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Along with the killing  作者: キャラメル伯爵
26/29

Chapter 5-6 Shots Fired

 何重にも重なる性別の入り乱れた声の渦、柔らかな絨毯では抑えられ大理石の階段の上では響く軽く高い靴底の叩く音。ホテルカストリオティのラウンジは音が満ちていた。

 金色のラゲージカートを押すホテルマンが行き交うロビーの玄関が勢いよく開かれる、二人のドアマンのあえて視線を虚空に向ける表情は汗を滲ませる強張ったもの。

 ドアを開き続ける緊張した面持ちの二人の間でムハレムと彼の八名の部下がぞろぞろと玄関を大股で歩いて潜った。

 ムハレムもまた眉間に刻まれたような皺を寄せて厳めしい表情で両腕を振りながら歩き、その左右を隠すことも無くライフルを提げた護衛八名と拳銃を腰に差した彼の補佐が歩く。

 ホテルの客たちは異様なオーラを垂れ流すムハレム達から距離を取り、彼らに気取られない程度に視線を恐る恐る向けていた。

 丁度彼らがホテルに踏み込んでエレベーターへと真っ直ぐ向かい始めた時、ホテル内の無線にチャンネルを合わせた補佐のインカムに切迫した声が届けられていた。


「即応部隊、また武装した通常警備の者も今すぐ十四階へ向かえ!」


 耳のインカムに指を押し当ててその言葉を聞きハッとした表情で顔を上げた補佐。そして彼の斜め前で歩いていたムハレムが補佐に向けていた訝しむ目を正面に向けた。

 ムハレムの視線の先、右へ左へと人が行き交い視界を一瞬一瞬遮られるその隙間、十数メートルの先にあるエレベーターが並ぶホールが見える。ホテルの至る所に客が蠢く中、VIPしか使用できないそのエレベーターが降りてくるホールは人がおらず、ぽっかりと人ごみの先で空っぽの空間となっていた。

 二つのエレベーターのうち一つだけが開いていた、しかもそれは閉じようとドアを左右に動かし続けていた。明らかにおかしなエレベーターの挙動にムハレムは言葉も無くただ視線を引き寄せられたままペースを落として歩き続ける、そして少しずつ近づいたある瞬間その前後するドアに挟まれた血まみれの死体に気が付いた。赤いジャケットを羽織り真っ赤に染まった頭部には肉々しい穴が穿たれている。

 死体に気が付いたムハレムが足を止めて目を見開く、補佐もエレベーターに目を向けて同じく気が付き、マイクに口を寄せながら腰から拳銃を引き抜いた。

 ムハレムがUターンして玄関に向かおうという考えが脳裏に浮かび、実際に体をその思考通りに動かそうとする寸前、左右に流れる雑踏の中に一つの動かぬ黒い影が目に入った。

 一人二人と影を見つめる彼の視線を遮った後、その影がハッキリと見えてくる。それはゆっくりと人ごみを挟んで彼に向かってくる、黒いスーツを着込んだアレクセイの姿だと気が付いた。揺れる黒髪の毛先越しに鈍く光るアレクセイの碧眼、飲み込まれるかと錯覚するほど光の差さぬ彼の目は奈落そのものだった。

 そして驚きの表情がムハレムの顔面に浮かぶより先にアレクセイはスリングで提げていたライフル――ウルティオのピストルグリップとフォアグリップを掴んで流星の如き速さで銃口を持ち上げた。

 銃口の暗闇とムハレムが目を合わせた瞬間マズルフラッシュが煌めく、だが彼はその光を見ることなく前に飛び出してきた補佐の背中に顔を突き飛ばされて床に倒れ込んだ。

 補佐は防弾チョッキを着た胸に二発の5.56mm弾を受け、貫通した弾丸を胸部の奥底に抱きながら着弾の衝撃で後方にムハレムを押し込むようにして倒れた。

 アレクセイは覗き込む赤いドットの浮かぶホロサイトの先で盾になったムハレムの部下を見て歯軋りしながら鋭利に絞られた瞼で睨む、だが彼は続けて素早く照準を左右に振ってライフルを持ち上げようとする護衛四名の胸を狙って発砲した、目にもとまらぬ銃の動きと一瞬に聞こえた銃声が響き渡って護衛は倒れ込んでいく。

 それに呼応するかの如く客たちの絶叫が溢れ出す、恐怖を顔から垂らす彼らはあちらこちらへと訳も分からず走り出してラウンジだけにとどまらずホテル一階は混沌が渦巻く。

 阿鼻叫喚の客たちが向かうべき場所も、顔を向けるべき方向もわからず混乱している中、ムハレムの部下たちは一斉にアレクセイへと顔を、殺意の目を向け、銃を抜いていた。


「アレクセイ・サハロフだ! 奴が来たぞ!」


 槍衾の様な視線の数々に睨まれたアレクセイは彼らより早く、かつ正確無比な動きで歩きつつ先程よりさらに広い角度でライフルを振ってエレベーターに向かってきた銃を握る警護達の胸を二発、顔を一、二発で撃ち抜き、排莢口から金色の薬莢を撒き散らしながら、彼らの後頭部からは真っ赤な血肉を撒き散らせている。

