Chapter 2-3 Bullet Rain
太陽がうんざりするような動きで地平線から姿を現し、離れていくと空が金色に染まり始める、金銭という観念がない頃から夜の暗闇を恐れていた人々の心を豊かにした風景――。
ホテル・カストリオティの会合後。ラーズヴァリーヌの中心都市からやや離れた大通りで三台の黒いSUVが走り抜ける。
一台ごとに4人が乗車し、一台目と三台目にはドライバーを含め4人の護衛。二台目には運転席にニコライ、助手席にヨセフ、後部右にヘレナ、左にはアレクセイがいた。
ニコライは黙って運転し、その眼前のダッシュボードの上には乱雑にPP2000が乗せられている。隣のヨセフは頬杖を突きながら薄目で外を眺めていた。
『三号車より、緑のセダン追い越すぞ。運転手の老人一人。問題なし』
アレクセイにインカムから三号車の護衛の報告が入った。身をよじって背後から進んできた緑のセダン車を目視で確認、左袖から覗くマイクを袖ごと口元に寄せる。
『二号車、確認した』
彼は黒スーツに黒ネクタイというスタイルで乗り込み手にはSIGMPXがスケルトンストックを畳んだ状態で握られている。
若干黒いスモークが掛かった窓ガラスの外では街の風景が流れていく。その中には路上駐車された車、のそのそと歩いているであろう人間、役人より仕事をしていると称される街灯がある。
そんな情景に囲まれた車内でヘレナは彼に語る。
「今回の会合でここの力関係と状況が少し、そして私たちが私たちの為に殺さなければいけない敵が分かったでしょう? それにどうして私が、殺しを唯一の目的とし確実に遂行することが自慢のあなたを連れているのか」
そこで彼女は一瞬言葉を切った。
「いいアリョーシャ。彼らシエラ・マドレ・カルテルは戦闘、すなわち殺しにおいては達者な連中なの、あなたみたいにね。彼らはきっと自分達以外のすべてが敵に回ったとしても戦い続ける」
彼も元々はメキシコで生活し殺し屋として活動していたのだ、それも麻薬戦争の真っただ中で。でもそのカルテルの詳しい事はあまり聞いたことが無かった。
「彼らの活動地域はメキシコでも南端に位置する。発祥の地であるチアパス州を中心にね。そして彼らはロス・セタスと繋がっていると言われているの、聞いたことあるでしょ?」
ロス・セタス。元メキシコ陸軍特殊作戦群(GAFE)が中心となって創設された麻薬カルテル。その主な構成員はGAFE出身者だけでなく数々の歩兵部隊や騎兵連隊出身者などからなり、その戦闘力の高さと残虐性は彼らの存在をメキシコ中にしらしめていた。
麻薬カルテルでありながら軍の性質を持った彼らは厳格な組織体制と最新の銃器、戦術を駆使して元の飼い主であったガルフ・カルテルを押しのけ、メキシコでも1、2を争う勢力に成長した。彼らは特定の支配圏を持たず広い地域に影響力を持っている。やがて活動を続けるうちに人員を補給する為メキシコ陸軍、GAFEの教官を務めていたグアテマラ特殊部隊旅団”カイビル”の元隊員を雇い入れた。ロス・セタス及びGAFEが敵対カルテルの構成員に行う拷問や死体損壊は元々対ゲリラ戦を専門とする彼らから学んだもの。
カイビルの教練センターの入り口にはある標語が記されている。『私が前進したら、ついてこい。立ち止まったら、背中を押せ。後ずさりしたら、殺せ』
