Chapter 3-4 Wreak Havoc
――ラーズヴァリーヌ近郊の洋上――
地平線へ沈みかけた月が照らす夜の海に赤さびで塗れた漁船が浮かんでいる、甲板には呆然と煙草を咥えてライフルを携えた男達が数名監視の任務に就いてた。船は航行を止め何もない洋上で静止しており、それは不要な廃棄物を不法投棄するには動いていては不便だということからであった。
突然大きなパイプが天井に張り巡らされ灰色の塗装が所々剥がれている漁船の通路内部で男の叫び声が響き渡った、するとアルミ防水扉が開きメキシコ人二人に引き摺られてチェチェン人が姿を晒す。その顔は汗にべったりと濡れ憔悴しきっていおりさらに彼の右足は根元から失われている。足の銃創からの出血を抑えるためにベルトで根元から縛られていたが一度も外されることが無く、右足一本は失血から壊死し切断されていた。
「頼む……助けて……」
チェチェン人は微かに声を絞り出し助けを請うが彼の両腕を抱える左右の男達は目を向ける事すらしないまま通路を進んでいく、やがて凍結準備室と呼ばれる床がゴム張りとなった部屋へと連れてこられた。隣に位置する凍結室はマイナス60度にもなり人の氷像が作れる程である。
メキシコ人達はチェチェン人の男を準備室へ入れるとすぐに半分凍った椅子に座らせ両腕を縛り左足を椅子へと固定した、準備が整ったタイミングで高級ファー付きコートを羽織った入れ墨塗れの顔面を持つメキシコ人――パシリオ・ヒスペルト――が準備室へと入ってくる。
「早速で本題に入るんだが、あそこで貴様らは何をしていた? しかもあの場には我々の施設を襲い続けている男の姿まであったのだが」
彼の手には大型拳銃の様なシルエットの一分間に最大3000回転可能な電動ドリルが握られている、先端には12センチほどのドリルビットが取り付けられておりその螺旋階段のような形状の先端にはさらにクリスマスツリーにも見える小さな突起があった。この電動ドリルは特殊な用途のためにトルク設定を弄り、どれだけ固い対象にぶつかってもドリルが回転し続けるように改造されている。
彼は質問を投げかけると数回スイッチを押して動作を確かめた、するとその姿を見たチェチェン人は顔色を大きく変え目を見開く。
「話す、話す! 全部話す! !」
汗と唾を撒き散らしながら捲し立てるその勢いは胃の中身まで吐き出さんとする程であった。
「俺はボスエゴールに命令されてモーテルに居るあの男を殺しに来たんだ!」
ヒスペルトは無言で視線を男に突き付けその先を促す。
「あいつは以前この街で好き勝手に暴れていたコロンビア人を殺すために、コロンビアの指示でアフリカから派遣されてきた。エゴールの親父が自分達で手を下すと彼らを手引きしていたことがバレる危険性があると、コロンビアのゴルフォの連中に連絡したんだ」
「なに?」
ヒスペルトの怒気が含まれたねっとりとした声が漏れる、チェチェン人はこのやり取りで既に失禁し椅子から床へ尿を垂れ流していた。もうここまでくると彼は洗いざらい自分からほぼ無意識なレベルで知っていることを吐き続ける。
「だけどあいつは仕事を終えてもこの街を出ないまま勝手に行動し始めた、だからもう選択の余地がなくなって俺らが動かされたんだ!」
「あのコロンビア人も、今回お前らが殺そうとした男も、スレイマノフの連中が裏で糸を引いていたと……」
「そうなんだ頼む、全部吐いた! いや、もっと情報を教えるから俺の命だけでも助けてくれ! もうファミリーなんてどうでもいい! !」
男はなりふり構わず目の前で吹き消されそうな自分の命を守ろうと必死に叫ぶ。
「それで?」
「え、あ……だから、ボスエゴールがメンドーサ兄弟もそいつらを殺そうとしたジェイク・アーチャーとかいう男も、この街にあんたらを間接的に追い込むために連れてきたっていう…………」
