんなは失敗だと言うけれど!

 身体の線も大きさも、きちんと竜から人になっているのだから。

 ただ顔や肌が、それに対して少〜し追いつかないだけで……)」


 それが失敗ということなのだろうか。

 おそらく、そうなのだろう。


 しかし、こんなに竜顔が驚かれるのも、魔海竜のせいで我々、竜のイメージが悪くなっているということ……妖精圏の人々にとって心的外傷を思い起こす存在になっているということ……そうネリーは結論した。 関係改善のため努力しなければならない。


「……わたし、頑張らなくてはいけませんね……!」


 それにしても、自分がどんな姿であれ、会った時から変わらないギルウェの親切な対応。

 ネリーは、ちらと横目で彼の横顔を見やる。

 彼女の中でギルウェに対する好感度は上がってゆくのだった。


「(……ん? どういう意味だ……?)」


『……わたし、頑張らなくてはいけませんね……!』


 ギルウェはネリーの先程の言葉を反芻する。

 一体、何を頑張るというのか。

 ギルウェも二十七になる男であるから、邪な考えが鎌首をもたげる。


「(一応、結婚したのだし……そう、だからヨコシマでは無い。 正常! これが正常!!)」


 そんなことを自分に言い聞かせているギルウェの横で


「ギルウェ様、アルトス陛下。

 このお城では、いつもどちらで結界を生成しているんですの?」


 金色の、きらきらとした瞳でネリーは、そう尋ねる。


「早速ここで、やってしまってもよろしいものなのでしょうか」


「(頑張るの、そっちか! 結界のお仕事のほうか!)」


 でも、ありがたい。

 ギルウェは、動揺を押し隠しながら、説明する。


「この神殿の地下……そこで『元』王妃様は、よく祈りを捧げていました」


「まぁ、地下があるのですか」


「はい」


「今から結界を強化してもらえると!? 有難い!」


 アルトスは手放しで喜んだ。


「しかし、お疲れではありませんか?」

「いえ。 大丈夫です」


 ギルウェがネリーに確認をし、アルトスが列席者達に向かって手を叩き、声をかける。


「おーい、姫君が今から結界を張ってくれるそうだ!

 ……聞いておらんな、皆」

 

 王の言葉も耳に入らぬまま楽しげに踊っている参列客達。

 混ざりたいな、とネリーは思うものの、先程の決意が鈍らないうちに、やり遂げたい想いのほうが強かった。 ネリーはベールをそっと外し、椅子の上に置く。

 長いスカートが邪魔にならないよう気を配りつつ、再び契約を交わした神殿内へ戻り、地下へ案内してもらう。



 神殿や城や砦などそれぞれの一族にとって重要な建築物は、魔法の海域に残る古代遺跡の上にそのまま建てられている場合が多く、ウェレスの妖精の巣(フェアリーネスト)城も例外では無い。


 ギルウェに手を取ってもらい、石造りの長い階段を降りる。


「暖かいと思ったら、ここにもグリーシャランプが」

「そう、これがあると空気も要りませんからね」


 式を挙げた会場にも飾ってあった、火の一族サラマンダーの魔法の炎が閉じ込められている特殊なランプ。 ランプ内部に同様に閉じ込められた魔法……風の妖精シルフの風と水の妖精ウンディーネの水を使い、明るさや温度を調節することが可能なのだそうだ。 これがあれば石造りの城内でも薄暗さから解放され、暖をとることまで出来る。

 ある開発に関わった錬金術師の名前を取り、グリーシャランプと呼ばれているらしい。

 これもまた大戦の折に、火の一族と協力体制が整ったからこそ出回るようになった代物だ。


「簡単に付けたり消したりが可能ですし、仮に落として壊しても火事にはなりません」


「かといって、そんなに頻繁に壊すのでは無いぞ!?

