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〜第12話〜 決意 (挿絵あり)


 神殿を巡る旅を終え、ウェレスの妖精の巣(フェアリーネスト)城へ戻ってきたネリーとギルウェ。


「長旅お疲れ様でした」


 ギルウェは、どこかしょんぼりした様子のネリーをグリンから降ろす。そしてネリーの額に、口づけをする。彼としては、本当は唇にしたいところだったが、自粛した。


「!?!?!?」


 ネリーは不意打ちで食らった額への柔らかい感触に、驚いてギルウェを見上げる。

 彼女の赤らむ顔を見て満足したギルウェは


「とりあえず、ネリーはゆっくり休んでください。

 俺はグリンの世話が終わったら、団長に経過の報告をしに行きますので」


 ギルウェは、ネリーを迎えに城から出て来てくれた女性の勤め人達に託し、グリンを厩舎へ連れて行く。


 ネリーは、待ち構えていた今日の着替え係の女性達に、先ず風呂に入れられた。空の旅で砂埃もついてしまっていたから、とても助かる。

 その後、ネリーは長い橙の髪を櫛で梳かしてもらった。今日の当番は、リオネッテとリネッテ……朝の一族の姉妹二人。


「支部内には古い共同浴場しか、無いようですからねぇ」

「あらら、せっかくのネリー様の綺麗な御髪が!」


 梳かしてくれている彼女達は、当然、地の妖精であるノームよりも背が高い。


 元々、二人はキニフェ領内でもウェレス寄りの領境付近に暮らしており、本来であればこんな所であくせく働かずとも悠々暮らしていける身分であるらしいのだが……地元に戻ってもつまらないし、大戦中の人手不足解消兼・行儀見習い兼・疎開に来たまま居着いてしまったとのことだった。


「? あっ、髪が絡まっていますか?」


 旅の最中も一応、自分で梳かしてはいたネリーだったが……鷲獅子(グリフィン)に乗っての旅だ。こうなるのは仕方がないだろう。


「ギルウェイン様は、梳かしてくださいませんでしたの??」

 

「そっそんな!

 お手を煩わせるわけには、いきません!」


 姉のリオネッテの言葉に、ネリーは慌てて答える。


「あの方、もうちょっと女性に対してこう……気の利く……優雅な方かと思っていたのに!」


 朝の一族に多いパステルブルーの髪を長く流している妹リネッテは、そう捲くし立てる。


「あ、あの、ギルウェ様からは、とても親切にしていただきましたよ!」


 ルーデにあのようなことを言われたからだろうか。

 ……いったん意識し始めてしまうと……女の子達が皆、ギルウェを狙っているような気分になってくるネリーだったのだが……。

 妹と同じ色合いの長髪を結い上げているリオネッテが口に出したのは、ギルウェの名では無かった。


「……ホルス様だったらね。

 梳かしてくれたと思いますよ〜、きっと。

 年が一つ違いのお姉様に命じられて、こちらに来るまでの間は、よくお手伝いをさせられていたと」


「やけに詳しいじゃない、お姉ちゃん。

 でも、じゃあヘリオス様もやってくれるわね。

 二つ違いの妹さんの面倒を、それこそウェレスに来るギリギリまで、やっていたと聞いたもの」


 姉妹の話を聞きながら、ネリーは思い出す。

 ギルウェと、その妹であるフロレッタは、年齢が六つは離れていると聞いていた。


「(ギルウェ様が国許を出る頃、妹様はまだまだ幼児だったはずで……確かに、そういう経験は無さそうですが!)」


 姉妹達はネリーの髪を梳かし終えた後も楽しそうだった。


「あぁ……なんだかこう、触れているだけで、清らかな聖竜パワーが流れ込んでくるような……。

 ギルウェイン様が羨ましいですわ〜」


「お姉ちゃん! 御利益を、たっぷり頂かないと!

 『私も結婚できますように!』って!」


「もぉう、やだぁ〜!