 飛び回る蜂か蠅のように客たちが走り回る中、彼は高さ二メートル以上あり人が隠れられるほどの幅をもつ柱に駆け寄り、ムハレムを守る護衛達の銃撃を防ぐ遮蔽物とした。

 アレクセイは銃も無いままに彼のライフルを掴み抑え込もうとするスタッフの腹と足を撃ち抜き、喚き散らす間も与えずに顔面にトドメを撃ち込みながら柱に身を寄せる。

 護衛達はムハレムの襟首を掴んで引き摺り下ろすようにしゃがませ、アレクセイから距離を取って自分たちが彼の前で後退しつつライフルを引っ切り無しに撃ち続ける。数名はムハレムを先導して巣を追われて泣きながら走り回る様な客たちを突き飛ばして道を開ける、だが避難も儘ならない中で混乱した彼らは一種のバリケードのように道を塞ぎ、思うように玄関へと向かえない。

 そしてアレクセイは縦に伸びる長方形の太い柱の陰から時折ウルティオと顔を覗かせ、瞬く間に正確な銃撃を護衛達に撃ち込み、その人数を確実に減らしていく。彼はムハレムの射殺を阻む護衛達を屠りながら、駆け寄ってきて姿を見せる他の警護達も射殺していく。ホテルカストリオティのスタッフたちは一人残らず彼のスーツと似た防弾仕様の制服を着ており、中には彼の放つMk318MOD0弾を受けていながらもスーツが勢いを殺した故に即死も、行動不能にも陥らない屈強な者もいた。彼らは被弾の衝撃で拳銃やライフルを取り落とし、それでも活動を辞めぬままに彼に向かって行く。

 けれどアレクセイもまた、絶対に屠る意志を持ってそれらの者に向き合い、憤怒と苦痛に吠える顔面目掛けて数発の弾丸を至近距離から叩き込む。

 その刹那にもムハレムたちは少しずつ距離を離していく、アレクセイは周囲の有象無象を殺し尽くし、黒々としたジャケットの裾を翻しながら繰り返し銃火を伴う殺戮を吹き荒らす、そして振り返って遠のくムハレムの背中を怒りの圧力を漂わす鋭い目で流し見た。

 群がる敵の勢いが少しでも弱まった隙に柱の陰から飛び出し、玄関へと続くその柱に沿って進みながらムハレムを守らんとする護衛に銃弾を浴びせ掛けていく。それをチャンスと見た者たちが銃を持ち上げ、彼の前に立ち、彼の背後で引き金に指をかけても、アレクセイは被弾しジャケットに貫通を許されなかった弾丸を体にこびり付かせながら、振り向きざまに彼らを射殺して死なせ尽くす。

 ラウンジ中央を玄関目指して進むムハレムと、その護衛目掛けて放たれるMk318MODの嵐。

 柱の破片が眼前で飛び散りながらも両腕で支えるライフルでムハレム達を撃つアレクセイだったが、不意に左側から左手が飛び出してきてウルティオのバレルが掴まれ、柱の陰に隠れていた男が現れた。

 男は拳銃を持った右腕の肘打ちをアレクセイの顔面に放つ、彼は持ち上げた左腕でそれをガードする。男はガードされた右腕を下げてその銃口を彼の脚に向けようとした、だが彼はガードした左腕を同じように下げてその手刀で右手首をブロックし、逃がす間もなくその手首を掴んで時計回りに捻り上げた。

 右腕の三つの関節を極められた男は反射的に体を反転させようと反らし、アレクセイはその隙に関節を破壊する勢いで右膝を蹴りつけて体勢を崩させ、射線が胸部に重なった瞬間ウルティオの5.56mmを撃ち込み、男の手が離れるや否やサイトを覗き込まずに胸の高さから銃口を顔に向けて至近距離から二度射撃した。反射的に両目を閉じた男の額に二つの射入孔が開く。

 続けて反対側の柱から両手で拳銃を握った男が現れる、アレクセイはその両腕に銃口を上向きにしたウルティオのハンドガードを打ち付けて射線を抑え込み、右足を支柱にして体を反転させて距離を詰めると開いた左手を水平にした手刀を喉に叩き込んだ。

 そして呼吸困難に陥って口の開閉を繰り返す男の右手首を掴み、拳銃ごと小手返しの動きで捻り上げて地面に投げる、すかさず玄関方向から現れる二人の敵に向かって片腕で持ち上げてストックを肩に押し当てたウルティオで発砲、銃声と薬莢の衝突音が響き渡って敵は体を小刻みに揺らしながら倒れる。最後には足元に投げ落とした敵の額を焼きながら、その脳髄を激しい銃声と共に射抜きぶちまけた。

 だがその直後に彼の背中の一部がスーツ越しに被弾したことで波打ち弾ける、苦悶の声を上げて5.56mm弾の激しい衝撃に前のめりに倒れかけ、膝をついて踏みとどまった。なんとか銃を両手で持ち直して膝立ちで振り返り、上体を傾けた姿勢でさらに背後から撃ってきた三人を射殺した。

 荒い呼吸のまま立ち上がって正面に向き直る。血がシャツを濡らし、めくれ上がった皮膚の蠢く痛みを噛み殺すように歯を食いしばって耐える。すぐさま左右から姿を見せた敵の胸と顔面に弾丸を撃ち込み、足を前へと動かす。

 彼は前へとさらに進む、激しさを増す自分を狙った銃撃を迎え撃ち、餌を目指した蟻集の如き敵の群れをひたすら殺し続けながら。

 死体を積み重ねて彼はムハレムとの距離を詰めていく、その背中は護衛に隠されていながらも微かにすぐそこまで見えてきた。

 護衛の数は残り二人、ムハレムとの距離十メートル弱、装填しているマガジンの残弾は十一発。

 やや背を曲げてウルティオを両手できつく握りしめて構えながら歩くアレクセイ、散発的に護衛が撃ってくる弾丸を柱でやり過ごしつつ距離を詰めていく彼だったが、不意に前方に向けていた銃口を夙に左へと振った。その瞬間彼の背後で柱に小さく爆発が生じ、散った粉塵の先から弾丸のめり込んだ穴が見えてくる、そして彼は柱のことを意にも介さぬままにサイト越しの目を銃口から伸びる射線の先に向けて銃撃を繰り出した。

