Chapter 1-4 Day After Day
2人分の視線がアレクセイに注がれ彼の体中で無意識的に緊張が走る。
部屋の中では2人の用心棒とデスクに座った男が一人ウイスキーの入ったグラスを片手に待ち受けていた。男は手に持ったグラスの琥珀色の中身をうっとりと眺めているが一瞬間を置いて彼に気が付く。
「おお、やっと来たか! 連絡は受けていたぜ」
屈託の無い笑顔でやたらとハイテンションな調子で彼の来訪を歓迎した。
部屋はこのオーナーらしき男のオフィスでありごちゃごちゃとした書類を押しのけて酒の瓶が乗せられたデスクの背後には幾つものモニターが置かれ、監視カメラの映像を映しているのだが座っている男が見ている様子は全くない。
そしてまた部屋に入ってすぐ左に丸刈りの筋肉質な男――Gジャンを羽織り腕を組みながら壁に寄りかかって剣呑な表情で横目にアレクセイを見ていた。
――さすがにうんざりだよ……もう少し暑苦しくない恰好にして欲しいな――
と彼は声無き苦言を飲み込む。
さらにもう一人、丸刈りの男とは反対である右の壁際で椅子にふんぞり返って座っている男がいた、丸刈りの男ほど体格は良くなくむしろ細い格好でありTシャツの上から薄汚れたカーキ色のジャケットを着て紙煙草を吹かしている。
煙草を咥えた男は彼を見ると薄気味悪い頬を僅かに歪めた笑みを浮かべワザとジャケットの下が見えるように椅子へ寄りかかり肘を椅子の背に掛けると首からは剣の入れ墨そしてかすかに肩から下げた――使い古しなのだろうか――鈍くくすんだ銀色のベレッタ92FSイノックスが覗いている。そんな中でアレクセイは少し部屋の中で視線を巡らせていた。
「おいおい、緊張しているのか? 確かにこの辺じゃ見ない顔だしな、新入りか? だがその必要は無いぞ! ここは最高にリラックスできる店だちょっと遊んでいかねえか? サービスするぜ」
男はグラスを置くと唾を飛ばしながらまくし立てた、アロハのポロシャツに裾の足りていないズボンという服装や人物の印象は店のオーナーというより客側だ。
――僕はサービスすると言われてもあまり乗り気にはなれないよ、こういう場所自体苦手なんだから――
「すみません、それは今度にします。今は仕事で来ていますから――例のモノはありますか? 」
彼は丁重に誘いを断り話を進める。
「そ、そうだな。わかってる。用意してある、ちょっと待ってくれよ」
男はそう言うと慌ててデスクの裏にある金庫を開け始めた、冗談が通じなさそうな人間にジョークを放って挑発しては後が怖いと考えた故だった。小さな針がぶつかる音が数回鳴った後に重い金属の落ちる音がして金庫が開くと二段になっている金庫の中には書類と大きな封筒がいくつも詰め込まれていた。男がVHSのカセット程の大きさをした封筒を取り出すと重い扉を閉める。
椅子にまた深く座り視線は合わせなくとも見せ付けるように封筒で手をポンポンと叩く、見た限りでもそれなりに重さがありそうであった。
「ほらちゃんとあるさ、少し多めだが俺の気持ちだと思ってくれよ」
たるんだ目の下卑た笑顔を向ける男の賄賂のつもりなのだろうがその下心は少々あからさま過ぎであった。
すると男はまるで犬に投げるフリスビーのように軽率に封筒を放り投げそれは放物線を描いて彼に向かって飛んでいく。
だが犬であったのは彼ではなく周りの男たちのほうであった。用心棒たちは反射的に、本能的に封筒を確かに目で追いかけていく。
アレクセイは左足を踏み出して頭の少し上の高さで左手を使い掴んだ。その動作と同時に右手で既に前ボタンの外したジャケットを払いながらVP9を引き抜くとそのまま下腹部に沿わせやや上方の左側へ撃った。
瞬く間の動きと銃口炎、響き渡る銃声。それはまるで車のタイヤがパンクした時の籠った様な破裂音。左側で立っていた丸刈り男の下腹部側面に弾丸が着弾した。発射直後の9mm弾は音速を超え着弾時には血も肉も射入口に吸いこまれ血煙すら飛ばない程。
そして余りの至近距離でなおかつ弾のエネルギーが多すぎたために反対側から飛び出し穿たれたのは貫通銃創に、射出孔からは蛇口を捻ったように血が弧を描いて吹きだした。男が「うぐぅ」という呻き声を漏らしながら傷を押さえて膝をつく。
そしてアレクセイは封筒を素っ気無く手を開いて捨ててると体の向きを右へ少し逸らし握った銃を顎の高さに上げて腋を締め両手で構えた。
もう一人の男が慌てて煙草から指を離しショルダーホルスターから銃を抜こうとする。
