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Along with the killing  作者: キャラメル伯爵
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Chapter 2-1 Bullet Rain

 青い空。そこに浮かんだ柔らかそうな雲がゆったりと流れている。

 そこから視線を降ろすと白い小奇麗な建物が猛スピードで次々と後ろへ通り過ぎていく。

 建物はどれも低く三階建て以上のものは見えず道路は綺麗に舗装され、路上駐車も殆ど見当たらない。

 黒のSUV3台が一定の車間を維持しながら車列を組みラーズヴァリーヌ州の中心都市を走行している。

 僕は目だけを動かしさりげなく黒いスモークガラスの窓から外の風景を眺めていた。


 つい数時間前に快調な朝を迎えて朝食を済ませた直後、ヘレナさんから突然警護の仕事を頼みたいと連絡が来たのだ。

 全くの予想外な仕事内容だった。電話を受けた僕は警備員じゃないんだけどなとは思うものの、雇われた上拾ってもらったに等しい状況であり、以前に命まで助けられたとなると断るわけにもいかなかった。

 それで僕は服装と装備を整えて車に――ヘレナさんの隣で乗り込んでいたのだ。


 僕はチラリと車内に視線を振るとヘレナさんと目が合った。

 彼女はタイトスカートを履いていることもお構いなしに足を組み、長い銀髪を垂らしながら頬杖を付いてこっちを眺めている。彼女のまつ毛は長く目尻には薄くアイラインをしているようだった、その下に整った鼻があり艶やかな唇は閉じているようだが、頬と口端を僅かに上げていた。

 僕は気恥ずかしさから咄嗟に目を逸らす、すると不本意だけど彼女の黒いストッキングに包まれた足が目に入った。余計な脂肪は落とされ締りの良い健康的な筋肉によって編み込まれた太腿、そして右大腿の内側からは縫工筋の線が走っているのが見える、内腿に通った溝の様なそのラインは足の付け根へと続いてる。

 僕はついそれを目で追ってしまう……けれど彼女の視線を感じ焦って外に素早く意識と視線を向けた。


「ねぇ、今回のはどうだったの?」


不意に声を掛けられ振り返りながら僕は上ずった声を上げてしまう、どうにも彼女と話すのは苦手だ……。


「え、今回?」


「クラブの依頼。ほら、男を殺せっていう依頼の事よ。感想を聞きたくて」


「えーっと……普通、でした。問題も特に無かったから……」


「あら、そうなの? 私はとても評価してるのよ。あそこまで円滑に済ませてくれて、雇い主としては依頼者に対して鼻が高い位にね」


 彼女は目を見つめたままそう語る。

 僕は言葉に詰まった、何て返せば良いのか分からなかった。

 それでも僕自身純粋にとても嬉しかった、人にそんな言葉を言ってもらえて。

 表情に困り、微かに俯いた僕を彼女が視線で追った。

 僕を見る彼女表情はとても柔らかく、そして暖かさがあった。


「あなたは自分の価値を知る、私が教える必要もない。そして私がしてあげられるのはその機会を作ることだけ」


 僕は顔を上げ彼女の目を正面から見る、すると彼女の手が頬に触れる。

 その手に触れようとするが――寸前で彼女は手を引いてしまう。


「でもあなたは他の色々な事を知るべき。そして必要なものもまた、多くある」


 彼女に触れようとした僕の手が一瞬宙に漂った。


「あなたを案内したい場所があるのよ」


 先程と同じ、温かみのある優しい笑顔で彼女はそう言った。


 町中には白や青の明るい建物や街灯が立ち並び所々には植物も大小さまざまなものが目につく、その中で僕らの黒い車列は異様な雰囲気を滲ませていた。

 そこで突然ゆっくりと減速してた車列が停車した。


「さあ、ここ。ニコライあなたは車で待機、お願いね」


 ヘレナはそう金髪の男に微笑みながら言うと車から降りた、待機を命じられた男は一瞬僕の方を向き睨み付けると視線を前方に戻した。

 車から降りて彼女の後を追うとその先には巨大な神殿を思わせる建物が木々に囲まれて重々しく建てられていた。同じく降りてきた2人の男を連れて歩く彼女の隣へと走り寄る。


 僕たちはまばらに赤い花が見える植物達に囲まれて白い道を歩き庭園を抜けていくと建物の細部が見えてきた、その壮観な建物は巨大な白い柱がいくつも立ち並んだ入り口がある、まるでギリシャのパルテノン神殿みたいだ。