 なら、リネッテこそ、ご利益いただきなさいよ〜」


 姉は笑いながら妹を、どついた。

 ネリーは尋ねる。


「結婚されたい方が?」


「え、えぇ……その。 ……でも、もっともっと、その方の上が片付いてくれないと。

 この調子で……!」


「私も上を片付けたいわ……さっさと。

 お姉ちゃんより先にお嫁に行っても、良いものなのかしら?」


「(『上』を、片付ける……まさか、お好きな方とは)」


 思索するネリーにリオネッテは、はっきりと言い放った。


「……残念ながら私達は、ギルウェイン様派ではありませんので……うふふふふ」


「そう、そう。 担当が違いますので……でも、この調子で。うふふふふ……」


 もっと姉妹の話を突っ込んで聞くべきかネリーは迷ったが


「……やはりギルウェ様派の方って。

 いっぱい、いらっしゃいますの?」


 どうしてもそこが聞き捨てならず、リオネッテの言葉に食いついてしまった。


「え? あぁ……でも、そんなに気にすること無い、ですよ〜」


「道中何か、気に触ることでもありました!?」


 『だとすればネリー様の気に触ることを仕出かした連中、タダじゃおかないわ!』という気迫の篭ったリネッテの質問を、ネリーは否定する。


「いえ! 何も、ありませんでした!

 ただ……ギルウェ様は人気なご様子なので、わたしが独り占めしてしまって良かったのかどうか、と」


 式のことが噂になっているようで、気になったのだと説明する。


「いいんですよ! ネリー様はそういう契約を無さったのですから、もうネリー様のモノなんです!」


「そりゃあ、しばらくは……ヤキモチやく子も、もしかしたらいるかも?しれないけれど。

 ……時間の問題よね〜」


 ネリーと話す内に、すっかり心を許したらしい姉妹達は、まるで姉妹二人きりでいる時のように止まらない速さで喋くり始めた。


「ねー。だって、ネリー様が来てから」

「ギルウェイン様おもしろいんだもの〜!」

「なんかネリー様といる時……いつもと違うのよね」

「それまで見れそうで見れなかったところが、めくてる感じ?というか〜」

「こないだ聞いた……アレ最高だわ!