「シエラ・マドレ・カルテルは80年代から中南米と繋がりがあった。冷戦時代にはキューバをも通った塩酸コカインやマリファナを受け取って、その一部の利益が政府軍やゲリラ双方の装備費用に充てられていたの。だから彼らはメキシコのカルテル中で最も中米と繋がりがあった、セタスよりもね。彼らはエルサルバドルのアトラカトル大隊、グアテマラのカイビル、しかもその現役の隊員を囲っている。セタスですら元隊員を雇うことが多いと言われているのよ」
彼らの急進的な装備や人員の増強は周囲のカルテルに変化をもたらした。シナロア・カルテルはそれまでマラ・サルバトルチャと呼ばれるエルサルバドルやホンジュラス出身の凶暴な者たちを雇っていたが、ロス・セタスとシエラ・マドレ・カルテルにより瞬く間に殲滅させられた。その為シナロア・カルテルも軍や警察に準じた訓練と優れた装備で構成された暗殺部隊を組織する。同じくロス・セタスと対立していたベルトランレイバ・カルテルも彼らのボスの名を関した特殊暗殺部隊を結成した。
それでもカルテル。GAFE、そしてカイビル。彼らの様なゲリラを徹底的に炙り出し、掃討することを至上の目的とした者たちには及ばなかった。
「確証は取れていない。けれど彼らがメキシコのカルテル最強の部隊を率いてる可能性がとても高いの。一体どうやってそんな連中と大量の装備をこの国に持ち込んでいるのかは不明だけど。でも彼らにはコカインから生まれる莫大な資産がある、どんな強引な方法でも可能性はゼロじゃない」
「これから彼らを相手にする機会が増えるでしょう。気を付けて、あなたには言うまでも――アリョーシャ?」
それまで黙って彼女の話に耳と意識を向けていたアレクセイの視線と注目が外れた。目つきが変わる、鋭くなったのではない。彼は小さく首を回し眼球の向きに伴う視線を無駄の無い動きで、可能な限り情報を集め異常な雰囲気を探る。
若干黒く塗られた情景の中に薄汚い柱が過ぎ去った。だが彼はそれにピントを合わせると柱ではない、人だ。カーキのズボンに同じカーキ色で皺と染みまみれのジャケット。スマートフォンを耳に当てた白人でない、浅黒い皮膚を纏った生きた人間。
車のくぐもったエンジン音に掻き消されながらも微かに蜂の羽音に似た音が聞こえてくる。
車は十字路に差し掛かり鉄を擦る様な高い音を伴いながら停車する。ニコライの外見にそぐわない丁寧な運転から乗っている人間たちには最低限の衝撃で車は止まった。
周囲には全く人間がいない。道路には数台の路上駐車された車が見えるだけ、走っているものはない。車内では誰も声を発さない、アレクセイの様子が突然激変したことにヘレナは戸惑いながら口をつぐんでいる。
一瞬のノイズが左耳のインカムから発せられる。彼の全身の筋肉がかすかな収縮運動を始め僅かに心拍数も上昇し始める。
『三号車、バイクが二台接近中。少しスピードを出し過ぎだな、確認しろ』
後続の護衛車から報告が入る。
2人の人間を乗せた2台のマウンテンバイクは急速に速度を上げていく。
「Asesinato…… de moto……」
彼が小さく囁く。ヘレナはそのスペイン語が聞き取れなかった、だが同時に鳴った小さな「カチッ」という音は微かに耳に届き彼女は視線を下げた。それが銃のセーフティを外す音とは気が付かなかったが。颯爽とバイクが三号車の左右を走り抜けた。
「伏せてください!」
アレクセイのやや幼さの感じられる高い声が車内に響き渡る。彼は素早くシートベルトのロックを外しストックが畳まれたままのMPXを持ち上げ窓から外へ向ける。
その刹那に一台目のバイクが猛スピードで突っ込んでくると彼の乗る車の左側面に横付けした。バイクには男が2人乗りし両者とも派手な塗装がされたヘルメットを被っている。バイクが停車してすぐ後部席に乗ったヘルメット男は拳銃を引き抜く。
