〜最終話〜 失いたくないひと
……まだ、ネリーが本当に小さかった頃、何十年も前の記憶。
「(その日も女旅人さんは、お兄様と一緒に島まで来てくれた)」
変幻が上手で賢く、外で妖精達と暮らしていた父母の手伝いをしていた兄。
兄の師匠だという、その女旅人も変幻が上手で、何にでも化けられる。
だから幼いネリーには正体がわからなかった……本当はどういう姿をしているのかも、彼女もまた竜であるのかも。
ネリーも彼女から、いくつか変幻のコツも習ったが
「う〜ん、お嬢ちゃんには妾達のやり方は合わないみたいだねェ」
「そんな! 前よりは上手くなりましたよ?」
「確かに身体の線は上出来だが、肌がねェ。
その顔じゃア、島の外に出ても醜いトカゲ顔の化け物と怖がられるのがオチさ」
ネリーは人型……半竜女姿に変幻しているつもりだったが、依然として肌には鱗が残ったまま。顔も竜のままだ。
「そう……。ねぇ旅人さん、外の世界のお話聞かせてくださいな」
非難の声をあげていたネリーだったが、もう飽きたと言わんばかりに変幻を解き、本来の聖竜の姿に戻り、兄達に話をねだる。
「そうねェ……今、この護られた島の外は大変さ!
人間と妖精が争ってる!
妖精も妖精同士で足の引っ張りあい。
ついこの間、聖剣を鍛え上げて王となったノームは人間寄り。 だから人間どもと協働しようとして、姉弟子と大喧嘩。 姉弟子は、ノームの、地の一族と対抗していた青羽の妖精、朝の一族と一緒になってノーム王と争ってる!」
歌うように旅人は話す。
「小人には魔力が無い者が多いし、鉄や貴金属類に関する職人が多いからねェ。
逆に、魔力を持つ他の“羽持ち”妖精は昔から鉄が嫌いで、そいつらは領地を接する仲なのに折り合いが悪いのさァ」
兄が補足の説明をしてくれる。 魔力が少ない男妖精は人間に肩入れしようとするノーム王のもとへ集まり、魔力が高く人間が嫌いな女達は青翼の妖精女王のもとへ集まって対抗しているのだと。
「まぁ。なんとか仲良く出来ませんの?」
「お嬢ちゃんは優しい子だねェ!
でも、なァんにも心配する必要は無いよ。
今にもっと大変なものが現れるんだ」
「?」
「妖精も人間も小競り合いなど、していられなくなる! 数多の種族が全て結託して立ち向かわねば皆滅びてしまうような……そう思わせるに足る脅威がやって来るよ!
ラグネリーネ、お嬢ちゃんの母達にも言っておいたが、この島の防御を固めておきな……。
守護結界の力を高めておくんだ。
お嬢ちゃんは聡いし、変幻は下手でもそちらは得意だろう?」
全て女旅人の言う通りになった。 それから間も無くして魔海竜が現れ、各地を席巻した……。
***
「(あのひとが……モルゲーナ、だったなんて)」
ギルウェの腕の中でネリーは夢から醒め、ぼんやりと考える。
いつ頃アンナの妹が身体を奪われてしまったのか、詳しくネリーは聞いていなかったが……。
「(ノームは竜程では無いけれど、長命だから……もしかすると、あの時、もう既に)」
「お目覚めですか?」
ギルウェは目覚めたネリーに気づく。
「……アヴァロンに居た頃の夢を見たような気がします」
「まだ寝てて良いですよ。
城に着くまで、もう少しかかりますから」
グリンも傷が塞がったばかり。
だからグリンの背に二人は乗らず、ギルウェは翼を出して、器用に手綱を引きながらネリーを抱えて飛んでいた。
「力を使って、消耗が激しいはずです」
人の姿に戻り、形勢逆転されたネリーは恥ずかしそうにギルウェの破けた服を握る。
ギルウェは、あの後……。
『師匠。悪いですが、あとは任せても良いですか。
この通り、今日は妻がとても気が立っておりますので。 ウェレスへ急ぎ戻ります』
いつの間にか例の危険な伝書鳩ならぬ伝書鴉を魔法で創り出し、各方面へ次々と送りつけていたアンナは弟子の頼みを承諾した。
『落ち着いたら、ちゃんとアルに報告してよぉ?