ヒスペルトの態度だけでなく場の空気からもう、自分の命が自分の手から零れ落ちどうにもならなくなったのを彼は感じた。体の芯から震えが走り声も出せず激しい呼吸の音だけを口から漏らす、目は瞬きすらしないまま目の前のヒスペルトの顔を凝視している。
「そうか……」
するとヒスペルトは深く息を吸いそして吐くと、彼の目の前にしゃがみ込むがそれと同時に電動ドリルの先端をチェチェン人の膝に押し付ける、ヒスペルトは至極落ち着き穏やかな表情で彼の顔を見上げた。
「俺は心配性でな。お前がもっと色々大事なことを知っていたらと思うと、怖くておちおちベッドで休むことも叶わないんだ」
ヒスペルトが引き金に似たドリルのスイッチを軽く押すと緩やかなモーター音と共にドリルビットが回転し始め、男のズボンに穴をあけるとすぐに膝へ突き刺さり始めた。
「ひぐぅううう……」
男は短く呻き一瞬目を瞑るがすぐにまたヒスペルトの目を見つめる、それはまるで目を離した瞬間に殺されるのを恐れるかのように。
するとヒスペルトはドリルの引き金を引き絞り徐々に回転数を上げていき鋭い先端が薄い皮膚を突き破り、皮膚の上から見ると皿に似た形状の膝蓋骨を削り始めて鮮血を撒き散らしながら「ガリガリ」と音を立て始めた。
ヒスペルトは手元を見ず男の顔を見つめたままドリルを膝に突き立て続ける。
やがて膝蓋骨を貫通し関節軟骨をぐちゃぐちゃと掻き混ぜながらドリルは滑液を含んだ血潮を掻き出し奥へと押し込まれていく、膝蓋大腿関節と呼ばれる部位を通り過ぎ大腿骨のなめらかな曲線をもつ先端部に辿り着きさらに掘り進む。
「――――ッツ!!」
男は大粒の涙を両目から溢れ出させ飲み込む余裕もないのか歯を剥き出しに食いしばり、その口からは多少の粘性を持った唾液を垂れ流している。その時不意にヒスペルトはドリルを持つ腕の肘を大きく下げ、ドリルの角度を上げて足の付け根に向かうように。時折亀裂を生じさせながらドリルで大腿骨をさらに掘り進み始めさせた。
「ぐぎいぃぃぃぃぃいいッッッ! ! やめろ! やめろ! ! やめてぇぇええ! ! !」
男の絶叫を見ていたヒスペルトは不意に胸ポケットからスマートフォンを取り出すとコールし始めた。相手が電話に出ても彼は目の前の男が大きく口を広げ泣き叫ぶ姿から目を離さない。
「私です、今回の事態の全容がわかりました。我々が連中より先んじて動く必要があります、ロス・ファナティコスを使ってもよろしいでしょうか」
相手はヒスペルトのボスであるシエラ・マドレ・カルテル幹部セレドニオ・アロンソであった。
既にドリルは大腿骨の骨髄までを掘り荒らして膝は血塗れとなり、ドリルが突き刺さり電動ドリルが直接触れる傷の開口部分は赤黒く染まっている。
「ぐがぁぁぁぁぁああああああああッッッッ――――! !」
喚き散らす男を部下が左右から抑え込むが男は全身を暴れさせ咆哮に似た囂囂たる叫びを響き渡らせ続けている
「わかりました。はい、はい。確実に首謀者の首は持ち帰ります」
静かに電話を切りポケットへスマートフォンを仕舞い、深呼吸しながら立ち上がる。その時卒然と素早くドリルを膝から引き抜いた――。
そして激しくチェチェン人の髪を左手で鷲掴みすると大きく引き下ろし、見上げさせて下顎に向けて勢いよくフル回転させたままのドリルの先端を突き刺した。その一瞬でドリルの根元まで埋まり先端は鼻腔に達した、強引に顎を釘付けされて口を閉ざされ絶叫が止む。鼻孔からやや黒い血液が溢れ出しむせるような唸り声がガチガチと振動で細かく接触する上下顎の間から漏れ始めた。
それからヒスペルトは髪から左手を離し男の首を折りかねない程の力を右手で込めて、ドリルを押し付けたまま再びスマートフォンで別の相手にコールし始める。上顎骨を削る甲高い耳障りな音が響き続けその振動に男の頭部も揺らされていた。
「出撃準備だ、追って目標地点は伝えさせる」
彼は短く必要な事だけを伝えるとすぐに電話を切った、そして男に向き直すと同時に夙にドリルを引き抜く。
「ふごっ……」
下顎に穿たれた穴からワインレッドの血が噴き出す。男は激痛と咥内に溢れる血液で口ごもる。
