ルイの事情
「ただいま」
ルイの声に、母親が転がる勢いで飛び出てきた。
「ルイ!大丈夫だったの?!ママ心配で...警察から電話がきた時は心臓が飛び出るかと思ったわ」
「大丈夫、親切な人が助けてくれたから」
ルイのその言葉に、突然母親の態度が一変した。それまで心配していたのに、急に冷たくなった。
「ふーん、大丈夫ならいいのよ。今日の晩御飯は買ってきた?」
「うん...」
「じゃあ私は今からお仕事行ってくるわ、留守番頼んだよ」
どうやらこの母親は、ルイと一緒にクリスマスを祝うつもりなどないらしい。
そう言って準備しながら、母親は、ルイが握りしめていた椿の花束に気づいた。
「何その汚い花、捨てときなさいよ」
「...これは、あたしを助けてくれた人がくれたものだから...」
ルイのその言葉を聞き、母親はルイの持っていた花束を無理やり引き離すとゴミ箱に投げ入れた。それを見たルイはショックを受け固まってしまった。
「ルイ!誰かもわからないような人にもらったようなもの、大事にしてどうするのよ!花束なら母さんが買ってきてあげるから」
ルイは幼い頃に両親が離婚し、それからずっとこの母親に育てられてきた。
この母親はルイを出来るだけ外に出したくないらしく、ルイを甘やかし、過保護に育ててきた。一方で、ルイが誰かと接触するのを過剰に嫌がり、ルイが誰かと会ってきたというのがわかると、突然態度を変え、ルイに暴力を振るうこともあった。
「どうして!どうして!ママがいるのに!ママ以外の人に関わるの!?」
母親がルイに暴力を振るう時は、決まってこう言うのだ。
母親の暴力を受けたくないため、ルイは外では他人との接触を無意識に避けるようになった。そのため決まった友人はおらず、いつも一人でいた。母親はルイを過保護にしているのにも関わらず、家事が面倒で弁当を作ったことがなかった。そのためいつもルイの昼食はコンビニで買ったものだった。
ルイは捨てられてしまった椿をずっと見つめていた。
母親は、いつの間にか出て行ってしまっていた。
「...これは、エリコの...ルイを、助けてくれたエリコのものだから...捨てちゃダメなの...」
ルイはそう言いながら、ゴミ箱に捨てられた椿の花を拾い上げた。ルイはまるで愛しいものでも見るようにうっとりと椿の花を見ていた。
「かわいい、エリコ...優しい、エリコ...かわいそう、もう捨てないからね?ずっと一緒だよ?エリコ...」
ルイはガラスのコップに水を入れると、自室に戻り、椿をそのコップに活けた。
今まで自分に優しくしてくれる人がいなかったため、ルイは江理子との出会いを運命のように感じていた。
ほとんど一目惚れと言ってもいい。
ルイはあの一瞬で、江理子に恋をしたのだ。それはルイにとって、歪んだ愛が目覚めた瞬間でもあった。
「また会いに行くから、待っててね...エリコ」
椿の花を見つめながらルイはそう呟く。
ルイは江理子にまた会う方法を考えて、この上なく不気味に、また今までにないほど幸せそうに笑っていた。