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Along with the killing  作者: キャラメル伯爵
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Chapter 1-5 Day After Day

 ――ラーズヴァリーヌ州郊外のとある廃工場――


 「ピロピロピロ……」という錆びにまみれた廃工場の大きな空間で場違いなコール音が響き渡る。

 二十歳そこそこのスーツを着崩し立っていた男がスマートフォンを耳に当て会話し始めた。


「ボス・ムハレム。始末したそうです」


 その男――部下が携帯を少しだけ耳から離し言った。


「そうか」


 うんざりとした気分で時間を潰していた俺――ムハレム・イストレフィ――は大きく溜息をつくとマリファナが詰まった紙煙草を投げ捨ててボロいパイプ椅子から立ち上がった。

 そして襟が大きい赤シャツを覗かせた黒いジャケットの皺を直して眼前の光景に向き直す。


「うぅ……」


 男が泣きながらアルミ製の椅子に縛り付けられている。その椅子は見るに堪えない程血と糞尿で汚れきり顔を背けたくなるような臭いが漂う、だが汚れているだけで椅子が壊れる心配はなさそうだった。

 座らされている男の顔面はアザまみれの血まみれでパンパンに腫れ上がり脂汗で気色悪い艶を帯びている。

 そして何人かの銃を持った男達、そして茶髪を後ろに結び露出の多い黒いタンクトップから各部位の形が分かるほどに鍛えられた筋肉を晒した女性――ユリアナ――に囲まれ見つめられているというものだった。


 ――そんな俺も恐らく無気力、無生気なツラで男を見下ろしているのだろう――


 しかも男といってもガキだった、歳はせいぜい十六かそこら。ただその光景はさらに異様さを漂わせるものがあった。

 涙を流しているのは右目だけで左目の眼球には太い釘が差し込まれとめどなく血の涙を流しているのだ、まるでトリックの様な非現実感が拭えない絵面。神秘的、ある種の冒涜的で神聖な雰囲気ですらある。

 これをやった奴の腕が良いのだろうな、死なない程度の深さで丁度中心の黒目に押し込まれている。

 するとガキは顔全体を歪め眉間に皺を寄せると懇願する。


「助けて……」


 左目の瞼をピクピク痙攣させ声を絞り出していた、心底疲れ果てた表情で時折歯がぶつかり「カチカチ」という音が聞こえてくる。


 ――やっと泣き喚くのを止めたか――


 ついさっきまで痛みと恐怖で泣き叫んでいたがやっと落ち着いたみたいだった、ガキはうわ言のように命乞いを繰り返す。まるで壊れたテープかボケた老人だ。

 このガキは俺たちファミリーのシマでヤクの売人をやっていた数人のうちの一人であった、もちろん別にヤクを売ること自体は悪くない。ただ問題なのは俺たちの管理外で売っていたのだ、そんな身勝手は絶対に許されない。

 それで俺たちは一番手近だったこいつに話を聞くことになった「その商品をお前に渡したのは誰だ?」と、少し話がこじれたりもしたがこの少年は親切に答えてくれた。

 するとどうにもファミリーのシマにあるクラブのオーナーは俺たちが卸したコカインやヘロインを勝手に薄めて売っていたことが分かった。

 しかもよりにもよって他の組織のシマでまで売り捌いていやがったのだ、ここらじゃヘロインの価値は大したこと無い――もちろん純度にもよるが。

 問題はコカインだ、最近の取り締まりで流通量が減った上前回の大規模な抗争でこの国の一番大きなルートが失われ一気に値が跳ね上がっていた。


 ――クソッ、全く余計な事しやがって――


 元々は俺たちの管理不良で後始末もやるはずだったが被害が他の連中の支配圏にまで及んでいるということで完全中立である例の殺人執行機関が使われることになった。

 このガキは目下講和交渉中のチェチェン人のシマにまで手を出していた、だからこの問題には迅速な対処が必要だった。

 結果さっきの連絡の通り首謀者であるあの大馬鹿はクソ袋に変えられ代替えの奴がすぐに後を引き継ぐということになったのだ。

 クラブ・フィーバーはストリップクラブとして俺たちが営業させていたが売春婦の斡旋もやっている上観光客向けにコカインとかヘロインも扱い売り上げも悪くなかった、真っ当な営業に悪く響く事態は俺たちビジネスマンにとって避けたいことだ。