だが既に銃口を向けていたアレクセイは3発発砲した。破片が飛び散り窓ガラスに弾丸2つ分程の穴が開く。最初の3発は彼らに当たらなかったが、アレクセイは素早く窓の弾痕に3つの切れ目が入ったフラッシュハイダーを突っ込むと続けて2回、9発ずつフルオート射撃する。微かに銃口からはガスが噴出したようなものだけが見える。次々と薬室から吐き出された薬莢が車の中に「ポトポト」と木の実のように落ちていく。
9mmFMJ弾が男達に浴びさせられ、次々と彼らの上半身に焦げた弾痕が空いていった。男達はショックで体を硬直させていく。その中の1発が後部に乗った男の首を秒速400m以上で突き抜けて甲状軟骨を砕き頸動脈、頸静脈を切り裂いて食道と気管も貫通した。男は咄嗟に左手で首を押さえるが真っ赤な血液が泡と共に溢れ出す。肺には大量の血液が雪崩れ込んで男を溺死させようとし、動脈からは続々と血液が命を連れて体から引きずり出される。そして、静脈には空気が押し込まれていき徐々に血管を塞ぐ。
さらに2発の9mm弾が運転手の男の顔に向かっていった。眼前のシールドを砕きヘルメットの内側に破片を撒き散らした。ほぼ同時に弾丸とガラス片が顔に覆いかぶさる。弾は右目と鼻の間、頬に突っ込んで上顎骨と眼孔を粉砕し右の眼球は衝撃で破裂した。頬に潜り込んだ弾の圧力で左の眼球が眼孔から半分飛び出す。ヘルメットからは声の主が己の鼓膜を破裂させるであろう勢いでくぐもった叫び声が漏れ、男はハンドルから両手を離してヘルメット越しに顔を覆うとバイクと後部の友人ごと倒れこんだ。
アレクセイは彼らが行動不能になるとMPXのバレルを窓から引き抜く。左手のフォアグリップでMPXを保持、右手はグリップを離し瞬く間にVP9を腰から引き抜き、伏せたヘレナの背の上で腕を突き出すように伸ばし銃口を車の右側へ向ける。その時一台目のバイクに続いて二台目が車に近づき助手席の隣に横付けしようと走ってきていた。
アレクセイはすぐさま彼らの動きに合わせて躊躇なくVP9を発砲し続けた。襲撃者のシルエットを照準に乗せようと彼の目が鋭くなり眉間に力がこもる。
VP9に装填された9mmJHP弾が車の窓ガラスを突き抜けて行くがどれもその段階で弾頭が歪む。形が変容した弾丸が男達の体に醜い射入孔を穿った。ライフルを持ち上げ構えようとした男は腹や胸、脇に弾丸を叩き付けられる。第一肋骨から第六肋骨が砕かれ折られていきその着弾の衝撃は肋骨の亀裂を広げた。弾丸は肺を覆い呼吸を可能とする筋肉――外肋間筋を力づくで引き裂いていく。だが動脈や中枢神経などの急所に当たらず即死には至らない。着弾のショックから男は体を傾けバイクの重心が偏る。
ヘルメットを被った運転手には左上腕に3発の歪んだ弾丸が掠るように当たった。着弾部が衝撃で弾ける。服の布と皮膚、筋肉、橈骨神経、上腕骨が混ざりあった小さな挽肉の塊、血液に付け込まれた小振りなミートボールが飛び散る。
腕の激痛から運転手はバイクのコントロールを失い、2台目のバイクも停車する前に横転して2人を下敷きにしたまま道路を滑っていく。撃たれた傷口をアスファルトの地面に擦りつけて血肉が塗りたくられていった。
「クソッ車を出せ! ここから脱出するんだ!」
ヨセフが遅れながらシルバーの拳銃をショルダホルスターから引き抜き大声でがなりたてた。車はタイヤをスリップさせ煙を立てながら急発進しその勢いで乗っていた4人が一瞬後ろに引っ張られた。3台の車が猛スピードで走りだす。
