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〜第1話〜 契約相手


 ラグネリーネが待つその時は意外と速くやってきた。


 聖竜の長老が、妖精圏の自警団である妖精騎士団を手伝う名目で、島の竜を一頭遣わしたいと皆に話したのだ……妖精圏の結界を補強するために。

 それを聞いたある聖竜は


『我々は先の大戦において、魔海竜から妖精達をしっかりと守れなんだ。復興の手伝いくらいすべきだ』


 と。またある聖竜は、


『なぜ我々が島の外の、森の向こう側の民にそこまでしてやらねばならぬ、奴らは聖竜である我々と、あの見境の無い魔海竜との区別もつかぬような連中ぞ』


 と。賛否両論であった。


「(あぁ……守護役が、足りていないのだ。前の王妃様が……あんなことがあったから)」


 ラグネリーネは思い出す。


 島を出入りする半竜女(ドラゴンメイド)から聞いた話である。

 長い間、各地を恐怖させた魔海竜が倒され七年が経ち、諸領は復興しつつあった。

 しかし破壊の限りを尽くした魔海竜が討滅された後も……その爪痕が残るこの世界は、今なお呪いに満ち、邪気が発生し続けている。


 邪気とは人々の苦しみ、嘆き、絶望……。

 あまりに邪気が大量に集まれば、病の素や、形を持った怪物にもなり、災いを成す。

 これらから身を守るため都市部には魔力を多く持つ巫女や魔術士達による結界が設けられているものの、難航している地域もあり、特に妖精騎士団の本部があるウェレスの城下町では現在、結界の強化が満足に行えず怪物が現れるたびに騎士を派遣して討伐している……後手にまわった対応しか出来ない状態であるらしい。


「あの、わたしが行きます」


 外に行きたい。

 そんな好奇心からラグネリーネは、白い羽毛の生えた竜翼を羽ばたかせる。


「わたし、湖の……森の向こうに、行ってみたくて」


 立候補の声を聞き、竜達がざわめく。


「本気か、ラグネリーネ」

「……島の外に出るにしては、お前は……」

「そなたが今のまま行けば、どんな目に遭わされるか、わからんぞ」

「誰か、ラグネリーネ以外に名乗り出る者は居らぬか」


 竜達は顔を見合わせシンと静まりかえる。

 わざわざ住み慣れた居竜区内の向こう側へ、知らぬ土地へ行こうという物好きは……とうの昔に半竜人として旅立ち、居竜区と妖精圏の繋ぎ役として働いてくれている。

 が、光魔法に長け、結界を生成するのが得意であるアヴァロンの雌竜達は、とりわけ故郷を愛している聖竜が多い。

 最初は外に興味を持って出て行ったとしても後々、出戻って来る者がほとんどで……現在、結界を創ることが出来る守護の力を持つ聖竜の半竜人は、ウェレスでは生活していない。