 アレクセイの視線の先にはラウンジから離れて階段を少し上がった所のカフェテリアがあり、そこの給仕三人がMP5を両手でしっかり構えて発砲してきていた。

 微かに力んで頬が強張った表情のアレクセイは小走りに近いスピードで並ぶ柱沿いに進み、それでいて的確な射撃で銃を持った給仕たちを屠る。

 マガジンの残弾は一発。

 給仕を皆殺しにした彼は正面に顔と銃口を向け直す、顔を向けた先にホテルの受付をしていた黒い制服の女性とその手にあるM4A1が見えた。アレクセイは反射的に腕を小さく動かし、指を曲げた結果その女性は頭部を仰け反らせて金髪と頭骨を背後に撒き散らした。

 ボルト停止、マガジンが空になった。

 ストックを肩に押し当てたままライフルを傾けて排莢口から空の薬室を見る、そしてライフルを左手で脇に退かしながらグロック34を引き抜いて足を踏み出した。

 いつもと変わらない無駄のない機敏な動きの彼だった、それでも疲労から来るものとは違う汗、緊張の汗が雫になって毛先から落ちている。

 敵を殺していれば薄っすらと感じ始め、いずれ確かになっていく筈だった充足したある種の達成感に近い気持ち。それがムハレムの未だ生きて動く姿を見ていると、絡みつく様な不安や鼓動を加速させる焦りに変質し、嘔吐しそうなくらい彼の胸に溢れ出してきていた。

 グロック34を引き抜いたと同時に前方に現れた敵の胸と顔を撃つ、そして両腕を曲げながら振り向いて胸の前でグロック34の銃口を左側に向け、HIGH POSITIONで彼の背後を取ろうとした敵の胸を撃つ。肺を潰されたような苦しみに男は膝をつき、その瞬間にも右手の銃を向けようとする、それをアレクセイは左手で掴み銃口を男自身の顔に向けるような動きで手首を捻り、その腕を引き込んで顔面に右ひざ蹴りを打ち込んだ。

 アレクセイは体を90度回転させて先程の方向へと向き直ると右手を突き出してさらに現れた敵の胸と顔を撃つ、9mmの空薬莢が二つ中に舞うが、地面に触れるより先に彼のグロック34を握る右腕が柱の陰から現れた敵の両腕に固く掴まれた。敵はすかさず左肘打ちを突き刺すように彼の右脇に叩き込み、腕を肩に抱えて袖釣込腰に持ち込もうとする。アレクセイは両脚が床から離れるより先に背中合わせになった相手の膝を後ろ蹴りし、それから両手で敵の顎を掴んで体重を使って体を逸らせながら一気に下へと全身を落としてしゃがみ込んだ。相手は仰け反る様に顔を上向きにされると「バキンッ」という大きな音を立てて喉の皮膚を伸ばしながら頸椎を折られた。

 立ち上がる前にEXTEND POSITIONで膝蹴りを受けて鼻から血を流している敵の額を撃ち、そして立ち上がるとグロック34をホルスターに戻して、ピストルグリップを掴んでウルティオを持ち上げた。

 空になったマガジンを引き抜いて、そのマガジンにクリップで並ぶように繋がれた満タンのマガジンをライフルに差し込み、ボルトリリースを叩いた。

 「バシッ」というボルトの前進する音が鳴り、ライフルもまた打ち付けるような衝撃をストックから伝える。その時アレクセイが装填を終えたライフルのフォアグリップを左手で掴む直前、柱の陰に身を寄せていた彼は視界の端でムハレムとその部下を捉え、そして意識もまたその風景に向けられてしまった。

 どこかセピア色のような風景に躍動する色彩を保ったムハレム姿が浮き上がり、そして手や足といった全身が無意識に殺そうと疼くその周りに見える蠢く護衛の姿。

 未だボルトの衝突音が空中を漂っている刹那、眼球を回して正面ではなく柱の陰からムハレムたちを見てしまっていたアレクセイの胸に三発の9mm弾が叩きつけられ、胸から粉塵を小さく撒き散らせた。彼は口腔を晒して痛々しい咆哮を漏らして柱に背を打ち付けた、それでも彼は咄嗟に右腕で持ち上げたウルティオを三発発砲し、MP5で銃撃してきた若いホテルマンに防弾スーツ越しながらも一発当てて地面に倒した。

 だが彼がライフルを両手で構え直そうとする寸前、その銃は右手から新たに現れた警備の男による前蹴りで右手から弾き飛ばされてスリングに吊られるがままとなった。男は続けてアレクセイの胸目掛けて左拳の底――左鉄槌を叩き込んだ。彼は被弾に加えて気管を狙ったその打撃で一瞬呼吸困難に陥り、目を見開いて酸素をうまく吸うことができない口を広げた。

 しかし彼はそれでも無意識ながら、そして本能的に左手を動かして腰の裏に差したグロック26を引き抜こうとする。けれどそれもまた阻止された、彼が銃に伸ばした左手は新たに左側から現れた敵の右手に固く掴まれ、男は左手で彼の左肩を掴んで膝蹴りを鳩尾に突き刺した。アレクセイは絶え間ない胴への殴打による苦しみで前屈みに嗚咽を吐く。

 透明の唾を赤い唇から滴らせる彼を三人が襲う、撃たれたホテルマンの青年は胸を押さえながらもMP5を握ったまま立ち上がり始め、鉄槌を放った男はMP443を右手で持ち上げて彼の顔に向けようとする。