アタシもしてるけど今』
ギルウェは、アンナに礼を言い、ひと足早くネリーとグリンを連れて妖精の巣城へと帰還することにしたのだった……。
「(どうしよう。きっとアヴァロンへ帰れと言われる。 あんなことしてしまったし、ギルウェ様はお優しいから、きっとわたしの寿命を気にして、そう言うでしょう)」
でも、ネリーは帰りたくないのだ……ギルウェと離れることなど、もう考えられない。
少なくとも、今日のところは長老からも帰るように言われているが……。
どうにかしようと思考を巡らせようとするネリーだったが……ギルウェの言う通り、変幻を解いて暴れたり、重傷の傷を治癒させる魔法を立て続けに使ったせいなのか、疲労が激しかった。
そのため、今はまだギルウェと一緒にいられる安堵を感じながら、ネリーは寝ついてしまった。
その後。
ネリーが起きると、馴染みの寝台に横になっていた。 妖精の巣城の、ネリーとギルウェが泊まっている一室。
いつの間にだろうか、寝間着を兼ねる肌着が着せられている。
ネリーが会いたい彼はすぐ近くに居た。
「ギルウェ様」
ギルウェも破けていた服を着替え、ネリーのすぐ横……寝台に腰かけていた。
「運んでいただいて、ありがとうございます」
「いえ、あれくらい。 たいしたことでは」
苦笑するギルウェに、ネリーは不安げに尋ねる。
「もう、お怪我は」
「おかげさまで経過は良いようです。グリンもね」
「……ごめんなさい……」
「ネリーの兄上のことですか?
それなら、彼の言い分も正しいと思いますし……。
俺が貴女の身内でもそう言うでしょう。
貴女の身を、案じます」
ギルウェは、とやかく言いつつも最後まで妹を心配していた兄竜の姿を思い出し……いつもの元気がないネリーを慰める。
「今日、わたしが見せた姿のことは……お忘れください」
しかしネリーの悲痛な願いは、却下された。
「……忘れません。
貴女に身体を張って守られてしまった……騎士として立つ瀬が無いのですが」
「うぅ……申し訳、ありません!」
困ったように言われ、ネリーは謝るしかない。
忘れてくれなど、ムシのよすぎる申し出だった。
やはりギルウェに嫌われただろうか……ネリーは落胆する。
「今度は貴女を、もっと危なげなく守れるように、俺もしっかりしなくてはなりませんね」
「! で、でもアレは兄が、おかしなものを食べさせられて、ちょっと強くなりすぎていたのです」
「そんなこと関係ありません」
きっぱり言い切るギルウェ。
そんなやり取りをしながら『今度? 今度があるのだろうか』と、ネリーは不思議に思う。
それまで真剣な顔をしていたギルウェだったが、いつも通りに微笑む。
「……あの姿の貴女も……とても美しかったですよ」
ネリーの金の眼に、涙が溢れる。
「ギルウェ様は、どうしてそう……口が上手いのです」
「本当のことを言ったまで、なのですが?」
やはり一番最初にネリーに会った時は、人間の体格に竜の顔が付いた鱗まみれの姿だったから、不気味さが増していたのだ。 何せ髪の毛まで付いていたのだし……ギルウェは、そう思い返す。
通常通り、竜の身体に付いている竜の顔は。
あの時、身を呈してギルウェ達を助けてくれたネリーの姿は……ただの美しい聖竜でしかなかった。
「(しかし……服をダメにしてしまうところが!
ネリーらしいと言えばそうだが、ゆくゆくは直していただきたい!)