アレクセイたちの車が停車した十字路から少ししか離れていない次の十字路。そこから走る道路で止まっていた白いバンの中でスマートフォンを持っていた男が怒声を上げた。
「Maldito No pudo Bastardo. El coche se moverá.(畜生! あいつら失敗しやがった車を出せ!)」
白いバンはエンジンをかけ十字路の中心に向けて急発進する。
ニコライの運転する車はスピード上げながら道路を抜けていくが、二つ目の十字路に差し掛かった所で突然急ブレーキをかけた。
次の瞬間二台の白いバンが十字路の右側から飛び出し、その一台目のバンがアレクセイ達車列の先頭車――車列の一台目――の側面に追突し道路から押し出す。白いバンの二台目はスピードが足りず最後尾にいた車の前部に衝突しバンパーを潰すだけに留まった。アレクセイとヘレナの乗る車が白いバン2台に挟まれIの字のような形になる。
「今度はなんだ!」
停車の衝撃で激しく頭を振られたヨセフが吠える。
車が停車してすぐニコライは素早く静穏にダッシュボードの上からPP2000のグリップを掴む。
「バチンッ」という音を鳴らしながらアレクセイはMPXの折りたたみ式ストックを展開する。
先頭車の側面に衝突した一台目であるバンの運転席に座っていた男が、荒々しくフォールディングストックが畳まれたロシア製AKMSを引き上げ、先頭車である一台目の護衛車の側面にフロントガラス越しに鋭い銃声で乱射する。7.62mm弾の暗いオリーブ色をした薬莢が煙を纏いながらポップコーンの如く続々と吹き上がっていく。銅色の弾頭が助手席と後部座席の右側に座っていた男達に容赦なく向かっていった。9mm弾の4倍近く強力な運動エネルギーで7.62mm弾は人体を次々と単なる肉片に変えながら圧砕して男達の体を突き抜けていく。頭に着弾した数発は射出孔から光沢のあるピンク色の脳髄を引きずり出す。だが、その脳漿は隣に座っていた護衛達には降りかからない。
追突されバンが停車した後、右側に座っていた彼らは素早く車から転げ出ていた。運転席から飛び出し地面に肩を叩き付けた男が振り返る。
「クソ野郎を撃てミハイル!」
ミハイルと呼ばれる右後部席に座っていた護衛は素早く立ち上がりKelTec製KSG――フォアグリップとEOtech製モデルXPS2を装着した――を白いバンの運転席に向ける。トリガーが引かれ轟音が鳴り響くと殆どを鉛で構成された9個の球体、8.4cm程のダブルオーバックがフロントガラスを打ち破り一斉に男の胸部から上に襲い掛かった。一瞬で顔は穴だらけの血塗れとなり数発は口に直撃して歯が吹き飛んだ。顔面の穿孔からは薄く細い血管が表面に走る白い頭骨の一部分が覗き見える。
『2人を守れ!』
インカムから護衛の怒鳴り声が聞こえる。アレクセイは停車してすぐシートの上で素早く体を反転させるとMPXのハンドガードをシート背もたれ上部に押し付けて後方に向けて構えた、と同時に彼の車の後ろで止まった二台目の白いバンの助手席から男が降りる。手にはB&T製MP9が握られている。ストックが無く長いグリップマガジン仕様のコンパクトなシルエット。アレクセイは素早く狙いを定めて3発、3発と2度射撃した。6発中4発が胴体の数か所に命中し、驚愕した表情の男は被弾の衝撃から背を車に叩き付けられる。
