Chapter 5-3 Shots Fired
――十数年前、ドバイ――
夕暮れ、ドバイの街の一角を大きく占めるとある建設中のショッピングモール。今は建設会社が休みなのか誰も作業を進めている者が居ない。ただ大きなハンマーやドリルなどといった建設用の道具、塗料に資材と仮設トイレなどが使ってくれる者を静かに待ちつつ鎮座していた。
コンクリートが剥き出しの地面からは埃が舞い、無骨な柱や壁を晒すモール内で漂い続け、天窓から伸びる太陽光が照らして存在感を強める。天窓の下には一階から三階までが吹き抜けとなって幾つもの店沿いに伸びるテラスがあった。
モールの二階、まだ一体何の店が入るかもわからない空っぽの店の前に立っている柱に張り付く人影がある、その男は何処かの警備部隊らしき服装で無線機を付けていた。ベレー帽を被ってアメリカ製のM4A1を両手で構えつつ、柱の陰から様子を伺おうと顔を覗かせていた。
「ドンッ」という破裂音がモール内に轟く、それと同時に柱から微かに飛び出していた頭の額に孔が開いて後頭部が爆発、頭の後ろ半分が爆発に引き摺られて後方に撒き散らされていった。その一発を切っ掛けに銃声が次々と撃ち鳴らされ始める。
警備部隊の男達はぞろぞろと姿を見せて各々が手近の遮蔽物に飛び込みM4をフルオートで撃ちまくった、軽くも耳をつんざくような高い射撃音がほぼ途切れることなく響き続ける。
しかしそれを抑え付けるかのようにさらに低く腹に響く銃声が一発ずつ慎重なペースで発砲されていき、その一発ごとに喚くM4の銃声の音源が減って静かになっていく。
5.56mmの薬莢が雨の如くコンクリートの地面に降り注ぎ、ジャラジャラとバウンドして警護の男達の足元に転がっていった。
M4の銃口が眩く煌めきながら弾丸を吐き出し、排莢口からは次々と金色の薬莢が蹴り出されて跳ねていく。その銃を構えて歯を食いしばった険しい表情の男、その額に赤黒い孔が穿たれ頭部から血と脳味噌が噴出した。
その姿をロシア製ドットサイト越しに見ていた男、その男は展開する男達から大きく距離を取ったモールの奥、コンクリート製の店の壁からAK103と顔の一部だけを覗かせていた。短髪で切り詰めた白髪交じりの頭部、薄い髭を残した冷静ながらも皺が相貌に厳めしい印象を与えている老いた狼とも呼べるような風体。
その目は乱れのない瞬きをしつつサイトで敵を真っ直ぐに見据え、引き金を何度も引いて次々と男達を射殺していく。脚を撃てば頭を撃ち、腕を撃てば頭を撃ち、胴を撃っても頭を、そして頭を撃てばもう一度。その冷たい蒼の瞳は殺意が凍ったかのよう。
その殺意を滲ませる男は一旦体を引き、遮蔽物に隠れるとAK103のマガジンを引き抜き投げ捨て、黒いスーツの下に着たマガジンポーチだらけのベストから捻じ込んであったマガジンを取り出してAKに装填。素早く左手でチャージングレバーを引いて構え直す。
すると彼の視界の左側で一番近くにあったスタッフ用の両開きドアが卒然と開かれた。
巣を守ろうとする蟻のように雪崩れ込んでくる警護の男達。彼はそれを次々と射殺していく。腹を撃たれたものは背から血と臓腑を垂れ流し、頭を撃たれた者は欠けた頭部を地面に叩きつける。
しかしその数は多く、AKを撃ち続ける男は徐々に後退していく。その表情は厳しさを増して食いしばる歯を剥き出しにし、眉間には深い皺がさらに彫り込まれていく。
男はセンサーを搭載したマシンの如く現れる警護たちに反応して上半身を機械的に動かし、精密な照準を持って撃ち抜いていく。7.62mmの大きく深いグリーンをした薬莢がガランガランと床に転がっていく。
チャージングレバーが後退したまま停止し、空のマガジンを新しいマガジンで叩いて引き抜いて弾倉を交換、銃身を傾けてチャージングレバーを上に向けてから左手で引き絞る。
腹を撃たれて倒れ込んでいた男が血反吐を吐く、その後頭部に一発叩き込んで頭を爆散させると振り返って走り出す。店の裏口を体当たりで押し開け、同時に銃口を持ち上げて通りに射線を巡らせていく。刹那に通りを見つめ続け、何も起きないと男は走り出した。AKは構えて照準を覗き込んだまま、手はマガジンの付け根を掴んでその銃口を真っ直ぐと警戒すべき方向と場所に向けつつ廊下を進む。進行方向で「ダンッ」という音でドアが開かれて飛び出してきた男の胸に三発撃ち込んで壁に背を叩きつける、その驚嘆した表情の顔にもう一発撃ち込んで弾痕を開けると二つの眼球が半分飛び出す。
