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Ms.Princess  作者: 哉城 弌花
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先日投稿したものを少々変更させていただきました。

 隙間風が吹き抜ける馬小屋の中で少女は手に息をかけて暖をとった。それから教会で盗んだマッチで天井から吊されたランプに火を灯す。


 寒さに疲弊しきっていたため、服と服の間に藁を入れて体温を保つ。


 少女は後悔し、嘆いた。


 自らが歩んできた運命を振り返って、そうすることしかできなかった。苦しんでなお、より強く思い返されたのだ。


 涙は頬を伝って地面に染みていくのを見て、私は唯一、今世界に貢献している、と慰めてしまうほどに狂っていた。


 雨音が響く馬小屋の干し草が、隙間風に煽られて少女の膝の上に舞い降りた。それを掴む手は茶色く煤けて、孤独と寒さに震え……力が抜けて緩んだ隙に干し草は手から落ちた。


「あなたも私の手から逃げていくのね。私から離れないのはこの二本の剣。一本はこの手に、もう一本はこの身の内に……」


――ドンッと勢いよく開かれた扉の音で少女の意識は現実に引き戻された。


 立っていたのはマントをから白い正装を覗かせた少年で、凛として入って来た。「とんだ不運だ」そう言って。それから腰に帯刀した細剣の柄に手をかけて「何者だ!」叫んだ。


 少女は夢にまでに見たその姿を目の前にして「待っていたわ、この時を待っていたわ。あぁ愛しの君」少女は泣き崩れて、喘いだ。


「遅いわ、遅いわ、遅いわ……遅い……」少年を見上げる。


「ガラスの靴はようやく私の足に戻された。これは虚像ではないはず、決して焦点が合ってないわけではないはず!」


 少年は跪いて少女の顎を優しく持ち上げた。


「まさか……舞踏会の……」


 少女も同じようにして「そうよ、私があの時のプリンセス。なりそこないのプリンセスよ!」


 二人は抱き合った。お互いの冷えた体を温めあうように強く。


 お互いにとって、最も至福の時間であり、最も反省した瞬間であった。


 走馬燈のように今までの、舞踏会以降の記憶が頭を駆け巡り、その上を天使が舞った。二度目の触れ合いは懐かしく感じられた。いつまでもこうしていたかった。


 二人の感情は共鳴していた。


 ランプの灯が左右に揺れるのは、舞踏会の夜の華麗なステップのようにリズムに乗って二人を照らした。


 大広間を照らすシャンデリアよりも輝いていて、馬小屋を豪華絢爛な舞踏会場に変えたようだった。


 少なくとも二人には、そのお伽噺が現実のように感じられていた。それだけが確かなものとして微かに残った希望であったのだ。


「浮気者」


 少女は少年の耳元で呟いた。


「間違いない」


 少年は自嘲した。


「すまなかった。謝ってすむ問題ではないのだけれど、僕にはそうすることしかできない……」

「いいのよ、全然」


 二人はこの至福の一時を堪能した。これまでの寂しさや空しさを振り払うように。


 瞬く間に時を刻んでいることに気が付かない二人はようやく身を離して、隣同士座った。手は離せなかったようだ。「「もうあなたを手放したくない」」と。


「僕の人生は、君を間違えた時から大きく方向を変えてしまったんだ、勿論、悪い方に……」少年が口を開いたのはそれからすぐだった。


***


 僕の最大の過ちは将来を誓う相手を間違ったことだ。


 舞踏会の後、少女が落としたガラスの靴を頼りに、彼女を探せと召使に命じたこと自体がそもそもの過ちだったのだ。


 召使はきちんと仕事をしてくれた。


 靴の合う少女を何人か連れてきて「どの女性でしょうか?」と問う。


 毎日々々、違う女性を見て、記憶の中にある少女の面影と重ねていった。けれど、女性を見すぎたせいで少女の像は歪み再構築、歪み再構築を繰り返して変化していったのだ。


 そして、ついに僕は誤った女性と結婚してしまったのだ。


 彼女との結婚生活は散々だった。


 地位にしか興味のない、彼女は傲慢で強欲で、何よりもお金を愛した。僕よりも……。


 はじめのうちは運命の相手なのだと信じていたけれど、日に日にメッキは剥がれだし、疑問を持つようになった。


 これが明確になったのは彼女の「私は舞踏会であなたと踊ってはいない!ほかの女との話をしないで頂戴!」そう怒鳴られた時だ。