アレクセイは車内から男への視線を外さないまま降車した。男は表情を固定したまま仕掛け人形のように腕をぎこちなく上げて照準を彼に向けようとする。しかし彼はMPXの銃口を引上げ、フォアグリップを握り、上半身のみを堅牢な銃座の如く静止したまま少し歩み寄ってから男の頭を撃つ。間隔の短い3発の乾いた銃声が街の大通りで建物に反響する。顔面に鼻を中心としたトライアングルを描く弾痕が開きどす黒い血液がゆっくり流れ出す。そこでMPXがホールドオープンした、彼は銃身を少し傾けて空になったチャンバーを確認すると敏速な動きで空のマガジンを引き抜き、黒いジャケットの下から新しいマガジンを取り出して差し込みボルトリリースボタンを叩く。
アレクセイが乗った車の前部に止まった一台目のバン――その運転席から拳銃を持った男が降りた。ニコライは片手で構えたPP2000で猛然とフロントガラス越しに男へ9mm弾をばら撒く。無表情なまま男は弾丸を体中に20発近く受けて膝から崩れ落ちた。胴体中の弾痕から大量に血が流れ足を伝い地面に血溜まりが広がっていく。男はそのまま一瞬で力尽きた。
今度は突如一台目のバンの後部ドアが荒々しく開く。アレクセイは咄嗟に振り返り開いたドアに照準を向けて若干姿勢を下げ、頭と銃口のみを車の陰から覗かせた。
バンの後部からサブマシンガンとショットガンを携えた男達2名が降りる。すると後部ドアの下、その隙間から彼らの足が見えた。その瞬間白い後部ドアを9mm弾が次々と通り抜けていき猛スピードでスチール缶が叩かれる様な音で打ち鳴らされていく。大量の弾丸に晒され撃ち抜かれた男達が不自然に甲高い情けない叫び声を上げ、全身に叩き付けられた弾丸の衝撃から体を左右にゆする滑稽なダンスを披露して倒れていく。
続いてアレクセイ達の後部に止まった二台目のバンの後部ドアと運転席のドアも開く。同時に護衛達が乗った3号車のドアも次々と開く。助手席の護衛がアストラディフェンス製StG4ゲルニカカービンで開いたドアと車の間から後部ドアより降りた男達をフルオートながらも指切りで数発ごとに撃った。矢継ぎ早に5.56mm弾が敵の体を貫く。さらに右後部席の護衛はCZ製EVO3A1の銃口を覗かせてフルオート、9mm弾が毎分1150発で虫の羽音の様な一発ごとの間が極端に短い銃声で男達をハチの巣にした。護衛がEVO3の空マガジンを掴み引き抜きぬく。
「援護しろ!」
男達をドア越しに撃ち抜き、銃口から煙が漂うMPXを構えたアレクセイは後部ドアを見据えていた。
その時不意に銃声が鳴り響く。助手席のヨセフが拳銃を後部ドアに向けようとしたところを銃撃されていた、彼は叫び声を押さえようと汗を垂らしながら歯を食いしばって腕を庇っている。腕の各所が血に染まり肩甲骨辺りにも服の穴越しに赤黒い弾痕が覗く。
アレクセイは迅速に銃声の鳴った方向に照準を向ける、二台目の白バンの後部ドアから降りた男がサブマシンガンを構えていた。アレクセイはそれをすぐさま銃撃する。
咄嗟に発砲した数発は左下腹部に集中する。その衝撃で男は上半身をうねるように仰け反らせて膝をつき、ハンドガードを握っていた左手は離れて下腹部を押さえてサブマシンガンの銃口を地面に落とした。アレクセイは立ち上がって車の陰から姿をさらして数歩進むともう一度――今度は男の右胸を銃撃しその背中を地面に叩き付けさせる。
男は目を見開いて地面に倒れると胸の傷を押さえながら口と鼻孔から真っ赤な血を噴き出し、頭をゆっくりと持ち上げ信じられないという目で自分の傷を見つめている。アレクセイは男に向かって歩き続ける。
銃を構えた腕の腋を締めて透き通るような白く柔らかい頬を黒いストックに押し当てつつ、ドットサイト越しに男を狙い銃口を向けた彼は一発だけ発砲し男の眉間を弾いた。