今度は振り返って追ってきた男達に二発ずつ発砲、胸に赤黒い孔を開けられた者たちはライフルを取り落とし、膝を付くと眉間を撃ち抜かれていく。
そこでAK103の弾が切れた、男は素早く銃を地面に投げ捨てると肩から下げていたAKS74Uを掴み取って畳んでいたストックを広げる。
さらに振り返って進む先から現れた敵の胸にフルオートで一瞬の間に七発捻じ込む。敵は大きく上体を仰け反らせてからライフルを放って背から倒れ込んだ。
さらに奥へと歩みつつ倒れた敵の頭部に止めを差し、現れた敵を休むことなく射殺する。
だが狭く道の限られた通路を埋める様に現れる敵はあまりに多く、AKを携えた男は銃火によって敵を薙ぎ倒していくも追い詰められていた。
彼はやがて一階の倉庫にまで辿り着いていた、いや追い詰められていた。
倉庫には大きな段ボールや資材がうず高く積み上げられ、小型のコンテナが運び込まれている。箱のどれもこれもが様々な言語が書かれていた。
彼は慎重な動きで照準を死角や怪しい場所に向けつつ、素早く倉庫の中を進んでいくと両開きのドアに辿り着いた。しかしドアのノブは鎖でがんじがらめに固定され、それらは南京錠が施錠していた。
彼にはもう他の道は無かった。だから顔を手で覆いつつAKの銃口を南京錠に突き付けて引き金を引いた。一瞬の銃声で南京錠は砕け弾け飛んだ。
彼は勢いよくドアを蹴り開けて銃口を部屋の中に向けた。
そのAKのフロントとリアサイトが重なった照準の先にある彼の表情が驚嘆に染まる、僅かに銃口を下げてその視線の先に広がる光景をハッキリと認識する。
戦いと痛み、それに怒りが流し込んだ濁流の如しアドレナリン、その興奮作用が微かに抑えられて彼の思考を鮮明なものにする。
質素で装飾が一切ない建築途中の倉庫には、不自然に規則正しく堅牢な檻が並べられていた。
無慈悲で最強と恐れられ、今なお無数の敵を屠り続けているレオニード・サハロフも、流石にその光景には驚きの表情を隠せなかった。
――現代、ダイチェ・チェロベーク美術館――
月の浮かぶ真っ暗な空に見下ろされているダイチェ・チェロベーク美術館の静かな庭園でただ虫だけが鳴き声を奏で続けている。
庭園を潜った先に宮殿の如く建つ美術館の正面入り口には広い外階段が広がっている。
正面ドアを含む美術館の表側は大きな白い柱が等間隔に建てられて神殿を彷彿とさせる。
その柱に挟まれている正面ドアに向かって階段をゆっくりと上がる男の後ろ姿があった。
既に閉館の時間かその直前なのか他に誰もいない中、拳銃を握ったその男――アレクセイ・サハロフは美術館に足を踏み入れる。
入り口の受付に立つ女性、そしてさらに奥へと通じる入り口の左右に立つ黒いスーツを着た大柄な警備の男二人が彼を見つめる。そして一斉にインカムに指を添えて指示を聞く、すると三人は彼から視線を外した。アレクセイはその見慣れた対応に目を向けることも無く先に進んでいく。
絵画が架けられている壁沿いに立つスタッフの女性、屈強な肉体を持つ神話の人物の像とその傍に立つ同じく屈強な肉体を持つ警備の男たち。彼らもまたアレクセイに視線を向けないまま直立して静寂に満ちた美術館内にその存在感を示していた。
やがてアレクセイは展示品に一切目もくれずに進み続け、二人の男が守る両開きのドアの前に立った。一般人が見れば一見ただの展示品にも見えるほど金の装飾が施されたドア。
彼に一瞬だけ目を向けた二人の男たちはドアを押し開ける、そしてドアの先には微かな営業向けの笑みを浮かべたムッシューが立っていた。
「どうぞ」という短い言葉でアレクセイは彼に付いていき、ムッシューはアレクセイと共にクラシックな手動ドアのエレベーターに乗り込んだ。モーターの低い唸り声がエレベーターシャフト内で反響するのがわかる、微かなエレベーターの揺れでドアがガシャリガシャリと擦れる音が鳴った。
エレベーターが降りている間、二人は一切言葉を交わさぬままに立っているが一瞬だけムッシューは彼の握るP-10に目を向けた。その拳銃を握るアレクセイの姿は燦燦たるものだった。黒いジャケットはどこもかしこも擦り切れては裂けており、その下の白いシャツは赤黒い誰かしらの血で汚れている。さらに彼の拳も所々が裂けて自分と誰かの血で塗れていた。