 そしてアレクセイは目を見開き、動き出した。

 向けられたMP443の引き金が引かれるより早く彼の右手は男の銃を握る右手を下から掴み時計回りに捻った、「グキッ」という鶏を解体するような音を上げ、肘の関節を外すかのような勢いで回すと男は反射的に前へと進み出る。アレクセイは男の右脛を踏み抜く様に蹴りつけた。右足裏が床から滑って右ひざをつくことになった男、アレクセイは続けてその右首筋に手刀を叩き込んでコンマ数秒の気絶を狙う、首をくの字に曲げた男は一瞬意識を途切れさせた。

 左手の男は動き出したアレクセイの腹に左フックを打ち込む。彼はそれを手刀から引き戻した右腕でブロック、お返しに股間を左足で蹴り上げて陰嚢を粉砕、掴まれていた左腕を引き抜いて男の胸元を鷲掴みして捻り上げ、引き寄せる。股間を両手で抑えるのに必死な男を左腕で右手方向に振り、立ち上がったホテルマンとの間に立たせた。

 MP5の連射音が轟き、連動して前に立たされた男は銃声と共に被弾して身を震わせる。アレクセイは腰からグロック34を引き抜いて盾の陰から右手を突き出し、二発撃ち、若いホテルマンは後頭部から朱のスープを後頭部から噴出させて倒れた。

 それから彼は盾として使った男の顎に銃口を添えてから頭を撃ち抜き、脳味噌と頭骨が宙を舞う間で僅かに意識を取り戻そうとしているもう一人の男の頭も右眼球ごと撃ち抜いた。

 アレクセイは肩を上下させて激しい呼吸を繰り返し、左手で胸を押さえて苦しんだまま立つ、そして束の間の静止を終えて彼は再びグロック34を両手で握り直して進み始めた。

 


 ――



ムハレムは二人の護衛に挟まれて低姿勢にしたまま玄関を目指していた、だがインカムで交信しながらPP-19を発砲する護衛の肩腰に見える、嵐のような速さと勢いで部下を殺しながら向かってくるアレクセイの姿は段々と大きく、鮮明に見えてきていた。

 一人の護衛がAK103を彼に向けてフルオートで発砲した、前屈みで両手を使って構える銃に体重を乗せるような形で。だが7.62mm弾が砕くのは柱、アレクセイは彼らの動きに対して機敏に反応して身を隠す。

 彼の戦う姿は荒々しく、まるで屈強な猟師を力強く強引に屠り尽くさんとする熊のようであった、それでも姿かたちは少年ともいえる存在。ムハレムには目に映る情景に一種の非現実感が生じていた、だが体の震えが現実であると彼に訴える。するとPP-19に新しいマガジンを差し込む部下が彼の下に走り寄ってきた。


「ボス、今は一人で逃げてください。すぐに別の連中があなたを保護しますが、ここは我々が抑えないといけません」


 彼はそう言うとムハレムが何かを言う前に腰からグロック38を抜き、手慣れた動作で薬室に弾が装填されているのを確認してムハレムに手渡した。ムハレムは握ったグロック38を見て、それから部下の表情を見た。背後で激しい銃声と死の刹那の呻きが聞こえる中、部下は汗を滲ませた頬を小さく歪めて彼に微笑み、吠えた。


「さあ行ってくださいっ!」



 ――



 柱の陰からグロック34を握った両腕を突き出したアレクセイが姿を見せる。彼は真っ先にAK103のマガジンを交換していた護衛の額を一発で撃ち抜く、頭から血を垂れ流す死体が膝から崩れ落ちる。

 PP-19を持った護衛がチャージングレバーを引き絞ってすぐに銃口を彼に向け、その引き金を引くより先に二発の9mm弾が右胸を直撃、護衛は突き飛ばされるようにして床に倒れ込む。

 アレクセイは踏み込んでその頭を撃ち抜こうと向けた銃口を下げ始めた、だが彼は急速に上体を回して照準を九十度近く回転させて拳銃を向けてきていたムハレムの胸を撃った、9mm弾が二発、心臓の真上。プレート入り防弾ベストと強化繊維の防弾スーツの上に叩き込まれた9mmは致命傷を与えそこね、ムハレムは激痛を抱えて床に転がる。

 そして同時にPP-19を放り捨てた護衛がアレクセイに体当たりし、痘痕まみれの柱に叩きつけた。護衛は彼の両腕を抑え込みながら突っ込み、二発の右フックを腹に打ち込んでからすかさず顔面にも鋭い右フックを叩き込み、腰から右手で逆手にナイフを抜いて振り下ろした。

 アレクセイは激しい殴打で鼻腔から真っ赤な血を流し、眼球からも出血してその白い結膜を赤く染めていた。だが彼は苦悶の表情で閉じていた瞼をハッキリと開いて、護衛を睨み殺すかのような目を向ける。そして掴まれていた自分の右腕を引き抜いて男の振り下ろした右腕の手首を抑えて受け止める、男の振り下ろす勢いを利用してそのナイフを男のベルトの直ぐ上から防弾ベストの隙間に突き刺した。

 護衛の男は驚きの表情で目を見開いて体を硬直させる。

 すかさずアレクセイは男の体を掴んでその両脚の間に左足を差し込み、大内刈りで押し出すように地面に倒した。そして腹からナイフのグリップを突き出した男が床に転がって頭をもたげ、アレクセイは素早く両手でグロック34を構え直して顔面に二発撃ち込んだ。

