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Ms.Princess  作者: 哉城 弌花
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先日投稿したものを少し変更させていただきました。

 長女、続いて次女、おまけに三女が結婚をした。


 私にとっての災難はお義母様のご希望あって、お義兄様が婿養子として我が家に受け入れられた事だ。


 私の仕事は以前の倍以上に増えてしまったわ。彼らはあえて他の女中にお世話を頼まず殆ど私がやりなさい、とご丁寧にご注文をつけてきたから。


 そんなことにも腹が立つことはないほどに私の心は疲労しきっていたから、発条仕掛けの人形のように、淡々と作業を済ませていっていたの。それが彼らの癇に障ったらしくて、まぁ気にならなかったけれど……。


 当然のことながら、あの突飛な奇跡は起こるはずはなく、老婆は寿命に達したのだと怒らないように解釈していたわ。それが一番気が楽だからね。


 これは私の持論なのだけど、許すのは自身にとってはとても有効な良薬よ。私が保証する。


 けれどこんなことは擦り傷や切り傷にエタノールをかけるのと同じような効果しかなくて、"ある程度"までは、だけどね。これも私が実証したわ。進行の度合いによるの。


 私の場合はこの進行が速すぎた。


 執拗な仕事の押しつけは勿論のこと、その他の感情がさらに加速を促した。それは嫉妬。お義姉様たちのお義兄様たちとの戯れは私にとって耐え難いものがあった。


 この時からわかっていたわ。羨ましいと思っていることは……認めたくなかったけれど……。


 そのうち、その嫉妬は私に対する仕打ちへの恨みに変化していき、次第に許せなくなっていった。会うたび、会うたび、爪の痕が手のひらに残るほど強く手を握って、こみ上がってくる何かを抑え込んでいた。


 動悸で地震が起こるのではないかって、これは大げさだけれど、近いくらいの感覚は私の足を踏ん張らせた。この力がなくなったらもう終わりだってね。


 その努力も空しく、終わりが訪れたのは意外と早かった。


 それは確か長女の部屋を掃除している時だったわ。暖炉掃除をしていた私は作業を終えて古い炭を持ち上げると、眩暈がして後ろに尻もちをついてしまったの。


 部屋中に舞った炭は運悪く、たまたま居合わせた長女の頭から降り積もり、煌びやかな室内を灰色の世界へと塗り替えた。


 私の気は動転して、目が回って前も後ろもわからなくなり、立ち上がって扉のほうにもたれかかった。


 お義姉様の方は頭が噴火してしまったようで、顔を真っ赤にしながら眉間に皺を寄せて歩み寄ってきた。


 そして私の胸倉を掴んで、頬を一発平手で叩いた。その後二発、三発「あなたがしたことわかっているの?こんなことも十分にできないあなたは役立たずって言うの、役立たずって」


「ごめんなさい、そんな気はなくて……、すぐに、すぐに片付けますから、許してください。お願いします、お願いします」


 お義姉様はそれでもやめようとはせず、理不尽な説教を延々と続けたわ。その間、なんで私はあなたたちを許しているのにあなたたちは……と歯を食いしばった。


 もちろん泣きたかったけれど我慢していたわ。負けた気がするじゃない?


 その努力は徒労に終わった。


「あなたの替えはいくらでもいるの」そう言われた瞬間――私はポケットに入っていたハサミでお義姉様の喉元を突き刺した。


 無意識だったわ。


 手を伝って滴る血液は暖かく包み込んで、肉を切り裂く感覚をより鮮明なものにした。お義姉様は声も出せずに驚愕と恐怖が張り付いた表情をしていたのが滑稽で、私自身懼れよりも快感に近い感覚がほとんどを占めたわ。むしろそっちの方が怖かった。


 自尊心は崩壊した。


 私はもたれかかるお義姉様をベッドに押しのけて、掛け布団をかけてから取り換えるはずだったシーツで血を隠しながら、足早に自室に戻った。


 血液を洗い流してから、服を着替えた。血の付いた服は暖炉に投げ込んでハサミは綺麗に洗って引出の三番目にしまった。私の格好はすべて何事もなかったかのようになり、ため息をついた。