 安価な値段では無いのじゃから……!」


「はい! 気をつけますわ」


 冷や汗をかくアルトスにネリーは元気に返事をしながら、階段を降り終える。

 ランプに照らしだされるのは、湿気った石の壁が囲む古い部屋。


 室内の中央、苔むす石造りの丸い台座があった。

 ネリーがそこに飛び乗ると、聖竜の持つ光の魔力に反応しているのか、台座に彫られた古代の紋様や、嵌め込まれた魔石が鈍く発光する。


 魔石の色が……だいぶ黒く澱んでる。

 アヴァロンにも似たような古代の神殿はあったが、嵌め込まれた魔石は透き通るような白だった、とネリーは思い出す。


「今日のところは、本当に軽い補強で大丈夫ですよ」


「来月には夏至の祭りもある。

 その時にもまた創り直すことが可能じゃし……」


「わかりました。では、始めますね」


 ネリーは、手を広げ、くるくる舞いながら楽しそうに歌い始めた。

 まもなくして優しい風が起こり、ネリーのドレスの裾がひらめく。

 光の粒が薄暗かった室内を駆け巡る。


「春めいて

 木漏れ日の小径


 煌めいて

 水面の月花……」


 アルトスもギルウェも知らない歌だった。

 魔力を持たぬ人間は別として、ギルウェ達のような妖精であれば、結界が創られたかどうか、くらいは理解できる。

 まず空気が変わる。

 結界は透明で、外から中へ、中から外へ、生き物や物体は行き来も出来る。

 ただし、邪気のようなマイナスのエネルギーだけは弾かれ、内部は浄化される。


 湖の島アヴァロンは太古の昔から聖竜達が毎日のように結界を重ね掛けして守護しているため、結界内に居続けるだけで傷は癒え、病は治り、長命になるという噂がある程だ。


「(そこで生まれ育ったネリーだから……)」


 ギルウェは息を飲んだ。


 舞うネリーの動きが止まる。

 キィィン、とネリーの身体から白い光の波紋が広がり、ギルウェ達を通り抜け、石壁の向こうへと通過して行った。


「(これ、は……『軽く創ってくれ』でここまでの結界を!? 全然、軽くない!)」


 見事な結界が創られていた。

 邪気に反応して黒ずんだ色に濁っていた魔石もどんどん白い輝きを取り戻していき……この周囲の邪気が随分と減った事実を示している。


「完了いたしました」


 にこ、とネリーが笑う。

 アヴァロンに居た頃と同様、いつも通り結界を創ることが出来た、とネリーは手応えを感じていた。


「(良かった、見物人も二人だけだったし、落ち着いて、やれた)」


 ネリーは心の中ではしゃいだ。

 きっと先程から、隣に居てくれるギルウェの魔力をじわじわと分けて貰い、念願のひとつであった焼きたて林檎タルトまで食べることが出来たのが、功を奏したのだろう。

 勝因が揃い、失敗するわけがない状況だ。


「(変幻に魔力を使いながらの結界生成だったから、どうなることかと思ったけれど)」


 ネリーは妖精騎士団の二人から、この上なく感謝され、地下の部屋をあとにする。


***


 階段を登り、地上へ戻ると……。

 金髪の美しい女性が待ち構えて居た。

 小柄な体躯に尖った耳は明らかにノームだ。


「!」


 彼女の姿を見るなり先程まで上機嫌だったアルトスとギルウェが凍りつく。

 上質な先の尖った靴をカッカッと踏み鳴らし、近寄って来たノーム女性は、手に持つ杖の先端で、アルトスの頰をグリグリと押した。


「各地まわってて忙しいから、もっと不肖の弟子の、式が始まる時間を遅めてって言ったじゃないのぉ!