 彼は牙を剥いた口で息をしながらムハレムの方へと向き直る。その時ムハレムは右手にナイフを腹の高さで握って走り寄り、刃先を彼の腹に突き立てようとしていた。そのナイフには装飾が多く施されて刃自体がやや反り返った形状、代々彼の家で伝わる家宝のナイフだった。

 しかしそのナイフが体に触れるより先にアレクセイは左手の下ろした手刀でナイフを握った右手首を抑えて刃先を逸らし、同時にムハレムの腹へと銃口を向けたグロック34の引き金を二度引く。激しい銃声でマズルフラッシュが煌めき、弾丸がムハレムの腹に叩きつけられる。だが先程と同じように弾丸は防弾ベストを貫通することなく、中の皮膚と筋肉を衝撃で引き裂くにとどまった。

 さらに視界の右側から敵が現れてアレクセイはそれに気が付く。

 両目を敵に向けながら彼は素早く左手でムハレムの右手首を掴み、グロック34を握った右手を自分の左前腕に添える様に下方腕絡みを極め、ムハレムの背後に回って盾にしつつその背中から右手を突き出してグロック34を発砲する。

 現れた二人の敵の胸と顔面に弾丸を撃ち込み、血肉と共に命を散らさせてアレクセイは銃口をそのままムハレムの後頭部に向けようとする。

 ここまで当然躊躇は一切なく、油断も皆無、全身全霊でムハレムの頭部に向けて引き金を引かんとしてきたアレクセイ。だがグロック34の引き金に力を込める寸前、彼の背中に激しい衝撃が走った。それは彼が両脚を浮かせて咄嗟に極め技を解いたムハレムの背の上に転がって距離を取ってしまう程だった。

 よろめきながらもなんとか倒れることなく立ち、すぐに振り返って右手を突き出して銃声の鳴った方向に銃口を向けた。そして彼は同時に引き金を6度引いた、反射的に銃を持った人型を認識してその胸と顔を狙って。

 だが弾丸は全て硬質なアラミド繊維からなる盾に着弾し、凹んだマッシュルーム状になって静止した。

 射線の先に立つのはバリスティックシールドとグロック19を装備した兵士三名と、その背後でIWI製プルバップライフルのX95を構えた兵士三名の即応部隊だった。

 背中を走る激痛と滑る血の感触を無視するアレクセイはさらにマガジンを一瞬で空にしながらも弾幕を張り、敵が銃撃で応じる間もなくすぐそばの柱に滑り込んだ。痛みに耐えながら背中を柱に押し付けてグロック34のマガジンを急いで交換する。

 ゆっくりと柱の陰から様子を窺おうと顔を端に近寄せる、だが激しい銃撃が瞬く間に浴びせ掛けられて眼前は砕け散った柱の粉塵で覆い隠された。それでも彼は即応部隊に引き上げられて退避していくムハレムの背中は見逃さなかった。

 怒りの表情を浮かべる、絞り出すような息を吐いて頬を釣り上げ、目瞼を開いて瞳孔を大きく晒す。胸に溜まるのは怒りと焦り、自分の不甲斐なさとあと一歩というところで逃げていくその存在に向けたもの。

 ジャケットの裾を翻してグロック34をホルスターに押し込む、ウルティオのピストルグリップを掴み上げる、セレクターをフルオートに切り替える。

 九十度横に倒して床に沿う形で柱の陰から上体を覗かせ、その動作の中で二人組のシールドとその後ろに立つ者たちに向けて銃撃する。地面すれすれに弾丸が駆け抜けてシールドを持った二名の脚が激しく肉を砕かれる。敵は膝から崩れ落ちてシールドの陰から体を露出させる、そこで瞬く間に全身を弾丸が射抜いて地面を扇状の血で染めた。

 アレクセイはすかさず飛び出して別のシールドを持った二人組目掛けてセミオートに切り替えて発砲、覗き穴に防弾ガラスが埋め込まれた黒いシールドに5.56mm弾が次々とめり込んでいく、そしてもう一度彼は照準を大きく動かして先程撃った方向に向き直った。

 持ち主を失ったシールドの背後に居た者たちはすぐさま反応してシールドを拾い上げ、膝立ちでなんとか支えると片腕でX95を持ち上げてアレクセイに銃口を向ける。

 だが彼はウルティオの銃口を大きく動かさずに発砲を続けて二枚のシールドに弾丸を叩き込んで敵の動きを抑える、なおかつ左手で腰の裏からグロック26を引き抜いてウルティオのハンドガードの下からもう一方の二人組に向けて発砲した。

 彼はたった一人で二つの方向に攻撃を浴びせ、圧倒し続けた。

 不意を突いて彼を撃とうとしていた隊員たちは逆に不意を突かれて慌てて伏せる。盾に9mm弾と5.56mm弾がぶつかる重々しい「ガンッガンッ」と鉄板を激しく叩く様な音が繰り返し鳴り響く。

 アレクセイはグロック26で撃っている方向に横歩きで近づきつつ、ウルティオで盾の陰から時折発砲してくる敵を制圧する。やがてしびれを切らした敵がシールドから体を覗かせて銃を向ける、そこを彼等より先に引き金を引いたアレクセイの放つ5.56mm弾が眼孔から飛び込んで頭部を弾き、胸部を砕いた。

 死人の持ち物と化したシールドが大きな音を立てて床に倒れる。彼はウルティオを持つ右腕を下げてピストルグリップから手を離し、同時にグロック26の発砲を止める。だが素早く右手はグロック34を引き抜いてすぐ右横にまで近くなっていたシールドの背後に立つ隊員に向けた、しかしシールドを持つもう一人の隊員は咄嗟に立ち上がって仲間に向けられた弾丸を受け止める、9mmFMjでは7.62mmですら貫通を許さぬシールドに対して無力であった。