 絶対りんごタルトにヤキモチ妬いてたんでしょ」

「きっと、もっと面白い彼を見せてちょうだいって、み〜んな思うに違いないわ」


「…………???」


 きゃいきゃい(さえず)る賑やかな姉妹達に挟まれたネリーは、元気付けられるのだった。


「(わたしもこういう風に、笑って穏やかに言い返すだけで良かったんだわ)」


『あなた以外に、心変わりすることはありません』と。

 まだ間に合うだろうか? ネリーは額を触る。


***


 ギルウェとネリーにとって、久しぶりになるウェレスでの夕食。

 今回は、アルトスや城に居る他の騎士達と一緒に、大広間に集まっての食事になった。


 疲れたから部屋で食べたい、とネリーが言えば、そうすることも出来たのだが……自分は元気だからと彼女が言い張るので、ギルウェは思い悩みつつも広間へ案内した。


「(室内に引きこもらせても、ネリーの気は晴れないかもしれませんし)」


 昨夜、怒らせたことを差し引いたとしても……兄竜のことがある。

 とにかくギルウェはネリーの身を案じていた。


「(最後の結界を創る時、少し調子が悪そうではなかったか……)」


 しかし体調はどうか?と聞いたところで、聖竜である彼女は心配をかけまい、と強がってしまうのだった。


 その上ネリーは、ギルウェが報告に行っている間、ライラック色の部屋着ドレスに着替えたらしい。

 すっかりウェレスからの出立時同様、綺麗になり、お風呂上がりに担当の女達に付けられたらしい、香水の甘い香りまでさせている。


 『結界補強の旅をし終えた直後で、兄竜のことで心を痛めているネリーに、しっかり休息をとらせる』という決心が、風前の灯火になってゆくのを実感するギルウェだった。



 長机の並ぶ大広間。

 例のアンナが追っている竜や邪竜出現の騒ぎで巡回に出払っている者が多く、人数は疎らではあった。


 城主の席に座るアルトスは、ネリーが結界を無事に生成してくれたことに感謝をし、労ってくれた。


「結界の評判も良いと聞くぞ」

「ネリー様のお創りになった結界が素晴らしい出来だって、好評なんですよ!」


 ネリーがやって来た初日から世話を焼く妙齢のノーム女性までもが、大皿料理をテーブルに配膳しながら、そう話す。


「ウェレスの民は、見事な仕事をする者は大好きなんです」


 お世辞では無く心からそう思っているらしい。


「ありがとうございます。

 でも……最後の、渓谷の神殿に行った時に、一度失敗してしまって、やり直したのですよ」


 ばつが悪そうにネリーが隣の席のギルウェをチラッと見やる。

 アルトスは


「そりゃあ連続で三か所も巡る強行軍では、仕方が無い……なぁギルウェ」


「その通りです。

 ネリーの言葉に甘え過ぎて、無理のある計画を決行してしまいました。 反省しています」


 一緒に食事をする、席の近い他の騎士達も、


「ネリー様が結界を新しくしてくれてから、心なしか皆、元気になったんですよ!」

「それなのにネリー様から元気が無くなってしまったんじゃあ、申し訳ないですよ」


 一緒になって口々にそう言ってくれる。

 来た初日は、えらい騒ぎだったのに、すっかりこれである。


「本当に……感謝しています。 本来であれば、こちら側でなんとかすべき問題であったのに」


 ギルウェの言葉にネリーは慌てる。


「そっそんな……!

 ……わたしにも、関係のあることなのです!」


 『わたしはギルウェ様に必要とされたいだけなのです』とは流石に、この場で口に出すのは気が引けるネリー。 いずれにしろ広間の皆の言葉は温かくて、ネリーの胸にじぃんと沁み渡ってゆく。


「ネリー。明日は本当に無理されないで、休んでください?」


「はい。そうさせていただくことになると思いますが……」


 旅を終えたら城下町を歩くことを楽しみにしていたネリーだったが、そんな状況では無いのだろうと、おとなしく諦める。


「ギルウェ様こそ、無理をされないでください?」


「俺は大丈夫です」


 ギルウェが唯一している無理があるとすれば、ネリーに手を出すのを我慢していることである。


「(いや、本来であれば結婚した夜に!

 手を出して然るべきなのだが……!

 ……本当に無理しなくても良いのだろうか?)」


 だがネリーの身体を気遣わねば、とギルウェは匙を握りながら考える。


「(聖竜の姫君を、過労死させたなどと!

 アヴァロンとの国際問題になって妖精圏の平和が大荒れになる……!)」


 それに加え、いつまた兄竜が彼女に接触してくるかどうかもわからないのだ。


「……管理人へ、物資を届けに行く予定も……出来れば明後日には行きたかったのですが、今回は、いつも通り俺が一人で行っても良いのですし」


「いえっ!ご迷惑でなければ、わたしも、一緒に行きたいです」


「! わかりました。貴女がそう言うのなら、連れて行きますから」


「仲睦まじいようで何より」


 小声で何やら言い合うギルウェとネリーを見て、アルトスは、にやにやしていた。

 団長にそう言われ、何故だか照れてしまう気持ちを誤魔化そうとするギルウェ。

 彼の目から見てネリーは、


「(……やはり、沈んでいる? 兄竜のこともあるだろうが……もしやネリーは……)」


 いまだにギルウェが、団長……王のために結婚をしたと思っているのかもしれない。

 そう考えれば、ヤキモチも妬いてくれない、これまでの手応えの無さに説明がつく。


「(ま、まぁ歳がかなり上で、達観しているせいもあるのだろうが!)」


 しかし『妖精圏のために』婚姻をしたということは、どうしたって事実なのではある……が。

 それはギルウェにとって本当に一番最初の、きっかけになる話で、今はもうそれ以上の気持ちがある。


「(口説き方が、足りないのだろうか……!)」


 こちらはこんなにもネリーに恋しているのに、向こうは、その気持ちに気づいてくれているのか、いないのか……。


「……団長。 この結婚話を持ってきてくださり、ありがとうございます」


 もう既に式も挙げたというのに、ギルウェにとってネリーは、いつまで経っても手に入った気分にならず安心できない……そのくせ一緒にいると安らぎをくれる、厄介な愛すべき女性だった。


「うむうむ。 姫は物覚えも速く、こちらの生活に馴染んでおるそうじゃのう」


「ネリーは島でも本を読んだり出入りの者から話を聞いていたようで、あまり教える必要は無かったです」


「う……実際に手間取ったことも、ありましたけれど。でも、ギルウェ様のおかげで無事に済みました」


 ネリーは本当に変幻が下手なだけで、他は有能な姫だったのだ、とギルウェはもう気づいている。

 ネリーは一度覚えたことはちゃんと出来るらしく、もう苦手としていた半竜人姿へ変幻し続けることも、問題は無いと言って良さそうだった。


「(どうりでアヴァロンから寄越されるわけだ……)」


 と、ギルウェは改めて感心する。


「……あ、ギルウェ様、りんごタルトですよ。

 お好きなのでしょう?」


 担当の勤め人により、一人分ずつ小分けにカットされ、配膳されてゆくタルト。

 とりあえずギルウェの好物は、ネリーに覚えてもらえたようだ。


「食べましょう!」


「(前進はしていると思うんだがなぁ)」


 そう思いながらギルウェは、微笑むネリーに肯定の返事をする。



「うむ。 で、その……しばらくはゆっくりしておくれ、と言いたいところなんじゃが、その。うぅ……」

 

