都市伝説を信じますか?(お試し版)
俺は見慣れた天井を見つめていた。
「ごほっ!ごほっ!」
…辛い。咳をしても1人。これをいったのは誰だったっけ。本当、その通りな自分。誰も看病してくれない。母親に連絡すれば来てくれるんだろうけど、それはどうなのか。30歳目前の大の大人が…あ…俺…。
「目前じゃな…ごほっ!」
ひとりごちた。寝込んでいるうちに30歳になっていた。30歳にもなって看病してくれる彼女もいないっていうか、彼女なんていたことない。年齢イコール彼女いない歴。それが俺である。そういった中でも経験済という御仁もいるが、俺はそういったお店に行くのも違う気がして、そのままずるずると過ごしてしまった。30歳をすぎてそうだと魔法使いになれるという噂を思い出し、
「イオナ○ン!………。」
なんとなく唱えてみたけど、MPが足らないようだ。それにイ○ナズンができても今は困る。1人でいる部屋で使えてもしょうがない魔法だ。
「ごほっ!」
なんとも言えない顔で咳き込むと、息を吐いた。どちらかというと俺は魔法使いっていうより賢者になりたいんだ、ド派手な攻撃魔法はいらないから全体回復魔法が使えてHPも攻撃力もそこそこある賢者になりたいんだ…そんな魔法が使えなかった言い訳のような思考を巡らせながら、目を瞑る。
「水…。」
喉が渇いて痛い。水が欲しい。起きて水を汲むのも辛い。とりあえず寝よう。目を瞑るっているにも関わらず、チカチカする視界に限界を感じながら俺は眠りについた。
俺は夢を見た。可愛い女の子に水を飲ませてもらう夢だった。熱に浮かされてた割にいい夢をみたと思う。がっつり眠ったせいか身体は楽になり、なぜか喉の渇きもおさまっていた。
「うぅーん。」
伸びをして起き上がる。
「うん?」
枕元にコップに入った水が置いてあった。汲んだ覚えはない。意外と魔法が使えるようになったのは嘘じゃないかもな。などと呑気に思いながら、残っていた水を飲み干すと乱れた掛布団の方から声が聞こえる。ハウリングのような甲高い音を布団に包んだ声。もはや声と言えるのかは謎だが、俺には声に聞こえた。でも…ここから声が聞こえるなんて…
「………。」
気のせいだ。そう思ってほっておく。ラジオとかiPodとかオーディオ機器だ。きっと。俺スマホしか持ってないけど。そう考えたら、どんどん背筋が寒くなる。俺が寝込んでいる間に誰かが侵入したということになる。さっきの夢も現実?…そう考えたら辻褄はあうけど、そうしたらわざわざ看病するために侵入したということになる。悪い人じゃないな…って、侵入してる時点でストーカーじゃないか。面識ないし。いや、でも、あの女の子可愛かった…いやいや、侵入するなんて異常だ。ダメだ!そう考えて頭を振る。
考えているうちに声は止んだ。侵入犯の残した手がかりだから、確認しないと。後で警察にも電話しないといけないかもしれない。へっぴり腰になりながら掛布団をめくると
「人形…?」
人型の人形だ。所謂美少女フィギュアというような人形だった。人形は服といえるのかギリギリの布を纏っている。しかし、よく出来ている。髪とか肌の質感がすごい。まるで人みたいだ。今の格好はまるで赤ん坊のように丸くなっていて目を瞑っている。触ったら硬いんだろうか?そう思って人形の顔に触れる。
「………っ!」
やはり柔らかい。俺は驚愕しつつ人形の顔を見る。夢で見た女の子そっくりだった。この人形の顔だったのか。ってことは侵入したのは母親かもしれない。母親がこの人形を持ってくる訳ないとは思うが、誰かが俺の病気を親に知らせたか、親が自ら察知して看病に来たんだ。そう思うことにして警察に連絡することはやめた。それよりも、今はこの人形が気になる。こういう人形を見るとしたくなることがある
…パンツチェックだ。
いや、造形とかそういうのが細かいとかそういうののチェックであって、変な意味ではない。ここまで細かいのだ、下着も細かいに違いない。別に他意はないんだ。そう思いながら、そーっと布をめくろうと手を伸ばすと、途端にパチリと人形の目が開いた。白目のない黒目だけの目がこちらを睨む。
「っぎゃあぁぁ!」
思わず人形から手を引っ込めて叫び声を上げた。
「○☆×!◎○!」
人形がなんだか怒っている。怒っている…?思わず後ずさる。人形は尚も怒っているのだが、何を言っているのかがわからない。とりあえずコップの水を指差し何か言っているのだけがわかる。人形が動いただけでなく、怒っている。このまま怒らせておくのは怖い。ホラー映画みたいに殺されるかもしれない。