「実はサハロフ様にお渡ししなければならない物があったのでとても良いタイミングでした」
銃を携えた像に挟まれている薄暗い通路を歩く中、ムッシューは前を向いたまま語る。
悠々と歩くムッシューと拳銃を握ったまま幽鬼の如く歩くアレクセイの二人からはヒリヒリとした剃刀が肌を撫でるような緊張感が漂う。
「奥へと案内しますよ、それにサハロフ様のご用命ももちろん聞かせていただきますが少々お待ちください」
そう言ってドアを開けると銃の収められたガラスケースの並ぶ大きな空間に出る、部屋の中心部にはカウンターがあり、そこではスタッフ達が銃を磨いたり客の応対といった業務をこなしている。
ムッシューはまた別のドアを開けてさらに進んでいく。他の場所と同じように黒と一部の金でデザインされた高級感溢れる廊下を進んでいくと、分厚く横に長いガラスが廊下の一部の壁に嵌め込まれていた。その先は射撃レンジとなっており、人型をした紙の的が等間隔で並べられて床には数多の薬莢が転がっている。
やがてアレクセイは個室に案内された。部屋の中には大きな黒く艶やかなテーブルを挟んで二つのソファが置かれており、天井から下げられた城のシャンデリアを彷彿とさせる煌びやかな装飾の照明。壁にはシンプルな花と女性の絵画が架けられていた。
部屋に通されるとムッシューにソファに座るように促され、既に疲れ切っていたアレクセイは倒れ込むように腰を降ろした。
「少々お待ちください。それとなんですが、後ほどお医者様をお呼びしましょうか?」
アレクセイはそこでやっと自分の姿を見て今の酷い有様を自分の目で確認した。
「すみません、お願いします」
しばらくしてムッシューに連れられて部屋に入ってきたのは医者ではなく、二人のスタッフが運ぶマネキンに着せられたダークグレーのスーツだった、二つボタンのジャケットとベストとパンツ。全てダークグレーの上品ながらも目立ちすぎないデザイン。わかる者が見ればこれを着ているのは只者ではないとわかる程にしっかりとした作りと質感。
「こちらは以前サハロフ様が銃撃によって重傷を負われた際、ヘレナ様のご注文によって用意した特注のタクティカル防弾スリーピーススーツです。裏地に特殊炭化珪素複合繊維が編み込まれており、それに加えて強化複層炭化セラミックチップが動きに干渉しないように織り交ぜられています。今までにない非貫通性からこのスーツはNIJ規格Ⅲレベルの防弾性能を有しています。サブマシンガンから小口径のライフル弾までを防ぐことが可能、ただこれは至近距離では発揮しきれないのでご注意を。また全て防刃仕様でもあるのでたとえ襲ってくる相手の持つ武器が銃であろうと剣であろうと臆することなく挑めるでしょう。最高の逸品です」
アレクセイは立ち上がってそのスーツに触れてみる。滑らかな触り心地で余計な引っ掛かりも無く、目立たない色合いとデザインながらも光の加減で微かに煌めく繊維は美しかった。しかし彼がそのスーツを眠る猫を撫でる様に優しく触れるのはスーツの触り心地が良かっただけではなく、ヘレナがわざわざこれほどのものを彼を心配したことから用意したことに言葉にできない心の揺らめきを感じていたからだった。
「ヘレナさまは完成次第、サハロフ様にお渡ししろとのご依頼でしたが、本当に丁度良いタイミングでした」
傍に立つムッシューは微笑んで彼を見る。そしてアレクセイはスーツからムッシューに視線を移した。
「ええわかっていますとも、すぐにでも着ていくことは可能ですよ。けれどまずは……」
「シャワーを浴びて体を洗い流されることをお勧めします、それから手当をいたしましょう」
ムッシューはここで数日地下に降りたまま業務を続けるスタッフが多いからと説明していたが、シャワーに加えて宿泊用の部屋まであるらしく、彼はここまで来ると美術館の地下に隠されたこの武器密売施設から核シェルターを思い出させられる。
アレクセイは曇ったガラス張りのシャワーブース内で壁に両手を付きながら頭からシャワーを浴びていた。
