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謁見の間で待ち受ける者

 

 コツコツ――壁も天井も床も氷で出来た廊下を歩く足音が四つ、無機質な廊下に響き渡る。


「なぁ、この城は全部こうなのか?」


 金と銀で彩られた重厚な鎧を身に纏った男が自分の前を行く者に尋ねる。


「"こう"とは?」


 そんな男の質問に対し、前を行く者は質問の意図が掴めないと質問で返す。

 その者は重厚な鎧を身に纏った男とは対照的に薄着であり執事服に身を包みモノクルを掛けていた。


「全部氷で出来てるのかって聞いてるんだ」

「えぇ、それは勿論、なにせここは氷獄の魔王様の居城ですから」

「……そうか」


 執事らしき男は何の事はないとただ淡々に男の質問に答え、それに対して鎧の男は仏頂面をしながら素っ気なく返すと、ふと前を歩いていた執事らしき男が後ろに振り返る。


「申し訳ございません、一つ確認をしたいのですが」

「何だ?」

「貴方は先日新たに生まれたばかりの勇者で間違い無いでしょうか?」


 その質問に勇者は呆れたような顔をする。


「他に勇者なんて居ないだろう、勇者は魔王と違って唯一無二の存在なんだから」

「それは存じておりますが、勇者となってすぐにこんな所に乗り込んで来るなんて実は勇者の名を騙る偽者なのでは……と」


 執事らしき男の言葉に勇者は眉をひそめる。


「貴様……俺を侮辱しているのか? 良いか、お前は魔王の元へ案内するためだけに生かされているという事を忘れるなよ?」

「かしこまりました、肝に銘じておきます」


 勇者の脅しに対し、執事らしき男は動揺する所か眉一つ動かすこともなく終始真顔を貫いていた。


(クソ、いくら脅してもまるで死ぬことなんて恐れてないみたいに振る舞いやがる。これが氷獄の魔王の手下か、心まで凍りついてるというのは本当みたいだな)


 目の前を歩く男の背を睨みながら勇者は黙って後ろをついていく。

 そんな勇者の両脇には僧侶と魔術師と思しき者達が居た。


「大丈夫なのでしょうか? このままあの者の後をついていって」

「相手は魔王の手先、罠の可能性も……」

「心配するな、相手がどんな罠を仕掛けていようと俺が居れば問題ない。なんてったって俺は勇者だからな!」


 そう言って高笑いする勇者の姿に、僧侶と魔術師は不安気な表情を浮かべる。


 というのもこの勇者、先程執事らしき男が言っていたように最近生まれたばかりの勇者であり、実績なんてものは何一つないのだ。

 そもそも生まれたという言葉を使ってはいるが別に母親の腹の中から今の姿のまま飛び出してきたとかそういう訳ではない。


 勇者は今を生きる者達の中から、勇者としての素質が有る者を神が選定する。

 選ばれる者は多岐に渡り、国を統治する王族からただの村人、獣人に魔物と地位や種族に囚われない。

 それ故に様々な勇者が生まれ、中には確かに勇者としての力を持ってはいるが、性格的に勇者として相応しくない者だって存在した。


 今回の勇者は至って平凡、何の力も持っていなかった臆病な青年であり、勇者として国王に謁見した時も戦いたくないとごねていた。

 しかしそこは何人もの勇者を送り出してきた実績のある国王、そういった者の対処法は弁えており、自分には無理だと頭を抱える勇者をその気にさせるために適当な言葉でおだてあげた。


 千人に一人の類い希なる才能の持ち主、神に愛された者、世界の救世主となるべく生まれた存在、神々しい何かを感じる等々――王の発するその言葉に徐々に自信とやる気を持ち始めた勇者に、王はトドメの一言を放った。


「お主ならば史上最凶と恐れられる氷獄の魔王にも勝てるであろう!」


 勇者にやる気を出させるためだけのただのリップサービス、心の底では毛ほどもそんな可能性があるとは思っては居なかったし、数多く存在する魔王の内の何体かを討伐してくれるだけで良い。

 そんな王の思惑とは裏腹に、勇者は何をトチ狂ったのか王の言葉を額面通りに受け取ってしまい、ロクに戦闘経験も積まないままいきなり氷獄の魔王の居城へと乗り込んだのだ。


(王よ……恨みますよ)