「俺はこれからお前よりもっと色々知っていそうなやつにこれから会いに行く、つまりお前は?」
「あが、あががが……ごがっ」
「そこに放り込め」
痛みと恐怖に震える男を部下の2人が抱え上げると三人目が銀色の強固なドアを開ける、チェチェン人は無残にも抵抗すらできないままに引き摺られていき、マイナス60度の凍結室へと放り込まれた。それから縛られて動くことができない男をそのままにドアはしっかりと閉じられる。
――数時間後、スレイマノフ・ファミリーの屋敷――
早朝の日光が照らす下、正門を潜った先に大きな庭園まで備えオフィスを内蔵した3階建ての豪邸が立っている。大小さまざまな部屋を10内包した建物への入り口には4本の白い柱が神殿の様に立てられ、それは虚栄に等しい神聖さを醸し出そうとしているかのようである。
その周りには威圧感すら抑えた城を囲う為かの如く華やかな鉄柵が巡っており、それに沿って黒い重装備の警護達が巡回していた、さらに監視カメラが随所に配置されそのすべてが屋敷内で管理されている。
建物の中にはスレイマノフの武装した構成員20人近くがおり、その中でエゴール・ラスプーチンとアフメド・ハンビエフが別々のオフィスで各々の業務に向かっていた。落ち着いたいつも通りの態度で葉巻を咥えたまま書類を目に通したり電話をやり取りするアフメドに反し、エゴールは何度も立ち上がり部屋をグルグル回っては怒りに染まった眼で電話を見つめていた。灰皿には短くもなっていないタバコが何本も押し付けられゴミとなっている。そんな部屋には傷だらけの顔の部下も静かに立って控えていた。
その時屋敷の前へと繋がる広く人気の少ない大通りをフォードF550スーパーデューティーが屋敷に向かって駆け抜けている、オリーブドラブ色の車体は警察車両のように8人が乗れるような仕様であり当然防弾加工も施されていた。車内にはパッチの付いていない各々のチェストリグを装備した男達8人が乗り込んでいる、アサルトライフル、サブマシンガン、ショットガンと重装備で身を包みながらも彼らは緊張感無く目的地に向かっていた。
「Es un minuto antes de la prisa, ¿estás listo?(突入まで1分だ、準備はいいな?)」
助手席に座りベネリ製M4NFAセミオートショットガンを装備した、この部隊のリーダーであるアガピトの言葉に答えたかのようなタイミングで鼻を激しく啜る音が車内に響く。そのコカインの粉末を吸う音は各所から鳴り続けており、乗り込んでいる8人例外なく全員鼻の周りに白い粉末がこべりついていた。
「オーケーボス、行けるぜ。装填完了だ」
FN製SCAR-Hを抱えたフィトが答える。
コカインを鼻孔の奥に送り届けると粘膜から吸収され効果は直ぐに現れて彼らは興奮状態に突入する、これらはメキシコクリアカン近郊に存在するコカ畑と加工施設を含んだ黄金の三角地帯から直接運ばれてきたもので。その純度は90%後半の超高級品であった、これは彼らにとってのカルテルの部隊における給料であり生きる糧に他ならない。
一方部隊の一員であるカジェタノはノベスキー製N4CQBライフルの斜め45度に装着されたバックアップサイトを調整していた、それはMP5シリーズに搭載されているドラム型とも呼ばれるリアサイトの覗き穴を埋めた特殊なものだった。カジェタノはそのドラム型サイトにコカインを縁ギリギリまで詰め込む作業に勤しんでいるのだ。
「ターゲットはこの2人の男、組織のボスであるアフメド・ハンビエフとその右腕エゴール・ラスプーチンだ。殺さずに連れて帰れとの命令だが手足の一本を切ってから引き渡す予定だ、そのほうが俺らに箔が付くからな。つまり死んでなきゃどんな有様でも構わん」
20人近くいることが確認されている他の構成員の扱いは言及すらされない。彼らは気のすむまでコカインや幾つかの合成麻薬、マリファナを摂取してから装備をチェックし突入準備を完了していた。