全身至る所にある紫色に染まったアザや裂けた傷跡をお湯が洗い流し、酷い出血をしている場所はもうすでに無いがどこもかしこも急な刺激に痛みを滲ませていく。傷の無い白い肌の部分は暑いシャワーを浴びて桜色を帯びていく。俯いて頭からシャワーを浴びていると濡れた黒い髪が痛みに歯を食いしばっている顔の前にダラりと垂れ下がった。
幼く見えるも端正な顔立ちの彼の長い睫毛から大きな雫が膨らみ、重力に引っ張られて落ちていく。厚すぎない薄いピンク色の唇、彼の微かに開く口から白い歯が覗く。
痛みと緊張によって体中に溢れたアドレナリンで曇りを強引に掻き消されていた興奮の極まった意識が徐々に落ち着き始める。それから上を向いて顔でシャワーを受け止めると壁に手をつき。猫が伸びをするように背中を大きく逸らせて背骨をうねらせる、ゴキゴキとこもった音を鳴らしながら背中の白い皮膚に覆われた肩甲骨が翼の如く開いては閉じて蠢く。
壁に触れている手に力がこもると五指が微かに曲げられ、無駄無く鍛えられて皮膚を適度に押し上げている上腕筋が張り詰める。主張し過ぎない程度にその存在を見せる腹筋と縫合跡が皮膚ととともに伸ばされてぴんと張った。
瞼が開かれて蒼い双眸が彼自身を見つめる、眼前で己の姿を映す鏡に雫が流れ落ちていく。
シャワーを浴び終えたアレクセイが着替え始めてスリーピーススーツのパンツを履き、その伸縮性と滑らかな触り心地に驚いている時、ノックして入ってきたのは白衣を着た初老の男だった。アレクセイは上半身に何も羽織らないまま椅子に座り、傷を医者に見せる。
幾つかの部位では防弾チョッキ越しながらも着弾した9mmが衝撃で皮膚を裂き、そこから溢れた血が広がって体を赤黒く濡らし固まっていた。
医者は何も言わずただ黙って縫合や消毒といった治療を施し、痛み止めの錠剤を渡した。
アレクセイはムッシューが用意した黒のシャツを着て黒いネクタイを締め、ヘレナの用意した新しいジャケットに着替えた。
スーツの見た目は普通ながらも各所が戦闘に合わせた調整がされていることが着てすぐにわかる。肩はプリッツが施されているので外見を崩さないままに腕を自由に動かせる、またセラミックチップを埋め込むなどして実現したライフル弾の貫通すら許さない対弾性能を持ちながらその着心地に不快感どころか違和感すら抱くことは無い。
全ての注文はアレクセイ無しでヘレナが一人で行ったはず、それでもサイズは完全に彼にフィットして細かなところまで彼が望むであろう仕様となっていた。
アレクセイは医者と入れ替わりに入室していたムッシューに向き直る。
「とてもお似合いですよ。では今回のご用件を伺いましょうか」
「どんな状況にも対応できる最高の、そしてこのスーツに最適なライフルと拳銃を。それに静穏性がとても高い拳銃とバックアップの拳銃、それらを弾薬と一緒に用意して欲しい」
「わかりました、ナイフもご所望で?」
「お願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください――」
ムッシューが会釈して部屋を出ると二十分ほど経ってから数人のスタッフを連れて戻ってきた、彼以外のスタッフ二名は台車を引いている。それは銀行や貸金庫などで現金または預けた貴重品を運ぶ台車とそっくりだったが、この台車は細かな装飾が施されていた。台車の上にはライフルが一丁、拳銃がバックアップ用のものとサプレッサーが付いたものを含めて三丁、それから幾つかの各種マガジンと弾薬が収められたパッケージ。
「我々ヤロスラフ財団はお客様が望む銃器のカスタマイズに対応する為、優秀なガンスミスを数名雇っています。そして彼らには時折我々がお客様におすすめできるような優れた銃を組み上げてもらうこともあるのです。今回はそれらカスタムされた特別仕様の中でも一級品をお持ちしました」
そう言って彼は白い手袋をしたスタッフに合図するとカービン銃と呼べるほどの全長をしたライフルを受け取った。ライフルの弾倉は挿されておらず、当然セーフティーも掛かっている。
「こちらはAR-15をベースにしたカスタムライフル”Ultio”ウルティオです。全て厳選され、調整されたパーツから組み上げられ、近距離から中距離の戦闘を柔軟かつ確実にこなす為の銃となっています」
アレクセイはムッシューに銃を差し出されたので受け取る、想像以上に重くなく全長も短いので取り回しがしやすい印象を与える。全体はマットなブラックで統一されており、特に暗闇では目立たない。