唸りそうになったギルウェだったが、良いことを思いつき。
「……そうですね。 本当に申し訳ない、と思っているのなら……添い寝をしてください?」
「えっ!?」
「血が足りなくてフラフラしますので。
俺も横になりたいのです」
「それは大変!」
ギルウェは布団の中へ潜り込み、ネリーの温かい身体を抱き締め、柔らかさを、良い香りを堪能した。
実際、彼はネリーのおかげで元気を取り戻していたのだが……口実だった。
「(おかしい……きちんと最後まで治療、したのに?)」
自分をしっかりと抱えて移動するギルウェは、身体が大変そうな様子では無かったのに?と、ネリーは彼の腕の中で考え込む。
「ネリーは流石、聖竜ですね……。
側に居るだけで癒される。 役得です」
「このくらい……いつでも、いたしますわ」
「……やっと笑ってくれましたね」
ギルウェは指でネリーの目元の涙を拭きながら、一抹の不安と対峙する。
「(……この生活を続ければネリーの命が、すり減ってしまうかもしれない……?)」
本来、聖竜は長命であるというのに?
だがアヴァロンに居るからこそ彼女達は長命であったのかも知れず。
外に出たら……?
戻らなければ……?
どうなるのだろう。
「……俺は貴女を失いたく無い。
ネリーの気持ちは、変わらないのですか?」
みすみす死なせたく無い、とギルウェは強く思う。
「……わたしはギルウェ様と離れたくないのです」
ネリーにとって、もうギルウェの居ない日常になど、戻れそうに無い。
もちろんギルウェを一緒にアヴァロンへ連れ帰るわけにはいかない。 あのような、つまらない僻地に何の咎も無い彼を連れて来てしまうのは可哀想だし、団長達……騎士団の仲間達にも悪いだろう。
「(ギルウェ様が……わたしの身を心配してくれるのは嬉しいけれど……)」
ネリーにとっても真剣な想いなのだ。
「俺だって離れたくありません……本当は帰らせたくない……が。
毎週一回帰る、というのはどうでしょう」
「えぇ……そんなに頻繁に?」
めんどくさいです、とでも言いたげな表情をするネリー。
「……一年に一回なら」
ネリーは食い下がった。
「……毎月一回」
「半年に一回!」
「三か月に一回」
「どうして、こんな行商人の値段交渉みたいなこと」
「やめましょう」
このままでは話し合いは平行線だ。
ギルウェは彼女の想いを再確認する。
ネリーは外の暮らしが、妖精圏が好きだから……というだけでは無く……俺のことも、好いていてくれているから。
守ってくれる方が居る、と信じて、安心しているから……このようなことを言うのだろう。
「……とりあえず、このまま貴女をウェレスへ置いておくことだけは賛成しかねます」
騎士団の本部もあるため、この地はよく狙われる。
ネリーには長生きしてもらって、是非この先もずっと妖精圏の結界を、長く任せたい……とギルウェは強く願っていた。
「で、これは俺の都合ですが……。
ネリーには我が朝の一族の領地キニフェで仕事を手伝ってもらいたいと思うのです」
そこは、アヴァロン以外で延命が出来るかもしれないとギルウェが考える唯一の場所だ。
「妹の結界がアヴァロン並みの強度と言われているんです。 浄化効果は、ウェレスより強いでしょう。
すっかり怪我人や病人が目指す地域になってしまって……王宮だった不死鳥の館は、病院のように改造されてしまいました。
大戦中の傷痍兵も多いし……もう大体は元気なんですけどね、世話のためにも人手がいるのです」
「…………!」
そのギルウェの申し出を断る理由は、ネリーには無かった。 もともとギルウェの故郷には、行きたいと希望していたのだから。
***
まだモルゲーナの襲撃が無いとも限らなかったし、ネリーが治してくれたとはいえギルウェの身体は本来であれば重傷と言っても過言では無いモノだった。
当分の間は、妖精の巣城の客用の居室で、ギルウェはネリーと二人で休養する羽目になった。
「兄さん、キニフェ帰るの?」
万が一ネリーの容体が急変しても、あそこなら対応出来るかもしれない。
フロレッタも『義姉ができるのは初めてだし、何より長兄をオトした女性が来るのを楽しみにしている!』という内容の手紙を返してくれた。
「とりあえず、ネリーも連れてね。 ……またスグに団長に呼び出される気もするが……」
結局ネリーと一緒にいられないのでは無いか??とギルウェは苦悩しつつ、とりあえずフロレッタの補佐に戻る、と弟達に説明をする。
もともと今までとて、弟達と交代でキニフェに戻っては、困ったことが無いか確認をしたり衛兵らと手合わせをしたり領境の巡回をしたりと手伝っていたのではあるが。
「それにしても……! 師匠とララべの奴に、借りを作ってしまった……!!」
あれ以来しばしば、こうしてギルウェは頭を抱えていた。
「お前達、俺がララべを殺しそうになったら止めてくれ……!! ……奴……!!! 絶対ネリーの身体を、見ていた」
あの時。
変幻した、ネリーの裸を。
コートで包み隠したギルウェではあったが……。
「前もその話はしただろう、兄貴……!わかったって」
「あの師匠の使い魔、強いし騎士団に必要なんだよな。 いっくら師匠とベタベタし過ぎとはいえ……」
「しかし兄さんも、よく何も纏ってない義姉上の身体を見て冷静でいられたよね」
「……あっホラ! 初めて見たわけじゃないからな」
「そういうことか……!」
ギルウェがネリーと仲睦まじい様子は、城中……いや、最早ウェレス中に知れ渡っていた。
ネリーはネリーで、キニフェへの出立まで、城の務め人達と、ゆっくり話す機会を得ていた。
「ねぇ、あなたたちの結婚したい方って……」
ネリーはリオネッテ・リネッテ姉妹と三人きりの部屋で、ゴニョゴニョと確認をした。
「…………! もぉ〜う!
