表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ms.Princess  作者: 哉城 弌花
1/4

先日投稿した短編が少々長いと感じましたので、何話かに分けて再投稿させていただきます。

「過ちは過ちを生み、また空回り、連鎖する。勘違いは妖精と共により一層険しい荒野へ導き始め、惑う者は悪夢と現実が見境なく入り乱れる世界でもがく。あなたの虚像は枕を濡らし、手にこびりついた血を洗い流してくれた。あぁ儚き君よ、私をあの暗き崖に突き落として頂戴、この小屋で永遠の眠りに誘って頂戴。魂はもうこの身にうんざりして、あの闇に惹かれてしまったの、それはもう耐えられない程に……」


 あの時に、私が願ってしまったために、欲しがったために全てが狂ってしまった。一度味わった至福は舌から離れようとはせず、希望の卵は孵化してしまった。それさえなければ、あぁ、それさえなければ……。


――きっかけは不可思議な出来事から始まった。話せばきっと笑われるわ「あなた大丈夫?」って。おそらく、私自身も同じことをするわ。


 ふふ、ほら、今だって――。


 私は立派な父の一人娘で、母はいなかった。なぜかって言うと、私を産んだら体力を使い果たしてしまったらしい。


 私のせいだって。


 母の死は私の人生を大きく変える起爆剤となった。それはもう後に大爆発するのだけど……。


「今日から私があなたの母になります。そして私が前の旦那との間に生まれた気高き娘たちはあなたの姉になるの。あなたの歳は末だから、言うことを聞きなさいね」


 鼻につく笑顔で私を見下す母を名乗る彼女は父の再婚相手だ。その隣に同じ顔をするのは娘の三姉妹。長女は赤いドレスを着て鼻を鳴らし、次女は黄色いドレスのスカートをつまんで小さくお辞儀をし、三女は紫のドレスを着て未熟な胸を張った。


 三人はお世辞にも綺麗だとは言えないけれど、佇まいだけは教育が行き届いているようだった。


 これが第一印象。もう好意が増すことはなく、むしろ下がる一方であったわ。


 私は三義姉と義母に女中のような扱いを受けた。階段の柱装飾に指を擦りつけて「埃がついてる、こんなこともできないの?」と自ら掃除したこともないくせに文句を付ける。


 ろくな服も着せてもらえず、いつも地味な色のものを身に着けるよう言いつけられていたわ。


 父はその頃何をしていたか、って言うと義母に媚を売って、見て見ぬふり。もう腹立たしくて頬を引っ叩いてやりたかったわ。


 けれど父は唯一「義」がつかない本当の家族だから、心の底では私を一番に想っていてくれると思っていたかった。


 そんな憂えの日々の中に数奇な転機が潜んでいたの。


 それは成人した王子の妃を決めるために催された舞踏会当日の出来事、私はお義姉様から「あなたは行かなくてもいいから、私たちの部屋の片づけでもしといて頂戴」そう言いつけられて、一人、おめかしをして出ていくお義姉様の後ろ姿を見送った。


 だから想像したの。あの舞踏会で美しい衣装を着て、王子様と踊っている姿を。


 ワルツのリズムに合わせて右へ左へ、くるりと回って見つめあう。


 現実は箒のガサツな毛束。もう、うんざりして窓を開けて、傍らにあった椅子に座って城を見つめていたわ。


――すると老婆が目の前に現れ「あなたをあそこに連れて行ってあげる」と言った。「かわいそうな娘よ」って。


 その後、意味の分からない呪文のようなものを唱えると、瞬く間に服は清楚な白いドレスへと変わり、ボサボサの髪は櫛で梳かれたようになり頭の上で結ばれた。家にいた醜い驢馬が白馬に、庭の木になっていた果実が馬車になったの!驚愕のあまり、淑女らしからぬ声を出してしまったほどに……。


「この魔法は0時にとけてしまうわ、だからそれまでに帰って来なさいよ。あなたのためにも……ね。じゃぁまた今度」


 老婆の妖精はひらりと一回転して、虚空に消えた。


 私はそのまま舞踏会へ向かった。今後、これが私たちの人生を狂わすことになるのだけど、今はそんなこと考えずに思い出に耽ることにするわ。


 まぁそんなわけで楽しい楽しい舞踏会場に着き、正面扉が見えない程高く、こんなに広い必要ないでしょ、と思うほど横幅のある階段を駆け上がった。正直ヒールが鬱陶しかったけれどこの時はこんなことはどうでもよくなるほどに浮足立っていたわ。