 魔術師は事の元凶である自国の王の姿を思い浮かべながら、黙って後をついていく。

 僧侶も同じような事を考えていたのか、小さくため息を吐き陰鬱な表情を浮かべていた。


 それから少し歩き、執事らしき男がとある大きな扉の前で足を止める。


「ここが謁見の間となっております。準備して参りますので少々お待ちください」


 男はそう言うと氷で出来た巨大な扉の片側を押し開き、僅かに開いた隙間に身体を滑り込ませるとすぐに扉を閉じる。


「準備って一体何の準備だ?」

「魔王を呼びに行っているとか?」

「もしくは私達を罠に嵌めるための準備でしょうか?」

「まぁ何にせよ魔王の手先の言いなりになる必要なんて無い、開けるぞ」


 そう言って勇者が扉の前に立ち、氷で出来た分厚い扉を押す。


「ふん!ぬぅぅぅうう!!」


 しかし、氷で出来た扉はその材質と大きさ故に非常に重く、勇者が全力で押してもほんの僅かな隙間が出来る程度であった。

 そんな僅かに開いた扉の隙間から何やら話し声のようなものが勇者の耳に届く。


『魔王様、勇者を名乗るものが魔王様に会いたいと言っているのですが』

『勇者だと? 確か今月の頭に勇者が生まれたとか言っていなかったか? 幾らなんでもここに来るには早すぎる、偽物ではないのか?』

『私もそうは思ったのですが、身に付けている武具を見る限り神の加護を受けている様子でしたので……』

『ふむ、加護が付いてるなら間違いないか……あの駄神め、人の役目には口煩い癖して、自分の役目は蔑ろにするとはどういうつもりだ、右も左も分からぬ勇者を導くのは神の役目だろう』

『如何いたしましょうか?』

『構わん、通せ、苦労してここまで来たのだろう、このまま追い返すのも忍びない』

『かしこまりました。それでは魔王様、とりあえずお召し物を着替えて玉座に座って頂けないでしょうか? その……今の状態はあまりにもよろしく有りませんので』

『構わん、通せ』

『いや”構わん”じゃありませんよ! 少しは自分の恰好について構ってください! そもそも玉座があるのになんで床に腰掛ける必要があるんですか! とりあえず邪魔なコレは退かしますからね!』

『あ! 貴様何をする! 布団を捲るな! せっかくの熱が逃げてしまうだろう!』

『何をするじゃありません! 謁見の間のど真ん中にこんなもの有ったら邪魔でしょうが!』


 ガタガタという物音と言い争う声が気になり、勇者が扉の僅かに開いた隙間から中の様子を盗み見ようとしたその時


『えぇい!この痴れ者が!!』


 突如扉を押さえていた勇者の手に凄まじい衝撃が伝わり、次の瞬間氷の扉が砕け散り、無数の氷塊となって勇者達に襲い掛かる。


「うぉぉぉ!?」


 突然の出来事に勇者達は回避する事も出来ず大量の氷塊に飲み込まれるも、腐っても勇者とのその仲間、その程度で死ぬような事はなく自分達に圧し掛かる氷塊を魔法で溶かしたり砕いたりして脱出する。


「くっ、一体何が起きたんだ?」


 そう言いながら勇者が周囲を見回すと氷の壁にめり込み、気を失っている執事らしき男の姿を発見する。

 予想外の事態に勇者がポカンと口を開けながら呆然としていると、そんな勇者の背に向かって声が掛かる。


「貴様が勇者か?」

「っ!?」


 自身の後ろの方から聞こえてきたその声に勇者の身体がビクリと揺れる。

 氷の扉が砕かれた今、謁見の間と勇者達の間に阻むものは何もない。

 後ろを振り返ればこの事態を引き起こした者の姿を見る事が出来るだろう。

 そしてその者こそがこの居城の主であり、勇者達の目的の存在――意を決して勇者が勢い良く振り向く。


 壁も床も、天井やそれを支える柱でさえも氷で出来た謁見の間、その一番奥には見上げるような高さに作られた玉座が存在していた。

 勇者の視点はその玉座――ではなく玉座と入口のちょうど中間、謁見の間のど真ん中に注がれていた。


「お前が……魔王?」


 そこには褞袍(どてら)を着込み、炬燵(こたつ)に入った男の姿があった。


「如何にも、良くぞ来たな勇者よ」

「………えぇぇぇ」


 これが勇者スラグと氷獄の魔王の最初の出会いだった。

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