 彼はグロック34で覗き穴の防弾ガラス目掛けて発砲し、しゃがみ込む間を与えずにシールドを持つ隊員の脛を撃ち抜いた。崩れ落ちたシールドの背後からX95を持つ隊員の上体が覗き見え、グロック34で腕と額目掛けて発砲。ところが顔には防弾フェイスプレートが装備されており、腕を抑えた隊員の額に飛び込んだ9mmはフェイスプレートの表面に深い溝を掘りながらも貫通できずに逸れて後方へと消えた。

 これら一連の動きと同時にグロック26を別方向に向けてもう一人のシールドの裏からX95を構える隊員の首を二発で撃ち抜き、弧を描いて首の穴から噴き出す血潮を横目にグロック26をホルスターに戻す。

 それからシールドの横から覗くグロック19を握る手を撃ち抜く。アレクセイは被弾して呻く隊員の斜めったシールドの上で背中を転がすように乗り越え、CARの形で拳銃を握る右腕の肘を直ぐ隣のシールドを持った隊員の腎臓を狙って肋骨のすぐ下に打ち込む。

 続けてAPOGEEの形に構え直すと最後のシールドを持った隊員と右腕を撃たれて左手で拳銃を構える隊員の眼孔と首を的確に一発ずつで撃った。

 隊員たちが上体を仰け反らせて血肉の濁流を首から放出させながら床に倒れ込む間、腹の痛みに呻く隊員が無傷の左腕を彼の顔面目掛けて振るう。

 アレクセイは右肘を持ち上げて右前腕で受け止め、そのまま右腕で下へと回すとそのまま相手の左腕を背後まで持っていって肩関節の限界まで回転させて極める。

 「グキッ」という嫌な音が肩から聞こえる中、彼は左手で隊員の左腕を掴みなおすとグロック34を握った右手を突き出してまだシールドの裏に残っていた隊員の眼孔を狙って顔面に二発、首に二発撃ち込んだ。

 それから拘束していた目の前の敵の左脛を蹴りつけて膝をつかせ、低くなった相手の首に左腕を絡ませるフロントチョーク、そして顎を引き込むように左腕で固定してから腕を大きく外側へと回して頸椎を引き剥がすようにへし折った。

 自分の背後を覗き込むような珍妙な顔の向きになった隊員の死体を投げ捨て、ムハレムの居た方向に向き直る。

 けれどその一瞬に見えたムハレムの背中、そして怯えた目を見開く表情はすぐに逃げ惑う人々に埋もれ消えていった。それからすぐにその雑踏の中から赤いジャケットを羽織ったスタッフが拳銃を握る姿を見せた。その男はなんとか雑踏をかき分けてアレクセイを見つけ、銃口を向けようと腕を持ち上げる。

 そんな中彼は目的の方向に向き直った直後走り出していた。

 右手を突き出して彼は全力で駆ける、そんな中でも彼の意識と殺意が溶け込んだ射線は的確に前方の敵へと向けられ、その胸に9mm弾が二発撃ち込まれた。

 撃つ間もなく胸を銃撃されたスタッフは胸を押さえながら倒れる。

 雑踏から現れたスタッフを撃ち、続けてもう一人現れたスタッフの胸と顔に一発ずつ撃ち込み、胸を押さえながら立ち上がり始めたスタッフの眼前まで走り寄った。

 彼はもう一度スタッフを撃ち、今度は弾丸が右肩に直撃する。そして衝撃で拳銃を落とすスタッフ。

 アレクセイは膝を曲げて姿勢を下げたスタッフの大腿に足を乗せて駆け上がる様に反対の脚は肩に乗せる、それはムエタイで言うクライミングエルボーの動きだった。彼はスタッフの体に登るのと同時に相手のネクタイを左手で掴んで締め上げ、上体を捻ると右手を突き出してグロック34の銃口を見下ろすようにムハレムに向けた。

 手で襟首を掴まれながら逃げる背中が視界の真ん中、サイトの直ぐ上に現れてやがて照準は後頭部に定められた。

 だが彼が引き金を引くより先にムハレムを引く者とは別の護衛が振り返り、素早くX95をフルオートで発砲した。

 被弾したアレクセイはよじ登ったスタッフの上から弾き飛ばされて床に叩きつけられる、その動きにネクタイを掴まれたままのスタッフも続く。

 アレクセイは立ち上がることも無く倒れたままでグロック34を銃弾が飛翔してきた、ムハレムの逃げる背中のあった方向へと向けた。だが既に叫び喚く雑踏の壁だけがそこにあり、ムハレムも彼を撃った護衛すらも姿は無くなっていた。

 咳き込みながら頭をもたげるスタッフの額にグロック34の銃口を添え、視線も向けずあっさりとした銃声で後頭部ごと脳味噌を吹き飛ばし、立ち上がった。


 ――



 ムハレムは二人のX95を持った隊員に挟まれて出口に向かっている。

 護衛が怒号を飛ばしながら道を切り開き、無線でさらなる応援を求めながら。そして遂にガラス張りの8枚のドアが並ぶ出口に辿り着く。ところがその先にある車の乗り場に装甲車が猛然と停車した。車が完全に止まるより早く後部ドアが開かれて重武装のロスファナティコスの隊員が展開する。彼らはすぐに正面玄関をガードしていた警備五名を的確な射撃で殺害、胴と顔を撃ち抜かれてばたばたと脱力した人形の如く警備員が地面に崩れる。