同じ頃、KSGを構えた護衛が注意深くバンの側面に沿って進み後部ドアへ近づいていく。その眼前に銃撃でパニックに陥った男が飛び出してきた、だが護衛は一瞬の間もおかず発砲して男はほとんど散らばらなかった散弾の束を胸に受けて吹き飛んだ。
護衛達は車から離れていき次々と襲撃してきた男達の頭を撃ち抜いていく――。
ヘレナが恐る恐る頭を上げて周囲を見渡す。すると護衛達が助手席に座るヨセフの腕を付け根からベルトで縛り、別の護衛が彼女の隣に乗り込んで脱出の為に車が発進するところだった。彼女は振り返ると幾つもの弾痕が開いたリアガラス越しに一人離れていく彼の後ろ姿が見えた。
アレクセイは先程銃撃して横転させたバイクの元に立ちつくしていた。一台目の二人組は既に死亡、二台目の後部席に乗っていた男も死んでいた。だがその運転手は腕の傷から血を流して地面に血溜まりを広げ浅い呼吸をしながらも生きていた。
アレクセイはしゃがみ込んで丁寧にヘルメットの目を保護するシールドを押し上げる、そして腰から引き抜いたVP9の銃口をゆっくりとヘルメットの中へ沈めていく。男の衰弱しきり表情筋をほとんど動かせない怯えた目の顔が銃身で陰っていき。こもった銃声が一度だけ鳴って、排出された薬莢が宙へ跳ねた。
規則正しい呼吸を続ける彼は立ち上がると思い出したように振り返った。すると走り出した車がカーブを曲がり視界から消える瞬間が目に映る、それに窓から彼を見つめていた彼女の姿も――。
彼が言ったことは紛れもなく真実であったし、彼自身も今までと同じようにそれを厳守した。
しかし、何から。何故。そして誰故にか分からない。だがこの行動に対してこれまで無かった違和感が生まれたことに彼は言いようのない戸惑いを感じていた、それは戦闘の中では感じられなかったもの。その感覚は彼の表情から僅かに垣間見えたかもしれない。
彼女は彼のどちらを見ていたのか、そしてどちらを見ようとしていたのか。
――それから20時間後――
暗い空に覆われながらも強力なライトで照らされた埠頭、コンテナに囲まれた場所に車が一台止まっている。中の後部席には丸刈りのメキシコ人がいた。どこを見ているのか分からない空っぽな目に丸刈りの頭、遠目には茶色いドーナッツにも見える髭を蓄えた男がスマートフォンを耳に当てて誰かと会話していた。
「あんたの予想通りになったな、俺たちは少し甘く見過ぎていたわけだ。以後の工程はあんたの言う通りにしよう、ここにはここの流儀というヤツがあるんだろう。本国でちょっとしたトラブルはあったがこっちの作業は、あんたの所の奴のおかげで滞りなく進んでいる」
車の外では巨大なオブジェの様なガントリークレーンが大きな作動音とコンテナ同士の摩擦音を響かせながらコンテナを次々と船から引き揚げている、世界中を目が回る程複雑な経路で巡ったそれらコンテナにはスペイン語が書かれていた。作業員達がコンテナ群の中で誘導灯を振り回して引き揚げる仕事に従事している。
「だが話を進めるのはお前の仕事だぞ、俺たちを失望させるなんてことはするな。利害の一致なんてものは俺の些細な慈悲と理性からなる貴重で儚いものだと肝に銘じておけ」
メキシコ人はそう言い放つと一方的に電話を切った。
3日後、シエラ・マドレ・カルテルと連合シンジゲートはムハレム、クレメンテ、そしてカルテルの幹部である丸刈りの男――セレドニオ・アロンソが集った会合で講和が結ばれる。