 その建物の前には休息用のベンチや露店があった。すると突然とろりとした甘い香りが漂い嗅覚を刺激してくる。見回してみると露店が目に入り看板をよく見るとアーモンドのお菓子を売っているみたいだった。

 宮殿の様な建物には”Дайте человеку музей(ダイチェ・チェロベーク)”と書かれている。


「ここはダイチェ・チェロベーク美術館。ヨーロッパでも最大級の規模を誇る美術館なのよ、美術品はロシアやヨーロッパだけじゃなくアジア、アフリカの貴重で美しい品も多く展示されているの」


 入口への階段を上がっていくと僕はますます美術館の存在感に圧倒される。

 でもなぜ彼女がここに連れてこようと思ったのか、その点がわからない。僕は周囲に視線を巡らせて、気を緩めないように静かに警戒し続ける。

 その時チラリと彼女は僕を見た。


「大丈夫。ここはそんなに気を張る必要なんてないわ――」


 そう彼女が言った。すると突然6歳ぐらいの子供が二人美術館から走り出してくる、二人とも手を繋ぎながら満面の笑顔。それを追って親らしき人たちも美術館から姿を現した。


「ここは無料で開放されているのよ。街の人たちみんなにね」


 僕たちは美術館の中へ入っていく、そこは4本の柱と左右に開いた様な階段があるエントランス。そしてそのエントランスを抜けて大きな空間に出るとそこには男、女、動物、建物など多くのものをかたどった彫刻が置かれ、また壁に吊るされたりしながら展示されていた。

 僕はその光景で呆気にとられながら彼女の隣を歩いていた、どれも人の手で作られたとは思えない程細かく精密で生き物は生々しくとても自然な彫刻だ。初めて間近でしっかりと見る芸術品というものに目を奪われる。

 館内では多くの人が美術品を鑑賞しており、スーツで洒落たハットを胸に抱えた初老の男性、高級な装飾品を身に着けた若い女性、三人の家族連れらしき人達も。落ち着いた美術館に合った気品のある人が多く居るようだった。

 不意に彼女が鮮やかだが優しい色で塗られた彫刻を指さす。


「イタリア、フィレンツェの彫刻よ。美しいでしょう?」


 それは豪華な装飾を施された十字架に張り付けられた男を二人の人間が見上げているもの、人の肌は柔らかなクリーム色で塗られているようで僕はとても穏やかな彫刻だと感じた。


「私も美術品にそこまで詳しい訳ではないけれど。こういうモノを見るのは不思議な感覚に浸れて好きなの」


 僕はそう語る彼女の顔を横から見上げるように覗き込む。その表情は美しい、それこそ美術品のようであった。


「ん、食べる?」


 突然花束を包むようにされた紙の中を彼女が差し出した、その中には外で売っていた砂糖掛けのアーモンドが入っていた。


「え、僕に?」


 あまりに突然の事で返答に困ってしまった、すると彼女はアーモンドを一つ摘み僕の口に近づける。


「はい、どうぞ。いらないの?」


 この時さすがに我に返った僕はこれを断るのは失礼だと咄嗟に感じて反射的に口を開けた。


 すると彼女が摘んだアーモンドを口に入れようとするが――僕は焦って直ぐに口を閉じてしまった、彼女の人差し指と親指が一瞬、僕の唇に挟まれてから引き抜かれた。

 彼女は僕を見つめながらその指を自分の口元に運ぶと目を瞑りながらその人差し指をゆっくりと咥えた。


「甘い……」


 僕は彼女の動作を見て言いようのない気恥ずかしさを感じてアーモンドの食感に意識を向けた。

 溶けた砂糖が表面にコーティングされたアーモンド、小さクッキーの様に「もぐもぐ」と噛み砕いていくと砂糖の甘さが口の中でゆっくりと広がっていった。

 とても甘くて美味しい、シナモンの良い香りもする。僕は甘さを堪能しながら口の中のアーモンドを咀嚼していた。


「お久しぶりですね、モグリッジ様」


 そこで不意に背後から声を掛けられ僕はジャケットの下に手を差し込みながら素早く振り返った。

 だが彼女は自分の指を咥えながら全く警戒した様子もなく声の方向へと顔を向けた。

 