「レシーバーはTTI製のTR-1、アッパーレシーバーはVORTOR製MUR-1、ハンドガードはBCM製9インチKMR ALPHAにどんなに濡れていようと滑らないシリコンカーバイト処理済みのものを採用。高精度にフリーフロートで固定されたバレルはCRITERION製10.5インチでマズルにPRI製ストレートの黒いBB処理を施したコンペンセイター。ストックにはBROWNELLS製フォールディングアダプターを付けたVORTOR製EMOD。ハンドガードの下部には後からの調整も可能ですがマズル寄りにBCMのヴァーティカルグリップMOD3、アッパーレシーバーのレールにはEOTECH製ホロサイトMODEL EXP3を載せております」
銃の全体は黒いがシリコンの粉が吹きつけられてザラザラとした触り心地のハンドガードは微かに煌めいている、アッパーレシーバーの上とハンドガードの四面にレールが伸びており、ここからさらにパーツを取り付けることが可能となっている。
アレクセイは摘まむように掴んでチャージングハンドルを引いて薬室内を覗き込み、指を放すと「バシンッ」という景気の良い音が鳴ってイオンボンド仕上げを施されたブロンズ色のボルトが前進する。両手で保持して構えるとホロサイトに目を合わせ、その構え心地を体で調べる。グリップを握り締めて持ち上げ、ストックバットプレートを肩に押し当てる。ヴァーティカルグリップは五本の指で握れるほどには長くなく、小指薬指で保持しつつ手全体でハンドガードとヴァーティカルグリップを同時に掴む。
ホロサイトに浮かぶ赤い点を中心に捉えつつ照準と射線を動かしてみる、ヴァーティカルグリップの位置と全長の長さから銃口を振り易い印象が与えられた。
コンペンセイターはやや艶やかな黒、筒状のそのパーツは両側面に縦に長い発射ガス排出ポートが三つ並んで開いており、さらに射手から見て右斜め上にも丸いポートが三つ開いている。銃口は王冠にも見える刺々しい形となっている。
「見ての通りこちらはサイトやバレルの長さから交戦距離が短いことを想定されて組み上げられておりますが、サイト、バレルやハンドガードの交換によって遠距離への対応も可能なほどの精度を持っています。それにこのウルティオは小柄な方のご利用も考えられておりますので、特にお客様に合うかと思いご用意させていただきました」
するとムッシューは台車から真っ白い弾薬の詰められたケースを並べ始め、一箱開封すると一発だけ摘まみ出して目の前に示した。
「そして弾薬はFEDERAL製5.56mm×45の62グレインMk318MOD0弾です。こちらは弾頭の殆どを合金で覆いながらも先端だけは内部の鉛を露出しており、着弾時のマッシュルーミングが激しくストッピングパワーと破壊力の高さは保証できます。こちらは熊を狩猟することを目的に作られたFEDERAL社の7.62mm弾を小型化した物なので当然人間にも有効であり、例え相手がNIJ規格Ⅲの防弾ベストを着ていようと貫通し、確実に殺傷させることができます」
アレクセイは弾丸も受け取ってみてまじまじと観察する。しかし手の上で転がそうと一見しただけでは木の実のような形をした金色の薬莢に、銅色の弾頭がはめ込まれた特に目立ったところも無い、強いて言えばムッシューが言っていた鉛の露出している先端は黒く窪んでいるように見えるだけのただの弾丸でもあった。
「そしてサハロフ様はマガジンの装弾数が多い方が好みでしょうと思い、こちらを用意させていただきました」
台車からさらに取り出したのは空の黒いポリマー性らしきマガジンだった、しかしそれはよく見かける三十連マガジンより長かった。
「MAGPUL製40連PMAGにTTI製エクステンションを装着することによって四十六発もの装填を可能にしたマガジンでございます」
黒く緩やかな曲線を描くマガジンの底にはメーカーのロゴが記された黒いエクステンションが装着されているのでさらに長くなっている。
アレクセイは試しに弾は詰められていないマガジンを銃に差し込んでみる。
銃全体がコンパクトに収められたシルエットだったが、マガジンが差し込まれるとシルエットがやや下にも伸びてAKシリーズを彷彿とさせるような独特の形に変化した。
