Chapter 1-1 Day After Day
――東欧某国、ラーズヴァリーヌ州にある一軒の家――
ポッドから湯気が急速に抜ける甲高い音がキッチンに響き渡る、僕は焦ってコンロに近づくと栓を捻り火を止めてインスタントコーヒーの粉が入ったカップにお湯を注いでいく。
ブラックコーヒーはいつもの日課だった、苦くて好きじゃないけれど飲んでいれば大人っぽいかなと思って飲んでいればいつの間にか習慣になっていた。
落とさぬようしっかりと握ったカップの熱いコーヒーから上がる湯気を吹きながらゆっくりと啜る。
――うっ苦い――
少し眉間に皺を寄せる、それでも今の僕にはまだこの苦みの良さはわからない……。
白いYシャツに艶のある黒いネクタイ、黒いスラックスという恰好でテーブルの傍で椅子に座りボーっとしながらゆっくりとコーヒーを飲みお菓子も少しつまんでいく。この国の名物らしいパイ生地に砕いたナッツを挟んで焼きシロップをかけたお菓子。
――すごい甘くておいしい。やっぱりシロップを多めにかけて正解だった――
コーヒーの苦みを中和しながら食べ続けお皿に盛られたお菓子がどんどんと減っていく。
今日は外出の予定があったけどここからそう遠くない場所なのでそれまで家にいて時間を潰すつもり、まだ来てばかりだし慣れる為にもゆっくりここで時間を過ごすのも必要だと思う。
眺めている視界のリビングにはテレビやソファ、音楽機器まで完備しているのだけれどまだ使ったことはなくてこの部屋におまけとしてついてきた設備だ、しかも白い壁には誰が描いたのか分からない絵までも飾ってある前に住んでいた人の趣味かな? 流石に僕には持て余すモノばかりだここはヘレナさんから割り当てられた住居なんだけど急いで用意したとはいえ十分豪華すぎるね。
それにしても退屈だ――僕にとってはやらなきゃいけないことが特に無い時間は少し苦手、というよりそういう生活に慣れていないんだとも思う。
それから暫くしてちょうどコーヒーを飲み干したところで腕時計を見ると予定の時間10分前になっていた、僕はカップをシンクに置いて奥の部屋へ向かう。
その部屋の中は整理されていて少し寂しさを感じるほど殺風景になってしまっている、家具は普通の机に工作用の作業台、クローゼット、ベッドそして3つの頑丈そうな鋼鉄製のロッカーが置かれている。クローゼットから二つボタンの黒いスーツを取り出す、クリーニングしたてというよりほぼ新品で服試しに着たことしかなくまだ若干糊も効いているほどのもの。
そして机に近づき「ゴトッ」という重い音に続いてマガジンを並べていき最後に拳銃を置く。
並べられたマガジンの端に置かれているのはH&K社のVP9――最近開発されたVPシリーズの9mmモデルで黒いスチールとポリマーで構成されバレルに沿って真っ直ぐに溝が入れられたデザイン、そして深くえぐれて握りやすいグリップにアンダーレイルも装備されスライドストッパーやマガジンキャッチはアンビタイプ、左利きの人間も使いやすく作られている。僕はグリップストラップを手に馴染みやすいよう一番小さなものに交換した。マガジンは15発装填できるものを使う。警官や警備員が携帯していそうな信頼性のある銃。マガジンには先端がくぼんだ弾頭に金色をした薬莢の弾丸が込められていてそれらマガジンを腰のクリップに留めていく。
そして机に置いてあるVP9を手に取りスライドを引いてマガジンを差し込むと異音が全くない線を引くような静かな音が弾かれた、スライドストッパーを押し下げると金属が擦れ衝突する音が鳴って初弾が薬室に送り込まれる。VP9を腰の4時の位置にあるホルスターに突っ込むとジャケットを羽織って鏡の前に立つ。
ズボンやジャケットまでも真っ黒だとまるで葬式に行くような恰好に見えるなと鏡を見て改めてそう思う、だけどどこにでも通じる正装だししょうがない。
しかしなにより気になるのは自分の容姿……おそらく18歳で背丈は160cmもなくその上ちょっとしたコンプレックスにも感じるのが、顔。僕は童顔らしく年相応に見えくてもっと下にも見えてしまうのだ。
――年といっても正確じゃないけど――
艶のある黒く少し癖が付いた髪にまつ毛は長く瞳は深い蒼そして白人の中でも際立つ白い肌。こんな風体じゃバカにされるとかじゃなく日常的に少し不便だった、でも鏡の中の自分を見て外見の気になる点や発育の悪さを恨んでいても仕方ない。僕はそういつも通り悩みを思考から振り払いジャケットの皺を直して家を出る。やることをやれば何も問題は無い、心の中で微かに一人呟くその言葉は僕にとっての励ましの文句みたいなものだった。
家を出ると正面にアウディ・A8が駐車しているその車の漆黒のボディは威圧感を醸し出し人除けの効果もあるのだろう。時間通りヘレナさんが寄越した迎えが来たということだ、僕は車に歩み寄り乗り込んだ。