やぁ〜だぁ〜〜お義姉様ったら! 違う!
ネリー様ったらぁ!」
「そうよ姉ちゃん、ちょっと気が早いわよ……お義姉様だなんて」
「良いのよ良いのよ」
どうやら、この反応は当たりらしいとネリーは満足そうに微笑む。
「……せっかく仲良くなれたのに悲しいのですけれど」
「キニフェに行かれるんですよね!?」
「はい。また、ちょくちょくこちらには来ると思いますけれど……なにかお手伝いできることがあれば、言ってくださいね!」
「もぉ〜う! お手伝いだなんて!!」
顔を赤らめるリオネッテにネリーは肩を叩かれ、なかなか良い打撃力!だと感心する。
「……となると、次男サンにも、この調子でさっさと結婚してもらわなくちゃ、私達がやり辛いわ」
「地元から結婚相手募集中の娘、連れて来ましょう。
良い娘が、居たじゃな〜いホラ」
「そうね、もう少ししたらお祭りもあるし! 連れて来るわ」
「というわけで、ネリー様!
今日はお祭り用の衣装の準備ですよ〜」
それから数週間後の夏至の祭りは、例年通り実施された。
城下町の広場には、大木の支柱が立てられ、その周囲を文字通り一日中、民達は賑やかに踊りまわった。
祭りならではの食べ物も準備されており、ネリーとギルウェは、屋台で舌鼓を打つディル、ルーデやトリスト達と挨拶を交わした。
ネリーはこの日のために、うなじの素肌を広く見せる赤いドレスを身に纏っていた。
肩まわりや袖口、ゆったりとした丈の長いスカートの裾には白い羽のようなフリル、胸元はリボンや宝石で飾られている。
首もとも同じ赤のリボンで彩っていた。
「(最初は、いつぞや聖竜の姿に戻ってしまってダメにした赤い衣装を、新しく仕立て直してもらう話だったはずなのに……何やら前より豪華な仕上がりにされたような……有り難いことです……!)」
騎士団や城の仲間達に守られながら、ネリーも踊り、歌い、騒ぐことが出来た。
アルトスもギルウェも、あんなことがあった後で危ないのではとヒヤヒヤしたのだったが、自粛すれば敵の思う壺だ。
アンナも何かあれば自分の魔法で何とかしてあげると、後押ししてくれた。ネリーは、そのことに対して感謝を述べる。
「ありがとうございます、アンナ様」
「アナタが歌って踊ると、結界も強化されるしぃ。
こんな時に、お外に出さない手は無いわぁ」
実際、祭りを心底楽しんだネリーからは光の魔力が溢れ、アンナの言った通り結界の補強に繋がっていた。
「ロジータの子供達も、どっちかっていうとみーんな光魔法向きな子達だから、アタシの後は継いでくれそうに無いのよねぇ。
……やっぱり自分の後継ぎは自分で産むしか、無いのかしらぁ」
「! ご出産の時は、わたし絶対に手伝いに行きますから! お呼びください」
「ありがと。まだ、だいぶ気が早いけどねぇ」
アンナは金の髪とアイビーグリーンの眼を光らせて笑った。
ネリーは、祭りで賑わう城下町の散策もすることも出来た。 わずかな時間ではあったが、ギルウェと手を繋いでノームの家々や商店街を散歩し、楽しいひと時を過ごす。
「あら? あの服、わたしが持っている衣装と似ています」
ネリーが反応を示したのは、仕立て屋の店先だった。 ノームの店主は、ギルウェに気づき、説明をしてくれた。
「いや〜おかげさまで評判良いんですよ。 ネリー様がウチの商品を着て各地をまわってくれたもんだから、注文が殺到してるんですよ!」
結婚祝いとして婚礼衣装からネリーの普段着まで準備してくれたウェレス城下の仕立て屋は、それらとよく似たデザインの衣装をノームの体格に合わせて仕立て『ネリー様とお揃い!御用達!』という文句で売り出し、大当たりしていた。
「ネリー様、キニフェでもウェレスで仕立てた服を着て、流行らせてくださいねぇ!