 二人を見ながら何事か、言いづらそうにするアルトス。 そこへ……。


 突如、広間の扉が開き、黒い物体が勢いよく飛び込んで来た。

 言いあぐねるアルトスの長い耳を掠めて、真後ろの壁にぶち当たる。


「敵襲!?!」

「暗殺未遂!?!」

「いや、これは……!」


 騒然となる場を、アルトスは大声で落ち着かせる。


「……み、皆の衆! 心配いらぬ!

 これは……アンナの仕業じゃ!」


 黒い物体は、魔法で創られた(からす)だった。


「アンナ様からの……手紙?」


 (からす)は送り先であるアルトスへ、手紙を届け終えると霧散した。

 アルトスは慣れた調子で封を切り、始めの手紙を読み、もう一枚をテーブルに広げる。

 魔法陣が描かれている用紙だった。

 すると、陣の真上に、小さなアンナの姿が朧げに浮かび上がる。


《届いたのねぇ》


「皆が驚くので、今後は穏便に頼むぞ!?」


 『うんうん何度やられてもアレは驚く』と頷く声や、『愛がないと耐えられないよな……』とボソッと呟く声が、ザワザワと波のように聞こえてくる。


《はいはい、んで早速なんだけどぉ。

 アタシ今、居竜区とウェレスの領境に居るのねぇ。

 追いかけてた例の竜、お食事終わっちゃったみたいでぇ。

 ここにアタシが辿り着いた時、もう骨とか残骸しか残って無かったわぁ》


「骨なら、そなたの得意分野じゃろ」


《当っ然! もっかい魔法かけて、喰らった相手がどこにいるのか……割り出そうと思えば出来るわぁ。

 だから、もうちょっと追いかけてみるつもりよぉ。

 ただ……そんなことより、もっと確実に捕まえられちゃうかもしれない手段があると言えばあるけれど……アナタ達、嫌がるでしょうねえ》


「(……兄を、捕らえなければならない……)」


 ネリーの脳裏に、兄の言葉が蘇る。


“この兄の言うことを聞かず、このまま邪魔を続けるのであれば……貴様の身には災いが降りかかるぞ”


「(そうだ、わたしは聖竜として……勤めを、果たさなくてはいけない……)」


 妖精圏の民に、力を貸す。

 それがネリーにとって一番大切な役目。


 ネリーは、まずはギルウェに問うた。


「兄は……また、わたしに接触してくるような気がします。

 ……わたしにアヴァロンへ帰れと言っていました。

 わたしが誘き寄せることは、出来ないでしょうか」


「なっ何を! ダメです。 危険です」


 ギルウェは驚く。


挿絵(By みてみん)


 女を危機に陥らせるなど朝の一族の男にとって恥晒し以外の何ものでもない。


「そうじゃ! せっかく湖の聖竜から預かっている大事な姫が、もし傷でも負ったら」


 アルトスもギルウェと同じ反応をしたが……しかしアンナは賛成した。


《……実を言うと。

 アタシもソレが良いかもと思ってたのよ。

 アルだってホントは考えてたんでしょお?

 だいたい傷つく心配なら無いでじゃなぁい。

 そういうこともあろうかと契約させて、くっつけてる騎士がいるんだから》


「……まぁ確かに。

 もしもの時は、俺がネリーを意地でも守ります」


 ギルウェは即答した。


「(これは仕事なのだから浮かれてはいけないのに)」


 ネリーは、その彼の言葉だけで嬉しくて仕方がない。


《アナタ達どっか一緒に行きたい所とか、無いのぅ?

 これ見よがしに適当にブラブラして来なさいよぉ》


「……ウェレスへ戻ったら城下町を見に行く約束をしていたのですが」


 と、ギルウェは隣の妻をチラと見て言った。


《はぁ!?

 あんなに一般庶民が、いっぱい居る所!?!

 囮の意味わかってるぅ!?!?