 ロスファナティコスの隊員は瞬く間に正面玄関のドア越しに見えるムハレム達に発砲しつつ向かって行った。

 ムハレムの護衛は咄嗟に彼を突き飛ばして玄関の正面から遠ざけ、左手がハンドガードに届くよりも早く引き金を引いてロスファナティコスを銃撃する。正面玄関の銀の枠に嵌め込まれた透明のガラスに無数の弾痕が穿たれていく。

 外のロスファナティコスたちが銃撃を避けて二手で左右に分かれ、遮蔽物に身を寄せると護衛はマガジンを交換しながらムハレムに顔を向ける。


「行けっ!」


 最低限の言葉、平時であればボスに対して投げかけるには粗雑すぎる言葉遣い。護衛はそれだけを大声で張り上げ、ボルトリリースを押したX95を両手で握りしめて外に向けた。

 ムハレムは目の前で突き飛ばして大声を上げた護衛が頭から血を噴出させながら倒れる姿を見た。

 全力で床から体を引き上げて走り出す、脇目も降らず向かう先は地下のカジノクラブ、その先にある地下駐車場。

 彼は一人で何度も倒れかけて客たちを突き飛ばしながら立ち直って走り続ける、一度として雷の如き銃声が鳴り止まぬ背後を振り返らなかった。



 ――



『――あと少しなのに』


 アレクセイは既に数えきれない死体を背に、そしてさらに死体を踏み越えながらグロック26のマガジンを交換し。金の装飾が目につくスチール製のドアを蹴り開ける。

 地下のクラブに一番早く辿り着ける非常階段を降りながらウルティオのマガジンを一旦引き抜き、残弾を確認してから改めて差し込む。彼が下りる乾いた足音だけが響く、質素な灰色の壁に囲まれた階段、外からはくぐもった銃声や叫び声が聞こえる。

 階段を降りながら、右腕でウルティオを持ち上げたアレクセイは左手で頭を抱える。

 「ドクンドクン」と頭に鈍い痛みが走る、頭部に大蛇の如き太さの血管が走っているように疼く、蠢動する重い痛みを感じた。

 頭の中で躍動するその痛みが走ると同時に、彼の脳裏に浮かぶのは照準が重なったムハレムの怯えた表情、だがその顔面に弾痕が穿たれたビジョンはまるで浮かばない。

 思考と全身と、殺意がただムハレムを殺すという一点に集中している、だがいつまでたってもその対象は死なない。滾る昂る研ぎ澄まされた殺意が無限の膨張を続ける。

 全てのステップを降り終えてドアの前に立つ、きつく握りしめる両手でウルティオをローレディで構える、残弾は一二発。そして腰には最後の予備マガジン。

 ルーレット台やスロットが、一度に4,5名の女性が踊ることも可能な広いストリップ用のステージの間を縫うように配置されたカジノクラブ、それがドアの先に広がる。

 そしてクラブを過ぎればすぐに地下駐車場に通じる、ここで逃がせばもうチャンスはない。

 完璧なまでの防音処置が施された地下クラブ、そして混乱のあまり避難誘導すら行わないスタッフ、カジノはまるで地上で何もなかったかのように笑いと雑談、コインがぶつかる、ボールのぶつかる音が喧しく渦巻いていた。

 だがそんな中でスタッフたち、武装した警護達は客たちに悟られぬままに慌ただしく銃を抜き、一心不乱に走るムハレムの下に向かっている。

 「……ギリッ」とアレクセイの吊り上がった頬、その口端から覗く八重歯の隙間から歯軋りが漏れ、彼はドアを勢いよく蹴り開けて飛び出した。

 ドットサイトを覗き込むことも無く銃身を斜めに構えたアレクセイは駆ける、そして動きを止めることなく彼の視界に入った警護を片っ端から銃撃していく。安定した上下の揺れを抑えた下半身の歩み、機械然とした静と動を繰り返す上半身、的確に銃声と弾丸を吐き出すウルティオライフル。正確無比、ブレも誤差も感じさせないその動きはミシンのようだった、的確に必要な場所に針――ではなく弾丸を撃ち出す、人間をあの世に縫い留める禍々しいミシン。

 胴や腰、脚に弾丸を受けて動きを止めた敵は次々と後頭部を爆発させて倒れていく、ドミノ倒しの如く敵が頭部の破片を撒き散らしていく中、アレクセイはクラブ内を突き進んでいく、その速度は小走りであったが撃ち漏らしは一度としてない。

 滑らかに流れる様に、必殺の弾丸を撃ち込む彼は左の敵を皆殺しにし、右へと銃口を振ってマガジンを抜き捨て。歩くことも止めぬままに、顔を上げたままに新しいマガジンを差し込んだ。

 その時左側から飛び出してきた両手がウルティオのハンドガードを掴んだ。

 アレクセイは上から下へと半円を描く様に回してトリガーガードを掴んできた右腕の内肘関節に押し込み、さらに銃ごと下へと押し込んで肩と肘の関節を極めてから大外刈りで右脚を払った。彼の不意を突いて銃を抑え込んだ敵は一瞬の間で地面に投げ落とされる。 

 彼は投げてから手を振り払ったウルティオで敵の顔面を至近距離から二発撃った、顔はボコンボコンと赤黒い穴が二つ穿たれ、頭の向こうにはゼリーのような赤い肉々しいものが噴出した。