あと、こういう服が欲しいってのあったら、ドンドン言ってくだせぇ」
「では……もっと、こう胸のあたりの布地が少ない」
「いけません」
ギルウェはネリーの要望を制止した。
「(よそ行きの服でそれは!いけません!
俺の前でしか着ないってなら良いんですけど!)」
ネリーが結界を修復したためだろうか、人々の様子は明るかった。
祭りの後。
ネリーとギルウェは、仲間達や城下の民達に見送られ、キニフェ領である北部の島々へ向かった。
***
朝の一族と呼ばれる青鳥の翼を持つ民が暮らす領土・キニフェへ来た日から数か月が経ち、ここでの生活にも慣れてきたネリー。
「うふふっ、ネリー義姉上は、今日もお元気でしたわねぇ」
「フロレッタ様!」
水色がかる銀の髪に、日に焼けた褐色の肌……白を基調とした細身なドレスの、神秘的な娘。
朝の一族の族長と魔剣士の地位を母から受け継いだ、ギルウェの妹御、現キニフェ女王フロレッタ・フィニクス・ノールリースは、翼を揺らして微笑んだ。
既に時刻は夕刻をまわっており、魔力の翼が現れているのだ。
彼女は兄ギルウェインに良く似た猛禽類の大きな翼を持っていたが、その色はギルウェや他の兄弟に比べて青に赤みが差した羽、青紫色の羽も混ざっていた。
先代も女王であったキニフェの王は、この地の女から生まれ、この地で生まれ育った多大なる魔力を有する者でなくてはならないそうだ。
「義姉上が、城に来る子供達や患者の皆様に、歌や舞を教えてくださるものだから“よい運動になる”と助かっておりますわ」
「有難きお言葉です」
「良い義姉上ができて嬉しいですわ。
今まで女の姉妹、いなかったんですもの」
フロレッタに、すっかり気に入られたネリーを……ギルウェは城内の扉の隙間から見ていた。
「(仲が良いのは良いことなのですが! ……最近ではネリーを取られてしまいそうな勢い……!)」
兄の視線に気づいたのか、フロレッタは、にやにやと笑った。
「あらあらあら。
兄上に返して差し上げ無いといけませんわね。
義姉上に是非、着ていただきたいお洋服があったのですけれど……明日にしましょう」
「フロレッタの服集めの趣味は師匠と母親譲り、だなぁ……」
自室に戻ったギルウェは、そう呟きながらネリーの腰を抱き寄せた。
「今日もお疲れ様でした」
「旦那様こそ。ふふ」
ネリーが微笑む。
ギルウェと始めて会った時と変わらない、温かで見るものを元気にさせる笑顔。
「翼……触れても平気ですか?」
「えぇ、もちろん」
「(フロレッタ様のも綺麗だったけれど、やっぱりギルウェ様の青い翼、綺麗)」
ネリーはギルウェの羽に触れる。
「……フロレッタ様も、お城の方々も、とてもよくしてくださいます」
医療術の心得を持つフロレッタは、兄から相談を受けていたらしく、当初は随分と心配してくれた。
『義姉上?どうか、ご自身の身体を大事にしてくださいませ。
……時々いるのです……自分のことなど、そっちのけで、本当に他者のために祈りすぎてしまう方。
あまりに自分のことがおざなりになっては、身体が保ちませんわ。
そんなことを続けてしまえば、確かに寿命が縮まってしまっても、おかしく無いのです』
彼女は言った。
なぜ、この地の女性の魔力が強いのか。
『それは守るためですわ。
料理を作る時、掃除洗濯をする時、布を織る時、刺繍をする時……ふと愛する方のことを想う。
その時点で想われた者は守護を受けます』
光の魔法の基本だ。 守護を受けた男性はそのことに対し感謝をして、女性を大事に守る。