車はますますスピードを上げていき屋敷へと向かっていくがそれは正門を目指してはいなかった。
「さあ作戦開始だ」
車は勢いよく歩道に乗り上げ鉄柵を打ち破ると同時に丁度その傍にいた車を避けそびれてしまった護衛を轢いた、エンジン音で乗り込んでいる彼らには聞こえなかったがタイヤと倒れ込んだ鉄柵に押しつぶされ「ゴリゴリ」という音を立てながら護衛の体は激しく砕き潰され脳と黒い血液を垂れ流した。
車は正面玄関の前に停車すると同時に後部ドアを開け放ち素早く二人の隊員がN4CQBとSCAR-Hの銃口を持ち上げながら降りる、そして素早く鉄柵に沿って見回っていた護衛達に向けて2発、2発と確実に撃ち込んで無力化していく。彼らは護衛を射殺しつつ扇形に照準を向けてドアから広がっていき続いて4人の隊員が射線と視線を重ねながら展開する。
そしてアガピドと運転席からN4CQBを携えたエミリアノが降り素早く正面ドアへと近づく、そしてエミリアノがテープの様に長いブリーチングチャージャーを取り出し縦にドアへ取り付けていく。
「ブラスとヒルは裏に回れ、一人もここから逃がさん。フィトは窓を警戒しろ!」
SCAR-HとN4CQBを構えた2人は機敏な動きで踵を返し死角をカバーし合いながら屋敷の外周に沿って裏に回っていった。
他の隊員は周囲の安全を確認すると正面ドア傍の壁沿いへと集まっていき起爆装置を持ったエミリアノ、アガピドと続いて並ぶ。アガピドがエミリアノの肩に手を置き叩いて準備完了の合図を送る。
「ブリーチ、ブリーチ!」
爆薬が一斉にドアノブと鍵を粉砕し内と外へ破片と粉塵、ガラス片を撒き散らした瞬間にアガピドが先陣を切りドアを蹴破ると彼から見て正面から右90度に銃口を巡らす。丁度受付に座っていた白いブラウスとタイトスカートを履いた若い女性と目が会う、彼女が驚愕の表情を浮かべる前に彼はM4NFAを発砲し女性は椅子ごと吹き飛ぶと死んだ虫の様に足を放り出して床へ転がった。
ブリーチング弾の金属粉を固めたスラッグ弾が胸の中心の皮膚を抜けて胸骨へと直撃した瞬間弾は粉砕するが着弾の衝撃で肝臓、胃、肺の一部が破裂し女性はショック死。
さらに素早く拳銃を抜きかけた黒いスーツの男にカジェタノが素早く胸にN4CQBの照準を重ねて2度引き金を引いた、上着の下の白いシャツに小さな黒い穴が開くと着弾からワンテンポ遅れて血が流れ出しながら男は倒れ込む。正面ドアから突入した6人は中央に受付が配置されたエントランス内で広がっていき、逃げそびれた人間や銃を抜いて応戦しようとする人間を容赦ないスピードで胸に照準を向けたライフルで2,3発撃ち込んでいく。そして無力化した男達に歩み寄ると至近距離から眉間や側頭部、後頭部を狙っては撃ち込んでトドメを刺す。
「クリア!」
「クリア! ――」
隊員達のエントランス制圧を確認する声が次々と上がる。
「女は足首を撃ってそのまま放っておけ、後で回収する」
激しく激発音が次々と打ち鳴らされていき5.56mmと7.62mm弾の金色にきらめく薬莢が空中に跳ねては地面に転がる、と同時に女性の甲高い叫び声が幾つか上がった。彼女たちの血溜まりに沈む足首はライフル弾の直撃で半壊して千切れかけていた。
「よし、こっちが連中のオフィスだ。前進!」
隊員達はエントランスの男全員の頭と女性の足首を撃ち抜くと素早くアガピドの下に集まった、MP5を構えたドロテオを先頭に隊列を組むとエントランスから廊下へ突入し始める。
一列に並び最後尾の隊員は背後に照準を向けて警戒しつつ隊列は廊下を素早く抜けていく、するとAKやグロックを携えた何人かの男達が部屋から飛び出してきた。
「ターゲット!」
それをドロテオや後続のフィトの正確無比な狙いで胸を撃ち抜いていく、初弾着弾の勢いで背中を扉の縁に打ち付けた男の胸に数発の弾丸が飛び込んでは肋骨と胸骨を粉砕して内臓を破裂させて引き裂いていった。
「ターゲットダウン!」