 それに俺はもうこんな失態二度とできないもし次にやらかしたことが親父殿にバレれば俺は文字通り八つ裂きにされて山に埋められちまうだろう、それどころか埋められれば慈悲に満ちているというものだ。イストレフィ一家は何よりも❝カヌン❞(掟)を尊ぶ。

 それにくらべれば俺の命なんか最初っから無かったも同然だ。


「なあ、ムハレムこいつどうするよ? 」


 ユリアナが白い鋭いサメの様な歯を覗かせながら肉食獣じみた笑顔で振り向いてくる、彼女はここにいる人間の中で一番生き生きとしているようだった。そして❝激しい運動❞の後だからだろう体からは周囲との温度差から眼に見える程の湯気が立ち上がっている。


 彼女――ユリアナ・ジュベリ――は俺の大切な恋人だ。元々は組織の構成員で敵勢力への襲撃や脅迫、拷問を行っていたギャングだったのだが――。

 ある時偶然俺は仕事で彼女に出会い一目惚れした、彼女は躍動する生命そのものの活力を纏いそして美しさがあった。それに加え幸運なことに一目惚れだったのは彼女の方も同じだった。

 それから俺たちはずっと深く愛し合いながら今では俺の右腕であり最愛の妻となっていた。


 おそらく形式的に訊いたのだろう、彼女はこの後の楽しみを想像して既に息を荒くし恍惚で上気した表情を浮かべている。


「俺はもう事務所に戻る、すぐに親父と他の所に連絡しなきゃならないんだ。そいつはさっさと始末しといてくれよ」


 部下に合図し既に外に向けて歩き出していた俺はそう答える。


「よっしゃ! お前らそいつの頭押さえてろ! 」


 ユリアナは拳を肩ぐらいまでの高さに上げボクシングスタイルのポーズで軽快にステップを踏んでいる。

 しかしそこでユリアナは突然思い出したように俺の元に走り寄ってくる――。

 黒い指抜きグローブをした手を優しく俺の頬に添えるとさりげなく音も無い動作で口づけをした、少し厚みのある彼女の唇が俺の唇と重なる、あっさりとしたただ触れ合うだけのキスだ。

 俺は驚かされ眼を見開く、目の前のユリアナは眼を閉じている。それ以上は何も無く少し不意を突かれた俺から彼女はあっさりと離れ先程の様な笑みとは違う、スラムで壮大な将来の夢を見る少年の様に眩い笑顔で。


「大切なことを忘れてたぜ。行ってきな」


 そう言うとすぐさま背を向け椅子に縛り付けられた哀れな少年の元へ戻っていった、俺は一瞬彼女の背中を見つめたがそのまま気を取り直してすぐに出口へと向かう。

 ユリアナは戻っていくとまたファイティングポーズをとりステップを踏み始める、部下がよく見ると右手の中指と薬指の間には錆びた大きな釘が挟み込まれていた。

 周りの男達が少年を頭と体を押さえつけるので大声で獣のような叫び声を上げながら暴れるものの屈強な男たちに組み伏せられその拘束はビクともしない。


 ――俺はあいつ程向いていないんだよ、ああいうの――


 工場の機材が完全に取り払われた大きな空間を横断して塗装の剥がれた扉に手をかける。

 そして十代の少年とは思えないような腹の底からの断末魔が建物中に響き渡り――。


 「ゴッ、ゴッ」というコンクリートの壁に棍棒を叩き付ける様な音、打撃音が続いた。


 俺は一瞬立ち止まるが振り返る事もなく足早に工場を後にした。  

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