 お義姉様の死が発覚するのは時間の問題で、真っ先に私が疑われることは明々白々であったわ。


 けれど私はどう隠そうか、と考えるよりも先に他の三人――次女、三女、そして義母――をどうやって仕留めようかを考えていた。


 私は静かに狂乱していた。


 止める者は何もなかったの。


 愚か者なのは片隅で理解していたものの、狂乱の波に押し流されて、ブイのようにゆらゆら漂っていた。


 自尊心のダムは数々の亀裂に耐えられずに決壊して、その麓に育まれた営みは跡形もなく沈んでしまった。私の築き上げてきた全てが濁流に吞まれてしまったの。私が神であるお伽噺の中でも見失ってしまった。


 あぁ血は美酒のように私の頭を宙ぶらりんにして思考を鈍らせていく……鼻に残る鉄の香りは快感を醸し出して私を眠りに誘ってくる。睡魔だけは私を優しく包んでくれた。だから、その手招きに乗って私は目を瞑ったの。


 それから醒めたのは、お義母様が金切声を上げて私の部屋に、駆け込むように入って来た時だったわ。


「起きなさい!起きなさい!起きなさい!早く、一刻も早く目覚めなさい!私のものが……私の気高き娘が無様に、私の身を分けた肉を、雀のように可愛らしく鳴くあの喉元を切り裂かれ、私が分け与えた血を流して殺されたの!」嗚咽交じりに怒鳴りつけてくるのをまだ冴えない脳がゆっくりと、冷静に処理をしていく。


「そんな……まさか、あの気高きお方が……血を分けてはいないけれど、本当の姉妹のように慕っていたあのお義姉様が殺されたのですか?あぁ何という仕打ちなの……何という過ちを……許せません、許せませんわ!どうか、どうかご冥福を……」そう言って涙を流した。私も罪深い人間だわ。自分をも騙せるような人間になってしまったのだから。


「あなたはわかっているようね。特別にあの娘に手を合わす許可をするから、してきなさい。あの娘の旅立つ道に花を手向けてきなさい」


 私は言われた通りにしたわ。


 喉元は布に覆われて、見たものが卒倒しないように綺麗にされていた。


 傍らにいる花婿は私を睨んできたから、涙をたっぷりと出してお辞儀をしておいた。


 いい気味だったわ。


 私は悪い子ね。


 そのままお葬式にも参加をして、冷たい土の中に埋められていくところまでしっかりと眼に焼き付けた。


 不思議だったわ、自らが手にかけた人間を、その身を貫いたハサミをポケットに入れたまま見送ったのだから。さぞ惨めだったでしょう。悪趣味でしょ?これが私の本性らしいわ。私だってこの時まで気が付かなかったわ。


 帰ってからはいつも通りの日常が戻ってきた。


 一人はいなくなったけれど、私の仕事量は今までと変わらず「お姉様がいなくなったからって、あなたの仕事が減ることはないわ」そう他のお義姉様たちはわざと仕事を増やして、ご注文を言いつけなさったの。


 けれどこんなところで優しくされたら、躊躇なく殺すことができなくなるから良かったわ。


 これくらいが丁度よかった。


 心から憎むことができた。


 初めての過ちの後からはいつも短剣を持ち歩くようになった。使用用途はご想像に任せるわ。リンゴの皮むきのためではないってことはわかるでしょ。


 手に残った肉を突く感覚は私の心を慰めてくれたわ。すると、涙が出てくるの。わけもなく。すると手に着いた真っ赤に乾いた血糊が剥がれていくような気がして、深い眠りに就くことができた。


 それと同時期からある夢を頻繁にみるようになったの。それは、あの舞踏会で王子様と踊る夢。一見、幸福そうに思うでしょうけれど結末が違うの。私が王子様の男らしく出っ張った喉元に短剣を突き刺して、目の前が真っ赤になって目が覚めるの。


 これはきっと神様から私への罰だわ。どうやら神様は私に鞭を打つのがお好きらしい。


 とんだ変態ね。


 飴くらいくれてもいいのに……ケチ。


 お義姉様たちは私にこう言うの「甲斐性無し」て。私から言わせれば神様とお義姉様たちが甲斐性無しで、ろくでなしで……、もう嫌になっちゃう。


 王子様も王子様よ!なんで間違えるの?今からでも赴いて問いただしてやろうと思ったくらいよ「私よ、あの時の」って。


 そして言ってやるの


「浮気者」


 ってね。 


 そんな夢ならよかったのに……殺すことないのに。私の良心を殺したいならば、好きにすればいいわ。どうなっても知らないから。


 掛け布団に顔を埋めて朝を待った。

最後まで読んでいただきありがとうございます

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