「……他に、誰もいらっしゃらなかったら。わたしが行っても良いですか?」


 長老は、はぁ〜と溜息をつき。苦笑した。


「……ならば今日から特訓せねばな、ラグネリーネ」


「はい。……あと。

 出来れば、その……お願いしたいことが」


 ラグネリーネは少し恥ずかしそうに長老に願い出る。

 話に聞いた外の世界の契約のことを、頼むために。


***


 魔法の海域、通称・魔海の北部に広がる島々。

 妖精達の暮らす国々……。


 アヴァロンを囲む湖と森の陸続き、やや南東へ進むと、妖精圏の中でも地の一族と呼ばれる小人・ノームが暮らす国ウェレスがあった。


 ウェレスの城下町。

 町を一望できる丘の上の城。

 石造りの城は、この辺り一帯に住まう妖精達の連合自警団である、妖精騎士団の拠点を兼ねていた。

 ノーム以外の種族も多く団員として含んでいるため、この城は特に天井も高めに建築されおり、妖精の巣(フェアリーネスト)城という呼び名で呼ばれている。


 そこに旅から戻ったばかりの、朝の一族らしい青翼の青年が降り立つ。

 翼の色を淡くしたような、陽光の当たり具合によっては銀にも見える空色の髪に、日に焼けた肌、すらりとした身長は明らかに小人妖精ノームでは無い。

 腰に帯びた真新しい剣が、旅用に纏っている外套の隙間から見え隠れする。


 足が地に着くと同時に、背に光の破片が散り、翼は瞬時に消えた。

 城門を守るノームの兵士達にとって、彼は昔から知る顔であるため、挨拶して出迎える。


「団長は? また鍛治工房ですか?」


「いえ、先程、戻ってくるところを見ましたから。

 もう執務室ですよ」


「それは運が良かったです」



 城内の廊下を、慣れた調子で進み、庭を貫く回廊を歩き……ようやく辿り着いた団長の執務室。

 扉を開けると。


「団長、お久しぶりです」


「おぉ、ギルウェ」


 地の一族ウェレスの王でもあり、妖精騎士団の団長アルトスが、一振りの剣を眺めて唸っていた。

 ギルウェより歳上のはずの団長は煉瓦色の髪に整った髭を蓄えてはいるものの、背は小柄だ。

 ノームである地の一族の民は、大人でも他の民の子ども程度の大きさしかなく、総じて年齢がわかりにくい。実際、他の妖精と比較して長命な種族であるらしい。


「うーむ、そなたにはもう前回、一本くれてやったものなぁ」


「……団長は一体。何本、聖剣をお創りになるつもりですか」


「だって、創ってないと腕が鈍ってしまうんじゃもの。 もう辛口で批評してくれる師匠も居らんしなぁ」


 ノーム達ウェレスの民の考え方に


『例え、魔力は無くとも、厳しい修行をし、研鑽した技術には魔法が宿る』


 と、いうものがあり、団長は魔力こそ持たないものの肥沃な湖の水と鉄鉱石を使って素晴らしい聖剣を打つ鍛治の技を持っていた。

 それもそのはず、地の一族では、一番優れた逸品を作った者こそが王として認められる。

 もちろん団長は鍛冶の技だけでなく、剣を奮っても腕前は見事なのであるが、最近は披露する機会もあまり無い。


「(団長が王の座に着いた時は大変だったと聞く……)」


 年配のノーム達が反発したり、姉弟子とも一悶着がある中、もともと地の一族と鉄を嫌う他の妖精達もそこへ加わり事態は混迷を極めた。

 が、そこへ魔海竜が現れ……世界は滅びかけたために、皆で一致団結して共闘する他なく。それ以前の小競り合いについては……魔海竜との大戦が終わる頃には、すっかり有耶無耶になってしまった。

 大戦後は大戦後で、各国が自国内の立て直し……混乱の収束を急いだためでもある。


「この剣はどうするか」

「俺も弟達も前に頂きましたので、ぜひ他の者に」


 ギルウェは取り出した仕事の経過報告を記した用紙を読み上げる。

 羽と同じ色の青眼を紙面に走らせ、


「……と、いうわけで北部に出現した邪竜ももう心配はいりません。 毒息による農作物への被害も軽微で済んでいるはずです。

 以上です」


「うむ、助かった。礼を言う」


「……ところで、前に来た時より、城の結界も随分と薄くなっているようですね」


「そなたの、朝の一族の結界が優秀すぎるのだ」


「うちのフロレッタは良く出来た子ですからね。

 やるからにはアヴァロン並みの強度を目指すそうです」


「実際、すでにアヴァロン並みの浄化効果は発揮できているのでは無いか……? 噂を聞きつけて病人が皆、キニフェへ行きたがっておる」


「団長にそんなことを言われたとあれば、妹が喜びます」


 ここより北部キニフェに住む青い鳥の翼を持つ陽光の妖精……朝の一族。

 魔海竜との大戦時代は、それまで仲が決して良くは無かった地の一族と協力し、ノーム達の鍛えた鎧で身を固め、空中で応戦した歴史を持つ。

 当時、激しい戦いをしても帰還者が多かったのは、女達による祈りの力だと言われていた。


 朝の一族の女は魔力が強い者が多く、腕っ節の強い男達は、そんな女達の守護を得て外敵を追い返す。

 朝の一族の男は適齢期になると、そのほとんどが国の外へ出て行ってしまい、女が家を守ってきた。

 他の妖精もそうであるように、基本、魔力の強い者に対して逆う者は少ないし、自然と母の元で長く育ち故郷を良く知る娘達が跡継ぎとなる。


「目標が高くて素晴らしい!