「あらムッシュー、今日はここに?」


 ムッシューと呼ばれる男性、見た感じ30代ぐらい。返り袖の端や所々に白い線が入れられた洒落た黒いスーツ、そして蝶ネクタイという高級ホテルのドアマンみたいな恰好だった。


「ええ、本日は来客がございましたので。そちらは――」


 彼はやや見下ろしがちに僕の方を見る。


「彼は最近私の所で雇われた――」


「アレクセイ・レオニードヴィチ様ですね。お噂は伺っております、まだお若いのにとても活躍しておられるとか」


 まるで孫を見るように穏やかな笑顔でそう語る。

 だけど僕は少し引っ掛かるものを感じて彼を見上げた。


「立ち話も何ですし、どうぞこちらへ。モグリッジ様もご用件があっていらしたのでしょう?」


 彼はそう言いながら僕たちを美術館の奥へと案内する。

 僕たちはどんどんと館内の奥へと進んでいくが進むにつれ美術品を見ている人達が減っていった、ヘレナさんがヒール付きのブーツで床を歩く乾いた音が静かな空間に響く。

 少し不安げな表情を浮かべているとムッシューは一瞬僕の顔を見て話し始めた。


「ここダイチェ・チェロベーク美術館は我々ヤロスラフ財団によって運営されている民営の美術館です。元々は資産家ヤロスラフ・ヴィクトリヴィチ・ボウト氏が、彼の個人コレクションを公開するという意志によって創められました。美術品はどれも一級品、世界中のオークションから落札、または個人の収集家から買い取る、もしくは寄付されるなどして集められました」


 彼の説明を聞きながら歩いていくがやがて多くの部分が金で豪華に装飾され展示品の一つに見える扉が目の前に現れた。そして館内の至る所に居たのと同じようにスーツ姿の警備員がその扉左右に立っている。ムッシューが近づいていくと彼らは白い手袋を嵌めた手でノブを掴んで内側へ開いた。


 その先に続くのは薄暗い廊下で壁や床を構成するのは黒い大理石、床に埋め込まれたライトだけが歩ける最低限の明かり。

 突き当りに行きつくとクラシックなエレベーターが一つ鎮座している、ムッシューは近づいてき逆三角形をした地下行きのボタンを押した、むしろボタンはそれしか見当たらない。

 小さなパーツが幾つも擦れるカラクリ機械の様な音をさせながら扉が開く、中は思いのほか広く20人以上は乗れそうだった。やがて時折揺れながらもエレベーターが目的の階に到着する。


「ここは純然たる美術館ではありませんが、我々もまたある種の美術品を扱う点においては同じだと自負しております」


 そう語る彼の後を僕たちはついていく。

 地下はまた黒い床と壁に囲まれた広い廊下だったが進んでいくと全く違うモノが左右に展示されていた。壁際にまるでダビデ像の様な白い精密な彫刻が等間隔で立てられているのだ、そしてそれらは別々のポーズをとり別々の重々しい銃を持っている。

 黒々しい最新鋭の銃器は色合いとして不釣り合いだが彼らはそれをまるで古来の武具のように堂々と携えていた。

 女神だろうか? 女性をかたどった彫刻は自分の赤子を抱く様にチェコ共和国製CZ805ブレンA2を抱いていた。

 彫刻に挟まれながら廊下を抜けていくと突き当りで両開きの大きく豪勢な装飾の扉が現れる。


「ようこそ我がダイチェ・チェロベーク美術館へ。モグリッジ様。そしてアレクセイ・レオニードヴィチ様」


 彼が丁寧に一礼をし扉が開く。僕たちを扉の奥へいざなう彼の背後には巨大な高級宝石店の様な豪華な空間が広がっていた。

 全体的に暗いが所々に白いライトがうっすらと広い空間を照らし、幾つものガラスケースの中には煌びやかな宝石の代わりに艶の無い黒々しいライフルや拳銃、弾薬が収められていた。