隊員達は廊下の開いていない扉を全て手早く蹴り開け、またショットガンで鍵を吹き飛ばして乗り込んでは中にいる全員の胸に3発前後の弾丸を撃ち込んでは隊列の5人目が一人残らずM4A1カービンによる頭部への射撃で脳を破壊しトドメを刺していく。
不意に頭だけを覗かせ腕を伸ばして発砲しようとしてた男をカジェタノが的確に頭部へ2発撃ちこんで射殺した。
「リロード!」
カジェタノはそう叫ぶとボルトがストップしていないN4を傾けるとコカインを詰めた改造バックアップサイトに鼻孔を押し付け激しく吸引する、そして彼は頭を濡れた犬の様に振り粉が付着した鼻を数回啜ると目を見開き大きく笑みを浮かべる。
「準備完了!」
隊列は廊下の部屋を掃討しつつ廊下の端に達するとぞろぞろと隙の無い照準を前方と後方へ執拗に向けつつ階段を上がり始める、エゴールとアフメドのオフィスがあるのは2階であった。
ドロテオは階段を上がり曲がり角に達するとポーチからスタングレネードを取り出し廊下の奥へ放り込んだ、高い破裂音が轟いたと同時に彼はMP5を構えた上半身を斜めに覗かせる。
よろめき尻もちを付きながら耳を抑える敵数名を確認するとドロテオはMP5を数発ずつ指切りで発砲し廊下に姿を見せた敵らを無力化する。だがその直後AKを腰の高さに構えた男が撃ちながら飛び出し、放たれた7.62mm弾の幾つかが無意味に壁に粉塵を起こしながら突き刺さるが。一発だけドロテオをの左上腕を掠め、剥き出しだった腕の皮膚、脂肪、筋肉を削ぎ赤い血液が溢れ出す。
その後方から大きく仰け反ったドロテオと入れ替わりに素早くSCAR-Hを構えたフィトが乗り出し1発、2発と撃ち返した。大口径の7.62mm弾の初弾は男の右肩付近に着弾し鎖骨を中央から粉砕して、肩甲骨の一部をも破壊して後ろへと飛び出す。男は痛みを感じる直前の驚嘆した表情のまま右手を垂らしてAKの銃口を床に落とした。そして後の2発は左胸に飛び込み肋骨数本を容易く打ち壊し、左の肺を完全に破裂させ風船のゴミのような有様に変える。間髪入れず3発目が鼻に飛びこむと脳幹を中心に脳全体をグチャグチャに瞬間空洞の衝撃で掻き回し、後頭部から飛び出してそのエネルギーで頭部の後ろ半分を吹き飛ばした。
「ターゲットダウン!」
「行けるか?」
アガピドが腕を撃ち抜かれたドロテオに向き直して腕を縛りつつ尋ねると、彼はシェルホルダーにショットシェルの代わりとして差し込んでいた注射器を引き抜きカバーを口で咥え取り吹き捨てる。そして半袖で剥き出しになっていた注射痕まみれの腕に振り下ろすかのような勢いで慣れ親しんだ静脈注射を行った。コカインの静脈注射は吸引よりもさらに早く効果が現れ、ドロテオは息を荒くしながらも笑みを浮かべる。
「当然だぜ」
「進め! !」
吠える様なアガピドの命令でドロテオの代わりにSCAR-Hを構えたフィトが先頭になった隊員達が2階の廊下へ雪崩れ込んでいく。アガピドはショットガンのブリーチング弾でドアのカギ付近を撃ち抜き破壊すると一歩下がり、ドアの左右に張り付いていた後続の三人が一人一人仲間の死角を自分の視界で潰す様に隙無く侵入する。彼らはライフル、両腕、頭部そして猫背の上半身全体で組み上げた構えを強固に保持しつつも、適度に腰を落とした下半身で機敏に動き寸分たりとも上下にぶれずに左右へ銃口を振ってクリアリングを進めていった。
やがてアフメドのオフィス前に辿り着くと素早くフィトとドロテオが扉の左右に張り付きM4NFAを構えたアガピドが扉に向き合う。そして素早く扉の鍵をブリーチング弾で撃ち壊すと扉の前からズレてアガピドが壁に背を向けて、後ろに向けた蹴りで扉を押し開けると同時にフィトがピンを抜いてスタングレネードを放り込み激しい破裂音が響き渡った。