突然の和平成立から多くの人物が驚嘆した。その講和の内容とは連合シンジゲートがベリエ・サユースの支配下であったシマの内3割をカルテルに譲渡し、カルテルはコカインの大規模な供給を保証するというものだった。ラーズヴァリーヌでは前回の抗争で大きなコカインの供給元が失われ、今では個人の密輸人やブローカーに頼らざるおえない状態にありそれは利害の一致故の和平であった。
――講和が成立して数日――
表通りから少し離れた薄暗い通り。街灯が少なく一番目立っているクラブのネオンが周囲を奇抜な色で少しだけ照らしていた。
重々しい黒いアウディがクラブの前に止まり黒いスーツ姿の人間を一人降ろした。
これから合う相手を考え黒いネクタイを撫でる様に整えるが前ボタンを掛けることは無い。
アレクセイは僅かにうねったサイドの黒髪を後ろへ流して耳に掛け、軽く身だしなみを整えると視線を動かして周りを見渡す。眼前のクラブに提げられた大きなネオンにはクラブ・フィーバーの文字、彼がラーズヴァリーヌに来て初めての仕事をした場所。しかし今回は殺しの仕事で来たのではない。
堂々と背筋を伸ばした彼は静かに建物の入り口へと近づいていく。あの時と同じ大男のガードが扉の隣に立っていた。だが今回は特に感情が含まれるような視線は向けず、無表情のまま扉を押し開いた。
アレクセイはそのまま店に入り通りを抜けると煌びやかで騒然としたメインホールに出る。以前と同じメインホールのステージにはほぼ全裸の女性たちがステージを囲む客たちに視線を巡らせながら蛇の様に体をうねらせダンスをしていた。アレクセイは彼女たちがなんとか視界に入らないように顔を逸らす、そんな中入ってすぐに彼に気が付いた、カウンターの裏に立つバーテンダー達のやや恐れを浮かべた目が視界に入った。
彼はそのまま視線を走らせて今日会う予定の人物を探すと、カウンターの前で小さなイスに大きな尻を乗せて疲れた様の横顔を晒したヨセフの姿を見つける。彼は左腕をアームホルダーで吊り下げて上半身が動きづらそうであった。
ヨセフも彼の視線に気が付き顔を向けるとにわかに微笑みながらグラスを軽く掲げる、アレクセイは直ぐに歩み寄っていくと隣に座る。
その時急ぎ足でクラブのオーナーが彼の隣に駆け寄ってきた。若干痩せ気味の体に浅黒い皮膚を被り、その上から前ボタンを締めたやや黄ばんだジャケットを羽織っている。彼は媚びへつらう表情と態度でアレクセイの顔色を伺いながら話しかけた。
「お久しぶりですサハロフさん! やっとお逢いできました、あの時は素晴らしいお手並みで俺も感激でしたよ!」
――え? あの時? それに僕、名前言ったかな――
胡散臭い男は以前の仕事でアレクセイが殺した、前オーナーの引き継ぎをした男だった。アレクセイはあの時この男に話しかけられるのがイヤで、まともに顔を見ることもなく素早く店を出たのだ。
「お名前のほうはボスに伺ったんですよ、いずれお礼がしたくて。あの時サハロフさんが処理してくれた男のことを最初にボスに話したのが俺なんです、あいつは俺たちここの従業員の給料にも手をつけていたんですよ」
「あ、俺の名前はマスーメフ・ハサン・ラシードです。いやぁ、まさかあなたのほうが来てくれるなんて。もちろんここでのお代は結構です、お礼ですから。それに――」
すると彼は後ろに控えさせていた女性たちをせわしない手の動きで合図して引き寄せた。
「彼女たちもサービスしますよ、可愛い良い子ばかりなんですから」
金髪と茶髪の2人の女性たち、下着の様な服から体の各部が男性と違い曲線を描く魅惑のシルエットを晒して彼女たちは柔らかい目と表情で腰に手を当てて立っている。
「いえ、今日は遠慮しておきます。また別の機会に――」