「次はこちらです」
ムッシューが台車から黒い拳銃を取り出す、全長はHKVP9よりやや長くスライドはいくつもの穴が開いていた。
アレクセイはマガジンを抜いてからレバーを引いて、ウルティオをテーブルに乗せると拳銃を受け取る。
ざらついたグリップにはフィンガーグルーブがあり、尚且つトリガーガードの根元が抉れるように深く削られているので手がピッタリとはまり込んで馴染む感触がある、またマグリリースボタンの周辺も削られてボタンが飛び出しているので押し込みやすい。
「グロック34 GEN3のコンバットマスターカスタムです。まずスライドの動きを敏速にするために幾つか肉抜きのポートを開けてあります」
手元のグロックに視線を降ろすアレクセイ。マットブラックのスライドには確かにスライドの左右と上部に丸みにある角のポートが開けれられており、イオンボンド仕上げのブロンズ色をしたバレルが常時見えている。
「さらにグリップもスティップル加工で滑りにくくし、グリップ底に取り付けられたマグウェルが素早い装填を可能にします。トリガーも精巧な調整が施しておりトリガープルをとても軽くしているので柔らかく抵抗の少ない引き心地となっております。サイトはグリーンのファイバーオプティックサイトです」
グリップを握り締めてスライドを引いてから離してみる、スライドが戻る時の反動が確かにほんの少し小さくなっている。前進したスライドとバレルのパーツがぶつかるハサミのような「ジャキンッ」という鋭い音が響く。
壁に銃口を向けてトリガーを引いてみるとその軽さにアレクセイはやや驚いた表情を見せる。調整が巧みなのか引くときは軽く、またトリガーのリリースは速かった。
アレクセイは流れる様な動きでCARの全ての構えを左右で試してみる。どの形でも拳銃は手の中で踊ることなくしっかりと収まっていた。
「マガジンはエクステンションを付けたので21発まで装填できます」
そう言って差し出された黒いマガジンの底にはメーカーのロゴが刻まれたベースパッドが取り付けられて少し長くなっている。グロック34に差し込むとマグウェルが付けられたグリップからも少しマガジンが伸びて見えるほどの長さだった。
「次にバックアップ用の拳銃としてグロック26コンバットキャリーカスタムです。マガジンは26用のものにエクステンションを取り付けて十三発の装填が可能です」
グロック34をテーブルに置いてから、手の中に殆ど収まる様な小ささのグロック26を受け取って握ってみる。グリップはフロントとバックストラップにのみスティッピング処理がされ、スライドには肉抜き用のポートが開けられていない、さらにマグウェルも付けられていない。しかしそれ以外は殆ど34と同じ仕様となっていた。
「グロック34と26で使用する弾はFEDELAR社のJHP115グレインです。サハロフ様が前回ご注文なされたものからJHP弾にし、またサプレッサーの使用は考えておられないご様子だったので炸薬量も通常のものにしました」
白とアメリカ国旗がデザインされた箱がテーブルに置かれ、開封されると先端が窪んだ弾丸がずらりと並んでいた。
「ナイフはMICROTECH製モデルCYPHERの飛び出しナイフ、4インチの両刃で根元は波刃となっており、色は夜にも目立たぬようにグリップ含めて黒塗り」
ムッシューが目の前で彼に刃の出ていないナイフを突きつけ「パシンッ」と刃を伸ばす、そして手品のような鮮やかさでナイフを手の上で回転させると刃を持って柄を彼に向けた。アレクセイはそれを受け取り、目にも止まらぬ速さで順手逆手と構え直して軽く振る、彼のスーツにも溶け込む様な黒い刃が鋭い音と共に空気を裂く。
「最後に静穏性のある拳銃を、とのことでしたのでこちらを」
そう言って差し出されたのはシンプルなデザインの拳銃、1911シリーズに似たグリップにフレームの上に細いパイプが載せられたようなシルエット。銃口にはフレームの上にあるバレルとそっくりで、ただ延長させただけの様に見えるサプレッサーが付けられている。バレルの下とリアサイトの前にあたるバレル上部にはレールが用意されているが今は何もつけられていない。
「RUGER製MARKⅣタクティカル、22LR弾使用で装弾数は十発。サプレッサーはAAC製ELEMENT2、発砲音は115デシベルほどにまで抑えられます。弾薬はCCI製HPの32グレインです」