「とりあえず、落ち着こう!ごめんなさい!謝るから!」
俺は人形に両手の平を向け、落ち着くようにジェスチャーをしてから、両手を胸の前に合わせた。人形は黙って俺をじっと見る。もしかしたら謝り足りないのかもしれない。そう思って俺は土下座のようなポーズをして人形に謝ると、人形は明らかに引いている表情をした。これはこれでまずかったらしい。人形は息を吐いてやれやれという表情をすると、
「××☆¥πθ。○φ☆。」
やはり何を言っているのかわからない。困っていると尚も人形は続けて喋っているのだが、全くわからないので、
「すまないが…わからん…。」
顔の前で手を合わせてから右手を左右振る。すると驚愕の顔をしてから俺を指差し、何やら喚いている。やっぱり怒っているのだが、今度は何やらディスられているのがわかる。なぜだろう。雰囲気で悪口はわかってしまうのは。そしてさっきまでの恐怖はどこへやら。ふつふつと湧く怒りに俺は人形を踏み潰そうと立ち上がり、右足を高く上げた。すると人形は
「☆☆☆!!◎×♨︎♡」
俺と同じように落ち着けというジェスチャーをした。さっき俺も粗相をした身なのでそれで怒りをおさめることにして人形の前に座ると人形同じように座った。さて、言葉も通じないし、どうしたものか。動いているとなると、さっき見た夢が本当かもしれない。だとしたらこの小さい人形…人形ではないようなので…彼女は俺を看病してくれたということになる。立派な恩人だ。…人ではなさそうだが。
とりあえず、名前を聞こうと自分を指差していう。
「ミズキ。」
そういうと彼女は嬉しそうな顔をして自分を指差して
「ミズキィ!」
と言った。いや、真似しろって訳じゃないんだけど。そう思って、もう1度俺は自分を指差して
「ミズキ。」
そう言った後に彼女を指差した。すると彼女は膨れ面で
「ミズキィ!」
という。どうやら彼女もミズキというようだ。笑いながら交互に指差して
「ミズキ、一緒?」
と聞くと
「イッショ。ミズキ。○¥。」
彼女もニコニコと笑っている。ふと…女の子とこんな風に話すの、小学生ぶりだということに気がついた。いや、人ではないんだろうけど。次に俺はジェスチャーをしながら夢に見た話をした。
「俺、寝てる時、水飲ませてくれたのは君?」
自分を指差して、寝るジェスチャーとコップから水飲む仕草をして彼女を指差すと、彼女は少し気まずい顔をして頷いた。なんで気まずい顔をするのかわからないけど、とりあえずお礼をしなければ。
「ありがとう。」
両手を合わせると彼女はまたじっと俺を見た。その後、ニコっと笑うと
「イッショ。×○♨︎。」
彼女も両手を合わせる。一体なんなんだろう?
「×○♨︎、ミズキ。」
俺を見て言う。どうやら真似をしろってことのようだ。手を合わせて彼女の真似をする。
「☆×φ!」
「ンユタ!」
俺は彼女の言葉の日本語での近い音で発音する。すると、バシャリと音がした。音の方向を見ると、床が水浸しになっていた。
「わゎわ。タオル…!」
慌ててタオルを取りに向かおうとすると、彼女は首を傾げていた。床をタオルで拭きながら、
「どっから来たんだ、この水…?」
そうブツブツ言っていると、彼女がニコニコ笑いながら…飛んでいた。
「飛べ…るの…?」
「ミズキ、トベルノ。○◎θ。ミズキ、イッショ。」
どうやら俺も飛べると言っているようだが…。
「いやいや、俺は飛べないでしょ。というか…ミズキ何者?」
「ミズキ、イッショ。」
「いやいや、俺はニンゲン。君は?」
自分を指差して人間だというと、彼女は首を傾げた。そして人差し指を一本出して、
「イッショ。」
そう言った後に両手を合わせた。もう一度真似しろってことのようだ。
「☆×φ!」
「ンユタ!」
バシャリとまた音がする。今度はコップから溢れるような感じで水が。まさか…コップを持って彼女を見ると彼女はニコニコとしていた。
「コレ…俺が出したってこと?」
コクコクと頷いた彼女は
「ミズキ、イッショ。」
そう嬉しそうな顔をしていた。
「魔法使い…?いや…違うな?」
「ミズキ、イッショ。」
彼女は俺と自分を交互に指差していう。いや、明らかに人間ではない。ってことは、俺が彼女側に歩み寄ってしまっているということ。そして頭を過ぎった都市伝説。30過ぎてそれだと妖精になるという話もあったなと。
言葉は通じないけど可愛い女の子が側にいてくれて、魔法らしいものが使えるようになったなら…それはそれでありかもしれない。俺の30代は違う方向で薔薇色になりそうな予感を抱きながら、俺はミズキと対話を続けたのだった。