 実際、躓いたしね。


 城内に入ると赤い絨毯が先まで続く廊下を抜けて、案内人の指示に従って大広間へと入った。そこには王子様に見初められようと各地から集まった女性たちが豪勢なものを身に着けてお互いを誉めあい、踵で爪先を踏みあっていた。ダンス中にわざとスカートの裾を踏んで恥をかかそうとしていた者もいたわ。


 見かけと心があっていなかった。


 そんな人たちを横目に私は真っすぐに王子様の元へ歩みよったの。すると、向こうも私を見るなり真っすぐ歩み寄りこう言った「お嬢さん踊りませんか?」って、だから私はこう返したの「喜んで」


 それからはもう何が何だか、獲物を狙う鷹よりも速く時は過ぎていったわ。


 場内の時計が0時を指して、鐘の鳴らす歯車が仕事を始めて、大きな音を出した。


 私は、はっとして「失礼」と王子様の手を振り払って元来た道を逃げ出した。私はこんなにも速く走れたのかと感心してしまうほどに逆になった景色は下がっていったわ。


 けれど、履いていたのがヒールだっただけに階段で躓いてしまい片方脱げてしまった。私はそれでも自身のみすぼらしい姿を見られたくなくて、そんなことお構いなしに一目散で家へ向かったの。


 幸い、魔法は小物から順番にとけていったから、誰にも見られずに済んだ。


 途中、馬車が元の驢馬と果実に戻った時はどうしようかと思ったわ。けれども、もう家は間近だったから無我夢中で駆け込んだ。


 そして丁度自分の部屋の中で全ての魔法がとけて、いつも通りの姿に戻った。


 内心がっかりしたけれど、余韻に浸るだけの余裕は残っていた。


 高鳴る鼓動は様々な刺激を受けて、より強く、速く脈打つが私の幸福感は最高潮に達していたわ。だから、箒をもってその毛束に魔法をかけて王子様に変え、踊る。さっきよりも明確に王子様であったわ。


 上下真っ白の正装の肩には金色の装飾があって、男らしいごつりとした中にもきめ細かい繊細さがある手。整った面立ちに、髪はばっちりきまっていて、凛々しい眉は輝く瞳をより一層際立たしていた。


 これは想像ではなかったの、本当に……。


 私は疲れるまで踊り続けて、箒に接吻をして眠りについた。いい夢が見られそうだ、と深呼吸をしてお伽噺に身を投じた。


 そう、私はプリンセスになったの。


 王子様が靴を頼りに女性を探しているという噂を聞いたのはそれから数日後だったわ。


 もう、私の胸は張り裂けそうになっていたわ。いつ迎えに来てくれるなかな、「私はここよ」って。それだけだった。


 お義姉様には何度も「なに浮かれているの、しっかり仕事をしなさい」と怒られていたけれど、そんなことどうでもよかった。


 けれど王子様が私のところへ訪れることはなかった。


 またそれから数日後、私の家に来る前に妃が決まったというお触書がでた。「舞踏会で会った見目麗しい少女」とだそうだ。


 目を疑ったわ。だって、それは私なのだから……。


 私はプリンセスになり損なったの。


 誰なのか確かめたいと結婚式を見物しようとしたが、お義姉様たちに阻まれて行くことは許されなかった。


 世界が嫌いになってしまった。


 全てが嫌になったの。


 これほどに神様は私をいじめたいようなのだ、と解釈をしたわ。そうとしか思えないもの。


 あなただってそう思うでしょ?


 世界はこんなにも変わってしまったの。それに巻き込まれた私も変わってしまった。希望は絶望に変わった。


 あんな幸福を味わってしまったから、こんな気持ちになってしまったの。


「お婆様、妖精のお婆様、私を助けて。また王子様の元へ連れて行って。かわいそうでしょ?私はかわいそうな娘なの、だから私の前に姿を現して頂戴」


 何も起こらなかった。


 もうかわいそうな娘はかわいそうなままでいなさい、と見放されたのだわ。微かな命綱はプツンと切れてしまった音がした。切り裂けた私の心の血で真っ赤に染まった糸は纏わりついて離れなかった。


 痛かった、それはとても。


 お伽噺は泡になって、はじけて、消えた。


 どうでもよくなった。日に日に酷くなっていくお義姉様の仕打ちも、その度合いに合わせて、なんとも思わなくなった。


 私の眼は白く濁ってしまったようだったわ。今もそうなのだけど……。


 私が堕ちてしまったのはそれからさらに数年が経った頃だった。

最後まで見ていただきありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