スタングレネードはオフィスの中に放り込まれると丁度アフメドが堂々と座り待ち構えていた木製の大きなデスクの前に転がり炸裂した。律儀に葉巻を吹かしながら待っていたアフメドは熾烈な衝撃と爆音、閃光で目をくらまし椅子の上で大きく仰け反った、その瞬間に目の前で開け放たれた扉から3人の隊員達が三方向それぞれに照準と銃口を向けながら飛び込んでくる。フィトが若い護衛2人の胸に2発づつ7.62mm弾を撃ち込むと2人は初弾からAKを取り落とし、あまりの弾丸の運動エネルギーの大きさから突き飛ばされたように上体を後屈させて大きな本棚や白い壁に背中を打ち付け床に崩れ落ちた。
同じようにMP5で多めにフルオートで撃ち込んで護衛を射殺したドロテオの隣でカジェタノが部屋に踏み込むと、真っ先に真っ直ぐに手で目を抑えたアフメドを無表情な半開きの眼で捉えた。
すると躊躇なく4発アフメドの胴体に向かって撃ち込み、5.56mm弾は次々と赤黒い血液を背中から噴出させながら飛び出し椅子を貫通した。しかもカジェタノは4発撃ちこみながらも歩み寄り続けて今度は頭部に向けて2発発砲し、その精密な射撃からほぼ同じような位置で額に弾痕を穿った、後頭部が小さく爆発し粘っこい脳味噌や脳漿、髄膜が真っ赤になりながら砕けた豆腐の様に後頭部の射出孔からドロっと垂れ出た。アフメドは眠ったような穏やかな表情で仰向けに即死した。
「おいカジェタノ! ターゲットを殺してどうするッ!」
「あ、んぁあ?」
カジェタノはN4CQBを降ろしアフメドの死体に顔を近づけ自分の人差し指と親指で強引に眠気眼な右目の瞼を開き、アフメドの赤く細い流血を起こしている穴が開いた穏やかな顔を凝視した。
「マジかよ、こいつターゲットのデブ爺さんか……よく見てなかったな」
「クソ、もういい。今度はエゴールとかいうブサイクなゴミを捕まえるぞ、そいつはもう殺すなよ」
「あいよ、了解」
気だるい態度でカジェタノは返事し部隊はまた隊列を組み直しオフィスから出た――その瞬間2人の男達がライフルを撃ちながら一つ部屋を挟んだ先に位置するエゴールのオフィスから飛び出してくる。
アガピドはM4NFAを発砲するも外してしまうが素早く弾が切れたショットガンをスリングで下げ、グロック22にトランジションして構えた。その間に彼の背後からフィトとカジェタノが飛び出し胸に3発撃ちこんで男達を素早く射殺する、だがその一瞬の隙にエゴールが部屋から飛び出し廊下の窓を飛び込むようにして打ち破って外へと逃げた。
「ヒル、ブラス。ターゲットが外へ逃げたぞ」
冷静な態度のアガピドが胸元の無線機で報告する。その間他の隊員達は残った部屋を掃討し続けた。
すると肉をミートハンマーで打ち付けるような音が無線機から発せられる。
「よっしお前だな、いいツラじゃねえかもっとよく見せろよ」
さらに3度、今度は水揚げされた魚を踏みつけるような水音も交えた生々しい打撃音が聞こえてきた。
「確保しました、タマ、頭、四肢と揃ってます。でも顔は元々ダメっすね」
「よくやった、拘束して車に積み込め。こっちのアフメドとやらはカジェタノが射殺しちまった、また部隊のメンバーが減るかもな」
無線交信を終えるとアガピドは隊員達を集めた。
「よっし、これから3階を掃討しその後各員散開して隠れてるヤツ、死に損ねたヤツ、気にくわない顔をつけたヤツの頭に数発ぶち込め。そしてその辺の車を奪って転がってる女とさっきの間抜けな豚を積み込み次第脱出して任務完了だ!」
”Los Fanaticos(狂信者達)”は洗練され高度に統率された動きで隊列を組んで3階へと向かっていく、やがてスレイマノフ・ファミリーの本拠地であった白く凝ったデザインが施された豪華な屋敷から打ち付ける様な低い激発音が轟き続けた。
――ラーズヴァリーヌ州立病院、アレクセイの病室――
看護婦が真っ黒いコーヒーが入った白いカップをトレイに乗せて病室に入っていく。すると中では黒いスラックスと白いシャツの上に黒いベスト、そして黒いネクタイの根元にプレゼントされた銀に輝く”祈り重ね”を着け、ベッドの端に腰を下ろし早朝の日差しに照らされながら窓の外を眺めるアレクセイの背中があった。彼の黒い髪が微かにかかったぼんやりとした横顔、それと腰に付けられたホルスターの中に収まっているVP9が看護婦の目に入り一瞬足を止めるが直ぐに傍へ寄っていった――。