 町民が巻き添え食ったら、どうすんのよぉ!》


 即座にアンナに否定された。


《ダメよ、そんなんとこぉ!

 外野が多くて守りきれないわぁ!》


「て、適当、とは!?」


 適当って、難しいですねギルウェ様……!とネリーは内心励ましながらも、彼がその約束を覚えてくれていたことに、ときめいてしまう。

 しかし彼は、そのために叱られているわけで。


「わたしが頼んだのです!

 アンナ様、ごめんなさい!」


《ネリーは謝らなくて良いのよぉ》


「この扱いの差!」


 気にしても仕方がない……師匠と長い付き合いであるギルウェは、そう諦め、もうひとつ提案をする。


「あと明後日、居竜区の管理人のもとへ行く予定もありました」


《あ、そこならちょうど良いじゃなぁい。

 明後日までにアタシが捕まえちゃってるかもしれないけどぉ。

 ……あの竜が何者かの召喚獣なのだとすると、心当たりが無いってわけじゃ、無いわぁ……》


 最後に、また連絡をする旨を言い残し、アンナの姿は消えていった。


***


 その夜。

 寝室でネリーと二人きりになったギルウェ。

 同じ寝台の上、隣同士で座るネリーに、ギルウェは真面目に告げる。


「……正直、気が進みません。

 ネリーを危ない目に合わせたく無いのです」


「ギルウェ様のお気持ちは嬉しいけれど……でも、身内の不始末ですから。

 聖竜であるわたしが、こうするのは当然かと」


 ウェレスのことを思うのなら、何を仕出かすかわからぬ危険分子を捕らえることを第一とすべきなのに……この期に及んで心配をしてくれるギルウェのことを想うと、ドキドキと鼓動が激しくなってゆくネリーなのだった。


「(ギルウェ様は、お優しい)」


 本当に、自分との契約を決めた時に、他に想う方は居なかったのだろうか……ネリーの脳裏に少しだけ、そんな疑問が再び沸き起こる。

 だが、仮に居たとしても、もうお互い戻れないのだ。 気にしても仕方がない。


「……ネリーは先程。

 俺に無理をしないで欲しい、と言いましたね?」


「はい」


 ギルウェは先程、伝えた通りネリーの身が心配で、しかも兄と対立している今、その傷心に付け入ることはしたく無いのだが……。

 もし兄竜を誘き寄せることに成功し……兄の説得にネリーが応じてしまうようなことがあったら。

 『アヴァロンに帰る』と言い出したら……?


「(……ネリーは、わかっていないようだ……)」


 自分がどれだけギルウェにとって心を乱す存在になりつつあるか……。


「では、もう無理はしません」


 ギルウェはネリーを抱き寄せ、自分の膝の上に腰掛けさせた。ネリーの髪が揺れる。


「綺麗な……長い髪ですね」


 ギルウェは、彼女の髪に触れた。

 ネリーの波打つ日の出色の髪は、結ってあった部分が解かれ、二つの角が露わになっている。 


「ギ、ギルウェ様!?」


 恥ずかしそうに俯くネリー……ここまでギルウェと身体を密着させるのは初めてなのだ。

 自分の名を呼ぶネリーの姿が、ギルウェには可愛らしくて仕方がない。が、


「(普段の楽しそうで、朗らかな彼女とは違う……やはり疲れているのでは!? 無理をしているのでは)」


 これ以上を、続けて良いのかどうしたものか……ひやひやする。


 既にギルウェの背には魔力の翼が現れていた。

 ネリーは、急にギルウェの青い翼で、包み込まれるように抱きしめられ、驚く。


「……正直、夜は苦手でした」


 ギルウェは、腕の中に囁やく。

 この羽は戦闘中は目立ち、とかく狙われやすい。

 恰好の的になる。

 天気が晴れてさえいれば、昼中は空の色と同系色なため、保護色となり目立たないのだが……。

 ギルウェにとって青い羽を隠せる昼間の戦場は好ましいものであり、逆に夜となれば、どうしても背に出現してしまうこの羽……煩わしく思う気持ちが無かったと言えば嘘になる。