彼は彼女たちを伏目がちに一瞥してそう言うと、マスーメフはヨセフを見て状況を察したようだった。
「そうですね、どうやらお二人で重要なお話がある様子ですし。もし息抜きがしたくなったらいつでもご連絡ください」
彼は名刺をカウンターに置いていくと女性たちを連れてそそくさと裏へ消えていった。
「悪いな、仕事終わりに呼び出して」
彼はダイヤの様にカットされたグラスから黄金色の酒を飲む。アレクセイとヘレナ達がメキシコ人に襲撃されてから一週間以上が経ち、それからもアレクセイはクラスニー・クルーグの依頼である仕事を次々とこなしていた。だが彼はジャケットの裾を掴んで皺を直しながら言った。
「そんなことない、大丈夫です。それより何かあったのですか? 直接話があるなんて」
「まあ、あったにはあったんだが……ちょっとした個人的な話もあってな。あまりかしこまらなくて大丈夫だ」
彼は後頭部を掻きながら苦笑いで語る。どこかばつが悪そうだった。
「お前はもう聞いたか? 例のメキシコ人、カルテルと俺らの雇い元が話をつけたっていうのは?」
「いえ……でもあまり僕、そのあたりの話には縁がないと思っているのですけれど……」
「そういう訳でもねえんだよ。俺たちは雇い主の面倒ごとを解決するのが仕事だ、それが身内だろうと外部の連中だろうとな。ある意味弁護士みたいなもんだ。金を貰って、色々な問題を解決する。連中は口と紙、俺らは銃と刃物でな。まあ俺たちの場合は問題元に消えてもらうわけだが……それでも俺はくそったれ詐欺師共の弁護士よりはマシだと信じてるがな」
「つまりお上の事情が変われば俺たちの仕事にも影響するってことだ。カルテルの連中と講和が決まった、てことは敵対勢力が一つ減る。すなわち俺、いやお前たちは仕事が減るわけだ、今後な」
面と向かって彼は諭すようにアレクセイに語り掛ける。
「お前は確かにこの手の話は今まで関係なかったかもしれないな。この街には多くのお前みたいな殺し屋がいる、殆どが俺の所の連中だけどな……実力的に同じって言いたい訳じゃない、立場が同じだ。だがな、お前はそんじょそこらの連中とは本質が違う、やっていることも立場も一緒だが今までの仕事、特にあの襲撃事件。お前の実力と忠誠心、仕事への務める態度は俺はとても評価してる。ヘレナの奴は最初っからお前を目にかけていたが、今回はあいつの見る目が正しかったようだ」
彼は申し訳ないと言いたげな態度だ、彼はいままでアレクセイの実力を侮り存在を軽んじていたということだった。彼は包帯でがっちりと巻き付けられた自分の腕を横目に見る。
「つまり、俺はお前に今後期待してるってことだ。それに俺も元々はお前と同じことをしていたんだよ。自分の力だけで面倒を解決し、金を貰う。だがある時、雇い主の一人が俺に直接話をしてきてな『私はお前を助手として雇いたい。お前は金と信頼をうまく天秤の上でコントロールできる男だ、だが世の中天秤が片方にしかない奴が多くてな――』そう言って俺を専属で雇って色々叩き込んで貰ったんだ。こういう業界でもある程度の立場になると引き継ぎ先が多くないんだよ」
「じゃあニコライさんはどうなんですか? 彼は長く仕事をしているし、実力もあるのに」
「もちろんあいつは優秀だし俺も考えている。だがこの業界だ、第二候補ぐらいまでは控えておくのさ」
彼はウィンクすると腕と背中の激痛に顔をしかめながら立ち上がる。
「あなたがその僕の雇い主に?」
「どうだろうな。とりあえず覚えておいてくれ、将来有望な若者さんよ」