だが手が銃に触れる前に大きく乾いた発砲音が響き渡り弾丸が左胸に潜りこむと男が目をきつく閉じた苦悶の表情で叫んだ。弾は肋骨を砕いて突き進むと肺に侵入しその運動エネルギーで周囲に衝撃を与え柔らかい袋のようなその臓器をズタズタに引き裂きさらには粉砕した肋骨の一部も体内に撒き散らし肺の損傷は広げた。
アレクセイは胸を撃ってからすぐに右足を踏み込み腕を伸ばして構え直し一連の流れる様な動作で今度は男の頭部を撃つ。まるで後頭部から伸びたワイヤーが思い切り引っ張られる様に男は勢いよく頭を仰け反らせた。弾は額の上方に着弾しその衝撃で弾痕周辺の皮膚が剥離し盛り上がり頭部から噴出した弾丸が小さな骨片と肉片を伴いながら壁に突き刺さった。飛び出した星形の裂け目からワンテンポ遅れて「ドブドブ」と脳漿が濃厚に混ざった血が流れ出す。
やっとそこでアロハの男は動き出し机の引き出しから銃を取り出す、だがアレクセイはすぐに照準を男に向けて撃った。男は右肩に弾丸を受けて銃を取り落とし叫び声を上げながら大げさに体を振って椅子から転げ落ちる。
その時、最初に撃った丸刈りの男が出血し呻き声を上げながらも脇に下げた銃を引き抜いた。
だがアレクセイは「キュッ」という靴が床に擦れる音を鳴らしながら左足を左側へスライドさせると、右ひじを直角に上げ顔の近くで銃を若干斜めに保持するスタイルでとっさに構えすかさず撃った。
――そこに一発だけで十分なんて思ってないよ――
弾丸が見上げた男の眼球を破裂させて頭部に侵入し脳幹の下部を直撃、一瞬でミンチに変え後頭部から飛び出して床に刺さった。死体がドスンと大きな袋のように倒れこみ頭の下から所々白く泡立った血溜まりが広がっていく。
薬莢が転がる軽い金属音の後の部屋は深い静寂に満たされ聞こえるのは微かな泣き声と「トポトポ」とスープがこぼれている様な音。
アレクセイは両腕を伸ばして軽く肘を曲げて構え直すとデスクに向かって歩いていく、すると裏でアロハの男が擦れた呻き声漏らしながら荒い息で必死に傷を押さえていた。
そして近づいてきた彼に気が付くと血でベトベトになった手を突き出し。
「頼むっ! 待――――」
低くも軽い銃声が三回鳴り響き男は胸の中心二か所、そして眉間に弾痕が穿たれる。反射的に目をつぶりながら胸と頭部を撃ちぬかれ後頭部を金庫に叩き付けた。
――こんな感じかな?――
彼は完全に死亡したと判断し体を翻してドアへと向かう――だがその時不意に左側から詰まった排水溝の様な「ゴボゴボ」という音が聞こえる。彼は一瞬で音の鳴った方向を横目に見ながら右手だけを動かして引き金を引いた。発射された弾丸は椅子の肩へ乗りかかっていた男の頭部に命中、耳の上半分を千切り弾丸の進む圧力によって眼球を大きく飛び出させてほぼ剥き出しになる。弾は頭部の側面から侵入しまたも脳幹を粉々に破壊、今度こそ完全に虚ろな目をした男の命を絶った。
――ちょっと危なかった、少し狙いが上過ぎたかな――
扉に向かって歩いてきながら人差し指と中指で新しいマガジンを抜き消費したマガジンと交換するとVP9をホルスターに押し込み床の封筒を拾い上げる。すると突然扉が開いた。
男2人、扉の前と店の前に立っていた者たちがまたも彼の前に立ち塞がった、2人とも無表情に周囲を見渡すとその空っぽな目でアレクセイの目を見つめ返す。
――なんだかイヤだなぁ、こんな強面の人たちにそんな見られるの――
だが男らは部屋に入りまるで彼を避ける様に広がっていくと彼らの背後からは浅黒い肌の痩せた男が現れる、体格はほとんどさっきのアロハと同じだがTシャツの上からアロハではなく若干黄ばんだスーツを羽織っているおり彼には先程のアロハ男よりは少しだけマシに見えた。
新しいスーツの男は部屋に入り死体を見て目を輝かせると真っ直ぐにアレクセイに歩み寄っていく。
しかし彼は男が口を開く寸前で封筒を胸に押し付けて男が慌てて受け止める隙に部屋から出ていく。背後では二人の男たちが死体を引きずり袋に詰め始めた。
アレクセイはそのまま元来た道で出口に向かうがその途中に見た店の様子にはなんの変化も無い、いくら大音量で音楽が流されていたとはいえ銃声が聞こえたのは間違いない。この街でそんなことにいちいち反応する者はいないということであった。
店を出ると立ち止まり空気を大きく吸い込み深呼吸する、夜の冷たい空気がヒンヤリと肺や気管に染み渡る感覚が彼には心地良かった。
――僕の生活は大きく完全に変わった、わからないことも多い。けれどやらなきゃいけないことは以前と変わらなかった。でもそれで十分なんだ、僕にとって――