テーブルに載せられた青いケースから出された22LR弾は9mmより細長く見える。
差し出された銃の握りやすい細身なグリップを掴む、グリップに乗っかった形のバレル後部には容器の蓋のようなボルトがあり、ボルトの淵を掴んでから引いて離すと「カシャンッ」という軽い金属の擦れる音だけが鳴る。テーブルに並べられたマガジンはとても薄く、素手で少し力を加えれば簡単に曲がってしまいそうな程であった。
「如何でしょうか?」
テーブルの上にはAR-15ウルティオからG34コンバットマスター、G26コンバットキャリー、ナイフ。そして各種マガジンと共に弾薬の詰まった箱が整然と並べられている。そして傍にはまだ着ていないヘレナに送られたスーツのベストがマネキンに着させられている。アレクセイはそれらに目を向けていって最後はムッシューの顔を見た。
「流石ですね」
「なんと勿体ないお言葉を、お客様に喜んでいただければ我々はそれだけで満足でございます」
「でも、何故ここまでしてくれるんですか? ここまでくると客へのサービスが良いっていう話だけでもないでしょう」
疑いを持った鋭利な目がムッシューを見る、しかし彼は慈悲を帯びた軽い微笑みを向ける。
「信頼とは、目に見えません。しかし信頼無きままに行う取引などあってはいけないのです、その為に信頼を可視化する金銭が存在する」
「お金は勿論払います」
「ええわかっています、そしてこれまであなた達には多額の代金を支払っていただいてきました。それによって積み重なってきたのは支払いの履歴だけではなく、信頼そのものです」
「……」
「あなたのお父様は最後のご利用時もしっかりと支払ってくださいました。あの時も急ぎとのことで我々がすぐに用意できた物の中で最高の品を購入していかれたのです、もう十数年も前になります。当時の私が担当する場所はここではありませんでした、そこはもう今ではもっと若い者に任せています」
「……ドバイ」
「そうです、覚えていらっしゃいますか?」
「うっすらと」
「我々はあなた様がお父様と同じ、信頼できるお客様だと判断しているのです」
「それは確かに僕にとって有難い、こんな状況でも手を貸してくれる、いや取引してくれるだけでも。それでも……」
アレクセイが視線を逸らして俯く、そしてガラス玉を思い出させる煌めく青い目を鋭い目つきで彼に向ける。
「あの人と僕は違う、思想や目的の話じゃない、根本的に違う。こんなところで、こんな主張をあなたにすべきではないと僕も思う。けれどこれはハッキリと言わせてもらいたい」
「そうでしょうね、それでもあなたたちはとても似ていますよ」
ムッシューはテーブルに並ぶ武器を見渡してから改めて彼に目を合わせた。
「なんせあの時のドバイと同じように、全く同じように我々をご利用してくださっているのですから」
――ホテル・カストリオティ――
ホテル・カストリオティは十五階建てであり、地下二階の駐車場に地下一階のカジノ兼クラブのエリア、そして一階から三階までがレストランや多目的ホール、それから上の十三階までが一般の宿泊施設となっている。さらに上の階にあたる十四階、十五階はイストレフィの者だけが使用し最上階は事務所を兼ねたムハレムのスペースとなっている。
彼らは食事をしたり寝泊まりするのであれば十五階を使うが、十四階は全く別の目的のために改装されている。
廊下は他の階と同じように柔らかい絨毯が敷き詰められ、美しい赤の壁が続いている中数枚の絵が架けられている。しかし部屋の中の壁は無骨な灰色のコンクリートが剥き出しとなりながらも完全な防音処理が施され、数センチ深く作られた床はタイル張りとなっており、汚れを洗い流せるように排水溝も用意されている。
どの部屋にも手術台とアルミ製の傷だらけな椅子、それに薄汚れた元々は手術用だった精密な道具が台車に載せられている。
部屋の何処を見ても何を見ても汚れが目につく、壁や道具には血の固まった赤黒く濃い染み、床には人から滲み出た油や糞尿がこべりついてしみつき黄ばんでいる。