 アタシの怒りを買いたいの〜?」


「すまん! しかし事態は急を要する……痛い!」


「ネリー姫……アンナ師匠です」


 驚くネリーに、ギルウェはそう耳打ちし紹介する。

 彼の師匠だという麗しい金髪のノームの女はギルウェをアイビーグリーンの瞳で一瞥。


「良かったじゃないのぉ、可愛いコ貰えて」


 そう言い終えるや否や今度は、アルトスを指差しながらネリーに向き直った。


「一応これの現妃でギルウェの師のアンナ・モルディゲートよ」

「初めまして、ラグネリーネと申します」


 この方が!と、反応したネリーは慌てて挨拶を返し、お辞儀をする。


「結界、キレイに張れてるじゃなぁい」


 背丈に反して妖艶な空気を持つアンナは、空を見上げ笑う。

 褒められた!と、ネリーは素直に喜んだ。


「ありがとうございます!」

「アンナは男には厳しいが女には優しいのう……」

「そういうことよぉ。 ね、アナタちょっと」


 アンナはネリーの手を引っ張る。 ネリーが身を低くするとアンナは耳元でヒソヒソと囁く。


「あらあら。 竜……ってことは。ふふん。

 アナタ、服でお困りでしょお?」


「どうして、それを」


 ぎくっとするネリー。


「アラ、お馬鹿さんねぇ。

 魔女は何でもお見通しなのよぉ」


 言われてみれば、とんがり帽子にローブを着込んだ旅装束姿は、まさに古の時代から伝え聞く魔女にしか見えない。


「アタシまた出かけなくちゃいけないし、今日は無理だけど、また時間のある時にアタシのお部屋にいらっしゃぁい……あなた向きのお洋服があるわぁ……」


「(!……この方、知ってる!?)」


 驚くネリーの心を読んだかのように、アンナは続ける。


「知ってるわよぉ。

 半竜人になりたてなら……皮膚にベッタリくっつく衣装はキライ。

 服着て生活している竜なんて、いないものねぇ。

 ……アナタ、こないだ衝動買いした火の国ラーガンサの踊り子風衣装が似合いそうな体型だわぁ。

 ちょっと露出すごいヤツなんだけどぉ」


 そう言いながらアンナは、ネリーの腰をポンポン叩いた。


「師匠ーーーー!」

「割り込んで来ないでよぉ、この馬鹿弟子」

「ネリー姫!? 今、不穏な話を、何か」

「んじゃま、よろしくねぇ。

 ウチの弟子、支えたげて。

 そぉーだ、アナタにも言いたいことはあるのよぉ」


 今度はギルウェの腕を引っ張り屈ませる。


「ギルウェイン?

 弱点はもっと上手に隠しなさいよぉ?」


「? 翼のことですか?」


 ギルウェは師匠に合わせ身を屈めながら聞き返す。


「違うわよぉ、お馬鹿さんね。

 それはアナタにくっついてる魔力の塊なんだから。

 最悪、撃ち抜かれたってなんとかなるでしょ」


「(そんな事態に追い込まれるのは、御免こうむるのだが!)」


「そっちじゃあなくて!

 アナタの身体とは別の、弱点よぉ」


 思い当たることが見つからない様子の弟子にアンナは言い放つ。


「……ネリーのことよぉ。 アナタ、あの子なくしたらダメになっちゃうわよぉ?

 ま、せいぜい頑張って守りなさぁい」


 師の言葉に、ギルウェは言い返すことも出来ず、硬直する。


「じゃあ愛弟子の嫁の顔も見れたことだし、そろそろアタシ行こうかしらぁ」


「もう行くのか!ワシには!?ワシに何か言うことは」


「特に無いわぁ。 おいでララベ」


 アンナはアルトスにそう冷たく言い放つと手を叩き、使い魔の名を叫び呼びつける。


「もう行ってしまうのか!」

「誰のせいでこんな忙しいと思っているのよぉ!」

「!? ワシのせい……!?!」


 そんな痴話喧嘩の中へ、空から炎色の長髪を揺らす半竜人の青年が、アンナの前へ着地する。

 火竜族であるらしい赤い竜翼が背に出現している。


「……う、うむ。では任せたぞ。 くれぐれも気をつけての。

 ……浮気はするんじゃないぞ?」


「あらぁ、どうしようかしらぁ」


「…………!?!?」


「師匠。あまり団長をからかわないでください」


 妖精騎士団員にとって団長として頼れる存在のアルトスが、奔放すぎるアンナにだけは昔から振り回されている……。 ギルウェは、不憫に思う。


「(しかし昔に較べれば、これでも仲良くなったほうなのだ……)」


「じょぉ〜だん冗談。 もし怪物でたりしてもララべいるから大丈夫だしぃ。

 最強に決まってるじゃないのぉ」


「奥様には傷ひとつ付けさせないっすから、安心してくださいよ」


 竜皮鎧を身につけた半竜人の男……ララべは背から赤い大きな竜翼をパタパタ羽ばたかせ、アンナを担ぎあげる。


「まぁ……でも、そうねぇ。

 お茶飲むくらいの時間はあるかしらねぇ。

 アナタも来るぅ?」


 流石にからかい過ぎたとでも思ったのか。

 気が変わったアンナ……を運ぶララべと、追いかけるアルトスを見送った後、ヒヤヒヤしながらギルウェは思う。


「(……まったく、師は何故あのような半竜男を使い魔にしているのか……)」


 いや、そんなことより、ネリー姫の心配を!とギルウェは思い直す。

 いつまでたっても師であるアンナは、様々な民族衣装を集めては、ギルウェ達兄弟の母と仲良く、着せ替えショーをして遊んでいた頃の癖が抜けない。

 彼女はもう亡くなっているというのに、服集めの趣味が止まらず、気に入った体躯の娘を見つけると、購入した服を気前よくくれてしまうのだった。

 