「ですが……なるほど。 両手だけでは少々、貴女を抱きしめるのに足りないですね」


「っ!」


 ネリーを包み込むのに、この翼は存外、役に立つとギルウェは気づいた。

 背を青い翼に押され、さらに距離が近くなったネリーの柔らかさ、温かさ、心臓の音が伝わってくる。


「(普段は育ちのためか余裕たっぷりなくせに)」


 どうしようもなく頬を赤らめるネリーは、ギルウェの翼の中で、頭を撫でられていた。

 ギルウェ以外の男に、こんなことをされたら不快のあまり元の姿へ戻るだろう。

 しかし、何故か今は嫌では無く、心地よい……身体がぽかぽかと暖かかった。


「(こんなにギルウェ様に甘えすぎては、いけない)」


 それなのに……彼にこうされている状況を、素直に喜んでいる自分を自覚してしまい、ネリーはただただ動揺した。 ギルウェが、今晩は近くに居てくれることが心強い。

 そして、あの症状が現れる。


「(どうしよう。 本当のことを話すべきか……)」


 ネリーは言葉を発した。


「ギルウェ、様。

 ……困ったことがあったら言うように、おっしゃってくださいましたよね?」


「ええ。 何かお困りなことが?」


 おずおずと腕の中から発せられる声に、ギルウェは彼女がどこか体調でも悪いのかと、不安げに尋ねる。


 そんな彼に申し訳ない……せめて包み隠さず、この症状を伝えなくては、とネリーは口を開く。


「わたし、やはり具合が悪いのかもしれません……。

 様子がおかしいのです。

 あなたに、こんなことをされると……動悸がするし、頭もぼうっとするし、身体も熱くて」


 確かに、いきなり外へ出て……様々なものを見、色んな体験をし過ぎて、予想以上に身体が疲れているのかもしれない。

 そのせいで、こんなにも焦るような気持ちになるのかもしれない、ともネリーは思うが、これは。

 おそらく……。


「……わたし……もう、あの最初の約束だけでは耐えられないです……」


「最初の?」


 何か大事な約束をしたのだろうか……とギルウェは必死に記憶を辿る。


「契約です。

 わたしが結界を創るので、わたしを補佐してくださる方が欲しい、と。 魔力を分けて欲しいと」


 なんて我儘なのだろう。

 今は……それだけじゃなくて、もっと欲しい。

 そう欲張らずにいられないネリー。


「……魔力、だけじゃなくて、もっと。それ以上……わたしは、おかしくなってしまったようなのです」


 ギルウェは要領を得ないネリーの言葉を整理する。


 ネリーは俺のせいで様子がいつもと違う、と。

 補佐以上の何かを俺に所望している、と。


 様子が、おかしい???まさか???


「(つまり?

 ネリーは……つまり……恋の病??

 俺のせいで!!!)」


 ギルウェには、それしか考えつかなかった。

 もう、それからはギルウェも我慢ならず、強く抱きしめる。 彼女の頭に頬擦りするように。


「あまり、俺を自惚れさせないでください」


「っ! 角が、危ないです!」


 ネリーの憂いに反して、ギルウェは幸せそうに頬擦りを止めない。


「わたし、ギルウェ様には幸せになって欲しいんです!」


「では、幸せにしてもらいましょう。貴女に」


「(……これ以上、されたら。 どんどん欲張りになって、ギルウェ様の優しさに馴れていってしまう。

 こんなによくしてくれる……それだけで充分だと思わなくてはいけないのだけれど)」


 こんなに近くでギルウェが自分に触れてくれることに、歓喜するネリーだったが、このまま溺れるように彼無しでいられなくなってしまうのは、危険すぎると思わずにいられなかった。


