歯車
「え?私の?」
きょとんとして聞き返す江理子にルイは黙って頷く。
「私は○○区に住んでるよ、ルイちゃんは?」
「あ、あたし、○○区...」
「そうなの?割と近くじゃないの〜!あ、そうだ!今度お友達連れて遊びに来てよ!」
ルイはそれを聞いて顔を引きつらせた。
学校には友達と言えるほど親しい間柄の子はいない。もし親しくなって、友達ができたことを母に知られたら、それこそ何をされるかわからない。もし友達に何があったら....ルイの母親は危険だと、学校の噂になるのも嫌だった。
ルイは学校では極力大人しくしていた。
友達はできなくても、せめて嫌われたくない。
「...あ、あたしだけ行ってもいいですか?!」
私だけじゃダメ?
友達なんかいらない。エリコがいてくれたら私はそれでいいの......
「もちろんいいよ!」
そう言って江理子はルイの髪をグシャグシャした。たちまちに赤くなるルイの頬。
こんな感覚は、今まで知らなかった。
痛みは知っていた、でもこんな包みこむような、優しい感覚は知らなかった。
なんて暖かいのだろう!
気付いたら、ルイは江理子に向かって口を開いていた。
「あ、あの。あたしまたエリコさんにこうして会いたいです」
「そう?ルイちゃんはお友達と遊ばなくていいの?私なんかつまんないおばさんなのに」
バンッ
そう言って笑う江理子に、思わずルイは机を叩いていた。
客の視線が一斉にこちらに集中する。
「え....?ルイちゃん、どうしたの?」
「......なくなんか、ない....」
ルイの顔は俯いていたので表情はわからなかった。
「...つまらなくなんか、ない!!...」
そう言って顔を上げたルイの表情は、今にも泣きそうだった。
江理子はそんなルイを落ちつかせるように、肩を抱いて座らせた。
「ごめんごめん、冗談だよ。でも嬉しいなぁ〜、若い子にそんなこと言ってもらえるなんて」
「........」
エリコがいい。エリコがいいの、あたしは。
一度は注目を集めた二人だったが、それもうるさい店内の喧騒に吸い込まれてやがて元に戻っていた。
「スムージー溶けちゃったね、これからどうする?あ、私買いたいものあったんだ。付き合ってくれる?お母さん、大丈夫かな?」
「え!?あたし、あたしは大丈夫です!」
「そう、よかった!」
と言って江理子が笑う。ルイはその笑顔に見惚れていた。
エリコがあたしだけを見て、あたしだけに微笑んでる。あたしだけに会うと約束してくれた...!
あたしは今、最高に幸せな時間を過ごしてるんだ!
次に会うという江理子にとって何でもない約束は、ルイには特別なことだった。
それは歪んだ歯車が音を立てて、ルイの中でゆっくりと回り始めた瞬間だった......