 ……我が地の一族も、あんなことが無ければのう……」


「……ここに居ない者のことを頼ることは出来ません、団長。それに」


 アルトスは現在、妖精騎士団の指揮官として、非常に良くまとめてくれている。

 おそらく妖精圏の平和の要は……団長。

 彼の存在は必要不可欠である、とギルウェは考えていた。

 だから、団長の決定には従ってきた。


「『あんなことが無ければ』昔から憧れていたという姉弟子と仲直りして再婚することは出来なかったでしょう」


 ギルウェが溜息をついて発した言葉に、団長は呻く。

 領内の平和を守るため……という名目もあるが、昨年、団長はノームにしては珍しく高い魔力を持つ姉弟子と和解し、彼女と再婚している。

 この姉弟子は多彩な魔女で、まだ小さかったギルウェの面倒を見てくれたこともある。ギルウェにとって実の母親以上に母親のよう……とも呼べる師匠であった。


「で? 師匠は、せっかく結婚できた団長を放ったらかして例の竜を追っているのですか」


「あぁ。去年の、あの竜だ。

 まぁアレに任せておけば平気じゃろう」


「もう皆、すっかり記憶の彼方のようですが……昨年の今頃は酷い騒ぎでしたからね」


 もう魔海竜は討伐され七年近く立つというのに、魔海竜勢力の生き残りを名乗る黒竜が城下を襲った。

 ギルウェの師匠……現アルトス王の妃アンナは激怒し、使い魔と共に犯人の追跡に奔走している。

 『以前の』王妃は、結界を創ることに関しては右に出る者はいない卓越した力を持っていた。

 が、争いを好まず、前線に出て行くような女性では無かった。

 新しい王妃は全く違う。


「そのことにも関連するのだが。

 ……湖の聖竜から、こんな話があった。

 いわく“いまだに竜が暴れておるのはアヴァロンとしても不愉快きわまる問題である……そこで、妖精圏への手助けとして、邪気を無力化するための『結界』をこしらえるのが得意な、雌竜を寄越してやっても良い”と……」


「……こちらに初めて来る聖竜なのですか?

 新たに来てくれるなんて、願っても無い話ではありませんか」


 各地を巡回する騎士も、結界の強化・守護役も欠けている。魔海竜との大戦時代の混乱に比べれば、微小なものではあるが……。

 団長はウウンと眉間に皺を寄せる。


「……ただし、その娘の希望で……その、慣れない地で世話をしてくれる人が欲しいと」


「補佐は必要でしょう。

 聖竜ではありませんが、火竜族や他の種族の半竜人が何名かいますし、任せれば可能でしょう」


 魔海竜の引き起こした戦いで、多くの弱き民が犠牲になった。

 今でもなお当時の大戦により大事なものを失った人々の悲しみや絶望は消えず、邪気が発生し続けている。

 邪気は魔海竜の呪いだとも言われたし、そもそも魔海竜もまた邪気のせいでおかしくなり人々を襲うようになったのだと研究する魔術士までいる。

 できることといえば結界の修繕を行い、内部の浄化を行うとともに、邪気が集落に入り込まないようにし、邪気が具現化して邪竜となった場合に討伐をすること。

 周囲の警戒や、調査に出向く騎士団員も、まだまだ必要であったが


「(……邪竜を斬ることは出来ても……結界となると難しいですからね)」


 実際にキニフェで母の跡を引き継いだ妹フロレッタには遠く及ばぬが、ギルウェにも一応、朝の一族を代々率いてきた魔剣士の血……王族の血が流れている。 魔力は高いほうではあるが、結界については魔力がある、というだけで何とか出来るような代物では無い。

 今はもう居ない前任者が創った出来の良い結界を、修繕して、誤魔化し誤魔化し使っているのが現状である。

 そして……いまだに多くの人々は竜を恐れている。


「それがだな……半竜人の姿に変幻するためには魔力も必要とすることだし、同じ半竜人では無い、魔力の強い然るべき妖精騎士と婚姻し支えてもらえる環境、を希望されてな」


「……婚、姻?」


 はっきり言って珍しい事態であった。

 竜は、特に湖の聖竜ともなると、とにかく誇り高い。 例え妖精圏側が半竜女(ドラゴンメイド)との婚姻を望み、『お嫁さんに来てください!』と頼んだところで、ほぼ断られる。

 ふたつ返事で来てくれるような相手では無い。


 例外的に、竜から異様に愛される人間というものは存在するが……あんなものは例外だ。その時代、その地域に一人か二人程度いるかいないかという話であり、竜とは半竜人姿になって対等に口を聞いてくれるだけで、かなり……有難い存在なのだ。