「……ネリー姫?師匠に何か言われていたようですが」


「……アンナ様は、凄いですね……なんでもお見通し。 ギルウェ様のお師匠様の、言う通りです。わたし……」


 ネリーは困ったように言った。


「服が慣れなくて」


「??? 素敵に着こなしているじゃないですか。

 よくお似合いですよ」


「……竜は普段、服など着ないで……裸で、生活していますから……その」


 ネリーは正直に話すことにした。


「もっと布地が少ない服が着たいのです……!」


 ネリーの島の仲間達は、このことについて『品が無いと言われてしまうから隠すように』と言っていた。


『そんなことを外で言えば、酷い目に合うわよ! 脱がされても仕方ないわ!』

『何されても知らな……でも、ネリーの、その失敗した姿なら、されない??かしら……?』

『だけどホラ……どんな性癖の奴がいるか、わからないでしょう……?』


 と、言う仲間もいたが……。


「(ギルウェ様は、そんなに酷いことをしてくるような方では無さそうだし……たぶん、おそらく……。

 爽やかに、余裕で流してくれるのでは無い、でしょうか??)」


 そう思っていたネリーの予測に反して、ギルウェは慌てふためいた。


「……!? だ、ダメです……!

 そんなこと、俺以外の男の前で言っちゃあ、いけませんよ!!」


「(ギルウェ様が、こんなに焦るなんて……)」


 彼に嫌われないためにも頑張って服は着ていることにしよう、うん……そう、ネリーは自分の心に誓う。


 ところで男といえば。


「先程、アンナ様が連れていらしたあの方、火竜族の方ですか?」


「あぁ、ララべですね……はい。 彼も妖精騎士団員なんですよ。

 俺と彼の父は、どちらも同時期に亡くなっているんですが、その後、面倒を見てくれたのがアンナ師匠なんです」


 『どちらの親も魔海竜との戦いで』と、付け加えるかどうか迷い、ギルウェはやめた。

 種類が違うとはいえ……竜族の所業でそうなったのだと言う話をしたら、聖竜であるネリーは心を痛めるかもしれない。


 その後、アンナの親友でもあった朝の魔剣士ロジータの息子であり妖精であるギルウェは弟子として。

 竜であるララべはアンナの使い魔として……彼女に尽くしている。

 が、正直ギルウェはあの男があまり得意ではない……実力は申し分ないから、妖精騎士団が人手不足の折で非常に助けられている。

 文句はないが、いやひとつだけ……アンナに対して


「(馴れ馴れしすぎる……!)」


 どのような絆で結ばれようと、彼の主人であるアンナは仮にもノーム王アルトスの妃になったと言うのに!

 どうも小さい頃からララべだけは育ての親とも言うべき存在を何か、こう違う目で見ているような気がしてならないギルウェだった。


「(朝の一族の男達だって大概、女好きなので他人のことは、とやかく言うべきでは無いのかもしれないが!)」


 しかし、万が一『女性を困らせ嫌われて、魔力を貰えなくなってしまったらコチラも困る』と危惧する朝の一族の男は、そもそも手を出したらまずいことになる身分の女性には弁える。

 当然、見境いが無いのも全く居ないわけでは無いが……。

 ギルウェのモヤモヤとしていた思考が、ネリーの声で打ち消される。


「よく島に出入りしていた、ペレディルヴァール……半竜娘(ドラゴンメイド)の妖精騎士団員と、先程の方が同じ色の翼でしたので。 彼女も火竜族、でしたから」


「! そうか、ディルを知っているんですよね……どうりで!

 彼女が貴女に色々と話を聞かせたのですね?」


「いつもディルにはウェレスとアヴァロンと、行ったり来たりしてもらって、本やお菓子を持ってきてもらったり、あと寸法を測ってもらったり。

 ……ギルウェ様の話も……確か、わたしに最適な方だと。 騎士団の中では竜に馴れているほうだから、と言っていました」


「そうですね。 俺は、父やアンナ師匠に小さい頃から付き従って各地を旅しましたから。

 竜を見る機会は多かったもので」


 ギルウェも当時は、弟子としてアンナお気に入りの魔法を受け継がされそうになったが、かなり早い段階で『アナタ向いてないわぁ』とアンナは諦め、もっと向いている違った授業をしてくれた。