 彼女の告白は実に衝撃的だったよ。鋼で頭を殴られたようだった。次の日、落馬したけれど、全く衝撃としては小さく感じたよ。


 それからまた数日後、僕は父と、とある公爵が会話しているのを聞いた。


「成功したようだな。どこの誰かも分からぬ女と結婚されたら困るからな」

「こちらとしてもありがたい。私の娘が御方の血を継ぐ子を産む日が来ようとは……夢にも思っておりませんでした」

「お前のような男の娘と結婚出来れば、あやつもさぞ嬉しかろう。二人の仲もとても良いようだしな。あなたの育て方が立派であったからだろう」

「そんな……ご子息が優れたお方だからこそ、不束な娘をその器を以って抱擁してくださっているのだろう」

「謙遜するな、受け取るものは受け取ればよい」

「ありがたいお言葉、喜んで受け取りましょう。では……」


 公爵は父の手の甲に接吻して退出した。


 僕の勘違いは始めから仕組まれていたのだ。いや、僕の愛が足りなかったから、その汚い思惑も見破れなかったのだ。


 僕は父の運転する馬車に乗せられて何も知らぬまま、進んでいたのだ、行先も知らぬままに……。自らその先を見ようともせず、馬車の窓から外を眺めて、思いに耽っていただけだったのだ。


「(傍白)父は私を思い通りにしたかっただけだった。自分の安寧のためだけに、僕を慰めの道具にしたかったのだ!機が熟せば、僕はもう馬車から降りることにする。それまでは乗せられておこう。この揺れに微睡むことにしよう。だが、その時が来れば……」


 それから同じ夢を見るようになった。夜な夜な枕を濡らす少女が僕を見つめてこう言うんだ「私はここよ」て。


 川が重力に逆らうことはせず流れる、それに任せて流された僕の身は少女という枝に引っかかって止まることができた。陸に上がって水面に映る自分の顔を見たら、後ろから誰かに押されて滝に落ちた。


 奈落は気持ちがよかった、何もしなくていいのだから。


 けれど僕は耐えられなくなってしまったのだ。


 全身を流れる血は、あの日、踊った少女を求めたのだ。


 そして、僕は下馬をした。


 自らの道を、自らの足で歩む一歩を踏み出したのだ。


***


 少年が語り終えると続いて少女も自らがしてきたことを語った。


 全て、包み隠さず……。


 王子はそれを、あくまで穏やかに聞いて「僕も同じさ、ここへ来るまでに父と嫁を手にかけた。罪深き人間だよ」


「ほんと、どうしようもない、ろくでなしね」少年は「間違いない」ほほ笑んだ。


 少女は少年を見て「申し訳ないのだけど……」と前置きをして言葉を紡ぐ。


「私はもう闇の中に身投げしたい、もうこの世界に耐えることはできそうにないの。私を取り巻くお義姉様たちの亡霊は、あなたの替わりなんていくらでもいるの、と急かしてくるの。ほんと、そう。いつも代替品、あなたが一番理解しているでしょ?唯一無二にはなれないの……。もう、それは嫌!うんざりよ!」

「じゃあ僕もお供する。もう君を掴みそこないたくない。それに、僕は父を殺し、一度は間違えたにせよ永遠の愛を誓った妻を殺してしまったのだから。生きるのは、正直疲れた」

「じゃぁ、一緒に行きましょうか」

「あぁ」


「その前に、もう一度踊りませんか?私の王子様」

「喜んで、僕のプリンセス」


 二人はしばらくの間、ワルツを口ずさみながら踊った。


 お伽噺は二人を包み込み、世界の中心に据えた。


 シャンデリアが照らす大広間の、舞台上でオーケストラの大合奏。中央は開けて、後ろの方には豪華な料理。


 右へ左へゆらゆら揺れて、盛り上がる音楽に合わせて踊りも激しくなっていく。


 クライマックスを迎えた物語は大広間中心に二人を吸い寄せ、音楽が終わった。


 二人はその場に座り込み、接吻をした。


 唇の温もりは二人の味わえる最後の人間味となった。


 二人は無言で剣を抜く。


 正面で腕を組んで、自身の心臓に刃を突き付けた。


「これがあの日の盃だったならば、私たちは永遠に結ばれたのに」


「これが薬指に光る指輪であったならば、僕たちは切れることのない鎖で繋がれたのに」


 あふれる涙を無視して、笑いあい……、目を閉じて心臓を貫いた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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