「(それなのに……婚姻などと。 そこまでの譲歩、してくれるとは)」


 それ程までにアヴァロン側は現在の状況を危ぶんでくれている、ということなのだろうか……。


「……しかも聞いた話では、派遣されてくる者は半竜人に変幻する練習は、しているものの……壊滅的に苦手らしい……」


 団長は眉を潜めた。


「……いくら友好的な湖の聖竜とはいえ、今……こちらに、竜がそのままの姿で来るのは、まずい……


「なんとかするとは言っておるが……下手すればリザードマン姿で結婚式だ」


 そんなことを言っても……もう結界を生成する力を持つ『元』王妃様はここには居ない。

 ある妖精騎士……ギルウェと同僚の……と共に追放された。

  今、残されている騎士団員の中で、魔力がまぁまぁあって、特定の恋人が居ない独身で、竜の娘を恐れず世話など出来そうな者。

 自らの育ちも踏まえ、考えれば適任者は……


「(自分しか居ない)」


 ギルウェは口を開いた。


***


 あれから数か月後。


「ラグネリーネの言う通りだ。 おまえは世間知らずだし、向こうで懇切丁寧に生活の仕方を教えてくれる、頼りに出来る者が必要だろう」


 霧深い湖の島。

 聖竜達は茂みの中で相談し合う。



 ラグネリーネが欲しがったものは……


『結婚相手?』


『そうです。聞いた話では、向こうの方々は、愛を魔力に変換して互いを守り合う契約のことを、結婚とそう呼んでいるのでしょう?』


『おまえは、ここ数十年、森の向こうへ行ったことが無いくせに、本当にアチラの知識に詳しいね』


 かといってラグネリーネは竜である。

 ある程度、竜に慣れた身分、身元のしっかりした人物でないと務まらない。

 詳しいと言われてフフフと笑うラグネリーネに、長老は語りかける。


『なるほど……愛やら絆などあれば、知らない地へ行っても、おまえは頑張れるかもしれない』


 だが、それは諸刃の剣だ……力を持つ竜が本来、弱き民に力を貸し守護することはあっても、愛することは無いのだが……つい最近、あったのだ。それが原因で暴走した聖竜が。


 ……あの事件を忘れたのかい?そう言おうとして、長老はよしておいた。

 長老から見て、ラグネリーネは暴走するような気性では無いのだから、水を差すようなことは言うまい。

 こればかりはやってみなければ、どうなるか分からないが、向こうの勢力もイザと言う時に聖竜と絆で繋がっていて意思疎通できる者がいれば、何かと便利なこともあろう。

 もちろん怪しい者に預けて、逆に聖竜が悪用されないかどうかも含め、心配ではある。

 しばらくは、向こうで暮らす半竜人達に見守ってもらう必要がある。


「おまえの希望通り万事、整えてもらった。

 しっかり勤めを果たすんだよ」


「はい。長老様。

 わたし、その人の言うことをちゃんと聞きます」


 見守っていた仲間の聖竜達が喋りかける。


「嫌になったら、エレーネレインみたいに戻って来ちゃえば良いわよ!」


「ダメよ、彼女みたいに戻るのは……ちょっと」


「そうよ、どちらかというと、その尻拭いをしに行かなきゃいけないわけでしょう、ラグネリーネは……」


 昨年の残党襲撃事件に加え、『二年前の事件』もある。

 あまり外に出たことの無い竜達から、出戻りの竜達まで、仲間達の中ではまだ比較的、若いとされる娘竜が向こうでどういう扱いを受けるか不安を感じるのも無理は無かった。


 しかし地の一族ウェレスの窮状を考えれば、もう日取りを伸ばすことは出来ない。


 仲間達は、特訓の甲斐なく、半竜人への変幻がついぞ上達しなかったラグネリーネを心配そうに島の外へ送り出した。


 大きな竜の姿から人の形……半竜女(ドラゴンメイド)へと変幻したラグネリーネは、このために用意した赤い衣装に着替え、迎えに来た半竜人らと湖を船で渡り、居竜区の管理人に岸辺の門を開けて貰う。

 そこから先は妖精圏だ。


 慣れた半竜人達の迎えと共に森を進み、丘を目指す。 そしてノーム達、地の一族の国……ウェレスの城下町へやって来た。

 到着した一行は丘を登り、妖精騎士団の本部である妖精の巣(フェアリーネスト)城へ向かう。


 そこで先ず関係者を集めた、契約の式のための、事前の顔合わせがあった。


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