「……ギルウェ様は、ウェレスの王様のために、わたしを受け入れてくださったのですよね?」


 つい聞いてしまったネリーだったが、はたと思った。 間違えたかもしれない、と。 『そうです』とは答えづらい、はずだった。


「……変なことばかり言って、すみません。

 どうか今の言葉はお忘れになって」


「確かに、貴女を迎えたのは王のためです」


 ネリーが最後まで言い切る前に、落ち着いた声で遮られる。


「(あぁ。 やっぱり……)」


 落胆するネリーに、ギルウェは続ける。


「お世話になった地の王のため。

 他にも俺の血筋である朝の女王のため……何より妖精圏の結界を維持し、平和を保つため。 だが……ネリーに、実際に出会って……今は、もう」


 ギルウェの真剣に告げる声が、ネリーの耳に反響する。


「貴女のことが、愛おしい」


 ネリーは、これ以上無いほど顔が熱くなるのを感じた。


「貴方は、聡い方のようですから……楽しみなのです。 これから一緒に過ごせることが」


 ギルウェの優しげな声に、やっとの想いでネリーは、言葉を震わせて返す。


「……買いかぶりだと思いますけど……光栄ですわ」


 例え『王のため』の結婚であったとしても、彼は自分に親切にしてくれる……それをとても有難いとネリーは思っていた。

 誇り高いネリーの種族とネリー自身にとって、自らの種族や王、仕事や責務を大事とし、使命を果たそうとするのは好ましいことであった。

 ただ、予想外だったことが一つ。


「(まさか、こんなに好きになってしまうなんて……彼の期待を、裏切らないようにしなければ)」


 ネリーは、そう肝に命じる。 幸せな驚きが続いて、平静を保とうと必死なネリーに対し、ギルウェは遠慮なく彼女の顎を捕らえ、口づける。 式でした優しいものとは違う、貪るような深い口づけ。


「(……これは挨拶、じゃない……!!)」


 ネリーは突然の仕打ちに、ぼうっとする頭で、あぁこれは罰なのだ、と思う。

 自分と同じ姿をした竜達が妖精を喰らったのだから、自分は代わりに彼に食べられたとしても仕方がない……が、罰にしては


「(おかしい……気持ち、良すぎる……!)」

 

 ネリーにとって、いつまでも続くような幸せで甘い口内への責め苦。 深くギルウェの舌に侵入され、求められるまま与えてしまう……。

 頰に手を添えられたまま、不意にネリーの唇からギルウェの唇が離れ、


「抵抗しないということは……このまま抱いてしまって、良いんですね?」


「っ!」


「やっと貴女を抱けるのかと思うと、喜びでおかしくなりそうです」

 

 首筋にもキスをされながら……ネリーは、おかしくなりそうなのは、こちらのほうだと心の中で訴える。


「だ、く?」

「そうですよ。嫌ですか?」

「!?!?」

「角を撫でたくなってきました。

 ずっと可愛らしいと思っていたのです」


 妖精圏の民は、竜を恐れているのでは無かったのか……それなのに、角を『可愛らしい』と言われ、ネリーは困惑する。


「!? い、良い、ですよ?」


「(欲しいと言ってきたのはネリーのほうだし、許可も貰えた……遠慮はすまい)」


 ギルウェは指の腹で優しく、ネリーの頭部の角をこすった。


「っ!ふぁ」


 思わず溜息のような声がネリーの口から漏れる。


「フフ、ここ弱いんですね?」


 他の動物と同様、竜の角とて、皮膚が硬くなった部分である。

 今までネリーが生きてきた中で、角に何かが当たれば違和感はあったが、このようなことをしてくる者などいるはずも無く。


「知りま、せんでした」


 ネリーはギルウェの胸にもたれかかり、未知の感情に喘ぎながら、やっとそう伝える。


「ネリーは物知りだと思っていましたが、こういうことは初心ですね」


 どこか楽しそうに彼がそう言うので


「今日の、ギルウェ様……急に、意地悪に」


「……貴女の居た場所ではどうだったのか知りませんが、好きな方ほど虐めたくなるものなんですよ?」


「!?」


「貴女の可愛いらしさを表現する言葉がうまく出て来ません」


 ギルウェはネリーの角を食むように口付ける。


「(そうだ、あんなに焦らされたのだから。 

 我慢など……もう出来ない)」


 優しく歯をたてて甘噛みする。

 ネリーの身体は、ギルウェにとって、焼きたての菓子か何かのように甘く、温かで美味しい。


「ひあッ! だめ、そこ危ない……!」


「そんなに鋭く尖っているわけではないから大丈夫ですよ」


「っ!」


 今までの親切で礼儀正しかった彼と、今の『だめ』と訴えても、やめてくれない彼……どちらも同じギルウェだという事実に、ネリーは戸惑う。


「(危ないから、やめさせなきゃいけないのに……やめて……ほしく、無い……)」


「……ちょっと品が無いですが、今日は服を着ないで寝ましょう」


「えっ、良いのですか。でも……」


「(もしネリーが最初に会った時のような、失敗したほうの姿になってしまったら……その時はその時だ……!)」


 ギルウェは覚悟を決めた。

ネリー見た目20代前半

ギルウェ27

ラデガスト 25

ヘリオス 23

フロレッタ 21

ホルス 20 リオネッテも同い年


……という設定だったりします。

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