その十四階に並ぶ血と錆に塗れた部屋の一つにムハレムは居た。彼は三人の護衛に囲まれながら無人の手術台の周りで忙しなく歩き回り続けている。脂ぎったうねる髪を下ろして爪を噛み、ブツブツと小さな独り言を漏らしながら手術台を中心に円を描く様に歩く。時折スマートフォンを取り出しては大きなため息と罵声を吐き出してまた歩く。
彼を守る為に彼を囲む男達は赤いスーツを着ていながらも分厚い胸板と上腕筋ではち切れそうな程にスーツを押し上げた姿、さらにその手にはアサルトライフルが握られて微動だにしないまま静かに立ち尽くしている。
すると誰かがドアをノックする音が部屋に響き渡る、護衛の一人がライフルを持ち上げて照準をドアに向けつつドアスコープを覗き込んでから開いた。
廊下から現れたのはホテルマネージャーとその背後で別の部下二人に両腕を抱えられたまま部屋に引き摺り込まれるヘレナだった。
彼女の着ている白いコートは血によって所々が赤く、また黒く汚れて燦燦たる有様になっていた。眠ったように目を瞑ったまま顔を下げて部屋の奥に引き摺られると椅子に座らされ、両親指をワイヤーで後ろ手に縛られた。
ヘレナは椅子に座らされてからも沈黙したまま俯き、唇の端から血を一滴一滴垂らしている。首からは砕けたアメシストの収められたネックレスがぶら下がっている。
すると彼女の前にムハレムが仁王立ちして彼女の俯く姿を見下ろす、酷く苛立った様子の彼はこめかみに血管すら浮かべていた。
「俺は忙しいんだ、お前のふざけた狸寝入りに付き合っている暇はない。目の覚める一発を鼻に叩き込まれたくなければこっちを見ろ」
そしてヘレナはゆっくりと青白くなった顔を上げてやや瞼の下がった眼で彼を見据えた、それに加えて彼女の頬は僅かに歪んで薄い笑みをも浮かべている。
「久しぶりねミスターイストレフィ、何日ぶりだったかしら?」
ムハレムは前屈みになって彼女の鼻先に顔を寄せ、唾を吐きかけるような勢いでまくし立てる。
「そんなことはどうでもいい、お前はこのままいけばもう二度と俺と会うことは無いんだしな」
そこで彼は俯いて大きく息を吐いてから彼女に視線を戻す。
「お前と、お前のお気に入りのクソガキが全ての発端だろ? 俺はそれを確かめたい、罪のありかをハッキリとさせてその報いを受けてもらいたいんだ」
「それはまた――」
彼女が言葉を述べ終える前にムハレムが彼女の眼前で吠える、唾を飛ばし牙を剥き出しに腹の底から怒りの咆哮の激しい言葉を叩きつける。
「いいかこのクソアマッ! テメェらのくだらねぇ思惑のせいで俺の親父が殺されたんだぞ! これだけのことをしておいてしらばっくれるつもりか? それでやり過ごせるとでも?」
ムハレムがさらに彼女に近づき、口を耳元に寄せる。
「俺の怒りはもう止まらない、その砲火が狙う先ももう決まっている。あのクソガキ――アレクセイ・サハロフが復讐の為にこの街に来て、俺の親父を殺し、お前も俺の命を狙っているヤツを支援してる。絶対に許さない、俺の名にかけてヤツとお前を屠ることはもうこの瞬間に決まった、約束する」
段々と彼女から離れるムハレム。すると彼女は再び俯き、今度は声を抑えながら笑い始めた。
こらえきれない笑いを彼女が漏らしていき、場の空気が氷張り詰め、ムハレムの顔が一気に険しくなり陰り始める
「ふふ、んふふふふ……」
段々と顔を上げるヘレナ。かつては輝きを放つサラサラの銀髪だったその髪はボサボサに乱れ、嵐の後の様に無秩序に折れて絡んでいる。そのぐちゃぐちゃになった前髪越しに彼女の碧眼が、彼の目を真っ直ぐに射抜き、その先に潜む心を揺らし貪る。
「あなたは大変な間違いを犯した。んふふふ……それがどんなに未熟で、愚かで、浅はかで……悪意が無かろうと結果は変わらない。もう全ては決した、小さな過ちであなたたちは一人残らず死ぬ」
「一体何の話だ?」
「彼は復讐のためにこの街に来たわけではない、私がただ彼を招いただけですもの」
「ふん、だからなんだ。結局ヤツの俺と組織に対する復讐を果たさせるためだろ。なんせ俺があいつの家族を殺したようなもんだからな」
「そこがあなたの小さな勘違い」
一瞬薄汚い拷問部屋に沈黙が満ちる。
「彼は十二年前にドバイで大規模な戦闘を引き起こし、やがて復讐を果たして死んだレオニード・サハロフの息子でも、血縁者でもないんですもの。彼に復讐する意思など全くない、それどころか彼は一連の抗争の中で唯一の純粋な被害者よ」