 すぐに振り返って前進を続ける、先程以上のペースでムハレムと彼の間に入ろうとする、銃を持って彼に向かって行く敵の胸と顔面を的確に撃ち抜いて突き進む。

 最初に銃声が轟いてから大混乱に陥ったクラブは客たちがどんどん逃げていき、雑踏は薄く途切れ途切れになっていく。ホテルの警護達とアレクセイは互いにその姿を視認しやすくなる、だが状況は何も変わらず一方的な虐殺が続いた。シューティングレンジ、はたまたもぐらたたきを彷彿とさせるアレクセイの銃撃が敵を殺し、すでに警護は数名しか残っていなかった。チップとコイン、それに薬莢が柔らかな絨毯に散らばる中、彼は引っ切り無しに続けていた発砲を止め、射線と視線を辺りに走らせながら駐車場に通じるドアに向かっていた。

 不意に彼は振り返ってライフルを持ち上げると顔の直ぐ傍に寄せた、次の瞬間には銃撃されたウルティオの銃身が爆発し、ライフルはレシーバーの真ん中から折れてマガジンはそのまま床に落ちて弾丸を撒き散らした。

 至近距離で銃が爆裂したアレクセイは顔を仰け反らせ、スリングで半分になったウルティオを提げながら膝をついた。

 左手が血の滴る顔を抑え、グロック34を神速で引き抜き振り向きざまにX95を構えた敵の頭をたった一度の発砲で撃ち抜いた。

 アレクセイはゆっくりと立ち上がり、左手を顔から離す。

 彼の頬にはライフルの銃身であった黒い破片が突き刺さっていた、鋭利に尖った鈍い黒色に煌めく破片の突き立った根元からは真っ赤な血が滴る。間違いなく頭骨にまで達している破片、激痛が走るはずの傷、だが彼は痛みに呻くことも無く駐車場に向かって歩を進めながら左手で勢いよく引き抜いた。

 十センチ以上はある血で真っ赤にぬめる破片が地面に落ちて「チャリン」と音を立てる。そして右手に漆黒のグロック34を握り、銃撃でボロボロになった黒いジャケットのスーツ姿でドアを押し開けてクラブを後にした。



 ――



 「バンッ」と勢いよくドアが開け放たれてムハレムが飛び出してくる、彼は前のめりにこけそうになりながらもなんとか前へ前へと駆けていた。

 短い廊下を抜け、彼と合流した二人の護衛が入れ替わりに開かれたドアに向かって行き、銃を構えてアレクセイを待ち構える。

 ムハレムは自分の慌ただしく走る足音の反響する地下駐車場を一心不乱に抜けていく、時折車にぶつかり、手を突きながらも自分の車に向かう。

 背後から銃声が三度轟いた、直後に部下の怒号が一瞬だけ聞こえるも銃声に掻き消される。

 ムハレムは振り向いてはならないと自分に言い聞かせながら数々の艶やかな車両の間を縫うように進み、やがて自分の車に辿り着いた。

 その車は防弾ガラスは当然としてドアにもフロントにもプレートが取り付けられてライフル弾にも耐えられる装甲車に近い性能を備えた車だった、タイヤはパンクしても暫くは走行できる仕様のランフラットタイヤ。

 倒れ込むように車のドアに手を突き、急いでポケットから鍵を取り出す。

 ボタンを押し込みサウンドアンサーバックが鳴った、彼は勢いよくドアを開け放つ。そしてその時彼は一度だけ振り返ってしまった、やや長い髪を振って彼が顔を向けた先に立つのは銃を構えたアレクセイ。

 三度の銃声が鳴り響く。ムハレムは胸に二発受けて一発目が心臓を掠め、二発目は肺を射抜いて引き裂いた。それから最後の一発は頭部目掛けて放たれた、ところがその弾丸は脳幹ではなく胸の被弾で大きく仰け反ったムハレムの後頭部を弾き飛ばした。

 その結果――。


「目が、見えない。見えないっ!」


 弾丸は後頭部の頭骨と頭皮ごと脳の視覚野を粉々にし、彼の視覚そのものを破壊していた。

 真っ暗な視界、それどころか暗闇が見えることすらなく眼球が受け取った視覚情報を処理すること自体ができなくなった彼は何も、一切見ることができなくなっていた。

 胸部と頭部の激痛を抱えてコンクリートの地面に転がるムハレムは手を振り回して叫ぶ。


「アァ……ァァァアアアア!」


 そんな甲高い叫びを上げていても、近づいてくる固い靴底が地面を叩く音はハッキリと彼の耳に届いた。

 自分の体から流れる血で濡れ、滑る中頭を忙しなく振り、役立たずと化した眼球を蠢かせる。びちゃびちゃと液体が弾け飛び散る音が聞こえる、手が車や地面にぶつかる。頭は既に感覚を失いつつあり、痛みは無い。だが恐怖だけはハッキリと鮮明に感じられた。

 やがて足音は彼の直ぐ傍に来て止まった。

 ムハレムはあやふやながらもその足音が聞こえた方向へと顔を向け、震わせる唇を動かした。


「た……助――」


 凄まじい連射速度の一発に聞こえる二発分の銃声が「ガガンッ」と轟き、焦点の合わぬ目をしたムハレムの眉間に歪な8の字に似た弾痕が穿たれた。

 既に広がっていた血溜まりにトンネルの開いた頭が叩きつけられて真っ赤な鮮血が跳ねた。

 緩やかに駐車場内で反響していた銃声が消えていき、後に残ったのはアレクセイの静かな呼吸の音。

 やがて彼は右手にグロック34を握りしめて立ち尽くし、少しだけ上を向いてどこか遠くを見つめるぼんやりとした目を胡乱気に開いた。

 頬の傷口から真っ赤な血が滴り、顎から地面に零れ落ちる。

 そして彼は一人聞く者など居ない中、遠くの誰かに囁くような声で呟いた。


「――まだ終わってない」


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