〜プロローグ〜 湖の島の聖竜
古くから妖精圏の守り神と呼ばれる、聖竜の住まう島…… アヴァロン。
湖に浮かぶ島の周囲には森が広がる。
この森から、北西へ魔海を跨ぎ、向こう側の島々までが竜の治める土地、居竜区エリッシアだ。
ほとんどの妖精や人は、竜を恐れ、この辺りには近寄らない。
出入り可能な者は、森の入り口に住む、妖精圏の国から派遣されてやって来た管理人と、竜から人の姿へ変幻し、妖精圏内へ目立たずに行き来が出来る者……半竜人に限られる。
生い茂る林檎の木々の向こうに見える湖畔。
光の当たり具合によって白にも赤にも黄色にも輝く、日の出色の鱗を持つ雌竜は、対岸を見ようと首を伸ばす。
が、どんなに金の眼を凝らしたところで、いつだって護りの霧に阻まれ、心から満足ゆく程に景色を見渡せることは無い。
「ラグネリーネ。戻りなさい」
名を呼ばれた彼女より何百も歳上の雌竜が、忠告する。
「長老様」
「その姿のまま対岸に姿を現すことはなりませぬ。
羽ばたいて向こう側へ渡るなど以ての外。
忘れたか、向こう側の民へ悪しき同胞が何をしたのか……」
竜姿のまま島の外へ、森の外へ出ることは現在、禁じられている。
外に出たければ……人の姿である半竜人に変幻しなければならない。
「……せっかく平和が戻ったのに怖がらせてはなりませんね」
名残惜しそうにラグネリーネが湖に浮かぶ島の中心部へ進行方向を変える。
彼女の鱗も、遠ざかる湖の水面も、陽光を反射してキラキラと輝いていた。
「確かに魔海竜は倒された。
じゃが……まだまだ平和が戻ったとは言い難い。
いずれ、これまで通り、守り神の務めを果たす機会もあるだろう」
その時はーー。
ラグネリーネは、聖竜達の長老である彼女の言葉を聞きながら思った。
「(今日も、あの珍しい青い翼の猛禽類は見つからなかった)」