それを感じて女性は、さらに祈り、守護の力を強める……これが
『この地に、太古から伝わる光魔法』
だからこそ光魔法は嘘をつくことが出来ない。
ここまでしたんだから守護の力を寄こせ!と言われたり、うわべだけで使おうとしても、うまく発動はしない。 心から……祈らなければならない。
『貴女には長生きをして、長く兄上をお守りいただかなければなりませんもの。
あまり無理をしないでくださいましね?』
そう言った上でフロレッタは、ネリーに少しづつ無理のない範囲で、様々な城内の役割を教えてくれた。
「……あ! もちろん、一番よくしてくださっているのは……ギルウェ様ですよ?」
ネリーは顔を赤らめてギルウェに、そう告げる。
「ギルウェ様は……わたしのことを、どうお想いなのです? 以前とお変わりありませんか……?」
ネリーは、ふと、そう聞きたくなり、尋ねる。
「? 愛していますよ」
優しい空色の瞳に嬉しいことを言われて、ネリーは顔をさらに赤くさせ、俯く。
「あっ、今、誰にでも同じことを言ってるんだろうと思ったのでしょう!?
自分からどう想うのか聞いておいて酷いじゃないですか」
「そ、そんなこと!
わたしはただ、あまりにも幸福すぎて、その」
文句を言うギルウェに、ネリーはあたふたと尻尾をばたつかせる。
「……わたしは、ギルウェ様のことが愛しすぎて……どうにかなりそうなのです」
ギルウェはひと安心して微笑み、ネリーを抱き締めて、唇を重ねる……優しい口づけとは違う、深い口づけ。 ギルウェが翼を揺らすたびに、彼に抱き締められた身体も一緒に押され、幸せな重みを感じてしまうネリー。
「(認める。 ネリーは自分の弱点だ……)」
心配でたまらないから隠してしまいたくなる時もある……でも日の光の下で笑う彼女が、愛しくてたまらない。 ギルウェは唇を離して、囁く。
「……今度またウェレスへ行くので、会えない分まで抱いておかないと」
「!」
「ネリーに対しては、様々な想いがあります。
幸せにしたい。
大切にしたい。
あと……気持ち良くさせたい」
「え」
夫の言葉にネリーは、身の危険を感じるも……逃げることは出来ない。
逃げるつもりも無いのだが。
「先に伝えたことと両立できるように善処しますので」
「……はい。よろしく、お願いします……。
あぁっでも! 羽が出るまで、するのは……よしてください!」
幸い、あれからネリーが竜の姿に戻るようなことは無かったのだが、嬉しすぎたり動揺すると竜翼が出やすくなってしまった体質の変化に、彼女は悩まされていた。
「……いえ! あれはあれで可愛らしいので。
また貴女の翼を、見せてください」
愛するひとの申し出を、聖竜姫は……どうしようもなく受け入れる。
「っ……! では、今回だけ特別、ですよ?」
***
その後も長くギルウェインとラグネリーネは、妖精騎士団の団長や各地の王の依頼により、邪気を寄せ付けぬ結界を守護し続けた。
青翼の騎士に愛された聖竜姫は、彼女の兄が案じていた事態を回避し、仲間達の助けも借りながら、妖精圏の平和に尽くした。
一応、これで完結となります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました……!!!
……御察しの通り『いったい原作はいつ頃のどれなのかと探し始めてしまうとドンドン深みにハマりズブズブ沈んでいってしまう湖沼のような某伝説』をモチーフに、だい〜ぶ使用した創作となっております。