「お持ちしましたよ、熱いのでお気をつけください」
「あ、ありがとうございます」
僕は看護婦さんから湯気が少し上がっているカップを慎重に両手で受け取って息を吹きかけ冷ましてから口を付けた。看護婦さんはにこやかに笑顔を向けてそそくさと病室を出ていく。
今日はやっと僕が退院する日、荷物をまとめて家に送ってもらい最後に僕自身が病院を出るという直前にわがままを言ってコーヒーを淹れてもらった。この街に来てからは時々忘れてしまい、入院してからはすっかり無くなっていた昔からの習慣。
でも僕は何故か病院を出る寸前にふと思い立って用意してもらっていた……。
実は今日ヘレナさんが迎えに来るはずだったのだけれど急な会合に呼ばれてこられなくなってしまっていた、と言っても僕が頼んだわけでもなくヘレナさんがどうしても行くと言っていただけなんだけれど。
窓の外にある街の風景、眩い日差しに照らされたガラス張りのビルが無数にあり、また目を凝らすと動き回る車が幾つも見えその中で特に黄色いタクシーが多く目につく、そしてその傍では蠢き各々の目的を持った場所へ向かう小さな人々が――。
僕はそれらを特に意味があった訳でもなく眺めながら両手で大事そうに握ったカップから少しづつコーヒーを啜り、退屈な気分を隠そうともしない小さな子供の様に両足をベッドからプラプラと前後に揺らしていた。
「このコーヒーが飲み終わるまで……」
冷め切ったコーヒーを飲み終えて数十分後、僕はそのブラックコーヒーの苦みを感じなかったどころかいつの間に空っぽのカップを握っていたことに気が付いた――
――同時刻、カストリオティホテル――
緊急の会合と言われ集められたシンジゲートの幹部達と、クラスニークルーグ幹部のヘレナ達が静まり切っているレストランの広い空間の中一人の嗚咽だけ漏れ始めていた。
「う、嘘だろ……アフメド爺さん……」
涙を零し震えながらムハレムは立ち上がり信じられないといった表情で見開いた目をあるものに向ける。それは白いテーブルクロスを掛けられた大きく長い長方形のテーブルの上に端から投げ込まれ転がった、アフメド・ハンビエフの穏やかな表情の切断された頭部であった。
ムハレムが座るのとは反対側の端から転がされて大きなテーブルクロスには乾いた血が微かにこべりついている。
投げ込んだ男、セレドニオ・アロンソは続けて音声を再生させたスマートフォンをテーブルの中央へ投げ込んだ。
『あいつは! 南アフリカのマダムとかいう女が囲う殺し屋の一人だ、俺はそう聞いた! やめろ!』
スマートフォンからはエゴールの声が流れ出始めやがて「カチ、ガチュンッ」という金属音と水音が混ざった奇妙な音が聞こえた。
『ごがっ……しょ、そうだ……俺がカリュテルに呼ばしぇた! もういいだりょ!』
発音が奇妙に変化し始めたがエゴールはこれまでの騒動の真相を次々と吐き続ける、しかし奇妙な音――エゴールの口から黄ばんだ歯をペンチで引き抜く音は容赦なく何度も鳴った。
「最初は2人とも捕らえる予定だったんだが現場で手違いがあってな、一番の頭は殺してしまった」
冷たい目をしたアロンソは左右に護衛を控えさせたまま立って静かに語る。
「どうやらここ最近の俺達に対する妨害工作はスレイマノフ・ファミリーの連中がやらかしたものらしい」
「うぐぅ……貴様ッ! !」
突然吠えたムハエムは涙を流し赤く充血した目でアロンソを睨みつけた。彼はスーツが汚れることも気に掛けずアフメドの頭部を抱えている。
「俺たちは障害となる組織と人物を排除した、それだけだ。そして改めてお前たちに伝えるためにここに来た。これまでもこれからも組織の邪魔をし、また俺の気分を害する存在を一匹たりとも許さないと」
アロンソは大声で幹部達に宣言すると席に着くことも無くそのまま堂々と店を出ていった。