 展示用のガラスケースに囲まれて立っているスタッフがにこやかに店内に入ってきた僕たちを迎える。

 既に多くの客たちは談笑しながら商品を眺めては気になる銃に触れて品定めしていた、彼らはみな整ったスーツやドレスなどの服装で地上の美術館に居ても違和感が無い。さっき見かけた人たちの中にもここのお客が混じっているのかなと考えが巡る。

 ふと見まわしていると大きなお腹でジャケットがピンと張りボタンが見ていてかわいそうなことになっているおじさんが、G36Kライフルを抱えて女性と楽しそうに笑顔でしゃべっている。まるで貴族たちの社交場みたいな雰囲気だった。


「我々は如何なる銃火器でもご要望とあらば用意いたします。それが例え軍・法執行機関向けや骨董品だろうと――」


「アリョーシャも拳銃だけだと辛いでしょう? 今後色々仕事も増えるでしょうし。ここで必要な物は用意できるわ」


 呆気にとられていた僕は彼女に話しかけられてやっと状況が飲み込めていた。

 さっき途中から本当に美術品の鑑賞かと思いかけていたけどここは僕たちみたいな人間が利用するお店だったんだ――それも主に武器を扱う人の為の。

 確かに今後ずっと拳銃だけという訳にはいかないだろうし彼女の提案はもっともだ。

 前までは父さんと一緒に違法な銃砲店に行ったり依頼主とかに頼んで用意してもらっていた。


「それにちょっとした会合が一週間後にあってね。また護衛としてついてきてもらうつもりなの、あなたに」


「え、また護衛ですか? 僕元々そういうのじゃ……」


「大丈夫よ、今回の様子見ても十分良さそうだったから。それともこう言えば良いかしら? ――アリョーシャ、正式な依頼として私ヘレナ・モグリッジに殺意を向けた人間を全員殺害して欲しい――」


 今まで静かについてきていた二人の護衛が眉を上げ僅かに顔を見合わせた。

 僕は彼女の顔を見つめる、表情は柔らかいままだが目の中から感じる感情は真剣そのもので冗談ではないみたいだ。

 でも正体がハッキリしない相手を殺す依頼なんて前から時々あったなあと今までの依頼を思い出す。


「わかりました、その誰かを殺す契約ですね? それなら一応受けますけど、その契約だとヘレナさんが死ぬかもしれないじゃないですか。それにそんな内容だと報酬のほうも――」


 結局僕は断れずに渋々仕事を受けてしまう、彼女の提案はなんだか断りづらいのを痛感する。


「大丈夫でしょ、アリョーシャが守ってくれるんだから。それに報酬は期待してくれていいわよ、護衛自体の報酬に加えてもし何人か殺すことになったら人数で追加報酬も弾むわ」


 彼女はいつの間にかに困惑する僕の背後に回りそう言いながら甘えるように前屈みで体を寄せてくる、彼女の豊満な胸が背中に押し付けられて長い銀髪が肩にかかり甘い香りが鼻をくすぐった。

 僕は守る訳じゃないんだけど良いのかなあ……。


「次のお仕事に決まったのであればさっそくこちらなんていかがでしょうか?」


 ムッシューは突然ガラスケースからポリマーとステンレス鋼から構成された拳銃を純白の豪華なクッションに乗せて引き出した。

 素早く商品の紹介をするところはまるで普通のお店みたいだ。


「シグ・サワー製P320。最新型のフルサイズモデルです、この銃はシンプルで凹凸の少ないビジュアルながらパーツの換装などカスタマイズの幅がとても広く――」



 結局、僕は初めてのお店で買い物を済まして一日が終わった。


 ――全部彼女が経費だと言って払ってくれたんだけど――


 確かに少し心細かった装備を補うものを幾つかと次の護衛任務に備えての買い物はできた。

 今度は会合で護衛なんて、前回みたいな普通の依頼のほうが僕は良いんだけどなあ……。


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