 父に習っているだけでは出来なかったであろう、様々な教育を受けられたことは感謝している。

 弟達も入門したが、だいたい結果は自分と同じようなもので終わった。


「それで。わたしのことを任されてしまったのね?」


 その経験があったおかげで、今がある。


「そうでしょうね、おかげで……貴女と一緒になることができました。 感謝しています」


 ギルウェが微笑むとネリーも釣られて微笑み返す。


「わたし、お相手がギルウェ様で良かったと思っておりますのよ」



 神殿の入り口から式の会場へ戻ると、結界が張り直されていることに気づいた参列者達が『一体いつの間に!』『結界を創るところ見たかったなぁ』『すごい、すごい』などと、騒がしく出迎えた。

  祝いの宴会はまだまだ続いていたが、ネリーは大事をとり、またギルウェはもともと朝の一族で早寝早起きなこともあり、時刻は夕刻ではあるが就寝準備に入る。


 とりあえず今夜は妖精の巣(フェアリーネスト)城内に二人が寝泊まりする部屋が用意されている。


 もうギルウェは寝間着に着替え、準備が出来たので向かっているのだが。

 ネリーも続きの寝室で寝間着姿で待っているはずだ。


 これから一体どうするか。

 ギルウェとしては、気高い聖竜という種族であるネリーに対し礼儀を尽くすように、そして侮られてはならぬから堂々とした、余裕ある態度で……接しなければと考えている。


 ギルウェはネリーが無事に城内で結界を創れたこと、師匠をやり過ごしたこと、半竜女(ドラゴンメイド)に変幻するのに慣れてきたらしいことに、ひとまずホッとしていた。


 その上、色々と嬉しいことを言ってくれる。


『わたし、お相手がギルウェ様で良かったと……』


 だが『裸で生活……』は、まだちょっと早すぎる……刺激が、強すぎる。


「(いや、早くは無いか……式だって挙げたんだから!)」


 だが……まだ彼女に創って欲しい広範囲の結界は二か所程あるのだ。

 今日だって慣れぬ地へ旅してきて、いきなり結界を創り直してくれて、疲れていることだろう。


 ……つまり。 それさえ済んでしまえば、


「(結界のアレコレさえ終われば、思う存分、しても許されるのではないか?)」


 やって良いんじゃないだろうか、とギルウェは考える。


「(……とりあえず、もっと仲良くなっておきましょう!)」


 だが、ひとまず理性的に!

 一時はどうなるかと思ったが、ネリーはあの通り、魅力的だった……が、ここはとりあえず理性的に……頑張れ理性……!


 そう念じながら、ギルウェは寝室の扉を開ける。


 すると、


「……あ、あれ……また?」


「おかしいですわね……」


 ベッドの上で首を傾げる、(しわが)れ声のリザードマンがいた。

 変幻が解けてしまい、振り出しに戻っている。

 式場で後半あの姿が保っただけでも、褒めるべきなのだろうか……。


 しかしギルウェは先程の美人を見てしまったがために、


「(少し、いや! だいぶ期待を、していたのに…!)」


 こんなのあんまりだ。

 流石のギルウェも心が折れ、床に突っぷすまま。


「……結婚した相手に嘘などつきたく無いから、失礼を承知で言いますが……お願いです!

 先程の姿に、戻ってください……!」


 だが仕方が無いのだろうか。

 今まで半竜人の身に変幻したことがなく、変幻することに不慣れな姫だと……わかりきっていたでは無いか。 ギルウェにとって、昨日までは覚悟していた内容だ。 そう、昨日までは思っていた……鱗にまみれた姿の姫と夜を過ごすことになるかもしれないと、そう覚悟していたのに。

 ……昼間の、あの姿を見てしまったから……。


「(本当に悪いが、あの美女と夜を過ごしたい)」


「ギルウェ様? 顔をあげてください。

 ……あの、わたしも早速……失礼を承知で言いますが、魔力を分けていただけませんか?」


「?」


 落ちてきた(しわが)れ声に反応しギルウェが顔をあげると、ネリーが両手を伸ばした。

 先ほどの記憶が残るせいか、トカゲ顔でも少し可愛く感じてきた自分に気づきギルウェは驚愕する。


「(だが、やはり先程の美女のほうが……元気な時は平気かもしれないけど、疲れている時にこの顔を見たら、どういう感情が沸き起こるだろう)」


 うーん……あとあとキツイだろう、と唸るギルウェ。


「……もう一度、手を。思うところがありますの」


 ネリーに言われた通り、ギルウェは手を合わせる。

 鱗でざらつくネリー姫の手指。

 しばらくすると光と風が彼女の周囲をめぐり、鱗が分解されてゆく。


 ……美しい彼女が現れた。


「ありがとうございます!

 やっとコツを掴めましたわ!」


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